第五話 最初のお仕事は甘くない
「あの、俺たち。確かに黒瀬君たちとは同郷ですけど。
彼らは特別なんです。同じようにできると思われても困ります」
俺がそう言うと、小田切たちも揃って頷いた。
俺たちの様子を見た貴公子風の冒険者は、微笑む。
「それは、そうだろう。彼の力は彼のものだ。君と同じようにね。
でも、君たちはこの辺の人間とは顔立ちが違うからね。目立つのさ。
君たちも、どこか遠くから逃げてきたのかい」
「君たちも?」
「ああ、僕たちもサントナール王国から逃げてきたのさ」
そう言って、彼は肩を竦める。
「サントナール王国の人なんですか?」
「魔族に占領されたから、もう国はないけどね」
「あ、すいません」
「いいって。僕はクロス。
君たち新人とそう変わらないけど、何か困ったら気軽に声を掛けてくれ」
そう言ってクロスは、仲間のところに戻っていった。
「冒険者にも、あんな人もいるのね。テンション上がってきた」
藤堂のウキウキした様子に、俺はゲンナリした。
冒険者ギルドを出た俺たちは、装備を整えることにした。
「じゃーん、どうよ?」
着替えた藤堂がポーズをとって見せる。
我らが紅一点は、ファンタジー小説やゲームにありそうな露出の高い装備を付け。
……ということはなく、厚手の革の長ズボンに長袖シャツ。革のブーツに革の手袋をしている。
ライダースーツというより、厚手のつなぎや作業着に近い感じがする。
まあ、ラットに噛まれないよう、全員同じ格好なのだが。
それから離れて戦うためのショートスピア。受け止めるための四、五十センチほどの小盾。近付かれたとき用に小剣も準備した。
武器を手にしてはしゃぐ小田切と三上。
子供っぽい奴らだと鼻で笑う俺も、少しだけ昂っていた。
それから半日後、下水道から帰ってきた俺たちは疲れ果て、うなだれていた。
よく考えなくても、ジャイアントラットの討伐なんてキツくて、汚くて、危険に決まっている。
その上、野犬のような大きさのネズミに、槍がなかなか刺さらない。
分厚い毛と皮で、穂先が滑る。
むしろ棍棒みたいに叩きつけた方が当たった。
盾が意外と役に立ったが、守るより広い面でぶっ叩く感じだ。
みんなで、わーきゃー言いながら戦っていたが、ラットの奴はなかなか死なない。
そして、ギルドに討伐数を証明するための尻尾切りが大変だった。
なかなか麻袋がいっぱいにならず、結局宿代にすら足りなかった。
今日のことを後悔しながら宿屋に来た俺は、ハタと気になった。
普段、男友達みたいな藤堂とはいえ、女子だし部屋は分けるべきだよな。
だが、俺の予想はアッサリ裏切られた。
「私も……同じ部屋で、いいよ」
口元に手を当て、上目遣いに言う藤堂。
「えっ」
男三人の声がハモった。
だがそこで、態度が一転する。ふざけていたようだ。
「アンタたちなら襲われてもぶっ倒せそうだけど、
ここって物騒そうだし、ひとりはちょっと怖くて」
お前、俺たちを舐め過ぎだろう。
俺は三人で彼女に襲いかかるところを想像する。
…想像上の俺たちは、数分後には地に伏していた。
ダメだ、何度シミュレーションしても勝ち筋が見えない。
同じことを想像したのであろう、残り二人もキッと睨んだ後、下を向いた。
運動部とインドアには乗り越えられない差があるというのか。
俺達の様子を見て、揶揄い過ぎたと思ったのだろう。
彼女は次に、トンデモないことを言いだした。
「まあ、着替えくらい覗いてもいいからさ」
「マジかーっ」
興奮する男ども。そしてその夜、それは現実となった。
「ふざけんなーっ、男の純情を騙しやがって。金返せーっ」
そう叫んだのは小田切だ。気持ちは俺も同じだ。きっと三上もだろう。
確かに同じ部屋、藤堂は俺たちの目の前で着替えた。
だが、着替える服を先にかぶった後、服の中でモゾモゾと脱ぐ。
そう、隙を生じぬ二段構えだ。
「お客さ~ん、うちはそういうサービスしてないのよ。
っていうか、金貰ってないぞー」
そう言って、腰に手を当て胸を張る藤堂。
ムフンと鼻を膨らました顔が憎たらしい。
それから一週間、俺たちは下水に潜り続けた。
最初はおぼつかなかった槍にも慣れ、連携も良くなったと思う。
ラットとはいえ背骨側から刺してはいけない。それで小田切の穂先が欠けた。
ひっくり返して、腹側をブスリ。
サクサク進めないと時間が足りなくなる。
それなりに慣れてきて、その日の生活費ぐらいは稼げるようになった。
だが、ラット退治では稼ぎにも限界がある。
そろそろ別の依頼を探す頃だろう。そう思った矢先だった。
俺は下水道で、ふと虫の知らせを覚えた。
「おい、そっち行くのはやめようぜ」
「何で。虫の知らせか?」
小田切が聞く。
「ああ。嫌な予感がする」
「そうは言ってもよ。
今日はまだ討伐数が足りないし、行くならこの先くらいしかないぜ」
「そうですよ。高橋の虫の知らせなんて、的中率五割ですから。
ただの山勘と変わりません」
小田切の言葉に、三上も頷く。俺は顔をしかめた。
「まあ、ちょっと先まで見て、それでダメなら戻ればいいじゃん」
ここで藤堂が間に入った。
仕方なく、俺は口を引き結んだまま頷いた。
そうして藤堂、小田切に続いて下水道を進んでいると、
松明の明かりの中に、うずくまる人影が浮かび上がった。
服もボロボロで、日本なら橋の下や河川敷に住んでいる方のようだ。
「大丈夫ですか?」
俺なら絶対に近付かないが、藤堂は人の良さが出てしまう。
まあ、鼻はつまんでいるが。
だが、その人物がゆっくりと振り返った瞬間だった。
「きゃああーっ」
藤堂の悲鳴が響く。
そいつの顔は、半分崩れていた。
……これはホラーゲームですか?
◇
王城の美しい庭園に面したテラスルーム。
白いガーデンテーブルで、九条たちはお茶を楽しんでいた。
そこへドカドカと足音が近づき、十数人の兵士が取り囲んだ。
慌てて九条の背に隠れる取り巻きたち。
やがて兵士の列が割れ、エイリーズ王女が姿を現した。フィリア王女の死を笑っていた女だ。
「あなたがクジョーね。働きもせず、日がな一日お茶をしているとか。
ふざけた女ね。おい、少し躾けてやりなさい」
「はっ、王女殿下」
兵士達が槍を突きつける。
ブルブル震える取り巻きたち。
しかし九条は、椅子から腰を上げることもなく、静かにティーカップを口に運んだ。
「やれ」
エイリーズの掛け声と共に十本以上の槍が突き出される。
「きゃーっ、麗華さま!」
取り巻きたちの悲鳴が上がる。
「あはははっ、ざまーないわね」
エイリーズの嘲笑が響く。しかし、そこで静かな声が聞こえた。
「品がないわね」
「はぁ?」
そう言った九条に、エイリーズが驚愕する。
すべての槍が、九条の手前一メートルほどで止まっていた。取り巻きたちにも、一本も届いていない。
「何をしているの! 早く突き殺しなさい!」
「はっ、王女殿下。お前ら、もっと力を込めて突き刺せー!」
「おりゃー!」「くそ、入れー!」「ぶち込んでやるぞー!」
王女の檄に、兵士達が槍に力を籠める。しかし槍は、全く動かなかった。
それから数分が経ったが、動くものといえばお茶を運ぶ九条の手だけだった。
王女が髪をかき上げて、ドンと九条の向かいに腰を下ろした。
「クジョー、認めてやるわ。このエイリーズがね」
これを聞いて、九条はクスリと笑った。
「では、お話しでもしましょうか」
「何が聞きたいのよ」
「そうね。私たちを召喚したっていう、あの王女。どういう子なの?」
「ああ、アレね。アレの母親はサントナール王国から来たのよ」
「五年前に魔族に滅ぼされたっていう?」
「そう。でも、あそこの王族はね。魔族が来た途端、戦いもせずに逃げたのよ。
そのせいで一晩で、陥落したって。全く、恥さらしだわ」
そんな会話が続いていたころ、桜庭はひとり庭園を探検していた。
紫色の何かが木々間を駆け抜けたのを見て、追いかけていたのだ。
やがて彼女はそれに追いついた。
「ねぇ、キミ。何なの?」
「ぷきゅ」
彼女が見つめる木陰には、ウサギのような、リスのような、不思議な生き物がいた。




