第八話 ぶち破れ!俺たちのトロッコ戦法
このまま囲まれてちゃ、じり貧だ。
一人ぐらいなら逃がせても、逆転の手は?
藤堂だけでも逃がすか? ……いや。
「おい、小田切。トロッコだ!」
俺は怒鳴る。
「はあ? ゴブリンを運んでやるのかよ!」
小田切が怒鳴り返す。
「ちげーよ。お前は先に抜けて、レールを敷いとけ。
俺たちが後退しながら、ゴブリンを引き込む。
そこにトロッコをぶつけろ」
「空荷で突っ込ませても、大したことないぜ?」
「荷物はお前だ。まさに小田切大砲」
「うえっ?」
小田切が変な声を上げた。
「三上、やるぞ。藤堂、通せんぼ、だ! 小田切を抜けさせる」
「そんな、できるかなぁ」
「ううっ、しゃーないか。でも、お前らも頑張れ、男子ども」
三上は情けない声を上げるが、藤堂は覚悟を決めたようだ。
小田切が抜け、追おうとするゴブリンを藤堂が押し止める。
三上が二匹、俺が三匹、藤堂が体を張って五匹を引きつけた。
「あ、コラ。エッチ!」
ゴブリンは藤堂に何してるんだ? くそ、見る余裕がない。
「おい、いいぞ」
すぐに小田切の声が掛かる。
「せーの、で下がるぞ。せーの」
俺たちはジリジリと下がる。
足元のレールを跨ぎ、二人が越えたところで俺は怒鳴る。
「いけ、小田切!」
戦闘の音に紛れて、ガラガラと乾いた音がする。
ガサッ。勢いを増したトロッコが藪から飛び出した。
ゴブリン達は突然のことに、ビクリと動きを止める。
「うおりゃーっ!」
雄たけびを上げる小田切。迫るトロッコ。
ゴブリンをトロッコの前に押し出す俺たち。
バコン
ガンッ
ドゴッ
ゴブリンたちがトロッコに跳ね飛ばされて行く。
「スケベ死すべし。オラッ!」
藤堂が体を捻り、背面蹴りを叩き込む。突き飛ばされた最後のゴブリンが、トロッコに頭から突っ込んだ。
ドンガラガッシャン。
死屍累々。勢いを失ったゴブリンどもに、俺たちは一気に畳みかけた。
どうにか森を抜け、マテオさんの家に帰りついた頃には、俺たちはヘトヘトになっていた。
「もう、ダメ。膝がガクガクだよぉ」
部屋に戻った藤堂が、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。
「僕は、腕が上がりません」
三上もベッドに倒れ込む。
「俺なんか、トロッコから飛び出して、痣だらけだぜ」
小田切も続いた。
俺は、水差しを取ってコップに注いだ。冷たい水が喉に心地いい。
今日は本当に危なかった。だがクロスたちと合わせて、薬草は七、八割集まったと聞いている。
「まあ、あと二、三日で終わりだぜ」
俺はそう言って、軽く笑った。
「そう言われると、ここの暮らしも惜しくなってくるぜ」
小田切が言う。
「ルシアちゃんも、可愛いしね」
「ロリコンはダメだよ、三上」
「違うって」
三上の言葉に、藤堂がツッコミを入れている。否定しているが、怪しい。
そんな時、廊下の方から足音が近づいてきた。
「少し話、いいか?」
顔を出したのはクロスだった。
「……悪い、休んでるところに」
クロスは一瞬ためらってから続ける。
「君らに頼みがあるんだ」
藤堂が顔を上げて聞いた。
「頼みってなんですか?」
クロスは一拍置いて、口を開いた。
「実は、ルシアがディミナ病に罹ったんだ」
これを聞いた三上が、立ち上がって叫ぶ。
「大丈夫なんですか!」
「まだ症状は軽いから命に別状はない。ただ、なかなか治りにくい病気でね」
「……それで?」
三上が身を乗り出す。
「この街でも何人も病気の子がいるが、他の土地に移ったサントナール人の子供が罹りやすいんだ。
疲れやすくなって、熱が出る者も多い。運が悪いと、亡くなる子も」
「薬はあるんですか、薬は!」
「うるせいよ、三上!」
ついに三上が、小田切に怒られた。
「ミラルディアの木の根以外に合う薬がない」
三上たちを横目に、藤堂が質問した。
「それって、どんな木ですか?」
「深い森の奥に生えていて、ブナの木に似ているが、葉脈が薄っすら青く光るんだ。
できれば、その木を見つけて、根を少し取ってきて欲しい」
「見つけたら、たくさん取った方が良いんじゃないのか?」
俺は不思議に思って聞いてみた。
「ある程度、根を取ると葉の光が消えるんだ。
そうなったら薬にならないから、また光り出すまで待たなきゃならない」
そこまで聞くと、三上が提案した。
「よし、みんな。明日はミラルディアの木を探そう!」
小田切が眉間を歪めながら言う。
「そんなこと言って。おまえ今日、一番役に立たなかったじゃねぇか」
「何だと、僕はちゃんとゴブリンを引きつけてたろ!」
藤堂が軽く手を上げる。
「まあまあ。
マテオさんにはお世話になってるし、ルシアちゃんのためにも頑張ろうよ」
そこで俺はクロスに確認した。
「出来る限りはするけど、無茶はしない。危ないと判断したら引くぞ」
それにクロスは頷く。
「ああ、もちろんそれでいいよ」
翌日、俺たちはミラルディアの木を求めて森に入った。
その日の昼過ぎ、俺たちはいつもよりもかなり奥まで入り込んでいた。
頭上は枝葉に覆われ、昼だというのに薄暗い。風もないのに、木々だけが軋むように揺れている。
「おい、三上。本当にこっちにあるのか?」
小田切が疑わしげに聞いた。
「ふふ、僕の脳内AIによれば、ブナは標高の高い、日が当たりにくく、水はけのいい斜面に多い。
ミラルディアの木が似た特性なら、川から離れたこの山の北斜面が最適解さ」
大した雑学だが、ちょっと胡散臭い。
とはいえ他に当てもない。俺たちは、そのまま進むことにした。
足元の落ち葉を踏む音だけがやけに響く。鳥の声も、虫の羽音すらしない。
「ねぇ……あの木のうろ、顔みたいじゃない?」
藤堂が指さした先、幹の裂け目がぽっかりと口を開けている。
「やめてくれ。余計にそう見えるよ」
三上が小声で抗議する。だが、視線はそこから外せていない。
ふと、視界の端に違和感が走った。
「……あれ、見ろ」
一本の木の葉が、かすかに青く光っている。
近づくと、それは確かにクロスの言っていた特徴と一致していた。葉脈が、淡く光を帯びている。
「これが、ミラルディア……?」
藤堂が息を呑む。
その瞬間だった。
――ギシ、と。
頭上で、枝が軋んだ。
嫌な予感に、そっと見上げる。
木々の間に、大きな影があった。
幹から幹へと渡るように、広がっている。
それは、明らかにこちらを捉え、ゆっくりと降りてきていた。
◇
今日もテラスルームでは、九条たちとエイリーズ王女のお茶会が開かれていた。
「召喚魔法なんておとぎ話を、寝る間も惜しんで探してたらしいわ。
魔族なんてゴブリンと同じ蛮族で、王国軍が出ればすぐ駆除されるのに」
エイリーズ王女が吐き捨てるように言うと、九条が僅かな微笑みを返す。
「そう。フィリア王女が。
それで魔族はゴブリンと同じなのかしら?」
「ゴブリンは昔からいるけど、魔族と同じ世界から来たって聞いたわ。
アンタたちもそこから来たと思ってたんだけど」
そのとき、庭側から静かな男の声が割って入った。
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下」
エイリーズは視線だけを向ける。
「大使。女性のお茶会に、無遠慮に割り込むものではなくてよ」
男は軽く一礼した。
「これは失礼を。庭を散策していたところ、あまりにも優美なお声が聞こえましたもので」
柔らかな微笑を浮かべながら、彼は視線をテーブルへと移す。
「ところで、その方は……もしや、噂に聞く勇者殿?」
「見当違いね。身分は明かせないけど、ある国の伯爵令嬢で、私の友人のクジョーよ」
男は視線を九条へ向け、静かに礼をした。
「お目にかかれて光栄です。
私はレオンハルト・フォン・アイゼンシュタイン。帝国にて外交の任に就いております」
九条は扇子を口元に添えたまま短く応じる。
「ご機嫌よう」
エイリーズ王女が意地悪そうに付け足す。
「帝国上級伯で、嘘つきでもあるわ」
彼は、残念そうに微笑んだ。
「殿下はご機嫌が悪い様子。今日は引き上げましょう。楽しいお茶会をお続け下さい」
去っていくレオンハルト。入れ替わるように、桜庭が駆け込んでくる。
腕には、薄紫色の毛並みの、ウサギともリスともつかない生き物が抱えられていた。
「麗華ちゃん。やっと捕まえたの!」
「あら、それがあの」
「麗華ちゃん。名前を付けて」
「そうね……童話から取って、モプシーはどうかしら?」
そう名付けられた生き物は、九条をじっと見つめていた。




