就職活動
第四十話 就職活動
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翌朝、シンは仕事を探すことにした。
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炉の集落で暮らす。
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そう決めた以上、ただ肉を食べて寝ているわけにはいかない。
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いや、肉を食べて寝るだけでも、たぶんタダは何も言わない。
アサメも何も言わない。
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集落の者たちも、シンをすぐ追い出すようなことはしないだろう。
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だが、それでは駄目だと思った。
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ここにいるなら、何かをしたい。
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ここで火を見て。
肉を食べて。
怒られて。
働いて。
覚えて。
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そう思った。
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だから、まずアサメに言った。
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「仕事をください」
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アサメは炉のそばで、黒い炭を見ていた。
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シンの言葉を聞いて、少しだけ顔を上げる。
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「仕事?」
「はい。就職活動をしたい」
「しゅうしょく?」
「ええと、働き口探し」
「ここに口はある」
「いや、そういう口じゃなくて」
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シンは少し考えた。
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この時代に就職活動はない。
履歴書もない。
面接もない。
志望動機もない。
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スーツもない。
証明写真もない。
自分を御社の成長に貢献できる人材として売り込む必要もない。
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それはそれで、だいぶ羨ましい。
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ただし、ここには別の厳しさがある。
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できるか。
できないか。
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それだけだ。
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「ここで暮らすなら、働きたい」
シンは言った。
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「何ができる」
「それを探したい」
「分からないのか」
「分からない」
「なら、やってみろ」
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アサメは短く言った。
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雑だった。
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でも、採用試験開始の合図としては十分だった。
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シンの就職活動が始まった。
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最初の仕事は、薪割りだった。
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タダが連れていった。
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集落の裏手に、薪置き場がある。
雪に濡れないように、低い屋根の下に木が積まれていた。
太いもの。
細いもの。
乾いたもの。
まだ湿っているもの。
割りやすそうなもの。
見るからに割りにくそうなもの。
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シンには、全部ただの木に見えた。
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タダは、木を見分けていた。
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手に取る前から、どれが割れやすいか分かっているらしい。
持った瞬間、どこへ刃を入れるか決める。
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鉄の斧を構える。
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振る。
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こん。
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音は軽かった。
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だが、木は真っ二つになった。
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「え」
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シンは声を漏らした。
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タダは気にせず、次の木を置いた。
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こん。
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割れる。
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こん。
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割れる。
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こん。
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割れる。
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力まかせではない。
いや、力はある。
かなりある。
だが、それだけではない。
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木の割れ目を見ている。
乾き方を見ている。
節を避けている。
斧の重さを、余計に殺していない。
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シンは深く頷いた。
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「なるほど。分かった」
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タダは手を止めた。
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「分かったか」
「分かった気がする」
「それは分かってない」
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タダは斧を渡した。
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重い。
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思っていたより、だいぶ重い。
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鉄の重さだ。
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シンは木を置いた。
タダがやっていたように、割れ目を探す。
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分からない。
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全部、木だ。
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とりあえず真ん中を狙う。
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振り上げた。
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重い。
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振り下ろす。
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こん。
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斧が刺さった。
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割れない。
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木に刺さったまま、斧が動かない。
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「……」
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シンは斧を抜こうとした。
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抜けない。
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足で木を押さえ、両手で柄を引く。
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抜けない。
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タダが横から片手で斧を抜いた。
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「節」
「節?」
「そこは割れない」
「先に言ってほしかった」
「見ろ」
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シンは木を見た。
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節があった。
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確かにあった。
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見ていなかっただけだ。
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再挑戦する。
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今度は節を避けた。
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振る。
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こん。
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少し割れた。
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「お」
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もう一度。
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こん。
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割れた。
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一つ。
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シンは息を吐いた。
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「割れた」
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達成感があった。
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かなりあった。
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顔を上げる。
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その間に、タダは横で十本くらい割っていた。
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「……」
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子供たちが見ていた。
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いつの間にか集まっていた。
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「川の男、一つ」
「タダ、十」
「川の男、また一つ」
「タダ、もう二十」
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実況されていた。
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かなり厳密に。
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「やめて。数字にされるとつらい」
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子供たちは笑った。
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シンは薪割りを続けた。
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結果。
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シン、七本。
タダ、数えきれない。
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第一志望、薪割り。
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不採用ではない。
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だが、即戦力ではなかった。
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次の仕事は、鉄を運ぶことだった。
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これはいけると思った。
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薪割りは技術がいる。
山菜は知識がいる。
火守りも何か難しそうだ。
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だが、運ぶだけならできる。
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そう思った。
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炉のそばには、黒い塊がいくつか置かれていた。
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鉄そのものなのか、鉄になる前のものなのか、シンにはよく分からない。
だが、炉の男がそれを指した。
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「これを向こうへ」
「分かった」
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シンは両手で持った。
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重い。
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見た目より、重い。
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石の重さとも違う。
水の重さとも違う。
体の中心を下へ引っ張るような重さだった。
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足元に注意しながら歩く。
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数歩。
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いける。
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いけるぞ。
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そう思った瞬間、泥で足が滑った。
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「あ」
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鉄の塊が手からずれた。
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落ちる。
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自分の足の上に。
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(終わった)
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次の瞬間、横から太い手が伸びた。
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タダだった。
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鉄の塊を、片手で受け止めていた。
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音もなかった。
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ただ、そっと止めた。
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シンの足の指の上、ほんの少し手前で。
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「……ありがとう」
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タダは鉄を持ったまま、シンを見た。
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「足、潰れる」
「はい」
「潰れたら歩けない」
「はい」
「歩けないと肉を取りに行けない」
「肉基準なの?」
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タダは答えず、鉄を所定の場所へ置いた。
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集落の子供たちは、また見ていた。
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「川の男、足つぶし」
「足つぶし候補」
「ごくつぶし!」
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「この時代でその罵倒早くない?!」
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第二志望、鉄運び。
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危険。
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保留。
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次は、火守りだった。
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火守り。
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言葉だけ聞けば、少し格好いい。
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火を守る。
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この物語全体に関わるような、壮大な仕事に聞こえる。
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だが実際は、火を消さないように、煙を逆流させないように、薪を足しすぎないように、灰を整え、風を見て、炭の赤を保つ仕事だった。
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つまり、難しい。
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シンはそれを、五分で理解した。
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まず、湿った薪を入れた。
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煙が増えた。
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慌てて細い枝を足した。
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さらに煙が増えた。
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火が弱くなったので、息を吹きかけた。
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灰が舞った。
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自分の顔にかかった。
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「ぶっ」
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子供が笑った。
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かなり笑った。
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アサメが来た。
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黙って火を見る。
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それから、煙を見る。
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最後に、シンの顔を見た。
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「火を見るな」
「え」
「火の周りを見ろ」
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アサメは湿った薪を一本抜いた。
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灰を少しどける。
炭の向きを変える。
入口の風を手で確かめる。
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火が少し息をした。
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煙が細くなった。
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「火は、火だけでは燃えない」
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アサメは言った。
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「木。風。灰。土。湿り。人の手。全部で燃える」
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シンは灰まみれの顔で頷いた。
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「深い」
「顔を洗え」
「はい」
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第三志望、火守り。
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顔面灰。
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不採用寄り。
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次は、山菜採りだった。
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これは、慎重にいこうと思った。
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前の失敗を踏まえる。
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見る。
聞く。
勝手に触らない。
勝手に食べない。
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シンは自分に言い聞かせた。
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アサメが山へ連れていった。
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タダもついてきた。
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なぜか。
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シンには分かった。
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運搬係だ。
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自分を。
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「そこまで信用ない?」
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タダは答えなかった。
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沈黙が答えだった。
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山には、雪の下から緑が出始めていた。
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若い芽。
丸まった葉。
赤みを帯びた茎。
枯れ葉の下から顔を出す、小さな春。
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アサメはそれを、迷いなく見分ける。
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「これは食える」
「これは」
「腹を壊す」
「これは」
「苦い。食える」
「これは」
「触るな」
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「触るな、があるのか」
「ある」
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シンは少し緊張した。
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山菜採りは、思っていたより命がけだった。
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アサメは採りながら説明する。
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根を残すもの。
上だけ折るもの。
若いものだけ食うもの。
火を通せば食えるもの。
水にさらすもの。
匂いで見分けるもの。
似ているが違うもの。
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多い。
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情報量が多い。
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シンの頭の中で、ウロオボエ様が遠い目をした。
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(これは覚えきれない)
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そう思った時だった。
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足元に、見覚えのあるような草があった。
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柔らかそうな若い葉。
少し艶がある。
香りも悪くない。
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(これは……食えそう)
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シンは慎重に見た。
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アサメは少し離れている。
タダは大きな籠を背負っている。
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子供たちなら勝手に食べるかもしれない。
いや、それは危ない。
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だから、まず自分が確認する。
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そう思った。
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この時点で、だいぶ間違っていた。
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シンは小さな葉を一枚ちぎった。
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匂いを嗅ぐ。
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悪くない。
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少しだけ噛んだ。
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苦い。
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だが、いける。
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いや、いけるか。
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いける。
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次の瞬間、舌がしびれた。
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「ん?」
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口の中が変だった。
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苦い。
渋い。
しびれる。
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舌が、勝手に太くなったような気がする。
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世界が少し回った。
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「あ、これ、駄目なやつかも」
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アサメが振り向いた。
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目が細くなる。
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「食ったか」
「少し」
「吐け」
「ほげぇ」
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シンは言われた通りにした。
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だが、遅かった。
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足元がふわっとした。
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視界が斜めになった。
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「おっと」
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倒れる前に、タダが受け止めた。
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大きな腕に抱えられる。
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そのまま、荷物のように肩へ担がれた。
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「またか」
タダが言った。
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「また、って言った?」
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シンの声は、自分でも情けなかった。
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「山では、知らないものを食うな」
アサメが言った。
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「はい」
「見てから食え」
「見ました」
「見えていない」
「はい」
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第四志望、山菜採り。
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毒草に敗北。
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タダにより搬送。
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集落に戻った時、子供たちは大喜びだった。
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シンがタダの肩に担がれて帰ってきたからだ。
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しかも、口がしびれてうまく喋れない。
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「川の男、草に負けた!」
「草つよい!」
「足も弱い!」
「火にも負けた!」
「木にも負けた!」
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「ひょっろ待っへ。全部並べると本当にひどぅい」
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舌が回らない。
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子供たちはさらに笑った。
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シンは土の上に寝かされた。
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タダが水を持ってくる。
アサメが苦いものを飲ませる。
年配の女が遠くから一度見て、鼻で笑った。
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「山に採られかけたね」
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それだけ言って、去っていった。
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(誰!?)
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聞く元気はなかった。
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口のしびれが引くまで、シンはしばらく横になった。
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子供たちの声が聞こえる。
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「川の男、仕事ないね」
「肉は食べる」
「草には負ける」
「炉の糞なら拾えるかも」
「炉の糞?」
「黒いやつ」
「拾っても怒られるよ」
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笑い声。
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悪意はない。
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でも、刺さった。
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かなり刺さった。
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シンは空を見た。
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木々の隙間から、白い雲が見える。
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(何やってんだろうな、俺)
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ここで暮らす。
働く。
役に立つ。
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そう思った。
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だが、結果はどうだ。
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薪はタダの十分の一以下。
鉄は足に落としかける。
火守りは灰まみれ。
山菜は毒草。
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子供に笑われる。
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情けない。
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死に戻りがどうとか。
時代を越えるとか。
モモを救うとか。
ヤマトを知るとか。
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大きなことを考えているくせに、目の前の薪一本まともに割れない。
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(だっせぇ)
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シンは目を閉じた。
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少しだけ、前の時代を思い出した。
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コト。
ユナ。
タダ。
火。
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あの時も、シンは何も分からなかった。
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それでも、時々、うろ覚えの知識が役に立った。
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正確ではない。
立派でもない。
誰かに教えられるほどのものでもない。
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ただ、どこかで聞いた。
昔、見た。
学校で習った気がする。
テレビで見た気がする。
ネットで読んだ気がする。
自分がどこにいたのかはわからないが。
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そんな曖昧なもの。
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シンは、それを前の時代で冗談みたいに呼んでいた。
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ウロオボエ様。
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忘れかけた知識の神様。
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頼りない。
だが、たまに仕事をする。
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(ウロオボエ様……)
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シンは目を閉じたまま、心の中で手を合わせた。
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(このままだと就職先がありません)
(何か、ありませんか)
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返事はなかった。
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そりゃそうだ。
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神様ではない。
ただのうろ覚えだ。
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シンはそのまま、少し眠った。
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事件が起きたのは、夕方前だった。
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シンの口のしびれがようやく引き、立てるようになった頃。
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集落の端で、山鳥が飛び出した。
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突然だった。
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ばさばさばさっ。
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藪の中から、丸い体の鳥が飛び上がる。
羽音がやたら大きい。
飛ぶのがあまりうまくない。
だが、驚かせる力だけはすごい。
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「うわっ!!」
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シンは本気で驚いた。
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子供たちはそれを見て、また笑った。
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「川の男、鳥にも負けた!」
「今のはずるいだろ!」
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山鳥は低く飛び、魚を干している小屋の方へ突っ込んだ。
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小屋といっても、低い屋根と柱だけの乾し場だ。
下では白い煙が細く上がっている。
魚を燻すための火だ。
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山鳥は、その柱にぶつかりかけ、慌てて方向を変えた。
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子供の一人が追いかけた。
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「待て!」
「待たないだろ!」
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シンは言ったが、子供は聞いていない。
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山鳥は羽ばたき、乾いた葦の束を倒した。
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葦が火の近くへ落ちる。
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すぐには燃えなかった。
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だが、煙が増えた。
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白い煙が、急に濃くなる。
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子供は山鳥を追って、乾し場の奥へ入った。
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そこで、咳き込んだ。
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「けほっ」
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シンは眉を寄せた。
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煙が多い。
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火は小さい。
だが、煙が屋根の下に溜まっている。
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子供が戻ろうとして、反対側へ動いた。
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煙で見えていない。
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また咳き込む。
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「おい、こっち!」
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シンは声をかけた。
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子供は聞こえているのか分からない。
煙の中で、変な方向へ手を伸ばしている。
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周りの子供たちが騒ぎ始めた。
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大人たちは少し離れた場所にいた。
タダもアサメも、炉の方にいる。
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煙。
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子供。
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低い屋根。
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その瞬間、シンの中で何かが繋がった。
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学校。
避難訓練。
ハンカチ。
姿勢を低く。
煙は上。
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(ウロオボエ様!!)
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シンは近くにあった布を桶の水に突っ込んだ。
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濡れた布を口元に当てる。
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それから、立ったままではなく、体を低くした。
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膝をつく。
ほとんど這うように、煙の下へ入る。
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上は白い。
目が痛い。
だが、下は少しましだった。
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完璧ではない。
煙は下にも来る。
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それでも、立って入るよりは息ができる。
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「こっち!」
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シンは低い姿勢のまま、子供の足を掴んだ。
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子供が驚いて、暴れかける。
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「低く! 這え!」
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自分でも、なぜそんな言葉が出たのか分からない。
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ただ、そう言った。
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子供は咳き込みながら、シンの腕にしがみついた。
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シンは引っ張った。
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重い。
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子供なのに重い。
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自分の体力のなさが、ここでも出る。
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だが、今度は離さなかった。
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低く。
煙の下を。
出口へ。
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外へ出た瞬間、冷たい空気が顔に当たった。
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シンは子供を抱えたまま転がった。
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子供が咳き込む。
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泣きはしない。
でも、目が赤い。
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シンも咳き込んだ。
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「げほっ、げほっ……煙、えぐ……」
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その時、タダが来た。
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遅いわけではない。
むしろ早い。
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だが、シンが先に動いていた。
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タダは乾し場を見ると、すぐに葦の束をどけ、火を押さえた。
アサメが屋根の脇を開ける。
煙が逃げた。
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白い煙が上へ抜ける。
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子供たちは黙っていた。
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さっきまで笑っていた子たちが、今はシンを見ている。
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ミコはいない。
オキの集落ではない。
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ここは山の炉集落だ。
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でも、子供の目は同じだった。
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何かを見た目だ。
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アサメが近づいてきた。
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「なぜ低く入った」
「煙は上に溜まるから」
「誰に聞いた」
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シンは咳き込みながら、少し考えた。
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「ウロオボエ様」
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アサメは無言だった。
⸻
タダも無言だった。
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子供たちも無言だった。
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沈黙。
⸻
やや長い沈黙。
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「誰だ」
アサメが聞いた。
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「俺の中にいる、だいたいしか覚えてない神様」
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アサメはさらに無言になった。
⸻
タダが子供の背を軽く叩いて、呼吸を確かめている。
⸻
子供は大丈夫そうだった。
⸻
シンは咳をしながら続けた。
⸻
「本当は神様じゃないけど。昔、どこかで聞いた気がするやつ。ちゃんとは覚えてないけど、たまに役に立つ」
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子供の一人が言った。
⸻
「うろおぼえさま?」
「そう」
「煙の神?」
「いや、雑な記憶の神」
「雑?」
「かなり雑」
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子供たちは顔を見合わせた。
⸻
それから、一人が言った。
⸻
「川の男、うろおぼえ」
⸻
別の子が言った。
⸻
「でも、助けた」
⸻
その一言で、空気が少し変わった。
⸻
笑いではなかった。
⸻
まだ、尊敬というほどでもない。
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でも、さっきまでの「草に負けた男」だけではなくなった。
⸻
シンはその変化を感じた。
⸻
小さい。
⸻
本当に小さい。
⸻
でも、確かに変わった。
⸻
タダがシンを見た。
⸻
「動けたな」
「動けた」
「咳は」
「出る」
「煙を吸った」
「少し」
「水を飲め」
「はい」
⸻
タダは水を渡した。
⸻
アサメは乾し場の煙を見ていた。
⸻
「火の周りを見たな」
⸻
シンは顔を上げた。
⸻
「え?」
「子供。煙。屋根。水。布。出口。全部見た」
⸻
アサメはシンを見た。
⸻
「火だけを見なかった」
⸻
それは、褒め言葉だった。
⸻
アサメにしては、かなり。
⸻
シンは少しだけ照れた。
⸻
「じゃあ、火守り採用?」
「まだ」
「厳しい」
「だが、子供のそばにはいろ」
「子供のそば?」
「お前は、弱い者の失敗に気づく」
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シンは黙った。
⸻
弱い者の失敗。
⸻
自分が失敗ばかりしているから。
怖いから。
分からないから。
小さなことに驚くから。
⸻
たぶん、気づけた。
⸻
強い者なら、気にしないこと。
山の民なら当たり前に避けること。
タダなら力で解決できること。
アサメなら最初から見抜くこと。
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シンは、できない側にいる。
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だから、できない子供の動きが見えた。
⸻
「それ、仕事になるのか」
「なる」
アサメは言った。
⸻
短く。
だが、はっきりと。
⸻
タダが頷いた。
⸻
「子供はすぐ死ぬ」
「言い方」
「見ていろ」
⸻
子供たちは、少しだけ不満そうだった。
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「死なないし」
「俺、煙ちょっとだけだったし」
「山鳥が悪い」
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その時、少し離れた枝の上で、さっきの山鳥がまた羽を鳴らした。
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ばさっ。
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シンは肩を跳ねさせた。
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「うわっ」
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子供たちが笑った。
⸻
「また負けた!」
「鳥に弱い!」
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シンは枝の上の山鳥を睨んだ。
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(こいつ……)
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妙に丸い。
妙に図々しい。
妙に人を驚かせる。
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(トリビックリクン……)
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心の中で命名した。
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おそらく、長い付き合いに……なりたくない。
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その夜、シンは炉のそばに座っていた。
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咳は少し残っている。
口のしびれはもう消えた。
体は疲れていた。
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就職活動初日としては、かなり激しい一日だった。
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薪割り。
鉄運び。
火守り。
山菜採り。
毒草。
煙。
子供救出。
ウロオボエ様。
トリビックリクン。
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情報量が多い。
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シンは火を見た。
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火だけを見るな。
火の周りを見ろ。
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アサメの言葉が残っている。
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それは、火守りだけの話ではない気がした。
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モモだけを見るな。
鬼だけを見るな。
ヤマトだけを見るな。
⸻
その周りを見ろ。
⸻
鉄。
道。
川。
山。
子供。
肉。
煙。
骨。
笑い。
失敗。
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全部で、今が燃えている。
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シンは小さく息を吐いた。
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「ウロオボエ様」
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誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
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「あなた、まだいたんですね」
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もちろん返事はない。
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でも、シンの中で、忘れかけていた変な神様が少しだけ復活した。
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完璧な知識ではない。
正しいとは限らない。
役に立つかも分からない。
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でも、何もできないわけではない。
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うろ覚えでも、誰かを助けられる時がある。
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なら、それも自分の仕事かもしれない。
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タダが肉を持ってきた。
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無言で、シンの前に置く。
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「食え」
「今日、採用祝い?」
「煙を吸った」
「そっちか」
「食えば治る」
「タダ理論、万能だな」
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シンは肉を食べた。
⸻
うまかった。
⸻
とても。
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少し離れたところで、子供たちがこちらを見ていた。
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その中の一人が言った。
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「うろおぼえ」
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別の子が言った。
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「煙の時は、うろおぼえ」
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「いや、名前みたいにするな」
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子供たちは笑った。
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でも、さっきとは少し違う笑いだった。
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シンを馬鹿にしているだけではない。
仲間内の変なものとして、笑っている。
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たぶん。
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たぶんだ。
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シンは肉を噛みながら、少しだけ嬉しくなった。
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就職先は、まだ決まっていない。
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薪割りは弱い。
鉄運びは危ない。
火守りは顔が灰になる。
山菜採りは命が危ない。
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でも。
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子供のそばにいる。
弱い者の失敗に気づく。
うろ覚えで、たまに役に立つ。
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そんな仕事なら、少しできるかもしれない。
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シンは炉の火を見た。
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火だけではなく、その周りも。
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タダ。
アサメ。
子供たち。
薪。
灰。
煙。
肉。
山鳥。
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そして、自分。
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少しだけ、そこに混じれた気がした。
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たった少し。
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でも、確かに。
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シンの一時就職先:保育士。
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(第四十一話へ)




