白桃 対 遮那王
第百三話 白桃 対 遮那王
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雨はまだ来なかった。
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けれど、来ているものはあった。
兵だ。
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足音が近づく。
無数の足音だった。
一つ一つは小さい。
合わさると、地面そのものが低く鳴る。
鎧が擦れ、松明が揺れ、湿った夜気の中に油と汗と鉄の匂いが混じっていく。
川の向こうの暗がりに、火が列をなして並んでいる。
一本ではない。
線だった。
線になった火が、衣川を包んでいる。
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ユウガオは外を見ていた。
言葉が出ない。
引き戸の縁を掴む指が、白い。
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シンは懐の紙を握っていた。
山道の絵。
逃げ道。
まだある。
まだ使えるかもしれない。
けれど、紙はただの紙だった。
義経を動かす力はない。
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義経を見る。
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縁側にいる。
動かない。
遠くの火を見ている。
怖れてもいない。
怒ってもいない。
ただ、見ている。
近づいてくるものの重さも、そこから逃げない自分の重さも、全部分かっている顔だった。
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タダが立つ。
大きな得物を手に取る。
短く言った。
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「来る」
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義経が少し笑う。
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「来たな」
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その瞬間、逃げる時間が終わった。
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門の前で兵が割れる。
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人影が進み出た。
黒い。
白い。
古傷がある。
静かだ。
土佐坊だった。
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その背後に、もう一人。
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白だった。
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音がない。
感情もない。
けれど、匂いだけはある。
春の匂い。
桃の匂い。
それなのに冷たい。
霜みたいに冷たい。
春の形をした、冬より遠いもの。
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白桃。
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シンの喉が詰まる。
足が床に貼り付く。
体が覚えていた。
山道。
止まった風。
刃が通る寸前の白。
泣いていたモモ。
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ユウガオが一歩退く。
それでも逃げない。
シンの袖を掴んだまま、白を見ている。
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義経だけが前へ出た。
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「桃女」
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返事はない。
白桃は義経を見ている。
いや、見ているのかも分からない。
瞳に映っているのは人ではなく、座標のようだった。
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義経が少しだけ残念そうな顔をする。
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「今日は喋らんか」
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白桃は答えない。
代わりに、土佐坊が口を開いた。
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「勅命だ」
「義経殿を回収する」
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義経が笑う。
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「便利な言葉だな。勅命」
「何でも入る」
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土佐坊は笑わない。
瞳の奥が黒く沈んでいる。
人の怒りではない。
人の信念でもない。
何かを通された目だ。
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タダが、ずい、と前へ出る。
縁側の板がわずかに鳴った。
土佐坊がタダを見る。
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「どけ、山め」
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タダが言った。
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「山は動かんから山だ」
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短い。
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土佐坊の体が低くなった。
肩が沈む。
右足が、土を噛む。
次に来るのは突進だと、シンにも分かった。
分かった瞬間には、もう土佐坊が前へ出ている。
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真っ直ぐだった。
避ける気がない。
曲がる気もない。
ただ、門から縁側までを一本の道にして、義経へ向かって来る。
その進路に、タダが入った。
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土佐坊の拳が来る。
タダは得物の柄を横にして受ける。
拳と柄がぶつかった。
音が遅れて爆ぜる。
門脇の松明が消え、火の粉が横へ流れた。
兵たちが一斉に退く。
押されたのではない。
近づけば巻き込まれると、体が勝手に理解したのだ。
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土佐坊は止まらない。
受けられた拳をそのまま押し込む。
タダも退かない。
二人の足元で土が裂けた。
裂け目が、門から縁側へ向かって伸びていく。
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「重いな」
「軽いな」
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タダが押した。
土佐坊が押し返す。
力比べだ。
ただし、人の力比べではない。
山と山が押しあっているようなものだった。
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土佐坊が左へ踏み込む。
義経の方へ抜けようとした。
タダが横から肩を入れる。
抜かせない。
土佐坊の体が半歩ずれ、代わりに館の柱へぶつかった。
柱が鳴る。
屋根が揺れる。
ユウガオが息を呑んだ。
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次の瞬間、土佐坊は戦い方を変えた。
義経へ向かうのをやめる。
タダを潰す方へ切り替えた。
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土佐坊の両腕が、タダの胴へ回る。
タダも土佐坊の肩を掴む。
二人が組み合った。
近い。
近すぎる。
互いの息が顔に当たる距離で、二つの巨体が力を入れる。
床が沈んだ。
縁側の板が一枚、二枚、順に割れていく。
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兵の一人が、その隙に槍を突き出した。
タダの脇を抜けて、義経へ届くと思ったのだろう。
届かない。
タダは土佐坊と組んだまま、片足だけを横へ出した。
槍の柄を踏む。
柄が折れる。
折れた勢いで、兵の腕が地面へ引き込まれた。
兵が叫ぶ。
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その一瞬、タダの顎が空いた。
土佐坊の膝が入る。
鈍い音。
普通なら首が飛ぶ。
タダは飛ばない。
ただ、奥歯を噛んだ。
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「硬いな」
「よく食ってる」
「答えになっておらん」
「俺にはなってる」
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タダの腕がさらに太くなる。
土佐坊の腰が浮いた。
投げるつもりだ。
だが土佐坊は、浮きながら右手で館の柱を掴む。
投げられまいとしたのではない。
柱ごと、館を引きずり込むためだった。
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柱が裂けた。
梁が落ちる。
落ちる先に、シンとユウガオがいる。
タダは土佐坊を掴んだまま、片手を離した。
梁を払う。
重い木材が横へ飛び、庭石を砕く。
その代わり、土佐坊の拳がタダの腹へ入った。
タダの体が、初めて後ろへ滑る。
床板がまとめて剥がれた。
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シンにも、そこで分かった。
タダはただ殴り合っているのではない。
館を守っている。
義経の背中を守っている。
ユウガオのいる戸口を守り、シンの立つ場所を守り、崩れかけた屋根まで見ている。
だから下がれない。
だから、受けるしかない。
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土佐坊も、それに気づいた。
口が歪む。
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「お前、戦ではなく家を守っているな」
「家に飯がある」
「では、飯ごと潰す」
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土佐坊がタダを押し込んだ。
狙いは縁側ではない。
柱列だ。
館を支えている柱へ、タダごとぶつける気だった。
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タダは一歩だけ退いた。
退いた足で床を踏み抜く。
踏み抜いた穴に踵を固定する。
そこで体を捻った。
土佐坊の突進を、正面から受けず、斜めへ逃がす。
巨体の進路がずれた。
柱列ではなく、外壁へ向かう。
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土佐坊が笑った。
ずらされたと分かってなお、止まらない。
むしろ加速する。
タダも離さない。
二人は組み合ったまま、壁へ突っ込んだ。
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壁が割れる。
外の闇が開く。
館の半分が、がくんと傾いた。
畳が跳ね、戸が外れ、火鉢が転がる。
シンはユウガオの腕を掴み、後ろへ引いた。
火の粉が足元を走る。
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「タダ!」
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シンが叫ぶ。
タダは振り向かない。
ただ、短く返す。
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「こっちは任せろ」
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その声ごと、二人の体が館の外へ消えた。
落ちたのではない。
タダが、土佐坊を外へ押し出したのだ。
館の中で戦えば全員が潰れる。
だから、戦場そのものを移した。
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二人は庭の端の杉へぶつかった。
まず、幹が曲がる。
次に、根元が裂ける。
最後に、大木が倒れた。
倒れた杉が兵の列を割り、松明をまとめて押し潰す。
叫びが上がる。
火が地面へ散った。
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タダと土佐坊は止まらない。
杉を砕いた勢いのまま、庭を越え、土塀を突き破る。
その先は低い斜面だった。
二人の巨体が斜面へ落ちる。
落ちながらも殴り合っている。
一度、土佐坊が上になる。
タダが腰を捻り、逆に土佐坊を下へ叩きつける。
土が噴き、細い木が三本まとめて折れた。
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そこから先は、姿が見えない。
でも音は続く。
木が倒れる音。
土が崩れる音。
何かを殴る音。
何かが殴り返す音。
遠くなっていくのに、まだ大きい。
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戦場が、ずれた。
館の前から、タダと土佐坊が消える。
その穴を埋めるように、白桃が進んだ。
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白桃が先制した。
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まず、真っ直ぐ。
門の前から義経の喉まで、一本の白い線が引かれる。
シンの目には、そう見えた。
足音はない。
白い袖が揺れたと思った瞬間、刃はもう義経の喉の前にある。
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義経が左へ退く。
半歩だけ。
本当に半歩。
白桃の刃は、義経の喉があった場所を通り過ぎた。
髪が数本、夜へ散る。
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「速い」
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義経が笑った。
シンは息を忘れる。
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(今、避けたのか)
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二撃目。
今度は横薙ぎ。
白桃の刃が、義経の右肩から左腰へ抜ける線で走る。
義経は受けた。
だが、正面から止めない。
刀を少しだけ斜めに寝かせる。
白桃の力が義経の刀を滑り、横へ流れ、背後の柱を斬った。
柱が一本、根元からずれる。
義経の足は沈んでいない。
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三撃目。
低い。
足を刈る刃だ。
義経は跳ばない。
足を引く。
引いた足で庭石を踏む。
その庭石の上へ、体ごと乗った。
刃は下を通る。
庭の草が一列で切れた。
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四撃目。
白桃はもう向きを変えている。
低く抜けた刃を、そのまま上へ返した。
足元から喉へ昇る刃。
普通なら避けられない。
義経は庭石を蹴った。
後ろではない。
前へ。
白桃の内側へ入る。
刃が上がり切る前に、義経の肩が白桃の肩の横をすり抜けた。
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白桃が振り向く。
その時には、義経はもう背後にいる。
刀が返っていた。
白桃が受ける。
初めて、受けた。
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音が夜を裂いた。
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「いいな!」
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義経の声がした。
嬉しそうだった。
本当に嬉しそうだ。
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シンは困惑する。
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(なんで)
(なんで楽しそうなんだ)
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白桃は止まらない。
正面から来る。
外される。
横から来る。
流される。
低く斬る。
踏まれる。
背後を取る。
義経はそのさらに外にいる。
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動きが速すぎて、全部は見えない。
けれど、分かることはあった。
白桃は線で殺しに来ている。
義経は、その線の上に立たない。
白桃が斬る場所に、義経はもういない。
義経がいた場所だけが、遅れて壊れていく。
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庭石が割れた。
松明が消えた。
崩れかけた屋根の端が白い刃に削られ、板が雨のように落ちる。
兵たちは後退していく。
義経を討ちに来たはずの者たちが、もう近づけない。
火を持つ背景になっている。
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白桃は人ではない。
それはシンにも分かる。
だが義経も、人の形をしているだけで、どこか人ではなかった。
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白桃は速い。
義経は、そこにいない。
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白桃の動きは、見れば見るほど人間から遠い。
膝を曲げる前に跳んでいる。
肩が動く前に刃が来る。
重心が崩れたはずの姿勢から、次の一撃へつながる。
筋肉で動いているのではない。
手順で動いている。
世界を測り、最短を選び、無駄を殺している。
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なのに義経は、その無駄のなさを踏み台にした。
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白桃が最短で来るなら、最短の外に立つ。
白桃が修正するなら、修正した先にもういない。
白桃が足場を砕くなら、砕かれる前にその足場を使い終える。
速さではない。
力でもない。
たぶん、場の取り方だった。
山で育った子供が、落ちたら死ぬ枝の上で覚える感覚。
どこへ足を置けば枝が折れるか。
どこを蹴れば岩が崩れるか。
どの瞬間なら、相手の目が自分を見失うか。
義経はそれを、殺し合いの中で使っている。
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白桃の刃が届く。
届いたはずの場所に、義経はいない。
白桃が追う。
追われているはずの義経が、いつの間にか白桃の脇へ立っている。
攻めているのは白桃だ。
だが、戦場を動かしているのは義経だった。
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白桃が動きを変える。
一撃外れる。
次の一撃で角度が変わる。
足場を読まれる。
次には足場そのものを砕く。
間合いを外される。
次には、間合いごと潰しに来る。
学習している。
この場で、義経に合わせて変わっている。
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それでも、義経はその先にいた。
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「お前、考えるのが速いな」
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義経が言った。
白桃の刃を潜りながら。
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「でも速いだけだ」
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白桃の目が動く。
感情ではない。
照準だ。
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義経が笑う。
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「考える前に跳べばいい」
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次の瞬間、義経は地面にいない。
折れた柱を踏んでいる。
柱が折れる。
折れる前に、義経は次へ跳ぶ。
屋根の残った縁へ。
そこから真下へ落ちた。
落ちるというより、降ってくる。
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白桃が刃を上げる。
義経の刀が、その刃を上から叩いた。
白桃の膝が初めて沈む。
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沈んだ。
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それだけで、シンには信じられない。
白桃が押された。
あの白が。
シンを一度殺した白が。
生身の人間に、押された。
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義経は着地しない。
白桃の刃を踏んだ。
刃を足場にした。
白桃が手首を返すより早く、義経は宙で体を捻る。
横から蹴るように刀を打ち込んだ。
白桃が飛ぶ。
庭石を割って着地した。
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兵たちがざわめく。
ユウガオが口を覆った。
シンは瞬きもできない。
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シンはまだ知らない。
この先、白桃を相手にここまで完璧に勝ち切る生身の人間を、彼は見ることがない。
ただこの夜だけ、衣川の崩れた館の前で、源義経という男だけが、白に届いていた。
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義経が変わっていく。
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少しずつだった。
気づいた時には変わっている。
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武士の顔ではない。
将の顔でもない。
九郎判官の顔でもない。
逃亡者の顔でもない。
奥州を救うために自分を使い切る男の顔でもない。
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力が抜けていた。
余分な全部が抜けている。
残ったのは、ただ速いこと。
ただ軽いこと。
ただ楽しむこと。
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白桃が突撃した。
義経が回転する。
枝を踏む。
倒れかけた杉を蹴る。
地面から離れる。
空から落ちるように来た。
白桃が初めて、ほんの少し対応を遅らせる。
そこで白桃は戦い方を変えた。
点で狙うのをやめる。
線で斬るのもやめる。
面で潰しに来た。
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刃が空を横に裂く。
斬撃ではない。
白い壁だった。
庭の草が一斉に倒れる。
松明の火が横向きに伸び、兵の前髪が焼けた。
義経の逃げる場所そのものを奪う攻撃だった。
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義経は笑う。
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「それは困るな」
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困ると言いながら、困っていない。
折れた柱の上を走る。
倒れかけた屋根の端を踏む。
落ちてきた瓦を、まるで飛び石のように使った。
瓦は踏まれた瞬間に割れる。
割れる前に、義経は次へ行く。
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白桃が追う。
白桃の刃が屋根を削る。
館の半分が本当に沈んだ。
柱が折れ、壁が裂け、部屋の奥にあった膳や壺が夜へこぼれ出る。
タダが昼に肉を切っていた場所も、さっきまで義経が酒を飲んでいた場所も、ひとつの音になって崩れた。
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それでも義経は落ちない。
崩れる家を、足場にしている。
壊れていく世界の中で、一番自由だった。
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「懐かしいぞ」
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義経が言った。
戦いながら。
息は乱れていない。
楽しそうだ。
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「子供の時以来だ!」
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その顔を見て、シンは気づく。
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(ああ)
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(違う)
(義経じゃない)
(もっと前だ)
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鞍馬。
木の上。
夜の山。
誰にも名前を押しつけられる前の体。
牛若でも、源氏でも、鬼でも、義経でもない。
枝を蹴り、岩を跳び、天狗と遊んでいた子供。
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遮那王。
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義経が、そこへ戻っていく。
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シンは震えた。
でも目が離せない。
怖いのに、綺麗だった。
死が近づいているのに、胸のどこかが熱くなる。
人間が、人間のまま、白に勝っている。
その事実が、シンの中の何かを殴っていた。
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白桃の頬に、細い傷が入る。
血はほとんど出ない。
それでも赤い。
白い頬に、赤が一本だけ走った。
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シンの胸が痛む。
勝っている。
義経は勝っている。
それなのに、傷ついているのはモモだった。
当たり前だ。
白桃の体はモモの体だ。
どれだけ白く冷えても、どれだけ命令で動いても、刃を受ける肉はモモのものだった。
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義経はそれを見た。
見て、ほんの少しだけ目を細める。
同情ではない。
迷いでもない。
相手が何であれ、斬らねばならない時の目だ。
その目を見て、シンは分かってしまう。
義経はこのまま勝つ。
そして、勝ったら斬る。
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白桃が全開になる。
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桃の香りが急速に冷えた。
春ではない。
冬でもない。
温度が消えた方向だった。
匂いだけが甘く、空気だけが死んでいく。
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白雷が連続で落ちる。
地面が割れた。
館の屋根の端が崩れた。
残っていた壁が、内側へ倒れる。
ユウガオが叫んだ。
⸻
シンが走ろうとした。
⸻
ユウガオが腕を掴む。
⸻
「駄目」
「死ぬ」
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目が怖い。
怒ってはいない。
ただ怖い。
失う怖さだった。
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「でも」
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シンの声は掠れた。
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「モモが」
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ユウガオの手に力が入る。
⸻
「あれは、今、アンタを殺す」
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分かっている。
分かっているのに、体の奥が拒む。
⸻
白桃が地面へ落ちる。
すぐに起きる。
また義経へ行く。
止められる。
また起きる。
また行く。
感情がない。
痛みもない。
命令だけがある。
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だが、あの体はモモだった。
泣いていた。
逃げろと言った。
謝ろうとしていた。
最後まで言えなかった。
⸻
(りょ)
(いや)
(にげて)
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全部が蘇る。
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今この瞬間も、モモはどこかで嫌だと思っているかもしれない。
止まりたいと思っているかもしれない。
義経の刃を受けながら、自分の体がまだ誰かを殺そうとしていることに、泣いているかもしれない。
それでも白は動く。
動かされている。
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シンは見ているしかない。
見ているしかないことが、嫌だった。
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その時、斜面の下で轟音がした。
⸻
タダと土佐坊だ。
姿は見えない。
だが音だけで分かる。
何か巨大なものが倒れ、続いて土が噴いた。
兵の列の一部がそちらへ流れる。
松明が右へ左へ揺れる。
庭の端の土塀が、遅れて崩れた。
⸻
「タダ……!」
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ユウガオが言う。
答えはない。
代わりに、土佐坊の怒号が遠くから響いた。
そこへタダの低い声が重なる。
内容は聞こえない。
ただ、まだ戦っている。
それだけは分かる。
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白桃はそちらを見ない。
義経も見ない。
二人の世界は、もう別のものになっていた。
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白桃が、シンたちのいる崩れた縁側の前まで押し込まれてきた。
距離が近い。
さっきまで庭の中央だった戦いが、いつの間にか目の前にある。
白い袖が翻るたび、冷たい風がシンの頬を打つ。
義経の足が、割れた床板の上を踏む。
床板が折れる。
折れる前に、義経はもう次の場所へいる。
⸻
ユウガオはまだシンを掴んでいる。
だが、その指も震えていた。
目の前で、人の形をした二つの異常がぶつかっている。
怖くないはずがなかった。
⸻
義経が低くなる。
⸻
初めてだった。
笑いが消える。
楽しさが消える。
子供に戻っていた顔から、さらに何かが消えた。
残ったのは、終わらせるための静けさ。
⸻
武士の顔。
将の顔。
自分が斬るものを決めた者の顔だった。
⸻
白桃が来る。
⸻
今までで一番速い。
門の方からではない。
崩れた縁側のすぐ前から、庭石を蹴って、義経の胸へ飛び込んだ。
白い雷が刃の前に出る。
地面を裂きながら進む。
その線上にいれば、人は死ぬ。
鎧も肉も骨も、何の意味もない。
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義経が踏み込む。
⸻
逃げない。
退かない。
前へ出る。
白桃の速さに、さらに内側から入った。
⸻
今度は、シンにも見えた。
⸻
まず、義経の左足が動く。
白桃の踏み込みの、ほんの外側へ置かれる。
次に刀の峰が、白桃の手首を叩いた。
白桃の柄がわずかに浮く。
浮いた瞬間、義経の体は横へ抜ける。
肩の横。
背中の斜め後ろ。
そして、真後ろ。
⸻
白桃の体が開いた。
人形の関節が外れたように、ほんの少しだけ軸がずれる。
それで十分だった。
⸻
義経の刃が上がる。
首ではない。
胴でもない。
肩から胸へ落とす線。
動きを止め、命を断つ線。
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勝ちだった。
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白桃が振り向く。
間に合わない。
義経の刃は、もう落ち始めている。
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その時、白桃の目が揺れた。
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本当に揺れたのか、シンの錯覚だったのかは分からない。
でも、見えた。
白い瞳の奥。
冷たい膜の向こう。
ほんの一瞬だけ、黒い瞳が戻ったように見えた。
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モモ。
⸻
シンは、もう近くまで来ていた。
走ったのではない。
白桃が押し込まれ、義経が追い詰め、戦いの方がシンの前へ来ていた。
だから距離は、たった二歩だった。
ユウガオの指が、まだ袖にかかっている。
それでも、二歩なら届く。
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頭は分かっていた。
飛び込めば邪魔になる。
義経の完璧な勝ち筋を壊す。
白桃を助けることにもならない。
自分だけが死ぬ。
たぶん、前よりひどく死ぬ。
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でも、胸の奥で別のものが動いた。
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記録ではない。
計算ではない。
正しさでもない。
名前のない衝動だった。
モモを、斬らせたくない。
それだけだった。
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シンは袖を振り切った。
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「シン!」
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ユウガオの叫びが背中で裂ける。
聞こえているのに、届かない。
シンは一歩目を踏んだ。
割れた床板が沈む。
二歩目で、体ごと前へ投げ出す。
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白桃の前。
義経の前。
その間。
⸻
シンはそこへ飛び込んだ。
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白桃を庇ったのではない。
モモを庇った。
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義経の目が見開かれる。
刃はもう落ちている。
止まるはずがなかった。
止まれる距離ではなかった。
止めようと思って止まる速さではない。
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⸻
その一瞬が、すべてを白くした。
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白桃の目が、シンを見る。
冷たい。
遠い。
白い。
⸻
けれど、一瞬だけ揺れた。
⸻
ユウガオの叫びが遠くで割れる。
タダの轟音が、もっと遠くで鳴る。
雨は、まだ降らない。
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視界が白くなる。
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桃の香りが、した。
⸻
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死
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(第百四話へ)




