別の朝
第五話 別の朝
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息が入った。
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(また——)
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止まった。
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違う。
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空が、違う。
葉の形が、違う。
土の匂いが、違う。
空気が、違う。
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(……ここ、どこだ)
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体を起こす。
頭の重さは同じだ。
足元のふらつきも同じだ。
それだけが、同じだ。
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森だ。
また森だ。
でも、前とも前々とも違う。
木が太い。
桁違いに太い。
葉が大きい。
光の落ち方が違う。
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(なんか、でかい)
(全体的に、でかい)
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立ち上がる。
周囲を見回す。
見知らぬ森。
見知らぬ空気。
鳥の声がする。
知らない鳴き方だ。
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(迷子だ)
(完全に迷子だ)
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とりあえず生きているのは確認した。
手が動く。
腕も動く。
傷はない。
モモもいない。
甘い匂いもない。
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(静かだ)
(やけに静かだ)
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しばらく、その場に立ったまま空を見た。
雲が流れる。
さっきの森より、ゆっくり流れる気がする。
気のせいかもしれない。
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(あの最後、なんだったんだ)
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八回目の死を思い返す。
モモが来た。
いつもより早く。
自分から来た。
そして刃が来て。
香りの奥に、別の匂いが混じった。
金属と、冷たい空気の匂い。
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(あれ、なんだったんだろ)
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知っている匂いだった。
でも思い出せない。
よくあるやつだ。
俺の記憶は穴だらけだから。
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(腹、減ったな)
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思考が中断される。
腹の音がした。
わりと大きい音だった。
誰もいないのに少し恥ずかしい。
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辺りを見回す。
木の実らしきものが足元に落ちている。
前の森で覚えた。
色と形を確認する。
食べられそうなやつだ。
かじる。
渋い。
でも食える。
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(進歩してる、俺)
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自分を褒める。
褒めてくれる人間がいないので自分で褒める。
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歩き始める。
川の音がする方へ。
川があれば人がいる可能性がある。
人がいれば食い物がある。
たぶん。
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(俺、おかしいよな)
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投げやりではなく、ただそう思う。
八回死んで、八回戻った。
それを普通に受け入れている。
怖くないわけじゃない。
毎回、ちゃんと怖い。
でも戻るたびに、なんとなく分かっていた。
戻る、と。
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(なんで分かってたんだろ)
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答えは出ない。
でも、ずっとそうだ。
木の名前が分かる。
煙を見たら人がいると分かる。
石の刃が武器になると分かる。
知らないのに、知っている。
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(まあ)
(今に始まったことじゃないしな)
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太い木の幹に手を当てる。
ざらざらしている。
硬い。
本物だ。
これは確かだ。
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(俺が何なのかは、よく分からん)
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普通の人間じゃない気はする。
でも腹は減る。
怖いものは怖い。
うまいものはうまかった。
タダの肉は本当にうまかった。
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(……じゃあ、まあ)
(今はそれでいいか!)
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川の音が近くなってきた。
水の匂いがする。
森が開ける。
細い川が流れていた。
水は透明だ。
底の石が見える。
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(飲んでいいやつかな〜)
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しばらく考えて、飲む。
冷たい。
うまい。
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(腹を下したらそのとき考えよ!)
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川沿いに下流へ歩く。
下流の方が人がいる可能性が高い。
理由は分からないが、そう思った。
また知っている感覚だ。
気にしても仕方ない。
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しばらく歩くと、川幅が広がってきた。
対岸の木が開けている。
その向こうに、煙が見えた。
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(人、いる)
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前と同じ判断だ。
煙。
火。
人間。
でも今回、煙の形が違う。
細くない。
太い。
柱みたいに、まっすぐ上がっている。
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(……前と違う種類の煙だ)
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川を渡る。
冷たい。
足首まで浸かる。
思ったより流れが速い。
石が滑る。
一回よろける。
誰にも見られていないのに恥ずかしい。
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対岸に上がる。
濡れた足で、草の上を歩く。
煙の方へ近づく。
木々の間から、集落が見えてきた。
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(……あれ)
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前と違う。
明らかに違う。
前の集落は低かった。
土と草で作られた、平たい家が円を描いていた。
でも今見えているのは。
柱が高い。
屋根が急だ。
茅葺きのような作りが、何棟も並んでいる。
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(進んでる)
(なんか、前より進んでる気がする)
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時代が変わったのかもしれない。
何百年か、何千年か。
それは分からない。
でも、確かに違う。
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(ここ、日本…?)
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そこで止まった。
日本。
その言葉が自然に出てきた。
でも確信はない。
前も日本だったのかどうかも、実は分からない。
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(まあ、行けば分かる)
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木の陰から集落を眺める。
人がいる。
動いている。
生きている。
それだけで、少しだけ安心した。
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(モモ、来るかな)
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来るとしたら、またいつか来る。
でも今日じゃないかもしれない。
今日じゃないなら、今日は生きられる。
ひとまず、それでいい。
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(腹、減ったし)
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木の陰から出ようとした、その瞬間。
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川沿いを歩いてきた男と、目が合った。
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でかい男だった。
本当にでかい。
こちらに気づいた瞬間、体が止まる。
シンも止まる。
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(あ)
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男が短く叫んだ。
誰かを呼ぶ声だ。
シンは反射的に両手を上げた。
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(やっぱりそうなる)
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でも今回、男の目に怒りだけじゃないものがあった。
驚き。
それから、好奇心のようなもの。
続きは、次の話になりそうだ。
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遠くで、鳥が鳴いた。
二羽だった。
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(第六話へ)
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