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何度でも

第四話 何度でも



 息が入った。


 また。



(……何回目だ)



 数えていた。


 最初は数えていなかった。


 でも、三回目から数えるようになった。


 今日で六回目だ。


 たぶん。



 体を起こす。


 頭の重さにも慣れた。


 足元のふらつきも知っている。


 この森の匂いも、土の湿り気も、葉の重なりも。


 全部、知っている。



(また始まる)



 投げやりではない。


 ただ、そう思う。


 森を抜けた先に煙がある。


 集落がある。


 老婆がいる。


 タダがいる。


 三日が過ぎれば、南から来る。


 モモが来る。


 俺は死ぬ。


 戻る。



(分かってる)



 だから今日は、集落へは行かなかった。


 逃げるためではない。


 逃げても無駄なことは知っている。


 ただ、先に待つことにした。


 どうせ来るなら、俺が選んだ場所で会いたかった。



 丘の上に座って、南を見た。


 空が広い。


 雲が流れる。


 鳥が鳴く。



 午後になって、甘い匂いがした。



「来ると思ってた」


 振り返らずに言う。


 返事はない。


 だが気配はある。


「座れよ。どうせ急がないだろ」



 しばらく沈黙。


 それから、草を踏む音がした。


 モモが隣に立つ。


 座りはしない。



「……なんでいる」


「待ってた」


「非効率」


「お前が来るなら同じだろ」



 モモは答えない。


 シンは空を見たまま続ける。


「なあ、聞いていいか」


「何」


「お前、俺を何回殺した」



 一拍。



「六回」


「数えてたのか」


「記録している」


「俺も六回だと思ってた。合ってた。えへん。」



 妙な話だと思う。


 自分の死の回数を、殺した相手と確認している。



「……飽きないか」


「何に」


「俺を殺すの」


「任務に飽きるという概念がない」


「そうか」



 風が来る。


 モモの衣が揺れる。


 やはり風の向きと少し合っていない気がした。



(前も思ったな、それ)



「一つ教えてくれ」


「内容による」


「俺が何回死んだら、お前の任務は終わる」



 今度は少し長い沈黙だった。



「……条件は死亡回数ではない」


「じゃあ何だ」


「……」


「教えられないか」


「……教えない」



 シンはそこで初めて振り返った。


 モモの顔を正面から見る。


 整いすぎた顔。


 表情がない。


 だが、目が、ほんの少しだけ、視線を外した。



(……今)



「お前、答えを知ってるか」


「……」


「知ってて言えないのか、知らないのか」


「……関係ない」


「関係あるだろ」



 モモが体勢を変える。


 刃が出る気配。


 シンは立ち上がった。


 逃げるためではない。



「なあ、モモ」


「……」


「お前、本当に任務でここにいるか」



 刃が止まった。


 一瞬だけ。



「……そう」


「ならいい」



 香りが来る。


 シンは目を閉じない。


 モモの目を見たまま、最後まで。



 今度も死んだ。


 でも、見えたものがあった。


 刃が来る直前、モモの口が。


 何かを言いかけて、止まった。



 七回目。



 今度は集落へ行った。


 老婆に水を運ばされた。


 タダに肉を貰った。


 三日目の夜、南から来た。


 モモが来た。


 タダが槍を振った。


 シンは離れたところで見ていた。



(タダは強い)


(でも届かない)



 そのとき、モモの視線がシンを捉えた。


 距離がある。


 タダとやり合いながら、こちらを見ている。


 二つのことを同時にやっている。



(……変だ)



 普通の人間にできる動きじゃない。


 気づいてはいた。


 でも今日、はっきり分かった。



 モモが来る。


 シンは今度は逃げなかった。


「七回目だ」


 言った。


「把握している」


「俺のこと、なんだと思ってる」



 モモの動きが、止まった。



「……対象」


「それだけか」


「……」


「俺のこと、何か思わないか」


「思うという機能が——」


「あるだろ」



 シンは一歩前に出た。


 刃の届く距離になる。



「お前の目、さっきから揺れてる」


「……揺れていない」


「揺れてる。七回見てきた。分かる」



 モモは答えなかった。


 刃が来た。


 シンは避けなかった。


 最後に見えたのは、モモの目だった。



 揺れていた。



 ――また死んだ。



 八回目。



 目を開けると、空がある。


 揺れる葉。


 白い光。


 同じだ。


 全部同じだ。



(あと何回だ)



 分からない。


 でも、続くなら続ける。


 それだけは決まっている。


 シンは体を起こした。


 そのとき。



 甘い匂いがした。



(早い)



 振り返る。


 森の中に、モモが立っていた。


 いつも午後に来る。


 なのに、今日は朝だ。


 目覚めたばかりの、この場所に。



「……来るの、早くないか」


「……」


「どうした」



 モモは答えない。


 ただ、こちらを見ている。


 いつもと少し違う。


 何かが、違う。



「お前から来たのか」


「……」


「任務じゃなくて」



 モモの口が開く。


 閉じる。


 また開く。



「……シンは」


 声が出た。


 名前を呼ばれた。



(あ、シンって呼んでくれるんだ)


(なんか、ちょっと)


(いや今はそれどこじゃない)



「シンは、なぜ諦めない」



 シンは少し間を置いた。



「諦めたら終わるから」


「終わっても、また始まる」


「それは俺じゃない」


「……誤差」


「違う」



 モモが黙る。


 シンは続ける。



「記憶があるから、俺だ。死んで戻っても、七回分、覚えてる。それが俺だ」


「……」


「お前は、七回分の俺を覚えてるか」



 長い沈黙。



「……覚えている」


「なら、お前も同じだ」



 モモの目が揺れた。


 今度はっきりと見えた。


 揺れている。



 だが。


 刃が来た。


 逆らえない何かに引っ張られるように。


 モモの腕が動いた。



(……強制されてる)



 そう思った瞬間だった。


 香りが来る。


 桃の香り。


 でも今日は、その奥に。


 別の何かが混じっていた。



 雨の匂い。


 金属の匂い。


 知らないはずの、冷たい空気の匂い。



(……これ)


(知ってる)



 知っているはずがない。


 なのに知っている。


 体が震える。


 記憶ではない。


 もっと深い場所が、反応している。



 刃が来る。


 目を閉じる。


 終わる。



(また)


(戻る)



 そう思った瞬間。


 世界が、ずれた。



(第五話へ)



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