責任
第九話 責任
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夜になって、集落が揉めた。
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原因は種だった。
昨日の取引のことが広まっている。
干し肉を、見たこともない粒と交換した。
それが気に入らない者がいる。
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声が上がっている。
火のそばで、男が二人、向かい合っている。
一人は若い。
もう一人は中年で、肩が広い。
どちらも、引く気がない。
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(揉めてる)
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言葉は半分しか分からない。
でも空気で分かる。
あれは怒りだ。
損をしたと思っている者の、怒り。
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「食えもせんものに」
声が上がる。
若い男が種の入った袋を持ち上げている。
振っている。
中の種がさらさら鳴る。
「肉を払ったのか」
「育てれば食える」
「育てれば、の話だろうが」
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周りが固唾を飲んでいる。
子供が母親の陰に隠れている。
老婆は少し離れたところで腕を組んでいる。
タダさんが間に入ろうとして、若い男が手を振り払った。
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(あ、タダさんが押された)
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シンは立ち上がった。
気づいたら動いていた。
止めるつもりだったのか、何のつもりだったのか、自分でもよく分からない。
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「……ちょっといいですか」
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声が出た。
場が止まった。
全員がシンを見る。
外の者が口を出した、という空気だ。
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(あ、やべ)
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若い男がこちらを向く。
「お前が余計なことを言ったせいだ」
「……はい」
「謝るのか」
「謝ってません〜ただ聞いてます〜!」
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(また言い返してしまった)
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男の顔が赤くなる。
一歩、距離が詰まる。
でかくはない。
でも怒っている。
怒っている人間は、でかさに関係なく怖い。
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「育たなかったらどうするんだ」
「育てます」
「育てられるのか、お前に」
「……たぶん」
「たぶんか」
「かなりたぶん」
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男が何か言いかけた。
そのとき、タダさんが静かに前に出た。
「落ち着け」
声は大きくない。
でも、通る。
場の空気が、少し変わった。
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「育たなければ、この者のせいにすればいい」
タダさんが続ける。
「育てば、文句はないだろう」
「……」
「それだけだ」
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若い男は舌打ちして、その場を離れた。
完全には納得していない。
でも、続ける言葉を見つけられなかった。
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シンはその背中を見ながら、少し息を吐いた。
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(責任、取らされるやつだ)
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老婆が近づいてきた。
シンを見る。
目が鋭い。
「育たなければ、お前のせいだ」
「……分かりました」
「育てば、話は別になる」
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それだけ言って、老婆は去った。
前の時代の老婆と、やっぱりどこか似ていた。
目の使い方が同じだ。
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(この時代も、責任は俺か)
(変えるって、そういうことか)
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タダさんが隣に来た。
「気にするな」
「気にしてるわけじゃ……顔に出てましたか」
「出てた」
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シンは少し黙る。
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「育ちますかね、あの種」
「分からん」
「そうですよね」
「やってみないと分からんことは、やってみるしかない」
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タダさんは立ち上がった。
それだけ言って、行ってしまった。
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(先祖のタダさんも、こういう人だったな)
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シンは火を見た。
炎が揺れる。
頭の中を、さっきまでの出来事が流れていく。
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(俺が種を残したから、揉めた)
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当たり前のことだ。
何かを変えれば、何かが動く。
良い方にだけ動くとは限らない。
でも、何もしなければ何も変わらない。
どっちがいいのか、正直まだ分からない。
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(でも)
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シンは空を見た。
星が出ている。
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(モモが来るということは、俺がやることに意味があるということだ)
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そう思う。
改変を止めに来るということは、改変が効いているということだ。
効いているなら、続ける意味がある。
それだけは、はっきりした。
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そのとき。
風が変わった。
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甘い匂いがした。
一瞬ではない。
今日は、続いている。
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(いる)
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立ち上がる。
辺りを見回す。
集落の人間は眠っている。
見張りの男が、外周に立っているだけだ。
森は暗い。
何も見えない。
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でも、匂いがしている。
明らかに、近くにいる。
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「……モモ」
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声に出した。
返事はない。
気配も動かない。
でも、消えない。
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「見てたか、さっきの」
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また返事はない。
ただ、桃の香りが少し強くなった気がした。
気のせいかもしれない。
でも、そう感じた。
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(見てたんだな)
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「どうだった」
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聞いてみた。
答えが来るとは思っていなかった。
でも、聞かずにいられなかった。
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沈黙が続く。
虫が鳴く。
火がはぜる。
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そして。
ほんのわずかに、草を踏む音がした。
近づいてくる音ではない。
遠ざかっていく音だ。
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匂いが消えた。
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(行ったか)
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シンはその場に立ったまま、しばらく森を見ていた。
何もない。
暗い森があるだけだ。
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(……答えなかったけど)
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見ていた、という感触だけが残った。
種の話も。
揉め事も。
シンが間に入ったことも。
全部、見ていた。
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(次、来たら聞いてみよう)
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なんとなく、そう思った。
その夜、シンは初めて。
次の日に何をするか、考えながら眠った。
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