第六話 死体は生きてるか? うるせぇ、殴れ!
そいつはゆっくり起き上がり、こちらを向いた。
顔の傷はどう考えても生きているはずのないものだ。それ以外にも体のあちこちに大きな傷がある。
どう見てもゾンビですね。ありがとうございます。
やっぱり、虫の知らせは当たってたじゃねぇか!
藤堂といえば、いつの間にか小田切の後ろに回り込んでいた。
「おい、藤堂。俺を盾にすんなよ」
「キモイから無理。男子で何とかしてよ」
小田切の抗議に、こういう時だけ女子を出す藤堂。
その瞬間だった。
ゾンビが突然、小田切に跳びかかった。
さっきまでとは比べものにならない速さだ。
「ひぃ~!」
小田切が悲鳴を上げ、とっさに槍を横にしてゾンビの体を押し返す。
だが、伸びたゾンビの手は小田切の肩に届きそうだ。
小田切の後ろにいた藤堂が、慌ててしゃがみ込んでその手を避ける。
「おい、三上。とにかくやるぞ」
俺は三上に声をかけ、前へ出ようとする。
「ちょっと待って。小田切、そのまま抑えといてよ」
三上が片手をゾンビに向け、何かを念じるように目を細めた。
「お前ら、早く助けろよ!」
ゾンビに顔を撫でられ、小田切が青い顔で叫ぶ。
気づけば、藤堂はずいぶん後ろに下がっている。
しかし、しばらく経っても何も起きない。
三上が小さく息を吐いた。
「やっぱりダメか。高橋、普通に倒そう」
「ざけんな、三上!」
ゾンビのナデナデに耐えていた小田切は、完全にキレている。
俺たちは慌てて戦闘に入った。
背後から攻撃しようとしたが、小田切に当たりそうで無理だ。
結局、ゾンビの足を払って転ばせ、三人で袋叩きにする。
立ち上がれば、また足を払う。
そんな作業を何度も繰り返した。
やっと動かなくなったころには、普通の人間なら三回は死にそうなくらい殴った。
「みんな~、お疲れさま~」
逃げていた藤堂が戻ってきて、誤魔化すように精一杯かわいく笑って手を振る。
だが三人とも汗だくで、返事をする余裕すらない。
しばらくして、小田切が三上を蹴った。
「おい三上。何でさっさと助けなかったんだよ」
「いてっ。いや、僕のスキルを検証しようと思って」
藤堂が首を傾げる。
「三上のスキルってネット知識でしょ?」
「ああ。こっちでもネット使えるのかと思ったら、通信方式とかプロトコルが分かるだけのやつ」
小田切がうんうんと頷く。
それを聞いた三上はあっさり言った。
「うん、あれ嘘なんだ」
「はぁ?」
小田切が戸惑う。
「何でウソなんかついたのよ」
藤堂が片眉を上げた。
「バレたらヤバそうだし、練兵場じゃ試せなかったからね」
「で、本当は何なんだよ」
三上の言い分には納得したが、俺はさらに聞いてみた。
「死体操作」
沈黙。
「ほら、絶対ヤバいだろ?」
三上は肩をすくめた。
「まあ、そうだな。じゃあ、さっきのは」
俺は同意した。
「操れないか試したけど、ダメだったよ。どうも、生きてる死体は、死んでからじゃないと操れないらしい」
そう言う三上に、小田切が眉間に皴を寄せる。
「生きてる死体が死んでからって、何だよ。最初ッから死んでんだろうがよ」
だが三上は涼しい顔で言う。
「とにかく、動いているゾンビは、倒さないと操れないんだよ」
その時だった。
さっき倒したゾンビが、ガクガクと体を揺らしながら起き上がる。
「きゃっ、また動いた!」
藤堂が俺の背中に隠れる。
「大丈夫。僕の能力」
三上が手を上げる。
ゾンビが腕を振り、足を振り始めた。
まるでラジオ体操だ。
俺と小田切は呆然と見つめる。
藤堂は完全にドン引きしている。
「ふふふ。これで戦力アップだ」
三上が得意げに言う。
「いや無理」
藤堂が即答する。
「何でさ!」
激昂する三上に、俺は呆れて言う。
「下水から連れて出るのも、宿に入れるのも無理だろ」
三上は固まった。
どうやら考えていなかったらしい。
結局、説得してゾンビは置いていくことになった。
ただし三上は転んでもただでは起きない。
ゾンビのポケットを裏返させ、小銀貨三枚を回収した。
「ねぇ、ナデ夫君、置いてきて良かったの? 疫病的な意味で」
ギルドへと向かう途中、藤堂が聞いてきた。
「誰だよ、ナデ夫君って! トラウマ、思い出させんなよ!」
ゾンビに撫でまわされた小田切が叫ぶ。
「う~ん、やっぱりさ。
不衛生なのはあれ一つじゃないし、下手に関わって犯人にされちゃ敵わないからさ」
「そっか~」
それで話は終わり、俺たちは冒険者ギルドに入って掲示板の前に来た。
全員で眺めるが、初心者の俺たちでもできそうで、ジャイアントラット討伐より効率の良さそうな依頼はない。
俺たちの中には、無理して強い魔物に挑もうというヤツはいないので、まだ下水が続くのかとガッカリしていると、後ろから声がかかった。
「なあ、君たち。手が空いてるなら、薬草採取を手伝ってくれないか?」
そう言ったのは、先日の貴公子冒険者クロスだった。
「あっ、クロスさん。ちぃーっす」
真っ先に藤堂が反応する。クソ、イケメンめ。
別に嫉妬しているわけではないが、俺は当然のことを聞いてみた。
「薬草採取って、そんな手伝いがいるとは思えないんですが、
何かそこの掲示板の依頼と違うんですか?」
「ああ、実は王都の近くじゃないんだ」
クロスによると、王都から徒歩で一週間くらいのところにメーベという街があるらしい。
そこは彼の故郷、サントナール王国からの移民が多いという。
しかし近年、魔族の侵攻の影響で薬草が不足しがちな上、あっても移民まで回らない。
故郷の友人に頼まれ、メーベ近くで移民たちの分の薬草を採取しようとしているが、必要な量を集めるには人手が足りない。そこで手伝いを探しているという。
卸値はギルドと同じ。
そのうえ贅沢はできないが、移動中も含めた食事と、現地の寝床は用意してくれるらしい。
生活費がかからずに金が貯まるのはおいしい。下水に飽きていた俺たちは、二つ返事で頷いた。
俺たちは初めて、王都の外へ出ることになった。
◇
ジャブジャブと沼を進む四つの影。その先頭の大柄な男は黒い剣を握っていた。
「黒っち~、膝下まで泥でマジ萎えるんだけどー」
四人の中で唯一の少女は足元を見て不快げに言う。
「だったら帰れ」
先頭の男はこともなげに言った。
「黒瀬さん、俺ら泥はいいんスけど、竜とか本当に大丈夫なんスか?」
肩幅の広い刈り上げ頭の男がそう言うと、金歯が光った。
「あっ、黒瀬さん。アイツじゃないっスか?」
細身で目の細い長身の男が、前方の木の影を指さす。
観光バスほどの巨体。そこには、緑の鱗の竜が首を曲げて休んでいた。
黒瀬たちが近づくと、首を持ち上げて銅鑼を打つような声を上げた。
「人間たちよ。ここは我の領域である。命が惜しければ、今すぐ立ち去れ」
驚いた少女が、耳の下でツインテールを揺らす。
「黒っち、しゃべったよ!?」
しかし、黒瀬はそれを無視して竜にめがけて駆け出した。
「はっ、やれるもんなら、やってみやがれ!」
細目の男は、ヤレヤレと言った顔で竜に左手を向ける。彼の影が伸びて竜へと絡みついた。
「黒瀬さん、一人で突っ込まないで下さいッスよ。影鎖縛」
金歯の男は、黒瀬を追って竜へと迫る。
「俺も行くッス。だらっしゃ~!」
一時間近く続いた戦いで、黒瀬の胸には大きな傷が開いていた。
黒い剣を支えに、やっと立っているありさまだった。
少女がその傷に、そっと手を添える。
「黒っち、ムリしすぎっしょ~。あーしも肝冷えたわ。命譲渡」
少女の手が赤く光ると、その光が黒瀬に流れ込み傷を癒す。
「ミカ、それは使うなと言ったハズだ」
「エヘッ。じゃあ、黒っちも無理しちゃダメっしょ」
足元には、巨竜が倒れ伏している。
しかしその様子を、岩の陰からうかがう者がいた。
それは人の姿に似ていた。だが、体は鱗に覆われ、地面に垂れるほど長い尾が生えていた。




