循環
第十二話 循環
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朝。
川の水は、今日も冷たかった。
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(ちべたぃぞ!!)
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シンは思わず声に出しかけて、飲み込んだ。
出したら負けな気がした。
何に対してかは分からない。
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川べりには、何人か人がいた。
女たちが洗い物をしている。
子供が水に手を突っ込んで遊んでいる。
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そして。
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普通に、服を脱いでいる。
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(あーーー)
(なるほどねーーー)
(そういう文化ねーーー)
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視線の置き場に困る。
いや、困ってはいない。
むしろ置き場は決まっている。
問題は、置いていいかどうかだ。
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(いやダメだろ)
(いやでも自然だし)
(自然って何だ)
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「シン」
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呼ばれて振り向く。
若い女が立っていた。
水を汲んだ器を両手で持っている。
目が大きい。
笑うと口端が上がる。
腰のラインが、なんか、いい。
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(いかんいかん)
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「何してる」
「いやーえー、、あー、、」
「見てた」
「見てないでし!」
「見てた」
「見てないでしっ!」
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女は少しだけ笑った。
笑ったまま、シンの隣に座る。
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「いいぞ」
「何が」
「見るの」
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(いいの!?)
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「いや、でも、その///」
「隠してないし」
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確かにそうだった。
誰も隠していない。
見られることを前提にしている。
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(文化の差、えぐいな)
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「シンは、変」
「知ってる」
「君は、えっと」
「ユナ」
「ユナか」
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ユナは川を見た。
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「水、冷たい」
「そうだな」
「でも、いい」
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そう言って、手を水に入れる。
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「借りてるだけだから」
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シンは少し首を傾げた。
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「借りてる?」
「うん」
「水を?」
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ユナは頷く。
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「山から来る」
「まぁ、そうだな」
「また戻る」
「たぶん」
「だから、借りてる」
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(あー)
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なんとなく分かる。
でも、言葉としては変だ。
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「じゃあ、汚したらどうする」
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ユナは少し考えてから言った。
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「怒られる」
「誰に」
「分からない」
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それでも、言い切る。
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「でも怒られる」
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シンは少し笑った。
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「雑だな」
「雑じゃない」
「雑だろ〜」
「雑じゃない」
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ユナは水をすくって、シンにかけた。
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「ちべたいっっっ!!」
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思わず声が出た。
今度は我慢できなかった。
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近くで遊んでいた子供が笑った。
ユナも笑った。
笑い方が大きい。
声が川に広がる。
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(いいな)
(なんか、いいな、これ)
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そのとき。
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「水は、借りるものだ」
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後ろから声がした。
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振り向く。
老婆が立っていた。
いつの間にそこにいたのか、分からない。
音がしなかった。
ただ、いる。
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「借りたものは、返る」
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ゆっくりとした声だった。
川の音に混じるような、低い声だ。
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「返らぬものは、流れを止める」
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シンは少し黙った。
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(流れを止める)
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その言葉が、どこかで引っかかった。
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老婆はそれ以上何も言わなかった。
ただ川を見ている。
水は流れている。
何も変わらないように見える。
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(でも)
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シンは川の上流の方を見た。
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(俺、止めたな)
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畑を思い出す。
水を引いた場所。
土を掘った場所。
流れを、少しだけ。
止めた。
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「シン」
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ユナがまた呼ぶ。
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「何だ」
「顔、変」
「出てたか」
「出てた」
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シンは少しだけ笑った。
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「まぁ、いいか」
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そう言って、水に手を入れた。
冷たい。
でも、悪くなかった。
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(借りてる、か)
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その言葉を、少しだけ噛みしめた。
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老婆はもう、いなかった。
いつの間にか、消えていた。
川の音だけが残った。
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(第十三話へ)
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