World’s End
第二十九話 World’s End
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桃の匂いが、冷たくなった。
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森の縁に立つモモは、動かなかった。
黒い髪も、薄桃色の衣も、桃の髪留めも、いつもと同じに見える。
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だが、違う。
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火のそばへ来ない。
こちらへ歩いてこない。
シンの名を、いつもの調子で呼ばない。
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ただ、火の届かない薄暗い場所で、影のように立っている。
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「接近非推奨」
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モモは言った。
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いつもの声だった。
いつもの無表情だった。
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それなのに、声の奥が白く冷えている。
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「次回介入時、敵対行動の発生確率が高い」
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男たちが息を詰めた。
タダも、棍を握る手にわずかに力を込める。
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シンは一歩、森の方へ踏み出した。
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「来るなって言われると、行きたくなるんだよな」
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「非合理」
「俺、合理で動いてた時期あった?」
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モモは答えなかった。
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シンは、もう一歩だけ近づいた。
それ以上は行かなかった。
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モモの右手が、わずかに刀へ近づいていたからだ。
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「お前、コトを守った」
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シンは言った。
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「カガチを斬っただけじゃない。コトを守った。ユナも、俺も、火も、あそこでお前が止めた」
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「結果、カガチ個体死亡。コト個体、重度の悲嘆。保護判定、安定せず」
「悲しいのは、生きてるからだろ」
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モモの目が、少しだけ揺れた。
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「悲嘆は機能低下要因」
「それだけじゃない」
「対象の判断能力を鈍化させる」
「でも、忘れない」
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シンは森の奥を見た。
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コトはもう北へ行った。
ユナも行った。
長老も火を持って行った。
フスンも、ウロオボエ様土偶も、川のはじまりを見に行く約束も、もうこの場所にはない。
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この場所に残っているのは、空っぽの火の跡と、逃げる時間を稼ぐ男たちだけだった。
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「コトは覚える。カガチも、お前も、川の約束も」
「記憶固定」
「そう。それだ」
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シンは少しだけ笑った。
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「ウロオボエ様より、だいぶマシな説明だな」
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モモは笑わなかった。
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「シン」
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名を呼ばれた。
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それだけで、胸の奥が少し熱くなった。
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「次の白雷介入時、私の行動制御は維持不能となる可能性が高い」
「つまり?」
「私は、シンを斬る可能性が高い」
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男たちの何人かが、ざわめいた。
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タダが半歩前へ出る。
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シンは手を上げて、それを止めた。
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「たぶん、そうなると思ってた」
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モモの目が揺れた。
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「予測済み?」
「昨日死んだからな。俺も多少は学ぶ」
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シンは、自分の胸に手を当てた。
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そこは、八度目の死で斬られた場所だった。
今は傷がない。
けれど、刃の冷たさはまだ残っている。
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「ミカヅチは、俺を邪魔だと思ってる。北の火を逃がしたのは俺だ。タケヒコとの交渉をずらしたのも俺だ。カガチが帰ろうとしたことを証拠にしたのも俺だ」
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モモは黙っている。
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「たぶん、俺が消えれば、あいつの手は止まる」
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タダが、シンを見た。
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重い視線だった。
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「シン」
「言うな」
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シンはタダを見ずに言った。
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「俺も嫌だよ。でも、そうだと思う。ミカヅチは火そのものより、火を動かす俺を排除したがってる。俺がいなくなれば、少なくとも一瞬は止まる。北へ向かう手も、ユナたちを追う足も」
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モモの指が、刀の柄にかかる。
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「推定、妥当」
「そこは否定してくれよ」
「不能」
「だよな」
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シンは息を吐いた。
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「だから、モモ。もし斬るなら、俺だけにしろ」
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モモの唇が、わずかに開いた。
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「保証不能」
「保証しろ」
「不能」
「じゃあ、ずらせ」
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モモは黙った。
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「コトを守った時みたいに。俺を斬ってもいい。けど、ユナたちには行かせろ。タダたちにも、退く時間を残せ」
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モモの目の奥で、白いものがちらついた。
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「外部命令、優先度上昇時、対象選別の維持困難」
「困難でもやれ」
「非合理」
「俺たちの得意分野だろ」
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モモは、ほんの少しだけ顔を伏せた。
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いつものように、誤差、と言うかと思った。
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けれど、言わなかった。
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森の奥で、鳥が一斉に飛び立った。
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南が動いた。
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朝は、やけに白かった。
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日が昇りきる前の、薄い光。
火の跡の灰は冷え、夜露を吸って重くなっている。
女たちと子供たちが去った後の場所は、驚くほど広かった。
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昨日まで火のそばにあった笑い声も、泣き声も、フスンの鼻音も、コトの変な言葉もない。
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残った男たちは、少し離れて立っていた。
石を持つ者。
枝を持つ者。
黒い石刃を奪って持っている者。
怪我をした腕を布で縛っている者。
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誰も強そうではなかった。
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だが、誰も逃げなかった。
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タダは、火の跡の前に立っている。
大きな体が、そこだけまだ火を守っているように見えた。
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「作戦は」
タダが聞いた。
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「煙になる」
「それは聞いた」
「煙っぽく動く」
「分かりにくい」
「俺も今ちょっと思った」
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タダは少しだけ口元を曲げた。
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「要するに」
シンは言った。
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「俺を見せる。火はここにない。でも、俺はいる。タダもいる。男たちもいる。タケヒコは俺を欲しがってる。ミカヅチは俺を消したがってる。だから、できるだけここに目を集める」
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タダは頷いた。
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「俺たちは餌か」
「言い方」
「違うのか」
「……だいたい合ってる」
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男たちの何人かが、小さく笑った。
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怖い笑いだった。
だが、笑いだった。
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「ただ、最後は逃げろ」
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シンは言った。
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男たちの顔が変わる。
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「俺が斬られたら、すぐ北へ走れ。振り返るな。火の後を追え。長老たちに追いつけなくてもいい。とにかく、ここから離れろ」
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「お前は」
男の一人が言った。
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名前を知らない男だった。
祭りの日、汁に入った肉を見つけて笑っていた男だ。
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「俺は、たぶん消える」
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シンは言った。
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言ってから、自分で少し震えた。
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死ぬ、と言うより怖かった。
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消える。
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死体も残らない。
骨も残らない。
火へも土へも戻れない。
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それでも、そう言うしかなかった。
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タダが、静かにシンを見ていた。
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「本当に、そうなるのか」
「分からない」
「分からないのに、作戦にするのか」
「俺の作戦、だいたいそんなもんだろ」
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タダは少し黙った。
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それから言った。
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「雑だな」
「さっきも聞いた」
「だが、悪くない」
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シンは笑った。
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「褒めてる?」
「少し」
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タダは棍を肩に担いだ。
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「生きて戻れたら飯にしよう」
「飯は大事だもんな」
「大事だ」
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その言葉だけで、少しだけ空気が戻った。
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シンは男たちへ向き直った。
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「勝たなくていい」
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最初にそう言った。
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「ここで勝たなくていい。相手を全部倒さなくていい。死に場所を探さなくていい」
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自分に言っているのかもしれない。
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そう思いながら、シンは続けた。
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「火はもう北へ行った。長老も、コトも、ユナも行った。俺たちがやるのは、追わせないことだ。追う気を遅らせることだ」
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男たちは黙っている。
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「南は火を欲しがってる。種も、人も欲しい。だったら、ここにまだ何かあると思わせる。俺がここにいる。タダもいる。男たちもいる。だから、ここを見させる」
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タダが頷いた。
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「煙だな」
「煙だ」
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シンは森を見た。
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そこに、タケヒコが現れた。
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タケヒコは、昨日と同じように先頭にいた。
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だが、今日は後ろの数が違う。
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南の者。
西の者。
泥を塗った顔。
揃った足。
黒い石刃。
骨の笛。
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南の整った動きと、西の荒い息が、同じ森の中に混ざっている。
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混ざっているのに、一つにはなっていない。
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その隙間へ、白い雷が落ちる。
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そういう気配がした。
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タケヒコは火の跡を見た。
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「移したか」
「移した」
シンは答えた。
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「女子供も、老いた者も」
「うん」
「約束通り、お前は残った」
「逃げても追うって言ったろ」
「追った」
「追ったのかよ」
「追える場所まではな」
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タケヒコは悪びれない。
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「見失わせたのは褒めてやる」
「どうも」
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シンは笑わなかった。
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長老たちは、完全に逃げ切ったわけではない。
ただ、今この瞬間、火はここにない。
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それだけでいい。
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「答えろ」
タケヒコが言った。
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「南へ入るか。ここで争うか」
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森が静かになった。
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タダが棍を握り直す。
男たちも身構える。
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シンは、タケヒコを見た。
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「お前の南には入らない」
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タケヒコの表情は変わらなかった。
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「理由は」
「ユナが嫌だって言った」
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タケヒコの目が、少しだけ動いた。
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「それだけか」
「それだけで十分だ」
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シンは続けた。
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「コトも嫌だ。長老もたぶん嫌だ。タダも飯の分け方に文句言う。フスンは知らんけど、たぶん吠える。俺も嫌だ」
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タダが言った。
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「飯は重要だ」
「ほら」
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タケヒコは、ほんの少しだけ眉を寄せた。
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「弱い声だ」
「そうだよ」
シンは言った。
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「でも、火のそばで聞こえる声だ」
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タケヒコは黙った。
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「お前の大きい火には、小さい声が消える。そういう火には入らない」
「小さい声のために、多くを危うくするのか」
「多くって誰だよ」
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シンは一歩前へ出た。
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「お前の頭の中の多くか。数えた人間か。これから従う予定の人間か。俺は今、ユナとコトと長老とタダと、ここに残った男たちの話をしてる」
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タケヒコは、冷えた目でシンを見ている。
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「狭い」
「狭いよ」
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シンは言った。
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「でも、ここからしか始まらない」
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風が止まった。
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その瞬間、シンは分かった。
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来る。
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白い雷が来る。
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タケヒコも気づいた。
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彼は空を見上げなかった。
ただ、ひどく嫌そうに目を細めた。
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「またか」
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低く言った。
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その声には、恐れよりも軽蔑があった。
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思い通りに動かないもの。
上品ではないもの。
人の腹も、順序も、交渉も、何も見ないもの。
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それでも、タケヒコはそれを捨てない。
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「構えろ」
タケヒコが言った。
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「北の火は追え。だが、壊すな。シンは殺すな」
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白い雷が落ちた。
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世界が、白くなった。
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火の跡も、森も、人の顔も、全部が一瞬だけ同じ色になった。
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シンは歯を食いしばった。
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やはり来た。
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ミカヅチ。
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神の名。
人の向きを揃える白い手。
タケヒコが利用しようとする力。
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だが、その白は、タケヒコの命令より荒かった。
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西の者たちが走り出した。
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南の合図より速い。
南の足並みより乱れている。
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だが、迷いはない。
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追う。
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北へ。
火へ。
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「止めろ!」
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シンは叫んだ。
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タダが動いた。
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棍が唸る。
先頭の西の男の膝を払う。
倒れた体を、さらに肩で押し込む。
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別の男が横を抜けようとした。
村の男二人が飛びかかり、足にしがみつく。
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勝てない。
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だが、止まる。
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ほんの少し止まる。
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その少しが欲しかった。
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南の者たちは、追う者と囲む者に分かれた。
タケヒコの手だ。
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だが、白い雷を受けた何人かは、その配置を崩して北へ向かう。
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タケヒコの顔に、はっきりと不快が浮かんだ。
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「北の火を壊すなと言った」
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その声で、一人は止まった。
だが、もう一人は止まらない。
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タケヒコは舌打ちしなかった。
それでも、舌打ちに近い沈黙があった。
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シンは走った。
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止まらない南の男の前へ入る。
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石刃が振られる。
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シンは避けた。
避けたつもりだった。
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腕に熱が走った。
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浅い。
まだ動く。
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「っ、痛えな!」
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男は答えない。
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目の焦点がずれている。
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カガチと同じだ。
モモと同じになりかけた目だ。
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体は人間なのに、奥の向きだけが別のものに掴まれている。
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「お前、これも統合って言うのか!」
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シンはタケヒコへ叫んだ。
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タケヒコは答えない。
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答えないまま、自分の側の男の腕を掴み、力任せに引き戻した。
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「俺の命令を聞け」
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低い声だった。
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その男は止まった。
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だが、止まっただけだった。
目の奥の白は消えていない。
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タケヒコは、その目を見ていた。
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軽蔑。
利用。
警戒。
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その全部が同時にある顔だった。
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だからこそ、シンは思った。
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この男は、分かっている。
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分かった上で使う。
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ミカヅチがどれだけ下品で、どれだけ雑で、どれだけ人を壊しても。
統べるためなら、掴む。
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たぶん、自分の手が焼けることも分かっている。
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それでも掴む。
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危ないのは、無知だからではない。
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覚悟しているからだ。
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タダが吠えた。
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珍しく、本当に吠えた。
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大きな体が低く沈み、棍が横に振られる。
西の男が二人まとめて吹き飛んだ。
土が跳ね、黒い石刃が回転しながら地面に刺さる。
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さらにタダは止まらなかった。
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肩で南の男を押し返し、足をかけ、倒れた相手の上を踏み越え、もう一人の腕を棍で絡めて投げた。
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雑ではない。
だが、勢いがありすぎる。
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(ブレーキの壊れたダンプカーかな)
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こんな時なのに、シンは謎の感想が浮かんだ。
ウロオボエ様だ。
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その場違いな感想が、少しだけ怖さを薄めた。
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「タダ! 北へ抜ける奴を止めろ!」
「分かった!」
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返事と同時に、タダはもう動いていた。
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たぶん、返事より先に動いていた。
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何だあれ。
超獣だ。
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シンは笑いそうになって、すぐに息を呑んだ。
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白い影が動いたからだ。
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森の縁にいたモモが、こちらへ歩いてくる。
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誰も、その足音を聞いていないようだった。
だが、シンには分かった。
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桃の匂いが強くなる。
冷たい。
甘い。
嫌な甘さ。
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モモの右手が、刀の柄にかかっていた。
⸻
「モモ!」
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シンが叫ぶ。
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モモは止まらない。
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目が、いつもの黒ではなかった。
完全な白でもない。
黒の奥に、白い細い線が走っている。
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ひびのように。
命令のように。
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「未確定要素、排除」
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モモの声だった。
だが、モモの声ではなかった。
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タケヒコがモモを見た。
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「それが白い女か」
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その声には、欲があった。
同時に、警戒もあった。
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「近づくな!」
シンは叫んだ。
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誰に向けたのか、自分でも分からなかった。
タケヒコにか。
男たちにか。
モモにか。
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モモの足が速くなる。
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速い。
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まるで、地面との間に重さがない。
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白い衣が、火のない場所で揺れた。
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タダが前へ出ようとした。
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「タダ、駄目だ!」
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シンは叫んだ。
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「あれは俺だ!」
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意味の分からない言葉だった。
だが、タダは止まった。
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モモの狙いは、北へ逃げた火ではない。
タダでもない。
タケヒコでもない。
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シンだった。
⸻
いや、正確には、シンを通して動くもの。
北の火を逃がした判断。
ユナとコトを遠ざけた選択。
白い雷にとっての、読めない誤差。
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モモの刀が抜かれた。
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音がなかった。
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シンは、逃げなかった。
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「モモ」
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呼ぶ。
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モモの目が、ほんのわずかに揺れた。
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「シン個体、排除対象」
「俺個体って言うな」
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声が震えた。
⸻
怖かった。
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当然だ。
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モモに斬られるのは、怖い。
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石刃で死ぬのとは違う。
白い雷で焼かれるのとも違う。
⸻
モモに斬られる。
⸻
それが、こんなにも怖いとは思わなかった。
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「お前は、コトを守った」
⸻
シンは言った。
⸻
「今度も守れ。ユナも、コトも、火も、追わせるな」
⸻
「命令経路、競合」
「競合しろ」
「外部命令、優先度上昇」
「下げろ」
「不能」
「じゃあ、ずらせ」
⸻
モモの刀が上がる。
⸻
白い雷が、空で鳴った。
⸻
シンは、モモの目を見た。
⸻
「俺だけにしろ」
⸻
モモの唇が、わずかに動いた。
⸻
「シン」
⸻
今度は、モモの声だった。
⸻
シンは笑った。
⸻
「そう。それ」
⸻
モモの目の白い線が、また強くなる。
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「誤差、拡大」
「誤差でいいよ」
⸻
シンは言った。
⸻
「お前がコトを守ったのも、俺がユナを好きなのも、タダが飯を大事にするのも、コトが川のはじまりを見たいのも、全部お前の言う誤差でいい」
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モモは震えていた。
⸻
刀の切っ先が、ほんの少し揺れる。
⸻
「でも、その誤差で、俺はここにいる」
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シンは言った。
⸻
「その誤差で、火は北へ行った」
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白い雷が落ちた。
⸻
モモの刀が動いた。
⸻
速かった。
⸻
見えたのは、白い線だけだった。
⸻
シンは、斬られたと思った。
⸻
だが、まだ立っていた。
⸻
モモの刀は、シンの肩口を裂き、そのまま背後へ抜けていた。
⸻
背後にいた西の男の刃が、弾かれて飛ぶ。
⸻
モモは、ずらした。
⸻
シンを斬りながら、背後の追撃を止めた。
⸻
血が熱い。
⸻
でも、死んではいない。
⸻
「モモ!」
⸻
シンは叫んだ。
⸻
モモの顔が歪んだ。
⸻
初めて見る顔だった。
⸻
泣いているのか。
怒っているのか。
壊れているのか。
⸻
全部かもしれなかった。
⸻
「離脱、不能」
⸻
モモが言った。
⸻
「再制御、不能」
⸻
刀が、もう一度上がる。
⸻
今度は、ずらせない。
⸻
シンには分かった。
⸻
モモにも、分かっている。
⸻
白い雷が、刀の上で細かく震えていた。
⸻
タダが叫ぶ。
⸻
「シン!」
⸻
シンは手で制した。
⸻
来るな。
⸻
今、タダが来れば、タダも斬られる。
残る男たちも、まとめて斬られる。
⸻
モモの刀は、シンを狙っている。
⸻
なら、それでいい。
⸻
北へ向かう火は、もう遠い。
ユナも、コトも、長老も、フスンも、ウロオボエ様も、今はここにいない。
⸻
なら、守れる。
⸻
自分だけで済むなら。
⸻
それに。
⸻
シンは、白い雷に操られた者たちを見た。
⸻
西の男。
南の男。
焦点の合わない目。
北へ向かおうとする足。
⸻
その足は、モモがシンへ向いた瞬間から、少し鈍っていた。
⸻
ミカヅチの手が、シンへ集まっている。
⸻
やはり、そうだ。
⸻
自分が消えれば、止まる。
⸻
少なくとも、一瞬は。
⸻
「タダ!」
⸻
シンは叫んだ。
⸻
「俺が斬られたら、走れ!」
⸻
タダの顔が歪んだ。
⸻
「シン!」
「走れ! 火を追え! ユナたちに追いつけ!」
⸻
タダは答えなかった。
⸻
答えなかったが、棍を握る手が変わった。
⸻
戦う手から、逃がす手へ。
⸻
それだけで、シンには伝わった。
⸻
シンは、モモへ一歩近づいた。
⸻
「また会いに来い」
⸻
モモの目が揺れた。
⸻
「不可能」
「来い」
「時代跳躍条件、未確定」
「知らん」
⸻
シンは笑った。
⸻
「いつかでもいい。違う場所でもいい。敵でもいい。変な顔でいい。俺を斬ったあとでもいい」
⸻
白い雷の音が、遠くなる。
⸻
いや、近すぎて聞こえなくなったのかもしれない。
⸻
「また会いに来い、モモ」
⸻
モモの唇が震えた。
⸻
長い沈黙だった。
⸻
刀が落ちる直前。
⸻
ほんの小さな声がした。
⸻
「りょ。」
⸻
それは、確かにモモの声だった。
⸻
次の瞬間。
⸻
刀が、シンの胸を斬った。
⸻
⸻
痛みは、少し遅れて来た。
⸻
熱い。
冷たい。
重い。
⸻
体の中心が開いて、そこから全部がこぼれていくようだった。
⸻
シンは膝をついた。
⸻
モモが目の前にいる。
⸻
白い線の走った目で。
刀を握ったまま。
けれど、今にも崩れそうな顔で。
⸻
「シン」
⸻
モモが呼んだ。
⸻
「うん」
⸻
返事ができた。
⸻
よかった、と思った。
⸻
声が届く。
まだ、届く。
⸻
遠くで、タダの声が聞こえた。
⸻
「退け!」
⸻
それは、シンが今まで聞いた中で、一番大きなタダの声だった。
⸻
「北へ走れ! 火を追え!」
⸻
男たちが動いた。
⸻
何人かは、シンへ駆け寄ろうとした。
だが、タダが怒鳴った。
⸻
「来るな!」
⸻
その声で、男たちは走った。
⸻
北へ。
⸻
火の行った方へ。
⸻
タダも最後に一度だけ、シンを見た。
⸻
走れ。
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シンは声にできなかった。
⸻
だが、タダは頷いた。
⸻
そして、背を向けた。
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大きな背中が、北へ走る。
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その背中を追おうとした西の者たちが、止まった。
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止まった。
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白い雷に引かれていた足が、急に力を失ったように鈍る。
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南の者の一人が、膝をついた。
西の者が、黒い石刃を落とした。
別の者は、何をしていたのか分からない顔で森を見た。
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ミカヅチの手が、止まっている。
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シンは、それを見た。
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見られた。
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作戦は、間違っていなかった。
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よかった。
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本当に、よかった。
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ユナ。
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コト。
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川のはじまり。
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火。
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全部、少しだけ遠くへ行けた。
⸻
シンは、そう思った。
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その瞬間、視界の端でタケヒコが見えた。
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彼は、止まった兵たちを見ていた。
それから、シンを見た。
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驚いてはいない。
だが、完全に予想通りでもない顔だった。
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シンが消えかけているからだ。
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血を流して倒れるのではない。
死体が残るのではない。
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手の先が、薄くなっている。
白い光の粒のように、ほどけている。
⸻
タケヒコの目が変わった。
⸻
欲。
恐れ。
計算。
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全部が一度に来た顔だった。
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「やはり、お前は」
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タケヒコが何かを言いかけた。
⸻
シンは、もう聞かなかった。
⸻
モモだけを見た。
⸻
「モモ」
⸻
声は出なかったかもしれない。
でも、モモは反応した。
⸻
「シン」
⸻
シンは、最後に笑おうとした。
⸻
笑えたかどうかは分からない。
⸻
ユナ。
⸻
コト。
⸻
川のはじまり。
⸻
火。
⸻
タダの飯。
⸻
フスンの鼻音。
⸻
ウロオボエ様の困った顔。
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長老の、火を渡す手。
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全部が、胸の奥で一度に光った。
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置いていく。
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でも、消えない。
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たぶん。
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そう思った。
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シンの体が、ほどけた。
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白い雷とは違う光だった。
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火の粉にも似ていた。
川面の光にも似ていた。
朝の息にも似ていた。
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誰かの手が伸びた。
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モモの手だった。
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その手は、シンに触れようとして。
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何も掴めなかった。
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モモの顔が、崩れた。
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シンは、それを見ていた。
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最後まで。
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最後の最後まで。
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それで、少しだけ安心した。
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泣けるなら。
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間違えるなら。
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きっと、また会える。
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そんな気がした。
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火の匂いが遠ざかる。
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水の音が、どこかで聞こえた気がした。
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川のはじまり。
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ごめん。
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先に、見つけてくれ。
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シンは、第二の時代から消えた。
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そして。
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シンの世界は、そこで終わった。
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⸻ Starting Over ⸻
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(第二章 了 第三十話へ)




