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暮らす

第四十話 暮らす



 翌朝から、働いた。



 アサメに言われたわけじゃない。


 タダが薪を割っていたから、隣で割り始めた。


 それだけだ。



 薪割りは、思ったより難しかった。


 力で割ろうとすると、斧が弾かれる。


 タダが無言で手の向きを直してくれた。


 二回直された。


 三回目からは、ましになった。



(なるほど、重さで割るのか)



 コツが分かると、続けられる。


 ざく、と音がして、木が割れる。


 それが小気味よかった。



 午後は、鉄を運んだ。


 炉の近くに積まれている鉄の塊を、小屋へ移す。


 重い。


 形が不揃いで、抱えにくい。


 一度落として、足の近くに当たった。



(いでっ!!)



 転がった鉄を、アサメが足で止めた。


 拾って、シンに返した。


「落とすな」


「スミマセン…」


「次は落とすな」


「きをつける」


「落としたら痛い」


「もう知ってる(;ω;)」



 アサメは少し笑った。


 笑い方は短い。


 でも、確かに笑った。



(笑うんだな、この人も)



 夕方、山菜を採ってきた集落の女から、いくつかもらった。


 名前を知らない葉だ。


 苦そうな形をしている。



「食えるのか、これ」


「食える」


「…うまいのか!?」


「苦い」


「苦いのか…!」


「でも食える」



 食べた。


 苦かった。


 でも、確かに食えた。


 体に良さそうな苦さだった。



(体に良さそうな苦さって何でぃ!)



 タダが夜に肉を焼いた。


 今日は小鹿だ。


 昨日の大鹿より、少し柔らかい。


 炉の火で、ゆっくり焼く。


 タダは急がない。


 急ぐと、中が生になる。


 それを知っているから、急がない。



(このこだわりがうまさの源なんだなぁ…(ヨダレ))



 食べた。


 うまかった。


 山菜の苦さが残っている口の中に、肉の脂が来た。


 素晴らしいマリアージュだった…!



 集落の者たちと囲んで食べた。


 名前を知らない人たちが多い。


 でも、見たことのある顔だ。


 何日かいると、顔が分かるようになってくる。


 いつも最初に椀を持ってくる老人。


 炉の火加減を気にしすぎる若い男。


 タダが薪を割るたびに数える子供。



(普通の人たちだ)



 普通の、ここで生きている人たちだ。


 鬼と呼ばれる側の人間が、こんなに普通に生きている。


 それを、シンは知っている。


 ヤマトの人間も知っているのだろうか。


 知っていても、来るのだろうか。



 そういうことを、考えた。


 答えは出なかった。


 でも、考えた。



 夜。


 アサメが炉のそばに座っていた。


 いつものことだ。


 シンも隣に座った。


 少し離れたところに。



「なぜ座る」


「炉が見たかったので」


「そうか」



 炉の音がした。


 低い音だ。


 今日は少し音が違う。


 乾いた音だ。



「炉は何か言ってる?」


「明日は晴れる」


「お、晴れ」


「雪解けが進む」


「いいことか」


「山菜が増える。川の魚も動く」


「それはいい」


「ヤマトも動きやすくなる」



 シンは黙った。


 良いことと悪いことが、同時に来る。


 自然は、どちらかを選ばない。



「アサメは、怖くないのか」


「何が」


「ヤマトが来ることが」



 アサメは炉を見たまま言った。



「怖くないわけがない」


「そうか」


「怖いが、動かない」


「なんで」


「怖いから動くと、山を離れる。山を離れたら、アタシじゃなくなる」



 シンは少し考えた。



(山を離れたら、アサメじゃなくなる)



「その考え方は、どこから来るんだ」


「生まれた時からある」


「教わったのか」


「教わった、というより。ここで育てば、分かる」


「俺には分からなかったな」


「お前はどこで育ったんだ」



 シンは少し間を置いた。



「……分からない」


「分からないか」


「覚えていないんだ」


「そうか」



 アサメは不思議そうにした。


 でも、深く聞かなかった。



「ここにいれば、少し分かるかもしれない」


「ここに、いていいのか」


「邪魔にならなければ」


「さっき鉄を落とした」


「一回なら許す」


「二回目は」


「その時に考える」



 シンは少し笑った。


 アサメの言い方は、いつもそうだ。


 その時に考える。


 今は今で考える。


 先のことは先で考える。


 山みたいな考え方だ。



 甘い匂いがした。



 シンは少し外を見た。


 モモがいた。


 今日は、木の陰ではなく、集落の外縁に立っていた。


 もう一歩入れば、集落の中になる距離だ。



(昨日より近い)



 アサメも気づいていた。


 炉を見たまま、でも視線の端で捉えていた。



「あれが、桃色か」


「そうだ」


「近くなっているな」


「そう思う」


「討ちに来ないのか」


「今は来ない」


「……不思議なやつだ」



 不思議。


 アサメが使う言葉じゃない気がして、少し驚いた。



「アサメも、そう思うのか」


「鬼討ちが、鬼の集落の外縁に立って何もしない。不思議でなければ何だ」


「……そうだな」



 シンはモモを見た。


 モモは炉の方を見ていた。


 炎の揺れを見ていた。


 光が届いているのかどうか、分からない場所から。


 でも、見ていた。



(うまそうに思ってるのかな)



 昨夜、タダの肉の誘いをしたことを思い出した。


 次焼く時に声かける、と言った。


 聞こえていたかどうかは分からない。



「モモ」



 声に出した。



 モモは動かなかった。


 でも、視線がシンに向いた。



「肉があるぞ」


「……」


「タダが焼いた」


「……」


「超うまいやつ」



 長い沈黙。



 モモは動かなかった。


 でも、消えなかった。


 ただ、そこにいた。



 アサメが、炉を見たまま言った。



「肉を持っていってやれ」


「いいの?」


「鬼討ちに肉をやるのは変だが」


「変だが?」


「……まあ、いい」



 タダに肉を一切れもらった。


 焼きたてだ。


 まだ熱い。


 布の切れ端に包んで、集落の外縁まで歩いた。



 モモは、まだそこにいた。


 シンが近づくと、少し体勢が変わった。


 刃に手が近づく気配がした。


 でも、止まった。



 シンは肉を差し出した。


「食ってみるか」


「……」


「熱いから気をつけて」



 モモは、肉を見た。


 長い間、見た。



 それから。



 受け取らなかった。



 でも。



 消えなかった。



 肉の匂いが、夜の空気に広がっていた。


 桃の香りと混ざっていた。


 シンはそのまま、肉を持って立っていた。


 モモも、そのまま立っていた。



 炉の火が、遠くで揺れていた。



(第四十一話へ)

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