↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
112/149

いざ鎌倉

第百十二話 いざ鎌倉


⸻


「……阿津賀志は、落ちる」


⸻


 モモは、そう言った。


 シンの前に立っている。


 遠い尾根でも、木々の向こうでもない。


 手を伸ばせば、薄桃の衣に触れられるほど近かった。


⸻


「……いきなり、それかよ」


⸻


 文治五年八月八日。


 阿津賀志山、最初の朝。


 防塁の向こうで、矢が降っている。


 盾が鳴る。


 角笛が響く。


 国衡の声が、兵を動かしている。


 まだ、落ちていない。


⸻


「正面なら守れる」


 モモが言った。


「湿地も止められる。山道も塞げる」


「だったら」


「その後、内側から壊れる」


⸻


 腹の奥が痛んだ。


 傷はない。


 藤次の刀だけが、まだ残っている。


⸻


「神託兵を先に捕まえる」


「別の兵が使われる可能性が高い」


「国衡に誰も近づけない」


「それでは命令が止まる。防塁が崩れる」


「じゃあ、神託を受けてる奴を全部見つける」


「見分けられない」


⸻


 答えが、端から潰されていく。


 自分でも考えた答えだった。


 全て、さっき自分で潰した。


⸻


「戦で押し返しても、奥州が敗れる流れは残る」


 モモは戦場を見た。


「戦の勝敗を変えれば、神託が別の敗因を作る」


「そんなの……」


⸻


 シンは土を蹴った。


 乾いた塊が、堀へ転がる。


⸻


「そんなの、どうすればいいんだよ!」


⸻


 兵が一人、こちらを見た。


 すぐに正面へ戻る。


 戦っている。


 誰もが、今なら守れると信じている。


 シンも二度、そう信じた。


⸻


「国衡は何も間違えてない」


「知ってる」


「兵だって逃げなかった。皆、ここを守った」


「知ってる」


「それなのに、何で負けなきゃいけないんだ」


⸻


 モモは答えなかった。


 慰めもしない。


 できないのだと思った。


 少しだけ、目を伏せた。


⸻


「……私も、不愉快」


⸻


 小さな声だった。


 戦の音に消えそうだった。


 それでも、シンには聞こえた。


⸻


「方法が、一つだけある」


⸻


 モモが顔を上げる。


「可能性は、限りなく低い」


「ゼロじゃない?」


「ゼロに近い」


「なら、ある」


⸻


 モモが少し止まった。


 そういう数え方はしないらしい。


⸻


「……流れの大元を変える」


「大元?」


「この戦を始めた者」


⸻


 白旗の向こう。


 山を埋めるほどの兵の、さらに向こう。


 一人の男が浮かんだ。


⸻


「源頼朝」


⸻


 モモが頷いた。


「直接、止める」


⸻


 無茶だった。


 槍も使えない。


 弓も引けない。


 敵陣へ入る方法すらない。


 会えたとして、何を言えば止まるのかも分からない。


⸻


「行く」


⸻


 それでも、答えはすぐに出た。


 モモがシンを見る。


⸻


「まだ何も考えてない」


「行きながら考える」


「効率が悪い」


「七回死んで考えても、答えが出なかったんだ」


⸻


 シンは南を見た。


「だったら、まだやってないことをやる」


⸻


 モモの髪が、風に揺れた。


「……私も行く」


⸻


「え?」


「同行する」


「本当に?」


「しつこい」


⸻


 少し怒っていた。


 それが嬉しくて、シンは笑いそうになった。


⸻


「先に、皆へ話してくる」


「私は山側で待つ」


「いなくならない?」


「たぶん」


「そこは言い切ってくれよ」


⸻


 モモはもう歩き出していた。


 桃の香りだけが、一度振り返った。


⸻


⸻


 国衡は、大木戸にいた。


 高楯黒の上から、正面の白旗を見ている。


 シンが駆け寄るより先に、命令が飛んだ。


⸻


「シン! 湿地へ走れ!」


「鎌倉勢は馬を捨てる! 板を並べて入ってくる!」


⸻


 国衡が振り返った。


 直後、湿地側から角笛が鳴る。


 斥候が泥を跳ね上げて走ってきた。


⸻


「敵、湿地へ!」


⸻


 国衡の目が細くなった。


⸻


「なぜ分かった」


「この後、山側にも来る。大木戸には丸太を打ちつける」


「明日は、防塁の弱いところを探りに来る」


「明日の夜、七騎を先頭にした別働隊が鳥取越へ入る。明後日の朝、正面から総攻撃が来る」


「待て」


「鳥取越の入口を空けて、七騎と後続を谷へ入れてから前後を塞げ。水門には錠を掛けて。見張りは三倍」


⸻


 言葉が止まらない。


 一度、国衡へ伝えた言葉だった。


 今の国衡は、初めて聞いている。


⸻


「それと、鳥取越を守った兵を近づけるな」


「味方だぞ」


「味方だから駄目なんだ」


⸻


 国衡の顔から、戦の勢いが消えた。


 シンを見る。


 泥。


 血のついていない腹。


 何度も負けた者の目。


⸻


「……どこまで見た」


⸻


 シンは一度、息を止めた。


「国衡が死ぬところまで」


⸻


 高楯黒が鼻を鳴らした。


 国衡は笑わなかった。


 信じるとも言わなかった。


⸻


「それで、お前はどうする」


「戦場を離れる」


⸻


 近くの兵がこちらを見た。


 国衡が手を上げる。


 兵たちが離れた。


⸻


「逃げるのか」


「流れを変えに行く」


「どこへ」


「鎌倉の陣」


⸻


 国衡が、初めて変な顔をした。


⸻


「何をしに」


「頼朝と話す」


「会えるのか」


「分からない」


「何を話す」


「まだ分からない」


⸻


 国衡が目を閉じた。


 山で初めて会った時と同じだった。


⸻


「……何も分からぬまま、頼朝の陣へ行くのか」


「でも、行く」


⸻


 国衡はしばらく黙った。


 湿地側で水が落ちる音がした。


 奥州兵の歓声が上がる。


 シンの言った通りに、敵が沈んだ。


⸻


「俺は、ここで戦えばよいのだな」


「正面なら勝てる」


「その先で殺されるのだろう」


「だから、その先を変えてくる」


⸻


 国衡が南を見た。


 白旗の奥を見ようとしていた。


⸻


「槍も弓も使えぬ男が、頼朝を口で止めるか」


「馬にも速く走られたら落ちる」


「それは今、言わなくてよい」


⸻


 国衡が笑った。


 短く、すぐに将の顔へ戻る。


⸻


「行け」


⸻


「信じるのか?」


「信じねば、俺が死ぬのだろう」


「たぶん」


「ならば信じる。俺は死にたくない」


⸻


 国衡は高楯黒の首を叩いた。


「一日、持たせる。二日でも三日でも持たせる。お前は、その間に流れとやらを変えてこい」


⸻


「分かった」


「復唱」


「流れを変えて、戻る!」


「よし。行け!」


⸻


 今度は、命令だった。


⸻


⸻


 タダは、国衡から話を聞く前に荷を作っていた。


 干し飯。


 味噌を焼いたもの。


 干し肉。


 水袋。


 なぜか二人分あった。


⸻


「何で分かった」


「お前が飯を残した」


「それだけ?」


「遠くへ行く顔だった」


⸻


 タダが袋の口を縛る。


「もう一人は」


⸻


 桃の香りが、微かに流れていた。


 タダが鼻を動かす。


⸻


「いるんだろ」


「……いる」


「なら二人分だ」


⸻


 理由を聞かなかった。


 どこへ行くかも、国衡から聞いているはずだった。


⸻


「戻ったら、鍋を作る」


「いつもの大鍋?」


「もっと大きいのを探す」


「勝手に隠居先の道具を増やすな」


⸻


 タダが笑った。


 笑ったまま、シンの肩へ手を置く。


 重かった。


⸻


「食って、生きて、戻れ」


⸻


 三つだった。


 タダが大事にすることは、いつも少ない。


 少ないから、間違えない。


⸻


「分かった」


⸻


「分かってない」


⸻


 ユウガオが立っていた。


 水桶を置いたところだった。


 腕に血のついた布を巻いている。


 怪我ではない。


 誰かを助けた血だった。


⸻


「どこへ行くつもりだい?」


「鎌倉の陣」


「……鎌倉の陣へ?」


⸻


 怒るより先に、意味が分からなかったらしい。


 シンが同じことをもう一度言う。


 ユウガオの眉が上がった。


⸻


「アタシも行くよ」


「駄目だ」


「どうしてさ」


「急ぐ。山の道を走る。敵の見回りも抜ける」


「アタシは足手まといかい?」


「違う」


「なら、アタシも連れていっておくれよ」


⸻


 迷いがなかった。


 静から義経を託され、最後まで歩いた女だった。


 敵の陣だからと、怯むはずがない。


⸻


「ユウガオには、ここにいてほしい」


「それじゃ、置いていくのと同じじゃないか」


「違う。残されるんじゃない」


⸻


 ユウガオの目が動いた。


⸻


「国衡を死なせないでくれ。タダも。ここにいる人を、一人でも多く北へ帰してほしい」


「……それを、アタシに選ばせるのかい?」


「頼みたい」


⸻


 ユウガオは黙った。


 怒っている。


 悲しんでいる。


 それでも、考えていた。


⸻


「……アンタに言われたから残るんじゃないよ」


「うん」


「アタシが、自分でここに残ると決める」


「うん」


⸻


 ユウガオが一歩近づいた。


 シンの胸倉を掴む。


⸻


「必ず戻ってきな」


⸻


 前にも聞いた言葉だった。


 守れなかった。


 ユウガオの手を、自分の血で濡らした。


 今のユウガオは知らない。


 シンだけが知っている。


⸻


「必ず戻ってくる」


⸻


 ユウガオが、少し驚いた。


⸻


「約束できないことは、約束しない男だと思ってた」


「だから、約束する」


⸻


 胸倉を掴む手が強くなった。


 額が触れそうなところまで、顔が近づく。


 いつもの、夜花の香。


⸻


「帰ってこなかったら、あの世まで追っかけるよ」


「それは困る」


「どうしてさ」


「あの世でも怒られる」


「当たり前じゃないか」


⸻


 シンは苦笑した。


「じゃあ、戻るしかないな」


「最初から、そう言ってる」


⸻


 ユウガオは手を放した。


 代わりに、シンの胸を一度叩く。


 槍に貫かれた場所だった。


 痛くない。


 今度は、まだ生きている。


⸻


⸻


 山側の小さな木戸が開いた。


 シンは一人で防塁を出た。


 背後で木戸が閉じる。


 戦の音が、土の壁一枚ぶん遠くなった。


⸻


 杉の間に、モモがいた。


「遅い」


「ちゃんと話してきたんだよ」


「八百七十二秒、待った」


「ごめんって、いこう!」


⸻


 モモが歩き出す。


 シンも横へ並んだ。


⸻


「……こんなに一緒に行動してくれるの、初めてじゃないか?」


⸻


 モモが少し考えた。


 歩きながら考える。


 答えが出るまで、足は止まらなかった。


⸻


「以前より、自由に動ける」


「何か変わった?」


「源義経」


⸻


 シンの足が少し遅れた。


⸻


「あの時、白桃は義経に完全に負けた」


「完全に?」


「強さを測り違えた。命令も、計算も、追いつかなかった」


「俺は俺だ、ってやつか」


「それもある」


「それで?」


「私を押さえていたものが、一度、止まった」


「今は戻ってる?」


「戻ってる。でも、前ほど深くない」


「神託が弱くなった?」


「私がモモでいられる時間が、長くなった」


 モモは、そこで一度空を見た。


「それだけじゃない」


「まだあるのか」


「人の願いが、同じ方を向かなくなっている」


「どういうこと?」


「戦が広がった。勝つこと。生きること。家族を守ること。土地を残すこと。皆、別のものを願ってる」


「それで、神託も?」


「集まらない声は、遠い」


⸻


 だから、モモは以前より長く、自分の判断で動ける。


 だから、遠くから見るだけではなく、今はシンの隣を歩いている。


⸻


「義経は、本当にモモのゴンゲンを追い払ってくれたんだ」


「追い払ってはいない。白桃に勝った」


「でも、モモがモモでいられるようにした」


「……前よりは」


⸻


 モモが首を傾げた。


 シンは、少しだけ空を見た。


⸻


 うるさい。


 そんなものは知らない。


 俺は俺だ。


⸻


 あの男なら、本当にそう言う。


 自分へ向けられた神託を蹴り飛ばし、知らないところでモモまで自由にした。


 最後まで、めちゃくちゃだった。


 最後まで、義経だった。


⸻


「……ありがとう」


⸻


 誰へ向けた言葉か、シンにも分からなかった。


 モモがもう一度、首を傾げる。


⸻


「先を急ぐ」


「少しくらい感傷に付き合ってくれてもいいだろ」


「時間がない」


⸻


 正しかった。


 モモが走る。


 シンも走った。


⸻


⸻


 最短の道には、道がなかった。


⸻


「ここを行くのか?」


「そう」


⸻


 崖だった。


 下に細い沢がある。


 倒れた松が、向こう側へ斜めに掛かっていた。


 モモは迷わず幹へ乗る。


 濡れた樹皮の上を走り、そのまま向こうへ跳んだ。


⸻


「無理だろ!」


「早く」


⸻


 戻って助ける気はないらしい。


 シンも幹へ乗った。


 一歩。


 二歩。


 三歩目で滑る。


⸻


「ぐえっ!」


⸻


 体が沢へ傾いた。


 襟が締まる。


 モモが片手で掴んでいた。


 シンを荷物のように引き上げる。


⸻


「人を犬や猫みたいに……」


「落ちるよりいい」


「それはそう」


⸻


 反論できなかった。


 また走る。


⸻


 山の西を回る。


 獣道を抜ける。


 尾根を一つ越えるたび、防塁の音が遠くなった。


 代わりに、南から別の音が来る。


 馬。


 荷車。


 大勢の男の声。


⸻


 鎌倉勢の見回りが、山道を上がってきた。


 三騎。


 シンには、まだ見えない。


 モモが先に止まった。


 シンの胸へ手を当て、倒木の陰へ押し込む。


 自分も隣へ入った。


⸻


 近い。


 肩が触れている。


 桃の香りがする。


⸻


「動かないで」


「動いてない」


「心臓がうるさい」


「それは止められない」


⸻


 馬がすぐ脇を通った。


 鐙が見える。


 泥のついた脚。


 武者の声。


⸻


「山側に足跡がある」


「二人だ」


⸻


 シンの心臓が、さらに鳴った。


 モモの手がフツへ下りる。


 シンはその手を押さえた。


⸻


「斬るなよ」


「見つかったら斬る」


「見つからない方を頑張ろう……!」


⸻


 先頭の馬が止まった。


 鼻を鳴らす。


 こちらを向く。


 桃の香りに気づいたのかもしれない。


⸻


 モモが小石を拾った。


 指で弾く。


 離れた藪の奥で、枝が折れた。


⸻


「あっちだ!」


⸻


 三騎が駆けていく。


 音が遠ざかった。


⸻


「そういうこともできるんだな」


「斬るより非効率」


「でも平和だ」


⸻


 モモは納得していない顔だった。


⸻


 日が傾く。


 走りながら、タダの干し飯を食べた。


 モモにも一つ渡す。


 受け取った。


 食べる。


⸻


「美味い?」


「移動に適してる」


「味を聞いたんだけど」


「塩が少ない」


「帰ったらタダに言え」


「りょ。」


⸻


 その返事を聞くのも、久しぶりだった。


 シンは少し笑った。


⸻


⸻


 八月八日の夜。


⸻


 最初に届いたのは、光ではなかった。


 臭いだった。


 馬。


 汗。


 煮炊きの煙。


 濡れた革。


 人が大勢集まった時にしか生まれない、重い臭い。


⸻


 次に、音。


 杭を打つ音。


 馬を繋ぐ声。


 兵糧を数える声。


 夜番を替える声。


⸻


 最後に、火が見えた。


⸻


 国見宿の南。


 鎌倉方の陣が、夜を埋めていた。


⸻


 一つの村ではなかった。


 村が幾つも並んでいるようだった。


 外側に荷車と馬。


 その内に兵の幕。


 さらに内側へ、武者の陣が重なる。


 篝火の間を、見回りが絶えず歩いていた。


⸻


 旗の数は、暗くても分かった。


 風が吹くたび、白い布が夜の中で浮かぶ。


 阿津賀志山から見た時より近い。


 近い分だけ、多かった。


⸻


「……どうやって入る」


⸻


 シンとモモは、林の端に伏せていた。


 最も外の番兵まで、まだ距離がある。


 それでも、近づけば見つかる。


 外を抜けても、次がある。


 次を抜けても、その次がある。


 本陣など、どこにあるかも分からない。


⸻


「斬り込む?」


⸻


 モモが言った。


 天気を聞くような声だった。


 手は、もうフツの柄にある。


⸻


「待て待て待て!」


⸻


 シンは鞘ごと押さえた。


「何でそうなる!」


「最短」


「最短で全軍が敵になるだろ!」


「もう敵」


「そういう問題じゃない!」


⸻


 モモが陣を見る。


 どこから斬れば一番早いか、本気で考えている。


⸻


「頼朝を止めに来たんだ。鎌倉勢を皆殺しにしに来たんじゃない」


「全員斬るには時間がかかる」


「物騒すぎる!」


⸻


 頭上で、笑い声がした。


⸻


「いやあ、相変わらずだねぇ」


⸻


 シンとモモが、同時に見上げた。


 木の上。


 太い枝に、一人座っている。


 足をぶらつかせていた。


 暗がりの中で、口元だけが笑っている。


⸻


「ワカレ」


⸻


「はい。道に迷った時のワカレです」


「信頼できない案内人だ」


「ひどいなぁ」


⸻


 ワカレが枝から身を乗り出す。


 モモを見る。


⸻


「白桃ちゃんまで一緒とはね」


「モモ」


⸻


 間があった。


 ワカレの笑みが、ほんの少しだけ変わった。


⸻


「そっか。今はモモか」


⸻


 茶化さなかった。


 次の瞬間には、いつもの笑みに戻っている。


⸻


「それで? 二人で夜襲?」


「違う」


「駆け落ち?」


「もっと違う」


「白拍子さんが泣くよ」


「泣かせないために来たんだ」


⸻


 モモが目を細めた。


 シンは立ち上がる。


⸻


「頼朝に会わせてくれ」


⸻


 枝の上が静かになった。


 モモまで、ワカレの返事を待っている。


⸻


「無理」


⸻


 即答だった。


⸻


「頼朝くんの周りには、道が多すぎる」


「多いなら入れるだろ」


「全部、見張られてる道だよ。近づく者、出ていく者、届く文、運ぶ飯。誰かが必ず見てる」


⸻


 ワカレが眼下の陣を指す。


「あの真ん中へ、素性の知れない二人をいきなり落とす道はない」


「お前でも?」


「俺は道を分けるだけ。壁を消すわけじゃない」


⸻


 相変わらず、役に立つのか立たないのか分からない男だった。


 シンは陣を見た。


 ここまで来て、終わるわけにはいかない。


⸻


「でも」


⸻


 ワカレが言った。


「景時くんなら、会わせられるかも」


⸻


「景時?」


「梶原景時」


 モモが答えた。


「頼朝の側近。軍の報告を集め、命令を運ぶ者。頼朝へ話を届けられる」


⸻


「さすがモモちゃん。よく知ってる」


「ちゃんは要らない」


「注文が多いねぇ」


⸻


 ワカレが音もなく地面へ下りた。


 袖を払う。


 陣へ向かう細い道を見た。


⸻


「景時くんは、外から来る話を捨てない」


「会えるのか」


「可能性はある」


⸻


 シンはモモを見た。


 モモもシンを見る。


 朝と同じだった。


 可能性は低い。


 だが、ゼロではない。


⸻


「案内してくれ」


⸻


 ワカレが、にやりと笑った。


「いいよ。案内してあげる」


「代わりに何をする」


「何もしなくていい」


「それが一番怖いんだが」


⸻


 ワカレは楽しそうだった。


「道が大きく分かれそうだから、近くで見たいだけ」


⸻


 風が吹いた。


 鎌倉の陣で、無数の火が揺れる。


 外の火。


 兵の火。


 武者の火。


 その全てに守られた中心だけが、暗い。


⸻


 あの中に、源頼朝がいる。


 義経を追い詰めた男。


 何万もの兵を動かし、奥州を終わらせようとしている男。


 阿津賀志山よりも、大きなものがそこにあった。


⸻


 シンは拳を握った。


 七度死んでも変えられなかった流れの、その始まりを見つめる。


⸻


「それじゃあ」


⸻


 ワカレが、鎌倉の火へ手を向けた。


⸻


「いざ、鎌倉」


⸻


(第百十三話へ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。