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タケヒコ

第二十一話 タケヒコ


⸻


 南から来る流れを変えるために、北へ逃げる。


⸻


 何度考えても、意味の分からない言葉だった。


⸻


 だが、まっすぐな道は読まれる。


 火のそばも読まれる。


 畑も読まれる。


 水場も読まれる。


 斥候を探しに行けば、その斥候を見張る目がいる。


⸻


 だから、曲がるしかない。


⸻


 シンは、掌の中のヒスイを握った。


⸻


 冷たい。


 小さい。


 だが、重い。


⸻


 年長の女が、火の奥から出した石。


⸻


 水ではない。


 火でもない。


 腹のものでもない。


⸻


 道のもの。


⸻


 借りる、だ。


 返せ。


⸻


 その言葉が、掌よりも胸に重かった。


⸻


 まず、畑へ行った。


⸻


 畑は、まだあった。


⸻


 低い囲い。


 踏まないように避けていた土。


 残った穂。


 子供たちが覚えた細い道。


 トリビックリクンとトリビックリママのいた場所。


⸻


 一度、壊した。


⸻


 土を崩し、囲いを倒し、穂を散らし、道の上に置いた印を消した。


⸻


 だが、死ねば戻る。


⸻


 壊したものも戻る。


 折った枝も戻る。


 散らした穂も戻る。


 泣いたコトの顔さえ、何も知らない朝に戻る。


⸻


 それが今は、救いではなかった。


⸻


「もう一回か」


⸻


 シンは呟いた。


⸻


 ユナが隣に立っていた。


 タダもいる。


 年長の女は、火種を包む皮を持ったまま、少し後ろにいる。


 コトはウロオボエ様土偶を抱えて、もっと離れた場所から見ていた。


⸻


「壊すの?」


 コトが聞いた。


⸻


 声は小さかった。


⸻


「壊す」


⸻


 シンは答えた。


⸻


「でも、なくすんじゃない。道を空ける」


「しっぽの実、また?」


「また」


⸻


 コトは唇を噛んだ。


⸻


「かわいそう」


「うん」


⸻


 シンは頷いた。


⸻


「かわいそうだ」


⸻


 それから、囲いに手をかけた。


⸻


 ばき、と枝が折れる。


⸻


 二度目の音だった。


 だが、胸は一度目と同じように痛んだ。


⸻


 ユナが残った穂を集める。


 タダが水の流れを土で戻す。


 年長の女が、土へ返す粒だけを静かに分ける。


⸻


 シンは畝を崩した。


⸻


 守るために作った線を、自分の手で消していく。


⸻


 ここからここまで。


 ここは芽。


 ここは草。


 ここは踏むな。


 ここはコトが見ていた場所。


 ここはフスンが鼻を鳴らして伏せていた場所。


⸻


 そうやって作った線を、壊す。


⸻


 これは敗北だ。


⸻


 でも、ただの敗北ではない。


⸻


 ここに残れば流される。


 ここを空ければ、流れは少しだけ迷う。


⸻


 その少しを、買う。


⸻


 火で。


 種で。


 畑で。


 そして、青い石で。


⸻


 畑が畑ではなくなった頃、シンは泥のついた手でヒスイを握った。


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 冷たい石だった。


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「行く」


⸻


 誰に言ったのか分からない。


⸻


 ユナが頷いた。


 タダも頷いた。


 コトは泣きそうな顔で、ウロオボエ様土偶を抱き直した。


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「シン」


「ん」


「返してね」


⸻


 コトが見ていたのは、畑ではなかった。


 シンの手の中の青い石だった。


⸻


「返す」


⸻


 シンは言った。


⸻


「戻る道を探して、返す」


⸻


 コトは何度も頷いた。


⸻


 フスンが、ふすん、と鼻を鳴らした。


⸻


「お前も、コトを頼む」


⸻


 シンが言うと、フスンはまた鼻を鳴らした。


⸻


 分かっているのかどうかは分からない。


 だが、今はそれでよかった。


⸻


⸻


 畑を消したあと、火を分けた。


⸻


 大きな火は残さない。


 灰の奥に火種を隠し、小さな器に移す。


⸻


 種は皮の中へ。


 残せる穂は束ねる。


 トリビックリクンの骨と貝殻はコトが持つ。


 トリビックリママの皮はユナが畳む。


 ウロオボエ様土偶は、コトの腕の中にある。


⸻


 集落の者たちは、北側のくぼみへ移った。


⸻


 完全に逃げたわけではない。


 住居を捨てたわけでもない。


⸻


 だが、火と子供と種を、ひとところに置かない。


 見える場所に置かない。


 水場へまっすぐ向かわない。


⸻


 何度も死んで覚えたことを、一つずつ形にした。


⸻


「本当に一人で行くのか」


⸻


 タダが低く聞いた。


⸻


 集落の端。


 森へ向かう前。


 まだ朝の光は柔らかい。


 だが、森の奥はもう柔らかくなかった。


⸻


「一人じゃない」


 シンは言った。


⸻


「ミチヌシがいる」


「それを一人と数えるのか」


「数え方が難しいな」


⸻


 タダは少しだけ眉を動かした。


⸻


 笑ったのかもしれない。


 この状況で笑ったなら、なかなかの剛の者だ。


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「止めるべきか」


「止めないでほしい」


「理由は」


「交渉だから」


⸻


 シンは南の方を見た。


⸻


「人数を増やすと、向こうも人数を見る。武器を見る。子供を見る。火を見る。そうなったら、話じゃなくて、測り合いになる」


「もう測られている」


「そう。だから、こっちから見せるものを一つにする」


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 シンはヒスイを見せた。


⸻


「これだけ持って行く」


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 タダは長く石を見た。


⸻


「返せ」


「言われた」


「俺からも言う」


「分かった」


⸻


 タダは頷いた。


⸻


 ユナは少し離れたところにいた。


 こちらを見ている。


 何か言いたそうだった。


⸻


 来るな、と言えば、来ると言う。


 危ないと言えば、ここも危ないと言う。


⸻


 だから、シンは先に言った。


⸻


「今回は、俺とミチヌシだけで行く」


⸻


 ユナの眉が動いた。


⸻


「どうして」


「俺が死にそうな顔をした時、ユナがいると、俺がユナを見る」


「見ればいい」


「見たら、言うべきことを間違える」


⸻


 ユナは黙った。


⸻


 シンは言葉を探した。


⸻


「俺は今日、怖がらせに行くんじゃない。怒りに行くんでもない。お願いしに行くのとも違う」


「じゃあ、何しに行くの」


「買いに行く」


⸻


 ユナが目を細めた。


⸻


「何を」


「今日一日」


⸻


 シンは答えた。


⸻


「今日一日だけ、こっちに来ない道を買う」


⸻


 ユナは唇を噛んだ。


⸻


 シンは、彼女の髪を見た。


⸻


 まだ少し跳ねている。


 泥と汗の跡が残っている。


⸻


 直す約束を、何度もした。


 そのたびに、死んだ。


⸻


「戻ったら、髪を直す」


⸻


 シンは言った。


⸻


 ユナは少しだけ目を見開いた。


⸻


「また、それ?」


「また、それ」


「戻らなかったら?」


「怒っていい」


「怒れない」


「じゃあ、戻る」


⸻


 ユナはしばらくシンを見ていた。


⸻


 それから、小さく息を吐いた。


⸻


「戻って」


⸻


 それだけだった。


⸻


「戻る」


⸻


 シンは答えた。


⸻


 絶対とは言わなかった。


 戻る道を探す。


⸻


 今は、それしか言えなかった。


⸻


⸻


 ミチヌシは、集落の外れにいた。


⸻


 木の根に腰かけている。


 まるで昨日からそこにいたような顔をしている。


⸻


 古い衣。


 杖。


 首元の青緑の石。


⸻


 シンが近づくと、ミチヌシは目だけを動かした。


⸻


「来たか」


「来た」


「壊したか」


⸻


 シンは一瞬、黙った。


⸻


「見てたのか」


「道が息をした」


「つまり見てたんだな」


「そうとも言える」


⸻


 シンは鼻から息を吐いた。


⸻


 ミチヌシは立ち上がる。


⸻


「借りたか」


⸻


 シンは掌を開いた。


⸻


 ヒスイが、朝の光を受けて青く光る。


⸻


 ミチヌシの目が、ほんの少しだけ動いた。


⸻


「そういう石が、火の奥に残っていたか」


「知ってたのか」


「知らぬ」


「嘘つけ」


「知っていたわけではない。だが、あってもおかしくはない」


⸻


 シンは少し顔をしかめた。


⸻


「その言い方、ずるいな」


「道は、ずるい」


「認めるのかよ」


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 ミチヌシはシンの前に来る。


 そして手を出した。


⸻


「貸せ」


⸻


 シンはヒスイを握り直した。


⸻


「やだ」


「お前が持っていても、見せ方を知らなければただの石だ」


「南に渡す石だ」


「渡す前に、止めなければならぬ」


「何を」


「列を」


⸻


 ミチヌシは南の方を見た。


⸻


「向こうは、人が声をかけたから止まるものではない。火を見たから止まるものでもない。石も、ただ持っていればよいわけではない」


「じゃあ、どうする」


「見せる」


⸻


 シンは深く息を吐いた。


⸻


「それ、好きだな」


「教えるより早い」


⸻


 シンは迷った。


⸻


 年長の女の声が蘇る。


⸻


 借りる、だ。


 返せ。


⸻


 この石は、シンのものではない。


 それでも、今この場で握りしめているだけでは何も変わらない。


⸻


 シンはヒスイをミチヌシに渡した。


⸻


「壊すなよ」


「壊れるような石なら、道にはならぬ」


「いや、そういう話じゃなくて」


⸻


 ミチヌシは答えず、歩き始めた。


⸻


 シンも後に続いた。


⸻


 森へ入る。


⸻


 今日は、ユナもタダもコトもいない。


 フスンの鼻息もない。


 モモの匂いも、今は薄い。


⸻


 シンとミチヌシだけだった。


⸻


 二人で、北へ向かうように歩き、途中で曲がり、斜面を下り、湿った草を避けた。


 沢には近づかない。


 見晴らしの良すぎる尾根にも、まっすぐは出ない。


⸻


 ミチヌシは、道なき場所を歩いているように見えて、確かに何かの上を歩いていた。


⸻


 足音がない。


⸻


 シンだけが、枝を踏みそうになり、泥に滑りそうになり、息を切らしている。


⸻


「なあ」


「なんだ」


「俺、今、かなり道に向いてない気がする」


「向いていない」


「即答すんな」


「だから覚える」


⸻


 シンは黙った。


⸻


 覚える。


⸻


 そうだ。


 それしかできない。


⸻


 死んで覚えた。


 水場に待たれること。


 斥候が一人ではないこと。


 見張りを見張る目があること。


 逃げる者の考えまで読まれること。


⸻


 そして今は、生きたまま覚える。


⸻


 道の曲がり方。


 踏んではいけない場所。


 見られやすい高み。


 声が届く水面。


⸻


 覚えろ。


 死ななくても、覚えろ。


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 やがて、木々が薄くなった。


⸻


 川の手前に出た。


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 向こう岸に、南の列があった。


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 シンは息を止めた。


⸻


 前に見た時より、近い。


⸻


 人の列。


 荷を運ぶ者。


 槍を持つ者。


 磨いた石斧を下げる者。


 縄で結ばれた木片を持つ者。


⸻


 声は少ない。


 列は乱れない。


 子供も老人も見えない。


⸻


 これは逃げる集団ではない。


⸻


 動かす集団だ。


⸻


 水を測り、土地を測り、人を測り、次に進む場所を測る。


⸻


 その列の中央に、ひときわ静かな男がいた。


⸻


 特別大きいわけではない。


 タダほどの厚みもない。


⸻


 だが、立っているだけで周囲の流れが変わる。


 誰も怒鳴らない。


 誰も命令を聞いているようには見えない。


⸻


 それでも、全員がその男を中心に動いていた。


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 シンは、喉の奥が乾くのを感じた。


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 あれが頭だ。


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 そう思った。


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 この列の足を、今この場で預かっている男。


⸻


 ミチヌシが片手を上げた。


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 そして、借りたヒスイを光の当たる場所へかざした。


⸻


 青緑の光が、川へ落ちる。


⸻


 水面が揺れる。


 光が、流れに沿って伸びる。


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 その瞬間。


⸻


 南の列が、一斉に止まった。


⸻


 誰も叫ばない。


 誰も命じない。


 それでも止まった。


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 シンの背筋が粟立った。


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 石を見たのではない。


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 価値を見たのだ。


⸻


 ここには、道がある。


 ここには、遠くと繋がるものがある。


 ここは、踏めば終わるだけの火ではない。


⸻


 南の列は、それを理解した。


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 先頭近くの男が小さく言った。


⸻


「タケヒコ様」


⸻


 中央の男が、ゆっくりとこちらを見た。


⸻


 タケヒコ。


⸻


 その名が、川の音の中でもはっきり聞こえた。


⸻


 タケヒコは列から離れ、川の手前まで歩いてきた。


⸻


 足の運びが静かだった。


 急いでいない。


 焦っていない。


 だが、遅くもない。


⸻


 ミチヌシを見た。


 次に、シンを見た。


⸻


「道守の連れか」


⸻


 声は整っていた。


 感情は薄い。


 でも、冷たくはない。


⸻


 測っている声だ。


⸻


「……まあ、そうだ」


 シンは答えた。


⸻


 ミチヌシは何も言わない。


 交渉しろ、ということらしい。


⸻


 シンは一瞬だけ、心の中で悪態をついた。


⸻


 そこは助けてくれよ。


⸻


 でも、助けてくれないからこそ、ここまで来た。


⸻


 タケヒコは、シンを見続けている。


⸻


「お前は、何者だ」


「北の者だ」


「北に、そういう者はいない」


「今はいる」


⸻


 タケヒコの眉がわずかに動いた。


⸻


 それから、笑った。


⸻


 初めて、人間らしく。


⸻


「北にも、そういう目をした者がいるのか」


「そういう目?」


「流れを見ようとする目だ」


「アンタと同じか」


「違う」


⸻


 タケヒコは即答した。


⸻


「俺は、流れを作る側だ」


⸻


 川の音が強くなった気がした。


⸻


「北は、流れに耐える」


 タケヒコは言った。


⸻


「西は、流れに押される」


⸻


 そして、自分の背後の列を軽く示した。


⸻


「我らは、流れを作る」


⸻


 シンは黙った。


⸻


 タケヒコの言葉は、傲慢に聞こえる。


 でも、ただの虚勢ではなかった。


⸻


 実際に、彼らは流れを作っている。


 水を測り、道を測り、人を動かす。


 土地を囲い、種をまき、収穫を数え、足りない分を次の土地へ求める。


⸻


「なぜ、他の奴らを押し出す」


 シンは聞いた。


⸻


 タケヒコは少しも怒らなかった。


⸻


 答える価値がある、と判断した目をした。


⸻


「人は増える」


⸻


 短い言葉だった。


⸻


「種を持てば、人は増える。子が残る。老人も残る。腹が満ちる。腹が満ちれば、次の腹が生まれる」


⸻


 タケヒコは、川の上流を見た。


⸻


「だが、土地は増えぬ」


⸻


 シンは息を止めた。


⸻


「水も、勝手には増えぬ。水を引けば、上流が要る。上流を取れば、そこにいた者が動く。そこにいた者が動けば、さらに別の者が動く」


⸻


 タケヒコは淡々と言った。


⸻


「止まれば、飢える」


⸻


 その言葉は、刃より冷たかった。


⸻


「だから、動かす」


「それで、西が流れてくる」


「そうだ」


「西が俺たちを襲う」


「そうだ」


「知っててやってるのか」


「知っている」


⸻


 シンの拳が固まった。


⸻


 怒りが上がる。


⸻


 だが、タケヒコは視線を逸らさない。


⸻


「知らぬふりをする者もいる。俺はしない」


「だからマシだと?」


「違う」


⸻


 タケヒコの声は変わらない。


⸻


「それが、我らだ」


⸻


 シンは歯を噛んだ。


⸻


 タケヒコは続けた。


⸻


「俺の上にも声がある。さらに南にも、声がある。水を測れ、土地を測れ、人を動かせ、と言う声だ」


「誰の声だ」


⸻


 タケヒコは、ほんの少しだけ空を見た。


⸻


「雷の御名を聞く者たちがいる」


⸻


 シンの胸の奥が、変なふうに冷えた。


⸻


「雷?」


「ミカヅチ」


⸻


 その名は、川の音の中で妙に硬く響いた。


⸻


「俺は、その声のすべてを動かせるわけではない」


 タケヒコは言った。


⸻


「だが、この列の足は、今は俺が預かっている」


⸻


 やはり、そうだった。


⸻


 シンは一歩前に出た。


⸻


「話がある」


「聞こう」


「俺の集落に、来るな」


「理由は」


「俺たちは、お前たちを止められない」


⸻


 タケヒコの目が動いた。


⸻


 シンは続けた。


⸻


「西も止められない。水場も読まれる。道を外れても、別の道から来る。俺たちだけじゃ勝てない」


「なら、なぜ立っている」


「嫌だからだ」


⸻


 タケヒコが黙った。


⸻


「正しいとか、強いとか、必要とか、そういう話は分かる。人が増えるのも分かる。土地が足りないのも分かる。流れを作らないと飢えるのも、たぶん分かる」


⸻


 シンは息を吸った。


⸻


「でも、嫌だ」


⸻


 声が震えていた。


⸻


「俺は、あの火が好きだ。コトが走ってるのが好きだ。タダの焼いた肉がうまいのが好きだ。ユナが川で水をかけてくるのが好きだ。老婆が何も言わずに全部見てるのが、ちょっと怖いけど好きだ」


⸻


 言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。


⸻


 だが、止めなかった。


⸻


「だから、来るな」


⸻


 タケヒコは長くシンを見ていた。


⸻


 そして、短く笑った。


⸻


「感情で道を曲げろと言うのか」


「そうだ」


「面白い」


「笑うな」


「笑っているのではない。測っている」


「余計悪いわ」


⸻


 タケヒコの後ろで、南の者たちが静かに待っている。


⸻


 誰も口を挟まない。


 誰も勝手に動かない。


⸻


 その静けさが、逆に怖かった。


⸻


「代わりに、何を出す」


 タケヒコが言った。


⸻


 シンはミチヌシを見た。


⸻


 ミチヌシは、借りたヒスイをまだ光にかざしている。


⸻


 それだけで、何も言わない。


⸻


 シンはミチヌシからヒスイを受け取った。


⸻


 掌に戻る冷たさ。


⸻


 返せ、と言われた石。


⸻


 シンは、その石をタケヒコへ差し出した。


⸻


「これを渡す」


⸻


 タケヒコの目が、初めてはっきり動いた。


⸻


「青を渡すのか」


「渡す」


「それは、お前のものか」


「借り物だ」


「借り物を渡すのか」


⸻


 タケヒコの声に、少しだけ興味が混じった。


⸻


「返す約束をしてる」


「では、なぜ渡す」


「返す場所を残すためだ」


⸻


 タケヒコは黙った。


⸻


 シンは手を引っ込めなかった。


⸻


「この石を渡す。だから、今日の足を変えろ。俺たちの火へ向かう流れを、別へ曲げろ」


「今日だけか」


「今日だけでもいい」


⸻


 シンは言った。


⸻


「今日を変えれば、明日の考え方が変わる」


⸻


 その言葉は、自分に向けて言ったのかもしれなかった。


⸻


 タケヒコは、ヒスイを受け取った。


⸻


 青緑の石が、シンの掌から離れた。


⸻


 その瞬間、胸の奥が少し痛んだ。


⸻


 返すと約束した。


⸻


 なのに、渡した。


⸻


 でも、渡さなければ、返す道も消える。


⸻


 タケヒコはヒスイを光にかざした。


⸻


「小さい」


「文句言うな」


「だが、よい色だ」


⸻


 タケヒコはヒスイを握った。


⸻


「これだけでは、道を変えるには軽い」


「まだ足りないのか」


「足りぬ」


⸻


 シンの喉が乾いた。


⸻


「他に何がいる」


⸻


 タケヒコの目が、シンに戻った。


⸻


「お前だ」


⸻


「俺?」


「お前自身が面白い」


⸻


 シンは固まった。


⸻


「俺に何をできると思ってる」


「知らない」


「知らないのかよ」


「知らない。だから見たい」


⸻


 タケヒコは淡々と言った。


⸻


「北の者でありながら、道守と歩き、青を借り、借り物を渡してでも火を残そうとする。流れを受ける側なのに、流れを曲げようとしている」


⸻


 タケヒコの目が少しだけ細くなる。


⸻


「そういう者は、南にも少ない」


「南に来いって話なら断る」


「まだ誘っていない」


「いずれ誘う顔だろ、それ」


⸻


 タケヒコはまた短く笑った。


⸻


「やはり面白い北人だ」


「で、どうする」


⸻


 シンは聞いた。


⸻


 タケヒコはヒスイを腰の紐へ結んだ。


⸻


 返ってこない。


⸻


 少なくとも、今は。


⸻


「今回は道を変える」


⸻


 シンは息を止めた。


⸻


「今回は?」


「また来る」


「だよな」


⸻


 安堵と絶望が、同時に来た。


⸻


 タケヒコは背後へ手を上げた。


⸻


 後ろの男がすぐ動く。


 鳥に似た鋭い音を出す。


⸻


 一つ。


 二つ。


 間を置いて、三つ。


⸻


 南の列が静かに動き始めた。


⸻


 北へ向かっていた線が、ゆっくりと横へずれる。


⸻


 川沿いをそのまま上がるのではなく、斜面の低い方へ流れていく。


⸻


 さらに奥で、別の合図が返る。


⸻


 西の流れも、ざわめきながら方向を変えた。


⸻


 完全に止まったわけではない。


 飢えが消えたわけでもない。


 怒りが消えたわけでもない。


⸻


 それでも、足は曲がった。


⸻


 シンは長く息を吐いた。


⸻


「……変わった」


「今回はな」


 ミチヌシが言った。


⸻


 タケヒコは川の向こうへ戻りかけて、ふと足を止めた。


⸻


「シン」


⸻


「何」


「青は預かる」


「返せよ」


「返しに来い」


⸻


 シンは言葉に詰まった。


⸻


 タケヒコは、少しだけ笑った。


⸻


「返す道が残っていればな」


⸻


 それだけ言って、タケヒコは列へ戻った。


⸻


 南の列は、もう北へは向かっていなかった。


⸻


 少しだけ、道が変わっている。


⸻


 たった一日分。


 たった一度分。


⸻


 それでも、変わった。


⸻


 シンは空の手を見た。


⸻


 ヒスイはもうない。


⸻


 掌には、冷たさだけが残っている。


⸻


「成功したのか」


 シンは呟いた。


⸻


「今回はな」


 ミチヌシが同じ言葉を繰り返した。


⸻


「また来るって言った」


「そうだ」


「根本は変わってない」


「そうだ」


⸻


 シンは南の列を見た。


⸻


 タケヒコの背中が遠ざかる。


⸻


 流れを作る側。


 人が増えるから、土地が足りないから、水が要るから、動かすしかないと言った男。


⸻


 そして、その上にある雷の名。


⸻


「俺は、見つかったのか」


⸻


 シンは言った。


⸻


 ミチヌシは答えなかった。


⸻


 それが答えだった。


⸻


⸻


 甘い匂いがした。


⸻


 振り返る。


⸻


 モモがいた。


⸻


 川の手前。


 いつもより近い。


⸻


 南の列を見ていた。


 タケヒコを見ていた。


 そして、シンの空になった手を見た。


⸻


「見てたか」


「……見ていた」


「今日は殺しに来ないのか」


「今日は、来ない」


「なんで」


⸻


 モモは少し黙った。


⸻


「誤差が、大きくなっている」


「俺のせいか」


「りょ」


「修正しなくていいのか」


「判断中」


⸻


 シンは少し考えた。


⸻


 モモの手は、刀の近くにない。


 だが、遠くもない。


⸻


 何かに縛られながら、それでも前より近くにいる。


⸻


「モモ」


「何」


「南って、ああいうものなんだな」


⸻


 モモは答えない。


⸻


「秩序があって、技術があって、列が乱れなくて、人を増やして、土地を広げて、水を測って、全部を動かす」


⸻


 シンは川を見た。


⸻


「たぶん、あっちの方が効率はいい。たくさん生きられる。飢える人間も減るかもしれない」


「そう」


⸻


 モモは短く答えた。


⸻


「でも」


⸻


 シンはコトを思い出した。


 ウロオボエ様土偶を抱えて走る姿。


⸻


 ユナを思い出した。


 跳ねた髪。


 川で水をかけてくる笑い方。


⸻


 タダを思い出した。


 無言で肉を焼く手。


⸻


 年長の女を思い出した。


 ヒスイを渡して、返せと言った目。


⸻


「それが正しいなら、なんで俺は嫌なんだろうな」


⸻


 モモは答えなかった。


⸻


 否定もしなかった。


⸻


 その沈黙が、今までよりもずっと大きく聞こえた。


⸻


「お前も、誰かに動かされてるのか」


⸻


 シンは聞いた。


⸻


 モモの目が、わずかに揺れた。


⸻


「回答不可」


「だろうな」


⸻


 シンは笑った。


⸻


 笑うしかなかった。


⸻


「でも、もしそうなら」


⸻


 モモを見る。


⸻


 モモも、シンを見ている。


⸻


「そんなの、気に食わない」


⸻


 モモの目が、さらに揺れた。


⸻


 それは誤差には見えなかった。


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 名前のない反応。


 モモ自身がまだ説明できない、何か。


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 モモは何も言わなかった。


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 ただ、消えなかった。


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 まだ、そこにいた。


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 川が光っている。


 風が来る。


 草が揺れる。


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 西の流れ。


 南の流れ。


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 どちらも、止まらない。


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 それでも、今日。


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 少しだけ変わった。


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 たった一日分だけ。


 それでも、変わった。


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⸻


 北側のくぼみへ戻ると、ユナがいた。


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 濡れた皮を木の枝へ掛けている。


 シンの顔を見るなり、少し眉を寄せた。


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「戻った」


「戻った」


「石は?」


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 シンは手を開いた。


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 何もない。


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 ユナの目が、少し揺れた。


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「渡したの」


「渡した」


「返せる?」


「返しに行く」


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 ユナはそれ以上聞かなかった。


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 ただ、シンの手を見た。


 空になった手。


 泥と、川の湿り気と、冷たさだけが残った手。


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「髪」


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 ユナが言った。


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 シンは一瞬、何のことか分からなかった。


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 すぐ思い出す。


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「直す」


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 ユナは背を向けた。


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 あまりにも自然に。


 当たり前みたいに。


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 シンは、その背中を見て、ようやく膝の力が抜けそうになった。


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 戻った。


⸻


 本当に、戻った。


⸻


 ヒスイは手元にない。


 借り物を、渡してしまった。


 また来る、と言われた。


 根本は変わっていない。


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 それでも、今日は戻った。


⸻


 シンはユナの髪に触れた。


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 泥と汗で、少し絡んでいる。


 葉の小さな欠片がついている。


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「痛い?」


「痛くない」


「下手?」


「少し」


「正直だな」


「でも、嫌じゃない」


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 シンは黙った。


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 指先で、絡んだ髪をゆっくり解く。


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 髪を直す。


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 ただ、それだけのことだった。


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 でも、今はそれが奇跡みたいだった。


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 コトが走ってきた。


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「シン! 青い石は?」


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 シンの手が止まった。


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 コトはすぐに気づいた。


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「ない」


「ない」


「食べられた?」


「食べられてない。渡した」


「誰に」


「南の、偉そうなやつ」


「返してくれる?」


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 シンは少し黙った。


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「返しに行く」


「遠い?」


「たぶん遠い」


「たぶんかー」


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 コトはウロオボエ様土偶を抱え直した。


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「じゃあ、ウロオボエ様は、まだ持つ」


「頼む」


「弱いけど」


「弱いから頼む」


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 コトは真剣に頷いた。


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「弱いから、持つ」


⸻


 フスンが、ふすん、と鼻を鳴らした。


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「お前も頼む」


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 シンが言うと、フスンはまた鼻を鳴らした。


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 その夜。


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 襲撃は来なかった。


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 大きな火は焚かない。


 祭りの夜のような明るさもない。


 穂も少ない。


 畑も壊した。


 ヒスイも手元にない。


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 失ったものばかりだった。


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 それでも、石は飛ばなかった。


 火は蹴られなかった。


 フスンは潰されなかった。


 ユナは森へ引きずられなかった。


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 ただ、それだけで、十分すぎた。


⸻


 火種は灰の中にある。


 種は皮の中にある。


 弱い神は、コトの腕の中にある。


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 青い石は、もうシンの手にはない。


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 だが、掌にはまだ冷たさが残っていた。


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 それは、失った冷たさではなく。


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 道が、まだ繋がっている冷たさだった。


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 ユナは隣にいる。


 コトは眠りかけている。


 タダは森を見ている。


 年長の女は火を見ている。


 フスンは鼻を鳴らして丸くなっている。


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 モモは少し離れた場所に立っていた。


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 前より近い。


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 けれど、まだ触れない距離で。


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 遠くで、鳥に似た声が一度だけ鳴った。


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 シンは目を開けた。


 タダも顔を上げた。


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 しかし、それ以上は続かなかった。


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 今日だけ。


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 タケヒコはそう言った。


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 だから、今日だけでいい。


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 今日は、誰も死ななかった。


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 それで、今日はいい。


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(第二十二話へ)

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