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新時代

第六話 新時代


⸻


 夜は、思ったより眠れなかった。


⸻


 火の外に座ったまま、シンは何度も目を閉じた。


 だが、そのたびに桃の匂いを思い出した。


 白い衣。


 黒い髪。


 木々の影に立つモモ。


⸻


 刃は出していなかった。


 殺しに来たわけでもなかった。


 ただ見ていた。


⸻


 それがかえって、落ち着かなかった。


⸻


(殺さないモモ、怖いな)


⸻


 殺されるのは嫌だ。


 痛い。


 怖い。


 心底ごめんだ。


⸻


 だが、殺さないでただ見ているモモは、別の意味で怖かった。


 何を考えているのか分からない。


 そもそも考えているのかも分からない。


 あの最後の時、モモは「逃げて」と言った。


 袖を掴んだ。


 離れたくないみたいに。


⸻


 なら今のモモは、何を見ているのか。


 シンを。


 この火を。


 ユナを。


 タダを。


 それとも、この時代そのものを。


⸻


 答えは出なかった。


⸻


 火のそばでは、何人かが交代で起きていた。


 見張りというより、火守りだった。


 火を絶やさない。


 燃えすぎてもいけない。


 煙が多すぎてもいけない。


 灰の奥に赤い芯を残しながら、夜の寒さに合わせて少しずつ木を足す。


⸻


 前の時代の火は、死から身を守るための火だった。


 ここの火は、暮らしを回すための火だった。


⸻


 食べ物を煮る。


 土器を乾かす。


 湿った服を温める。


 子供を寝かせる。


 外から来た者を、ひとまず殺さずに座らせておく。


⸻


(便利だな、火)


⸻


 今さらすぎることを思った。


⸻


 明け方。


⸻


 鳥の声より先に、女の声がした。


 短い声。


 それに応じて、何人かが起きる。


 子供がぐずる。


 犬のような獣が、火のそばで伸びをする。


⸻


 朝の集落は早かった。


⸻


 誰かが土器を火に寄せる。


 誰かが灰をならす。


 誰かが川へ向かう。


 誰かが干した魚を下ろす。


 年寄りの女が、昨日のうちに割っておいた木の実を石の皿へ入れる。


 若い男が、石斧の柄を縛り直している。


⸻


 全員が、何をするのか分かっている。


⸻


 命令が飛び交うわけではない。


 ただ、それぞれが自然に動いている。


 足りないところに誰かが入る。


 手が空いた者が、次のものを持つ。


 小さい子供は邪魔にならない位置へ寄せられ、大きい子供は水や枝を運ばされる。


⸻


(会社っぽい)


⸻


 そう思ってから、会社という言葉の意味が曖昧なことに気づいた。


 だが、感覚だけは残っている。


 役割。


 順番。


 暗黙の了解。


 誰も紙に書いていないのに、皆が分かっている決まり。


⸻


(紙、ないしな)


⸻


 シンは火の外に座ったまま、それを眺めていた。


 見ているだけでも、かなり情報が多い。


⸻


 まず、器が多い。


⸻


 土器は前より薄い。


 全部がそうではないが、煮炊きに使う大きなもの、食べ物を分ける中くらいのもの、何かを保存するためらしい口の狭いものがある。


 木をくり抜いた器もある。


 編んだ籠もある。


 葉を敷いた平たい皿もある。


⸻


 物には使い道がある。


 用途ごとに形が違う。


⸻


 それが、前の時代よりずっとはっきりしていた。


⸻


 次に、紐が多い。


⸻


 腰の袋。


 首飾り。


 土器の補修。


 屋根を縛る縄。


 魚を吊るす紐。


 子供の足首に結ばれた小さな飾り。


⸻


 植物の繊維を裂いて、撚って、編む。


 それだけのことに見える。


 だが、その紐ひとつで、暮らしの複雑さが変わっている。


⸻


(紐すげえ)


⸻


 シンは真顔で思った。


⸻


 そうして観察していると、ユナが近づいてきた。


 手に木の器を持っている。


⸻


「起きてた?」


「寝たり起きたり」


「寒かった?」


「ちょっと。でも大丈夫」


「火の外は寒いよ」


⸻


 ユナは当たり前のように言った。


⸻


「内側に入れてはくれないんだ」


「まだ駄目」


「ですよね」


⸻


 ユナは少し笑った。


 木の器を差し出す。


⸻


「朝の分」


「いいんですか」


「火の外でも、食べる分はある」


⸻


 器の中には、昨日と似たどろりとした食べ物が入っていた。


 木の実を砕いて煮たもの。


 草の根。


 少し魚の身。


 今日は、昨日よりも苦みが少ない。


⸻


「うまい」


⸻


 シンは言った。


⸻


「早い」


「食べる判断は早い方なので」


「外の人は、変なことを言う」


「よく言われます」


⸻


 ユナは火の方を見る。


 そこでは、食べ物の分配が始まっていた。


⸻


 最初に、小さな子供。


 次に、腹の大きな女。


 次に、足を引きずる男。


 その次に、年寄り。


 それから、昨日川へ行った者たち。


 最後に、今朝これから出る男たちと女たち。


⸻


 完全に平等ではない。


 だが、雑でもない。


⸻


 誰が先か。


 誰に多く渡すか。


 誰が今日は少なくても我慢するか。


 それを皆が見ている。


⸻


 一人の子供が、もう一口欲しがって手を伸ばした。


 配っていた女が、その手を軽く叩く。


 子供は頬を膨らませた。


 だが泣かない。


 近くにいた老人が、自分の器から少しだけ分けた。


 女がそれを見る。


 何も言わない。


⸻


(おお)


⸻


 シンは妙に感心した。


⸻


 決まりがある。


 でも、決まりだけではない。


 誰かが少しだけ融通を利かせる。


 その融通もまた、皆に見られている。


⸻


 ここでは、食べ物は腹に入る前から人と人の間を動いている。


⸻


「誰が決めるの」


⸻


 シンが聞くと、ユナは首を傾げた。


⸻


「何を?」


「誰にどれだけ渡すか」


「決める?」


「いや、今、順番があるだろ」


「あるよ」


「それは誰が決めたの」


⸻


 ユナは少し困った顔をした。


⸻


「昔から」


「昔から」


「子供は小さい。腹の人は二人。怪我人は動けない。年寄りは噛むのが遅い。明日山へ行く人は力がいる。だから、そうする」


⸻


 言われれば当然だった。


 だが、その当然を全員が共有しているのがすごい。


⸻


「じゃあ、いっぱい獲った人がいっぱい食べるわけじゃないんだ」


「いっぱい獲った人は、いっぱい見られる」


「見られる?」


「ちゃんと分けるか」


⸻


 ユナは当たり前のように言った。


⸻


「獲ったものを一人で隠すと、火のそばに座れなくなる」


「それは、重いな」


「重い?」


「かなり重い」


⸻


 火のそばに座れない。


 それは、この集落ではただの罰ではない。


 食べ物から遠ざけられる。


 話し合いから外される。


 冬の夜に、温かさから離される。


 人の輪から外される。


⸻


 火の外にいるシンには、その意味がよく分かった。


⸻


「じゃあ俺、今けっこう罰っぽい場所にいる?」


「罰じゃないよ」


「でも火の外」


「まだ分からない人だから」


「やっぱ怪しい人枠か」


「うん」


⸻


 あっさり言われた。


⸻


(傷つくなあ)


⸻


 でも、嫌な感じはしなかった。


 ユナの声には敵意がない。


 ただ、事実を言っている。


⸻


「分かる人になったら、火の内に入れる?」


「たぶん」


「何をしたら分かる人になるの」


「戻ってくること」


⸻


 ユナは言った。


⸻


「食べて、働いて、出て、戻ってくる。何度も。そうすると分かる」


⸻


 シンは少し黙った。


⸻


 戻ってくること。


⸻


 その言葉が、妙に刺さった。


⸻


(俺、戻ってはいるんだよな)


⸻


 ただし、死んで戻っている。


 たぶん、この集落が言う意味とは違う。


⸻


 シンは器の底を見た。


 少しだけ食べ物が残っている。


 それを指で拭って食べる。


⸻


「働くか」


⸻


 そう言うと、ユナは少し嬉しそうにした。


⸻


「じゃあ、水」


「やっぱ水か」


「外の人は、まず水」


「前もそうだった」


「前?」


「いや、なんでもない」


⸻


 水場は近かった。


⸻


 集落の脇を下ると、細い流れがある。


 その先で太い川に合流しているらしい。


 水は冷たい。


 底には丸い石が敷かれ、ところどころに木の枝が渡してある。


 滑らないようにするためだろう。


⸻


 ユナは水の汲み方を見せた。


⸻


 土器を直接流れに入れない。


 まず手で濁りを払う。


 流れの上から汲む。


 底の泥を巻き上げない。


 戻る時は、土器の口に葉をかぶせる。


 虫や落ち葉が入らないようにするためだ。


⸻


 前の時代より、手順が多い。


⸻


 手順が多いということは、失敗も多いということだった。


⸻


 シンは一度、土器を傾けすぎて水をこぼした。


 ユナが笑った。


⸻


「下手」


「この器、重心が難しい」


「じゅうしん?」


「持つところが欲しい」


「持つところは手」


「ですよね」


⸻


 水を運び終えると、次は魚だった。


⸻


 干してある魚を裏返す。


 風が当たるように位置を変える。


 腹に虫がつかないように、煙の近くへ寄せる。


 だが近すぎると焦げる。


⸻


「これも難しいな」


⸻


 シンが呟くと、近くにいた男が鼻で笑った。


⸻


「魚は勝手にうまくならない」


「名言っぽい」


「めいげん?」


「いや、こちらの話です」


⸻


 男は怪訝そうにしながら、魚の尾を持ち上げた。


⸻


「こうだ」


⸻


 身の厚い方を煙へ向ける。


 皮の焦げたところは外す。


 頭は別に置く。


 骨は後で使う。


⸻


「骨も使うんですね」


「骨は捨てない」


「食べる?」


「食べる。削る。戻す」


「戻す」


⸻


 その言葉に、シンは反応した。


⸻


 戻す。


 老婆も言っていた。


 食ったものは戻す。


 戻さぬものは迷う。


⸻


 この時代でも、その感覚は残っているらしい。


⸻


 男は魚の頭を別の籠に入れた。


⸻


「目のあるものは、目のある場所へ」


「目のある場所?」


「火のそば」


⸻


 説明はそれだけだった。


 だが、シンには何となく分かった。


 頭。


 目。


 見ているもの。


 それをただ捨てるのは、たぶんよくない。


⸻


 食べた命と、どう別れるか。


 それにも決まりがある。


⸻


(暮らしと祈りが分かれてないんだな)


⸻


 宗教、という言葉が浮かぶ。


 でもやはり、それは少し違う。


 この人たちは特別な時だけ祈るのではない。


 食べる時も。


 捨てる時も。


 火を起こす時も。


 水を汲む時も。


 全部が少しずつ、見えないものと繋がっている。


⸻


 だから、生活そのものが祈りに近い。


⸻


 昼になると、シンは手が痛くなっていた。


⸻


 水を運び、魚を返し、木の枝を割り、土器を並べ、子供に小石を投げられ、犬に匂いを嗅がれた。


⸻


 外の人としては、かなり働いた方だと思う。


 少なくとも本人はそう思った。


⸻


 火のそばに戻ると、タダがいた。


⸻


 朝見た時と同じ。


 いや、昨日見た時と同じ。


 いや、前の時代と同じ。


⸻


 大きな体。


 厚い肩。


 太い腕。


 そして、あの妙に落ち着いた顔。


⸻


 タダは魚を焼いていた。


⸻


 当然みたいに、焼いていた。


⸻


(やっぱり焼いてる)


⸻


 シンは少し笑った。


⸻


 タダはシンに気づくと、焼いた魚の端を折った。


 何も聞かずに差し出す。


⸻


「食え」


⸻


 同じだった。


⸻


 あまりにも同じだった。


⸻


 シンはしばらく魚を見た。


 それからタダを見た。


 また魚を見た。


⸻


「……いただきます」


⸻


 受け取って、かぶりつく。


⸻


 熱い。


 塩気はない。


 皮は少し焦げている。


 身はほろっとしている。


⸻


 うまい。


⸻


(タダの焼き魚だ)


⸻


 前は肉だった。


 今は魚。


 でも、同じだった。


⸻


 火の近づけ方。


 返すタイミング。


 焦げた部分の削り方。


 食え、と何も説明せず渡してくる感じ。


⸻


 全部、タダだった。


⸻


「うまいです」


「そうか」


「あなた、魚焼くのもうまいんですね」


「肉もうまい」


「知ってます」


⸻


 言ってから、しまったと思った。


⸻


 タダがこちらを見る。


⸻


「知っているのか」


⸻


 シンは魚を飲み込んだ。


⸻


「……勘です」


「変だな」


「はい」


⸻


 タダはそれ以上聞かなかった。


⸻


(助かる)


⸻


 この人は、深く聞かない。


 でも、見ていないわけではない。


 たぶん、分からないものを無理に分かろうとしないだけだ。


⸻


 その距離が、シンにはありがたかった。


⸻


 ユナが近づいてきた。


 手には細い植物の繊維を持っている。


⸻


「シン、手が空いてるなら、これ」


「今、魚で手が満ちてます」


「食べたら」


「はい」


⸻


 ユナは笑った。


 タダは魚を返した。


⸻


「働かされてるな」


「外の人なので」


「そうか」


「火の内への道は遠いです」


「道は遠いものだ」


⸻


 タダが真顔で言った。


⸻


 シンは一瞬、深い意味を考えた。


 だが、タダは魚を見ているだけだった。


⸻


(たぶん、そこまで考えてない)


⸻


 でも、言葉だけは妙に残った。


⸻


 午後。


⸻


 ユナに連れられて、シンは集落の裏手へ行った。


⸻


 そこには、浅く掘られた穴がいくつもあった。


 全部が同じではない。


 使われているもの。


 土で塞がれたもの。


 木の板のようなもので覆われたもの。


 上に石を置いてあるもの。


⸻


「これは?」


「蓄える穴」


⸻


 ユナは言った。


⸻


「木の実。乾いた根。たまに魚」


「地面に入れるんだ」


「地面は冷たい。隠してくれる」


「でも、腐らない?」


「腐るものもある」


「駄目じゃん」


「だから、見に来る」


⸻


 ユナは当たり前のように言った。


⸻


「何もしないで残るものは少ないよ」


⸻


 シンは、穴を見た。


⸻


 保存。


 備蓄。


 管理。


⸻


 また言葉が浮かぶ。


⸻


 食べ物を獲るだけではない。


 残す。


 隠す。


 分ける。


 また取り出す。


⸻


 それは、未来を作ることだった。


⸻


 前の時代には、食べ物は今この場の命だった。


 ここでは、食べ物は先の時間にも置かれている。


⸻


(これが、新しいってことか)


⸻


 シンは思った。


⸻


 家が少し立派になったとか。


 器が増えたとか。


 食べ物が煮られているとか。


 そういうことだけではない。


⸻


 明日を計算している。


 冬を見ている。


 戻ってくる日を考えている。


⸻


 この集落は、時間を貯めている。


⸻


「すごいな」


⸻


 シンが言うと、ユナはきょとんとした。


⸻


「穴が?」


「穴も。あと、考え方が」


「考え方?」


「残すって、難しいだろ」


「食べきると、後で困る」


「そうなんだけど」


⸻


 シンはうまく説明できなかった。


⸻


 食べたい時に食べない。


 今あるものを、まだいない未来の自分たちへ渡す。


 それは、すごいことだと思った。


⸻


 だが同時に、怖くもあった。


⸻


 残すものがあると、それを守らなければならない。


 守るものがあると、奪われる怖さが生まれる。


 奪われるものがあると、奪う者が来る。


⸻


(豊かになるって、狙われるってことでもあるのか)


⸻


 嫌な考えだった。


⸻


 ユナは塞がれた穴の上に置かれた石を直した。


⸻


「これは、火に見せた?」


「見せた?」


「初めて入れる時、火のそばに少し置く。火が知っていれば、穴も忘れない」


⸻


 また火だ。


⸻


 シンは中央の火を振り返った。


 煙が細く上がっている。


⸻


 ここでは、物を残すにも火が関わる。


 食べるにも火。


 迎えるにも火。


 分けるにも火。


 蓄えるにも火。


⸻


 火は、ただ燃えるものではない。


 共同体の目だ。


 この集落の中心で、誰が何を持ち、何を食べ、何を残すのかを見ている。


⸻


(だから火の外って、重いんだな)


⸻


 火に見られていない。


 火に認められていない。


 まだ、集落の時間に入っていない。


⸻


 その意味が、少しだけ分かってきた。


⸻


 夕方。


⸻


 集落に、外から人影が戻ってきた。


 朝出た者たちではない。


 見慣れない三人組だった。


⸻


 シンはすぐに身構えた。


⸻


 南か。


 敵か。


 また戦いか。


⸻


 だが、集落の人々は槍を取らなかった。


 警戒はする。


 だが、慌てない。


⸻


 三人は火の外で止まった。


 先頭の男が、両手を見せる。


 武器は持っていない。


 背には籠。


 腰には袋。


 首には、見慣れない色の石が下がっている。


⸻


 年長の女が出てきた。


 ユナが小さく言った。


⸻


「南の道から来る人」


⸻


 シンの体が固まった。


⸻


「南?」


「うん。でも戦う人じゃない」


「じゃあ何」


「替える人」


「替える?」


「持ってきたものと、ここのものを替える」


⸻


 交易。


⸻


 言葉が浮かんだ。


⸻


 胸の奥がざわつく。


⸻


 南。


 だが、槍ではない。


 種かもしれない。


 石かもしれない。


 技術かもしれない。


 便利なものかもしれない。


⸻


 便利なものは、怖い。


⸻


 そう思った自分に、シンは少し驚いた。


⸻


 前なら、便利ならいいだろ、と思ったかもしれない。


 腹が減らないなら最高だろ、と。


⸻


 でも今は、少し分かる。


 火の内に入るものは、暮らしを変える。


 暮らしを変えるものは、人の関係も変える。


⸻


 南から来た男が、袋を下ろした。


 中から、小さな包みを取り出す。


 木の皮で巻かれた包み。


 大事そうに扱っている。


⸻


 年長の女が、目を細めた。


 ユナも息を飲む。


⸻


 シンは、なぜか嫌な予感がした。


⸻


 包みは、まだ開かれない。


⸻


 ただ、そこにある。


⸻


 火の外に。


⸻


 南から来たものとして。


⸻


 そのとき。


⸻


 集落の端で、かすかに甘い匂いがした。


⸻


 シンは振り返る。


⸻


 木々の影。


 白い衣。


 黒い髪。


 桃の飾り。


⸻


 モモが、また見ていた。


⸻


 南から来た者を。


 包みを。


 火を。


 そして、シンを。


⸻


 目が合う。


⸻


 モモは何も言わない。


 刃も出さない。


⸻


 ただ、その目だけが、前よりも深く何かを記録しているように見えた。


⸻


 次の瞬間、白い影は消えた。


⸻


 桃の匂いだけが残る。


⸻


「シン?」


⸻


 ユナが声をかけた。


⸻


「顔、怖い」


「え」


「さっきまで変な顔だったのに、今は怖い顔」


「変な顔は標準装備なのか」


「うん」


⸻


 シンは少しだけ笑った。


 でも、視線は火の外の包みから離せなかった。


⸻


 新しい時代。


⸻


 そう思った。


⸻


 ここには、余裕がある。


 器がある。


 蓄えがある。


 道がある。


 人を迎える火がある。


⸻


 そして、南から何かが来る。


⸻


 槍ではなく。


 刃でもなく。


 もっと静かなものが。


⸻


(今度は、これか)


⸻


 シンは火を見た。


 火は、何も言わずに燃えている。


⸻


 外から来たものを、受け入れるか。


 拒むか。


 分けるか。


 隠すか。


⸻


 その答えを出すのは、まだ少し先のことだった。


⸻


(第七話へ)

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