交渉
第八話 交渉
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種が、南の者の手に戻っていく。
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シンは一歩踏み出した。
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タダが振り返る。
目が合う。
何をする気だ、という顔だ。
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「……ちょっとだけ、いいですか」
小声で言う。
「外の者、口を出す話ではない」
「分かってます。でも、あの種」
「いらん」
「使い方を知ったら、いると思います」
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タダは少し間を置いた。
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「……使い方、知ってるのか」
「たぶん」
「たぶんか」
「かなりたぶん」
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タダはしばらくシンを見た。
それから、短く言った。
「言ってみろ」
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シンは南の者の前に出た。
南の者が警戒する。
シンは両手を見せる。
武器がない、という意思表示だ。
前の時代で覚えた。
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地面を指す。
種を指す。
土を軽く掘る仕草をする。
種を置く仕草をする。
水を注ぐ仕草をする。
手で植物が育つ様を示す。
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南の者の顔が変わった。
驚いている。
この外来者が、農耕を知っている。
そういう顔だ。
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南の者が、今度はシンに向かって話し始めた。
言葉は半分しか分からない。
でも身振りと表情で補う。
土の質。
水の量。
季節。
向き。
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(なるほど)
(かなり細かい)
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シンはそれを聞きながら、隣のタダに要点を伝えた。
全部じゃない。
分かった部分だけ。
土に埋めれば芽が出る。
水をやれば育つ。
食い物になる。
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タダは黙って聞いた。
表情は変わらない。
でも、目が動いた。
考えている。
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最終的に、種は受け取られた。
干し肉と交換された。
南の者が帰っていく。
その一人が、去り際にシンを振り返った。
何も言わない。
ただ、頷いた。
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(通じた)
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小さいことだ。
種が一袋、この集落に残っただけだ。
育つかどうかも分からない。
ちゃんと使われるかも分からない。
でも。
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(変わった)
(さっきと、変わった)
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それだけで、胸の奥で何かが動いた。
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タダが隣に来た。
「なぜ知ってた」
「……なんでか分からないけど、知ってた」
「変なやつ」
「よく言われます」
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タダは短く笑った。
先祖のタダさんも笑い方が短かった。
本当によく似ている。
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(何なんだろ、この人たち)
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南の者たちが消えていった方向を、シンはしばらく見ていた。
森の向こう。
向こうに、向こうの集落がある。
向こうの論理がある。
向こうの都合がある。
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(俺は、ここだけ見てた)
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種一袋が残ればいい。
農耕が伝わればいい。
でも、向こうにも意図がある。
意図と意図がぶつかれば、必ずどちらかが引く。
今日は上手くいった。
でも、次はどうなる。
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(次、どうなる)
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答えは出なかった。
空が、少し暗くなってきた。
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その夜。
集落が静かになった頃。
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甘い匂いがした。
今度は、消えない。
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シンはゆっくり振り返った。
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モモが、いた。
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距離は少し遠い。
前の時代より、遠い。
刃は出ていない。
ただ、こちらを見ている。
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口が開く。
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「逸脱、確認。誤差、記録」
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平坦な声だった。
感情がない。
報告している。
誰かに、報告している。
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(誰に言ってる)
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シンはその問いを飲み込んだ。
今は聞かない。
今日は、ここまでだ。
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「……久しぶり」
言った。
モモは答えない。
ただ、一瞬だけ。
視線がわずかにずれた。
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(また、揺れた)
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モモは消えた。
音もなく。
気配もなく。
ただ、匂いだけが少しの間、残った。
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桃の香り。
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シンは空を見た。
星が出ている。
前の時代と同じ星だ。
でも今日は、少しだけ多く見える気がした。
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(変えられる)
(変えながら、続ける)
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それだけが、今の答えだ。
まだ全部は分からない。
でも、一つだけ分かった。
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種が、この集落に残った。
たった一袋。
でも確かに残った。
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(それでいい)
(今日は、それでいい)
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火がはぜる音がした。
遠くで、タダさんが横になる気配がした。
集落が眠る。
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シンは最後にもう一度、南の方角を見た。
何もない。
暗い森があるだけだ。
でも、その向こうに。
変えられる何かが、あると思った。
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(第九話へ)




