↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
92/149

黄金の都

第九十二話 黄金の都


⸻


 義経は朝から元気だった。


⸻


 昨夜あれだけ飲んで、兄上がどうのと言って、机に沈んだ男と同じ人物とは思えない。


 顔色は良い。


 足取りも軽い。


 もう笑っている。


⸻


(切り替え早すぎる……)


⸻


「いつもああ」


⸻


 ユウガオがシンの横で言った。


 髪はまだ少し湿っているように見えた。


 朝の光を受けると、黒い髪の端だけが青く光る。


 昨日の川辺を思い出しそうになり、シンはすぐ前を向いた。


⸻


「酒だけ弱い」


⸻


 タダが後ろで言った。


 干した魚を串から外しながら、当然のような顔をしている。


⸻


「お? 悪口か?」


⸻


 義経が前から言った。


 聞こえていた。


 振り返らない。


 笑っている。


⸻


「事実だ」


⸻


「事実なら仕方ないな!」


⸻


「開き直るな」


⸻


 タダの声は低い。


 だが、怒ってはいなかった。


 呆れている。


 慣れている。


 その二つが混ざっていた。


⸻


 タダは館の入口まで見送った。


 それ以上は来ない。


⸻


「帰りが遅いと飯ないぞ」


⸻


 それだけ言った。


 中へ戻る。


⸻


(家族かよ)


⸻


 シンは後ろを見た。


 閉まった戸を見る。


 温かかった。


 乱暴な温かさだった。


⸻


 この時代にも、こういう場所がある。


 火があって、飯があって、帰りを待つ大きな背中がある。


 それだけで、人は少し生きられる。


⸻


⸻


 山道を下った。


⸻


 朝の山は冷えていた。


 木の根元には、まだ雪が残っている。


 けれど、道の上の雪は細くなっていた。


 人の足と馬の蹄が踏み、朝の陽で少し溶け、夜にまた固まった道だ。


 土の上に、薄い氷が割れた跡がある。


⸻


 義経は先を歩く。


 速い。


 けれど時々止まる。


 理由もなく止まる。


 少しの間だけ静止して、また歩き出す。


⸻


 突然止まった。


⸻


「鹿いるな」


⸻


 左の木立を見ていた。


⸻


 シンも見る。


 何もない。


 草。


 木。


 影。


 湿った落ち葉。


 古い雪。


⸻


 しばらくして。


⸻


 草が揺れた。


⸻


 鹿が一頭、木の間を横切る。


 まだ冬毛が少し残っていた。


 こちらを見ない。


 軽く跳ねるように斜面を抜け、すぐ消える。


⸻


(いた)


⸻


 義経は既に歩いていた。


⸻


 また止まる。


⸻


「あと人来る」


⸻


「どこに」


⸻


「あそこの木陰」


⸻


 シンは見た。


 やはり何もない。


 枝が重なって、影が濃いだけだった。


⸻


 少ししてから、山民が一人出てきた。


 背に荷を負っている。


 皮の紐で縛った束だ。


 毛皮か、干した山菜か、木の実か。


 シンには分からない。


 男は義経を見ると、頭を下げて道を譲った。


⸻


(いた)


⸻


「どうやって分かる」


⸻


 シンは聞いた。


⸻


「音で分かる!」


⸻


「嘘」


⸻


 ユウガオが言った。


 即答だった。


⸻


「……におい!」


⸻


 義経が言った。


⸻


 シンは少し黙った。


⸻


(やっぱり犬かな?)


⸻


 義経が振り返った。


⸻


「今、失礼なこと考えたな」


⸻


「考えてない」


⸻


「嘘の匂いがする」


⸻


「便利すぎる」


⸻


 ユウガオが笑った。


 肩を揺らすだけの笑いだった。


 朝の山に、その笑いは妙に柔らかく響いた。


⸻


 道は少しずつ広くなる。


 獣道ではなく、人の道になっていく。


 踏み固められた土。


 脇に寄せられた石。


 ところどころに木の板が渡してある。


 ぬかるみを避けるための板だ。


 荷を引いた跡もある。


 馬だけではない。


 牛かもしれない。


 あるいは人が押した車の跡かもしれない。


⸻


 山を下るにつれて、匂いが増えた。


 水。


 煙。


 馬。


 人。


 魚を干した匂い。


 濡れた麻。


 木を削った匂い。


 それから、金属を打つ遠い音。


⸻


(街が近い)


⸻


 シンにも分かった。


⸻


⸻


 丘を越えた。


⸻


 視界が開ける。


⸻


 シンは止まった。


⸻


 川があった。


 大きな川だ。


 春の水で満ちている。


 灰色の空を映し、ところどころで白く泡立っていた。


 流れは速い。


 雪解けの水を含んでいるのだろう。


 岸辺の草はまだ低く、泥の色がよく見えた。


⸻


 橋がかかっていた。


 木造だった。


 だが、細い橋ではない。


 太い柱を組み、横木を重ね、両脇に低い柵がある。


 川の力を受ける場所には、石が積まれていた。


 人が渡るだけの橋ではない。


 荷も渡る。


 馬も渡る。


 この先へ物を運ぶための橋だった。


⸻


 橋の上に人がいた。


⸻


 荷馬が渡っている。


 商人が渡る。


 山から来た者がいる。


 海の匂いを持った者もいる。


 東国の衣の者もいた。


 北の毛皮を積んだ荷がある。


 木箱を背負った男の隣を、布の包みを抱えた女が歩く。


 馬の尻に、鈴が小さく鳴った。


⸻


 川の向こうに街があった。


⸻


 ただ家が集まっているだけではない。


 道が見えた。


 人の流れが見えた。


 屋根の高さが揃っている場所と、急に高くなる場所がある。


 柵。


 土塁。


 門のようなもの。


 水を引いた溝。


 それらが重なり、街の輪郭を作っていた。


⸻


 寺があった。


 金だった。


 朝の光を受けて、屋根の先が光る。


 炎のようだった。


 でも炎ではない。


 冷たい黄金だった。


 冬にも溶けない金だった。


⸻


 その近くに、別の伽藍の屋根が見える。


 白い壁。


 朱の柱。


 長い回廊らしき影。


 池の面が、少しだけ光を返していた。


 水の向こうに堂があり、堂の向こうに山がある。


 建物だけではない。


 山ごと、川ごと、空ごと、何かの形にしようとしている。


⸻


(何だ、これ)


⸻


 シンは息を呑んだ。


⸻


 都を真似ただけではない。


 寺を建てただけでもない。


 人が死んだ後に行きたい場所を、ここに作ろうとしたような街だった。


 死んだ者のため。


 生きている者のため。


 たぶん、その両方。


⸻


 煙が上がっていた。


 炊事の煙だ。


 複数箇所から上がっている。


 朝の飯の時間だった。


⸻


 市場がある。


 声が届いた。


 笑い声。


 値段を張る声。


 馬をなだめる声。


 子供の声もある。


⸻


 魚の匂いがした。


 山菜の匂いがした。


 味噌のような、発酵したものの匂いもある。


 木炭。


 鉄。


 濡れた革。


 馬の汗。


 その全部が、川の風に混じって流れてきた。


⸻


(でかい)


⸻


 シンは立ったまま見ていた。


⸻


(都じゃない)


⸻


(国だ)


⸻


 頭の中で比べる。


 胆沢を思い出した。


 アテルイたちが守ろうとしたものを思い出す。


 炉の煙。


 タダの飯。


 スズリの紙。


 モレの静かな目。


 アテルイの、朗らかな笑み。


⸻


 あれから、たぶん数百年以上が経っている。


⸻


 燃えたはずだった。


 消えたはずだった。


 鬼と呼ばれて、追われて、奪われて。


 それでもここにあった。


 川がある。


 市場がある。


 飯の煙がある。


 人が笑っている。


⸻


(残ったのか)


⸻


(ここまで)


⸻


(火が)


⸻


「良い感じだろ?」


⸻


 義経が隣に来ていた。


⸻


 川を見ている。


 街を見ている。


 金の屋根を見ている。


 自分の庭を眺めるような顔だった。


⸻


「鎌倉はもう嫌いだけど」


⸻


 少し間があった。


⸻


「奥州は好きだ」


⸻


 短かった。


 それだけだった。


 説明はない。


⸻


 ユウガオが黙っていた。


 空気が少し変わる。


 この男がこういう顔をする時を知っているらしかった。


 だから笑わない。


⸻


「ここにいるとさ」


⸻


 義経が続けた。


 珍しく、声が少し低い。


⸻


「俺が何者でもいい気がする」


⸻


 シンは義経を見た。


⸻


「源九郎でも」


「伊予守でも」


「兄上の弟でも」


「朝敵でも」


⸻


 義経は川の方を見たまま言う。


⸻


「ここでは、飯が出る」


⸻


 最後がそれだった。


 シンは少し笑いそうになった。


 でも笑えなかった。


 たぶん、かなり大事なことだった。


⸻


「飯は大事だからな」


⸻


「だろ!」


⸻


 義経は急に明るくなった。


 さっきの顔が、風で飛ばされたように消える。


⸻


「タダみたいなこと言うな、お前」


⸻


「タダは真理しか言わないから」


⸻


 義経は声を出して笑った。


⸻


⸻


 橋を渡った。


⸻


 川の上は風が強い。


 板が足の下で低く鳴った。


 馬の蹄が木を叩く。


 荷を引く縄が軋む。


 橋の半ばで振り返ると、山が見えた。


 まだ白いものを抱えた北の山だ。


 その下に川があり、橋があり、人が流れている。


⸻


 川の向こうへ入ると、人の数が増えた。


 声も増える。


 家々は板壁と土壁が混じっていた。


 屋根は板葺きもあれば、草葺きもある。


 大きな建物の周囲には柵があり、門番らしき者が立っている。


 溝には水が流れていた。


 泥を避けるため、道の端には板や石が置かれている。


⸻


 市場の端を通る。


⸻


 干した魚。


 鹿の皮。


 熊の毛皮。


 麻布。


 木椀。


 鉄の刃。


 鍋。


 馬具。


 小さな琥珀。


 磨かれていない青い石。


 そして、砂を入れた小袋。


⸻


 砂だ。


 ただの砂ではない。


 光っている。


 日を受けて、細かく金色に光る。


⸻


(金砂)


⸻


 アテルイの時代にもあった。


 山の奥から出る、光る砂。


 川底に沈み、岩の隙間に残り、人の手で掬われるもの。


 あの時代にも、それはたぶん誰かの目を引いていた。


 都が北を欲しがった理由の一つだったのかもしれない。


 鬼と呼ばれた人たちの土地から、こうして光るものが運ばれていく。


 人の命より、山の光の方が重く数えられた日もあったはずだ。


 奥州。


 金。


 中尊寺。


 そんな断片だけが、霧の中から浮かぶ。


⸻


(ここから来たのか)


⸻


 違う。


 それだけでは足りない。


⸻


(ここから、持っていかれたのか)


⸻


 金の屋根。


 金の堂。


 朝の光。


 それだけではない。


 人の手。


 川の砂。


 山の水。


 掘る者。


 運ぶ者。


 数える者。


 祈る者。


⸻


 金は、ただ光っているだけではなかった。


 この街の中で、ちゃんと重かった。


 きれいだと思った。


 同時に、少し苦かった。


⸻


 義経を見て頭を下げる者がいた。


 義経は手を上げる。


 小さく「九郎殿」と呼ぶ者がいた。


 義経は笑った。


 顔を知っている者が多い。


 この街に馴染んでいた。


 ただ、誰も大きな声では呼ばなかった。


⸻


「九郎殿、今日は山へ?」


⸻


「今日は街!」


⸻


「珍しい」


⸻


「俺もたまには街を見る」


⸻


「昨日も山だったでしょう」


⸻


「細かいな!」


⸻


 通りの女が笑った。


 義経も笑う。


 ユウガオは慣れた顔でその横を歩いていた。


 シンは、二人の少し後ろを歩く。


 人の目が、自分にも来る。


 見ない顔。


 義経の後ろにいる知らない男。


 そういう目だった。


⸻


 ただ、強い警戒ではない。


 義経が連れているなら、まあそういうこともある。


 そんな空気があった。


⸻


(信用されてるんだな)


⸻


 義経が、ではない。


 いや、義経もそうなのだろう。


 だが、それ以上に、義経を置いているこの街が、義経を知っている。


 危ない男だと知っている。


 勝手に山へ行く男だと知っている。


 酒に弱いことも、たぶん知っている。


 それでもここに置いている。


⸻


(居場所か)


⸻


 シンは思った。


⸻


⸻


 平泉の入口に差しかかった頃。


⸻


 馬蹄の音がした。


⸻


 馬が来る。


 二頭だった。


 兵を二人連れている。


 先頭の男が馬を止めた。


 降りる。


⸻


 若かった。


 義経と歳が近い。


 体は義経より大きかった。


 肩が広い。


 衣は武家のものだったが、飾りは少ない。


 土と鉄と、山の匂いがした。


 手綱を握る指が太い。


 足の置き方が、街の人間とは違う。


 石の上でも、土の上でも、同じように立てる足だった。


⸻


 シンは止まった。


⸻


(似てる)


⸻


 誰に似ているか、すぐには分からなかった。


 少し考える。


⸻


 アサメ。


⸻


 アテルイ。


⸻


 山に生きた顔だ。


 土の上に立って、そこから動かない顔だった。


 北の火を持っている目だった。


⸻


「義経殿」


⸻


「国」


⸻


 義経が言った。


 短い。


 愛称のようだ。


 それで通じた。


⸻


「探しました」


⸻


「逃げた」


⸻


「知っております」


⸻


 男が笑った。


 怒ってはいない。


 諦めと呆れと愛情が混ざった笑いだった。


⸻


「当主が、朝から三度ほど人を出しています」


⸻


「三度も?」


⸻


「三度です」


⸻


「暇なのかな」


⸻


「忙しいからです」


⸻


 義経は少し考えた。


⸻


「それはそうか」


⸻


「分かっていただけて何よりです」


⸻


 ユウガオが袖で口元を隠した。


 笑っている。


 シンも少し笑った。


⸻


「シン」


⸻


 義経がシンを指す。


⸻


「落ちてた」


⸻


「また拾ったのですか」


⸻


「落ちてたんだ」


⸻


「同じことです」


⸻


 男がシンを見た。


 一度だけ。


 それだけだった。


 怪しまない。


 値踏みもしない。


 ただ受け入れる。


⸻


「藤原国衡」


⸻


 男が言った。


⸻


「シン」


⸻


 シンも名乗る。


⸻


「ご無事で何よりです」


⸻


 国衡はそう言った。


 初対面の相手に向けるには、少し変な言葉だった。


 だが、この街では、落ちていた者でも、生きて着いたならまず無事なのかもしれない。


⸻


「当主が呼んでいます」


⸻


 国衡が義経へ向いた。


⸻


「機嫌悪い?」


⸻


「今日は少し」


⸻


「何で?」


⸻


 国衡は答えなかった。


 代わりに遠くを見る。


 街の奥を見た。


 金の屋根の向こうを見た。


 何かを考えている目だった。


 重いものを考えている目だった。


⸻


 その視線を追うと、御所らしき場所が見えた。


 広い敷地。


 土を固めた塀。


 木の柵。


 水の気配。


 川に挟まれたような、低い土地。


 そこへ人が出入りしている。


 武士だけではない。


 僧もいる。


 文を持つ者。


 荷を運ぶ者。


 庭の方へ回る者。


⸻


 ここは寺の街であり、商いの街であり、政の街でもある。


 その全部が、同じ川辺に置かれていた。


⸻


(すごいな)


⸻


 シンは素直に思った。


⸻


(でも)


⸻


 大きければ大きいほど、倒れた時の音も大きい。


 それも、どこかで知っている気がした。


 平泉。


 奥州藤原氏。


⸻


 細かいことは分からない。


 だが、この街がもうすぐ壊れることだけは、腹の底で分かってしまう。


⸻


 風が来た。


⸻


 川から来る。


 北の風だった。


 春の匂いが混じっている。


 雪解けの水。


 馬の汗。


 飯の煙。


 金属。


 濡れた木。


⸻


 その中に。


⸻


 別の匂いがあった。


⸻


 シンは止まった。


⸻


(モモ)


⸻


 風の中に桃があった。


 確かにあった。


 春の果実の匂いだった。


⸻


 義経も止まっている。


 鼻を動かしていた。


 何かを読んでいる。


⸻


「今の」


⸻


 シンが言いかける。


⸻


「桃だな」


⸻


 義経が先に言った。


⸻


 街の奥に人影があった。


 遠い。


 薄桃色の衣だった。


 こちらへは向いていない。


 向こうを向いている。


 ただ立っていた。


⸻


「また変なのいるな」


⸻


 義経が言った。


⸻


 シンは黙っていた。


⸻


(居た)


⸻


 桃の香りが風に乗る。


 消える。


 また来る。


⸻


 白い人影が、遠くでゆっくり振り返った。


⸻


 顔は見えない。


 距離がある。


 でも分かった。


⸻


 モモだ。


⸻


 何百年も離れた。


 数えられないほどの時間があった。


 それでも、匂いだけで体が反応した。


 胸の奥が、少し痛む。


⸻


 ユウガオがシンを見た。


 それから、遠くの人影を見た。


 目が細くなる。


 笑っていない。


⸻


「知り合い?」


⸻


 低い声だった。


⸻


 シンは少し迷った。


 何と答えればいいのか分からない。


 知り合い。


 敵。


 味方。


 片割れ。


 全部違う。


 全部少し合っている。


⸻


「たぶん」


⸻


 結局、そう言った。


⸻


 ユウガオは小さく笑った。


 けれど、その笑いは柔らかくなかった。


⸻


「たぶん、ね」


⸻


 義経が、遠くの人影へ向かって一歩出ようとした。


⸻


 国衡が止めた。


 何も言わず、義経の袖を掴む。


⸻


「当主が呼んでいます」


⸻


「分かってる」


⸻


「分かっていない時の返事です」


⸻


「よく知ってるな」


⸻


「よく知っています」


⸻


 義経は不満そうにした。


 だが、逆らわない。


 珍しい。


 それだけ国衡の手に重さがあった。


⸻


 シンはもう一度、街の奥を見た。


⸻


 薄桃色の人影は、そこにいる。


 まだいる。


 けれど、近づいてこない。


 手も振らない。


 声もない。


⸻


 ただ、見ている。


⸻


(モモ)


⸻


 呼んでも、届かない距離だった。


 でも、匂いだけは届いている。


⸻


 春が、北の街に来ていた。


 飯の煙と、金の屋根と、川の風の中に。


 桃の香りが、ほんの少しだけ混じっていた。


⸻


 道は、黄金の都の奥へ続いていた。


⸻


⸻


(第九十三話へ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。