表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

別の朝

第五話 別の朝



 息が入った。



(また——)



 止まった。



 違う。



 空が、違う。


 葉の形が、違う。


 土の匂いが、違う。


 空気が、違う。



(……ここ、どこだ)



 体を起こす。


 頭の重さは同じだ。


 足元のふらつきも同じだ。


 それだけが、同じだ。



 森だ。


 また森だ。


 でも、前とも前々とも違う。


 木が太い。


 桁違いに太い。


 葉が大きい。


 光の落ち方が違う。



(なんか、でかい)


(全体的に、でかい)



 立ち上がる。


 周囲を見回す。


 見知らぬ森。


 見知らぬ空気。


 鳥の声がする。


 知らない鳴き方だ。



(迷子だ)


(完全に迷子だ)



 とりあえず生きているのは確認した。


 手が動く。


 腕も動く。


 傷はない。


 モモもいない。


 甘い匂いもない。



(静かだ)


(やけに静かだ)



 しばらく、その場に立ったまま空を見た。


 雲が流れる。


 さっきの森より、ゆっくり流れる気がする。


 気のせいかもしれない。



(あの最後、なんだったんだ)



 八回目の死を思い返す。


 モモが来た。


 いつもより早く。


 自分から来た。


 そして刃が来て。


 香りの奥に、別の匂いが混じった。


 金属と、冷たい空気の匂い。



(あれ、なんだったんだろ)



 知っている匂いだった。


 でも思い出せない。


 よくあるやつだ。


 俺の記憶は穴だらけだから。



(腹、減ったな)



 思考が中断される。


 腹の音がした。


 わりと大きい音だった。


 誰もいないのに少し恥ずかしい。



 辺りを見回す。


 木の実らしきものが足元に落ちている。


 前の森で覚えた。


 色と形を確認する。


 食べられそうなやつだ。


 かじる。


 渋い。


 でも食える。



(進歩してる、俺)



 自分を褒める。


 褒めてくれる人間がいないので自分で褒める。



 歩き始める。


 川の音がする方へ。


 川があれば人がいる可能性がある。


 人がいれば食い物がある。


 たぶん。



(俺、おかしいよな)



 投げやりではなく、ただそう思う。


 八回死んで、八回戻った。


 それを普通に受け入れている。


 怖くないわけじゃない。


 毎回、ちゃんと怖い。


 でも戻るたびに、なんとなく分かっていた。


 戻る、と。



(なんで分かってたんだろ)



 答えは出ない。


 でも、ずっとそうだ。


 木の名前が分かる。


 煙を見たら人がいると分かる。


 石の刃が武器になると分かる。


 知らないのに、知っている。



(まあ)


(今に始まったことじゃないしな)



 太い木の幹に手を当てる。


 ざらざらしている。


 硬い。


 本物だ。


 これは確かだ。



(俺が何なのかは、よく分からん)



 普通の人間じゃない気はする。


 でも腹は減る。


 怖いものは怖い。


 うまいものはうまかった。


 タダの肉は本当にうまかった。



(……じゃあ、まあ)


(今はそれでいいか!)



 川の音が近くなってきた。


 水の匂いがする。


 森が開ける。


 細い川が流れていた。


 水は透明だ。


 底の石が見える。



(飲んでいいやつかな〜)



 しばらく考えて、飲む。


 冷たい。


 うまい。



(腹を下したらそのとき考えよ!)



 川沿いに下流へ歩く。


 下流の方が人がいる可能性が高い。


 理由は分からないが、そう思った。


 また知っている感覚だ。


 気にしても仕方ない。



 しばらく歩くと、川幅が広がってきた。


 対岸の木が開けている。


 その向こうに、煙が見えた。



(人、いる)



 前と同じ判断だ。


 煙。


 火。


 人間。


 でも今回、煙の形が違う。


 細くない。


 太い。


 柱みたいに、まっすぐ上がっている。



(……前と違う種類の煙だ)



 川を渡る。


 冷たい。


 足首まで浸かる。


 思ったより流れが速い。


 石が滑る。


 一回よろける。


 誰にも見られていないのに恥ずかしい。



 対岸に上がる。


 濡れた足で、草の上を歩く。


 煙の方へ近づく。


 木々の間から、集落が見えてきた。



(……あれ)



 前と違う。


 明らかに違う。


 前の集落は低かった。


 土と草で作られた、平たい家が円を描いていた。


 でも今見えているのは。


 柱が高い。


 屋根が急だ。


 茅葺きのような作りが、何棟も並んでいる。



(進んでる)


(なんか、前より進んでる気がする)



 時代が変わったのかもしれない。


 何百年か、何千年か。


 それは分からない。


 でも、確かに違う。



(ここ、日本…?)



 そこで止まった。


 日本。


 その言葉が自然に出てきた。


 でも確信はない。


 前も日本だったのかどうかも、実は分からない。



(まあ、行けば分かる)



 木の陰から集落を眺める。


 人がいる。


 動いている。


 生きている。


 それだけで、少しだけ安心した。



(モモ、来るかな)



 来るとしたら、またいつか来る。


 でも今日じゃないかもしれない。


 今日じゃないなら、今日は生きられる。


 ひとまず、それでいい。



(腹、減ったし)



 木の陰から出ようとした、その瞬間。



 川沿いを歩いてきた男と、目が合った。



 でかい男だった。


 本当にでかい。


 こちらに気づいた瞬間、体が止まる。


 シンも止まる。



(あ)



 男が短く叫んだ。


 誰かを呼ぶ声だ。


 シンは反射的に両手を上げた。



(やっぱりそうなる)



 でも今回、男の目に怒りだけじゃないものがあった。


 驚き。


 それから、好奇心のようなもの。


 続きは、次の話になりそうだ。



 遠くで、鳥が鳴いた。


 二羽だった。



(第六話へ)


⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻⸻


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ