↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
32/149

山の声

第三十二話 山の声


⸻


 アサメの集落は、山の中腹にあった。


⸻


 道があるようで、ない。


⸻


 岩と木の根の間を縫うように歩く。


 雪が薄く残った斜面を避け、湿った落ち葉の上を踏み、時々、折れた枝を跨ぐ。


⸻


 足を引きずっていると、タダが黙って肩を貸した。


⸻


 重い。


⸻


 タダが重い。


⸻


 いや、タダが重いんじゃなく、タダに寄りかかっているシンが重いのかもしれない。


⸻


(でかいのに、安定感がすごいな)


⸻


 少し体重を預けるだけで、倒れない。


 岩みたいだった。


 いや、岩に肉を焼く技術と治療技術がついている。


 便利な岩だ。


⸻


(便利な岩ってなんだ)


⸻


 自分で思って、少しだけ笑いそうになった。


 笑うと足に響いた。


 やめた。


⸻


 前の時代のタダも、こういう人だった。


 動じない。


 余計なことを言わない。


 ただ、いる。


⸻


 それだけで、周りの空気が少し落ち着く。


⸻


 このタダは、シンを知らない。


 シンが何度も死んだことも知らない。


 モモのことも知らない。


 コトのことも、ユナのことも、火を抱えて北へ逃げたことも知らない。


⸻


 それでも、タダだった。


⸻


 だから、少し怖かった。


 安心するのが怖かった。


⸻


 安心してしまうと、失う時にまた痛い。


 それをもう知っている。


⸻


 でも、腹は減るし、足は痛いし、タダの肩は安定している。


⸻


 人間は弱い。


 安心できるものがあると、安心してしまう。


⸻


 集落が見えてきた。


⸻


 思ったより小さかった。


⸻


 家が五つか、六つか。


 半分が地面に埋まるように建てられている。


 屋根は低く、土と草と木で覆われていた。


 雪が積もっても潰れないようにしているのか、屋根の角度はゆるいのに、全体が重く見える。


⸻


 煙が出ている。


 複数の場所から。


 細い煙と、太い煙。


 白いものと、黒いもの。


⸻


 近づくほど、匂いが変わった。


⸻


(煙の匂いが、違う)


⸻


 前の時代の煙とは少し違う。


 前の時代の火は、食うための火だった。


 暖を取るための火だった。


 夜を囲むための火だった。


 話をするための火だった。


⸻


 ここの煙には、それとは違うものが混じっている。


⸻


 金属が混じっている。


 焼けた土の匂い。


 黒い炭の匂い。


 濡れた石が熱で乾いていく匂い。


 それから、鼻の奥にひっかかる硬い匂い。


⸻


(鉄の匂いか)


⸻


 集落の端に、大きな炉があった。


⸻


 石を積み上げた炉だ。


 人の背ほどではないが、低くもない。


 腹の大きな獣が地面に伏せているような形をしている。


⸻


 炉口の奥が、赤く光っていた。


⸻


 炎は直接見えない。


 でも、中にある熱だけが、黒い口の奥で脈を打っている。


⸻


 息をしているみたいだった。


⸻


 ごう、という音ではない。


 もっと低い。


 奥の奥で、空気が吸われ、吐かれ、また吸われる音。


⸻


 炉の横には、黒い塊が積まれていた。


⸻


 石にも見える。


 でも違う。


 軽そうにも見える。


 割れた断面が、鈍く光っている。


⸻


 それが何か、シンはすぐには分からなかった。


 ただ、鉄と火の残りなのだと思った。


⸻


 炉の前に男が二人立っていた。


 煤で顔が黒い。


 腕が太い。


 厚い革を体に巻き、目を細めて炉の口を覗いている。


⸻


 ひとりが長い棒で、炉の中を突いた。


 もうひとりが何かを受ける。


⸻


 赤いものが見えた。


⸻


 光る鉄だ。


⸻


 それを石の台へ置き、叩く。


⸻


 かん。


⸻


 音がした。


⸻


 朝、森の中で聞いた音だ。


⸻


 冬の空気を切っていた、あの硬い音。


⸻


 ここから聞こえていた。


⸻


 炉の男たちがシンを見た。


 目を細めた。


 でも、何も言わなかった。


⸻


 アサメが一言だけ言った。


 シンには聞き取れなかった。


⸻


 男たちは頷いて、また炉に向いた。


⸻


(受け入れられた……のか?)


⸻


 分からない。


 少なくとも、すぐには撃たれなかった。


 それだけで十分だった。


⸻


「ここで休め」


 アサメが言った。


⸻


「足はどうだ」


「動けます。たぶん」


「たぶんか」


「治るのに、何日かかるか分からなくて」


「タダが診る」


「ありがとうございます」


「対等に話せ」


「……ありがとう」


⸻


 アサメはそれ以上言わなかった。


⸻


 命令ではない。


 でも、逆らえない声だった。


⸻


 タダが、そのままシンを地面に下ろした。


 炉に近い場所だ。


⸻


 暖かい。


⸻


 前の時代の火と、少し違う熱だ。


 強い。


 重い。


 体の表面を温めるというより、骨の奥へ押し込んでくるような熱だった。


⸻


 鉄を作る熱。


⸻


 食うための火じゃない。


 囲むための火でもない。


 何かを変えるための火だ。


⸻


(うまそうな匂いはしないな)


⸻


 炉の前では、肉は焼けない。


 温度が違いすぎる。


⸻


 これは、造るための火だ。


 食うための火じゃない。


⸻


 火にも種類がある。


⸻


 今さらだが、そう思った。


⸻


 火はただ燃えるだけじゃない。


 暖める。


 焼く。


 煮る。


 照らす。


 守る。


 そして、鉄を変える。


⸻


 前の時代で抱えた火とは違う。


 でも、火だ。


⸻


 シンは炉を見た。


⸻


 赤い。


 深い赤だ。


 ただの炎の赤ではない。


 石の奥で、土の奥で、何かが溶けかけている赤。


⸻


 見ていると、少しだけ怖くなる。


⸻


 炉は静かに鳴っていた。


⸻


 タダが足の布を解いた。


⸻


 矢傷だ。


 矢は抜けているが、穴が残っている。


 血は止まりかけている。


 しかし、布を外すとまた少し滲んだ。


⸻


 タダは黙って確認した。


⸻


 指で腫れを押す。


 傷の周りを見る。


 矢尻の破片が残っていないか、目で探す。


⸻


 怖いくらい慣れていた。


⸻


 それから、何かの葉を傷に当てた。


⸻


 しみた。


⸻


 かなり、しみた。


⸻


「いでででで!」


⸻


「動くな」


「わ、分かった……!」


「しばらく動くな」


「どのくらい」


「三日」


「三日か〜」


「少なくとも」


「少なくともかぁ……」


⸻


 タダは表情を変えずに、葉を押さえたまま布を巻く。


⸻


 痛い。


 とても痛い。


⸻


 でも、手つきは乱暴ではなかった。


 痛いことをする手なのに、雑ではない。


⸻


 そこがタダだった。


⸻


「モモが来たら、どうする」


 シンは聞いた。


⸻


「誰だ」


「白い女だ。桃色、とアサメが言ってた」


「桃色が来たら、逃げる」


「逃げられるか」


「逃げる」


⸻


 タダは表情を変えなかった。


 でも、力強く言った。


⸻


 逃げる、と。


⸻


 それだけで、少し安心した。


⸻


 逃げる。


⸻


 戦うでも、勝つでも、討つでもない。


 逃げる。


⸻


 その言葉が、今は妙に頼もしかった。


⸻


 アサメが戻ってきた。


⸻


 木の椀を持っていた。


 中に、何かが入っている。


 液体だ。


⸻


 色が暗い。


 草の匂いがする。


 土の匂いもする。


 良薬は口に苦し、という言葉が、椀を見ただけで頭に浮かぶ。


⸻


「飲め」


「何これ」


「傷に効く」


「苦い……?」


「かなりな」


「正直だなぁ」


「嘘をついても意味がない」


⸻


 飲んだ。


⸻


 苦かった。


⸻


 かなり苦かった。


⸻


 舌の上に置いた瞬間、舌が逃げた。


 逃げ場はなかった。


 喉が嫌がった。


 胃も少し迷った。


⸻


 でも、飲んだ。


⸻


(にが〜〜)


(でも、なんか効きそうな感じがする)


⸻


 こういうものは、効きそうな味がする。


 うまくはない。


 だが、うまくないからこそ効きそうだ。


⸻


 そう思うしかなかった。


⸻


 アサメは炉の方を見た。


⸻


 炉を見ながら、立っている。


⸻


 紅い衣が、炉の明かりを受けていた。


 布の赤が、火の赤と重なる。


 頬から首筋へ走る紅い文様も、同じ赤を帯びて見えた。


⸻


 この女は、赤い。


⸻


 そう思った。


⸻


 血の赤。


 火の赤。


 山の中で見失わないための赤。


 あるいは、山の中で見つかっても逃げないための赤。


⸻


 何の赤なのか、シンにはまだ分からない。


⸻


 ただ、炉の前に立つアサメには、その色が妙に似合っていた。


⸻


 アサメは炎口を見ている。


 炎ではなく、炎の向こうを見ているようだった。


⸻


 じっと見ている。


 ただ見ているんじゃない。


 何かを、読んでいる。


⸻


「アサメ」


「なんだ」


「炉を見てどうする」


「見る」


「見るだけ」


「色を見る。音を聞く。匂いを嗅ぐ」


「何のために」


「今夜、雪が来るか来ないか」


⸻


 シンは炉を見た。


⸻


「炉で分かるのか」


「分かる」


「どうやって」


⸻


 炉が鳴っていた。


⸻


 ごう、ではない。


 低い。


 息をするみたいな音だ。


⸻


 奥で空気が吸われる。


 火がそれに応じる。


 煙が少し重く流れる。


⸻


 アサメは少し間を置いた。


 それから、シンの方を向いた。


⸻


「炉の火は、山の声だ」


「山の声?」


「空気が変わると、火が変わる。湿りが来ると、炎が揺れ方を変える。冷えが来ると、煙の色が変わる」


「……つまり、天気予報か」


「天気予報?」


「あ、こっちの言葉で言うと……空の読み方、か」


「そうだ」


「それを、炉で読むのか」


「炉が一番正確だ」


⸻


 シンは炉を見た。


⸻


 確かに、炎が揺れている。


 風がないのに、揺れている。


 上の方だけが、少し濃い色をしている。


⸻


 煙の出方も、一定ではない。


 まっすぐ上がりかけて、少し横へ流れる。


 それから、炉の口で重く沈む。


⸻


 見ていると、ただの火ではない気がしてくる。


 何かを言おうとしている。


 あるいは、アサメだけが分かる言葉で喋っている。


⸻


(今夜、雪が来るのか)


⸻


「雪が来ると、どうなる」


「動けなくなる」


「集落から?」


「道が消える。外と切れる」


「それは、困らないか」


「冬はそういうものだ」


⸻


 アサメは当然のように言った。


⸻


 困る、という感覚がない。


 雪が来れば、外と切れる。


 それだけのことだ。


⸻


 この山では、そういうものなのだ。


⸻


 シンは少し黙った。


⸻


 前の時代の長老を思い出した。


 火を渡すと言った人。


 全部は救えないと言った人。


 怖い者は、雑に火を扱わないと言った人。


⸻


 アサメの言い方は、少し似ている。


⸻


 説明しない。


 ただ、言う。


 それで伝わる、と思っている。


⸻


 あるいは、伝わらなくてもいいと思っている。


⸻


「アサメ」


「なんだ」


「モモ……桃色のことを、どのくらい知っている」


⸻


 アサメは少し間を置いた。


⸻


 炉の方を向いたまま。


⸻


「ヤマトが使う、鬼討ちだ」


「ヤマト?」


⸻


 シンは聞き返した。


⸻


 その音には、覚えがあった。


⸻


 ヤマト。


 大和。


 大和朝廷。


 ヤマト王権。


 日本史の教科書の端っこで見たような言葉。


 古墳とか、卑弥呼の後とか、ヤマトタケルとか、そういう、朧げでごちゃごちゃした記憶が頭の奥で動いた。


⸻


(え、もうヤマト?)


⸻


 いつのヤマトだ。


 どのヤマトだ。


 国の名前なのか。


 場所の名前なのか。


 人のまとまりなのか。


 この時代の人がそう呼んでいるだけなのか。


⸻


 分からない。


⸻


 シンの中にある歴史の知識は、あまりにも曖昧だった。


 受験で使えるほどでもない。


 人に説明できるほどでもない。


 ただ、聞いたことがある、というだけだ。


⸻


「ヤマトって、何だ」


⸻


 シンが聞くと、アサメは少しだけ眉を動かした。


⸻


「知らないのか」


「音は知ってる。でも、ここで言うヤマトが何なのかは分からない」


「南の大きなものだ」


「大きなもの?」


「人を集める。道を作る。川を上る。鉄を欲しがる。従えと言う」


⸻


 アサメの言葉は短かった。


 説明というより、見たものを並べているようだった。


⸻


「国、なのか」


「国という言い方をする者もいる」


「アサメは、そう思ってない?」


「山から見れば、南の大きな火だ」


「火?」


「近づくと、草も木も人も、同じ形に燃やそうとする」


⸻


 シンは炉を見た。


⸻


 火。


⸻


 ここにも火がある。


 だがアサメの言うヤマトの火は、この炉とは違う気がした。


⸻


 この炉の火は、山の中で息をしている。


 鉄を変え、肉を焼き、人を暖める。


⸻


 アサメの言う南の火は、もっと別のものだ。


 広がる火。


 飲み込む火。


 形を揃えようとする火。


⸻


「そのヤマトが、桃色を使ってるのか」


「そう聞いている」


「聞いている?」


「見た者は少ない。見た者の多くは、帰らない」


⸻


 アサメは炉へ目を戻した。


⸻


「山に入って、鬼を討つ」


「鬼討ちっていうのは、職業か」


「……職業?」


「役割、というか」


「そうだ。ヤマトが鬼と呼ぶものを討つ」


「鬼って、なんだ」


⸻


 アサメが、シンを見た。


⸻


 静かな目だ。


 怒りの色はない。


 でも、何かが混じっている。


⸻


「ヤマトに従わぬ者が、鬼と呼ばれる」


⸻


 シンは、すぐには意味が分からなかった。


⸻


「従わないと、鬼になるのか」


「ヤマトがそう言えば、そうなる」


「それだけか」


「それだけだ」


⸻


 あまりに短い答えだった。


⸻


 短すぎて、逆に重かった。


⸻


「じゃあ俺は、ヤマトに従ってないから鬼なのか」


「違う」


「なぜ」


「お前は、どこにも属していないように見える」


⸻


(どこにも属していない)


⸻


 その言葉は、少し刺さった。


⸻


 確かに、そうかもしれない。


⸻


 シンは、どこの人間でもない。


 どの火にも生まれていない。


 どの山にも、どの川にも、どの家にも、最初からいたわけではない。


⸻


 突然現れて、覚えて、死んで、戻って、また別の場所へ飛ぶ。


⸻


 属していない。


⸻


 言われてみれば、その通りだった。


⸻


「じゃあ、俺はなんだ」


「……分からない」


「またか」


「お前も分からないと言っていた」


「まぁ、そうだな」


⸻


 二人、少し笑った。


⸻


 同じタイミングで笑った。


 それがなんとなく、おかしかった。


⸻


 アサメは笑うと、少しだけ年相応に見えた。


 それ以外の時は、山の中の木か岩みたいに見える。


⸻


 紅い衣のせいかもしれない。


 炉の前に立っているせいかもしれない。


 それとも、アサメ自身がそういう人間なのかもしれない。


⸻


 タダが足の布を整えてくれた。


⸻


 それから、燻製の肉を一切れ追加でくれた。


⸻


「食え」


「ありがとう」


「食ったら、眠れ」


「眠れるかな」


「眠れ」


「命令ですか」


「命令だ」


⸻


 タダは頷いて、炉の方へ歩いていった。


⸻


 命令が雑だ。


 でも、嫌な命令ではなかった。


⸻


 シンは肉を食べた。


⸻


 うまかった。


⸻


 燻製の煙の匂いが、鉄の匂いと混ざっている。


 変な組み合わせだが、悪くなかった。


⸻


 肉を噛むたび、少しだけ体に力が戻る。


 苦い薬の味が、ようやく薄れていく。


⸻


 炉の熱が背中を温める。


 足はまだ痛い。


 でも、さっきより生きている感じがした。


⸻


 夜になった。


⸻


 アサメの言った通り、雪が来た。


⸻


 最初は、細かい白いものが空気に混じっただけだった。


⸻


 灰かと思った。


 炉の煙が冷えて落ちてきたのかと思った。


⸻


 けれど、すぐに分かった。


⸻


 雪だ。


⸻


 静かに、細かい雪が落ちてきた。


⸻


 音がない。


⸻


 落ち葉に触れても、木の枝に乗っても、雪は音を立てない。


 ただ、白いものが少しずつ世界に増えていく。


⸻


 空が近くなる。


 森が遠くなる。


 集落の輪郭が、白い膜で薄く包まれていく。


⸻


 炉の火が、雪に負けずに燃えていた。


⸻


 黒い煙が上がる。


 途中で雪に混ざり、灰色にほどける。


⸻


 シンは半地下の住居の中に入れられた。


⸻


 中は狭い。


 だが、外よりずっと暖かい。


 中央に炉があり、壁際には干した草や肉、木の道具が並んでいる。


 天井は低い。


 煙の抜け道があり、細く煙が上がっていく。


⸻


 土の壁に、火の光が揺れていた。


⸻


 知らない場所なのに、火があるだけで少し安心する。


⸻


 悔しいくらい、火は強い。


⸻


 タダは火のそばに座っていた。


 肉を切っている。


 アサメは入口の近くで、外の雪を見ていた。


⸻


 炉の音。


 雪の沈黙。


 遠い鉄の匂い。


⸻


 眠ろうとして。


⸻


 甘い匂いがした。


⸻


 薄い。


⸻


 ほとんどしない。


⸻


 でも、ある。


⸻


(モモ)


⸻


 シンは目を開けた。


⸻


 集落の外を見た。


⸻


 暗い。


 雪が落ちている。


 何も見えない。


⸻


 白い闇だった。


⸻


 火の明かりが届く範囲の外は、雪と夜が混ざっている。


 木の形も、人の影も、よく分からない。


⸻


(どこにいる)


⸻


 来ない。


⸻


 でも、いる。


⸻


 この時代のどこかに、いる。


⸻


 前の時代のモモは、揺れた。


 今の時代のモモは、揺れなかった。


 「鬼」と言って、刃が来た。


⸻


(なんで揺れなくなった)


⸻


 問いだけが、残った。


⸻


 答えはない。


 でも、問いがある。


⸻


 問いがある間は、進める。


⸻


 雪が降り続けていた。


⸻


 炉の火が、揺れていた。


⸻


 タダが火のそばで横になっていた。


 でかい体なのに、寝る時は妙に静かだった。


⸻


 アサメが炉の前に立ったまま、何かを見ていた。


 雪を見ているのか。


 火を見ているのか。


 山を見ているのか。


⸻


 たぶん、全部だ。


⸻


 シンは目を閉じた。


⸻


 まぶたの裏に、モモの目が残った。


⸻


 冷たい目。


 揺れない目。


⸻


 それから、炉の赤が残った。


 山の声だと言われた火。


⸻


 鬼。


 桃色。


 ヤマト。


 炉。


 雪。


⸻


 知らない言葉と匂いが、頭の中で混ざっていた。


⸻


 それでも、眠れた。


⸻


 火があったからだと思った。


⸻


(第三十三話へ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。