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第七話 種



 翌朝。


 シンが目を覚ますと、集落はすでに動いていた。



 男たちが外周を確認している。


 女たちが子供を奥に集めている。


 静かだが、張っている。


 昨日とは空気が違う。



(南が来るやつだ、これ)



 経験がある。


 前の時代で、何度も嗅いだ空気だ。


 来る前の、静けさ。



 でかい男が近くにいた。


 昨日、焼き魚をくれたやつだ。


 名前を聞いていなかった。



「……おはようございます」


 声をかけた。


 男がこちらを見る。


 少し間があった。


「タダ」


「え?」


「俺の名」


「やっぱし!?」


「む?」


「あ、いえ……」


「……変なヤツ」



(なんて事だ)


(子孫かなぁ!)


(安心するわ〜)



 タダは返事を待たずに外周の方へ歩いていく。


 シンもついていく。


 止められなかったから、たぶんいい。



 集落の端まで出ると、南の森が見えた。


 何もない。


 静かだ。


 でも、タダはそこを見ている。


 動かない。



「昨日、南から来る者がいると言ってましたよね」


「……ああ」


「来たら、戦いになるんですか」



 タダは少し間を置いた。



「……分からん」


「前に来たときは?」


「交換した」


「交換」


「食い物と、石と」



(取引だ)


(前の時代みたいに攻めてくるわけじゃない)



「それで、今回も?」


「……分からん」


「また分からんですか」


「毎回、同じじゃない」



 シンは少し考えた。


 毎回、同じじゃない。


 タダは当然のことを言っているつもりだろう。


 でも、シンにはその言葉が少し重く届いた。



(毎回、同じじゃない)


(そうだ。俺が来てから、南は取引に来た)


(前の時代では、来たら戦いだった)


(ここはもう、違う歴史を歩いてる)



「……タダさんは、南のことが嫌いですか」


「嫌い、ではない」


「怖い?」


「違う」


「じゃあ」


「……面倒」



(面倒!)



「面倒、ですか」


「来れば、何かが変わる。変わると、対応しなければならない。面倒だ」



 素直な答えだと思った。


 好きでも嫌いでもなく、面倒。


 それは、かなり正直な感情だ。



「でも、逃げない」


「逃げても、来る」


「……そうですね」


「だから、対応する」



 タダは短く言い切って、また黙った。


 その横顔が、先祖のタダと重なった。


 声の重さも。


 動じない感じも。


 何百年経っても、この人は同じだ。



(不思議だな)



 午後になった。


 森の向こうで、葉が揺れた。



「来た」


 タダが静かに言う。



 集落の男たちが動く。


 前に出る者。


 後ろで構える者。


 揃ってはいないが、それぞれが判断して動いている。



 森の縁から、人影が出てきた。


 数は五人。


 全員、荷物を持っている。


 背負っている。


 引いている。


 武器は持っていない。



(あれ)



 構えがない。


 攻める気がない。


 全員、両手がふさがっている。



(荷物持って来るのか)


(戦いじゃない)



 集落の男たちが前に出る。


 槍は持っている。


 でも、下げている。


 双方が、立ち止まった。



(……対話だ)



 前の時代には、なかった。


 南は来たら戦いだった。


 でも今回は違う。


 声が交わされる。


 怒鳴っていない。


 確認している。



(取引だ)


(普通に取引してる)



 同じ「南」なのに、やることが違う。


 前は侵略だった。


 今回は交易だ。


 歴史は固定じゃない。


 それが、目の前でもう一度証明された。



 取引が進んでいく。


 食い物が並ぶ。


 石の刃が並ぶ。


 交渉が続く。


 シンは少し離れたところで、それを見ていた。



 そのとき、取引の端で、南の者が小さな布袋を取り出した。


 集落の男に差し出す。


 男が受け取り、中を見る。


 首を傾げる。


 南の者が何か説明している。


 地面を指す。


 土を指す。


 水を指す。



(種…か)



 その認識が、自然に浮かんだ。


 種を渡そうとしている。


 農耕の知識を渡している。


 でも、集落の男は首を振った。


 要らない、ということらしい。



(使い方を知らないから、いらないんだ)



 シンは一歩前に出かけて、止まった。



 口を出すべきか。


 出したら、何かが変わる。


 変わることが、正しいかどうか分からない。


 前の時代でさんざん死んで、やっとここまで来た。


 でも、変えていいのか。


 変えて、何が起きるか、まだ分からない。



(どうする)



 種が、南の者の手に戻っていく。


 取引が終わりに近づいている。


 時間がない。



(第八話へ)

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