第四話 勇者の裏で、冒険者やっちゃいます
「……はあ」
俺はため息をつきながら、硬い黒パンを口に運んでいた。
塩気の薄いスープには、煮崩れた野菜がわずかに入っている。
「高橋じゃん。ため息ついていると、幸せが逃げるよ」
声を掛けてきたのは、藤堂里奈。
バスケ部で、俺と同じくらい背が高い。
「ここにいる時点で、もう逃げてるよ」
「はは、私たち。外れスキルだもんね」
ニカッと笑うと八重歯が見えた。
召喚されたあの日から一ヶ月。
外れスキルと判定された俺たちは、城で下働きの仕事をさせられていた。
「高橋は厩舎だから大変そうだよね」
そう言いながら、俺の前の席にトレーを置いて腰掛ける。
「毎日、馬糞を運んでるから、体に匂いが付きそうだよ。
そういう藤堂はどうよ。城内の掃除だから、まだマシなんじゃね」
自分で馬糞の話をして、食事の手が止まる。
「う~ん、手袋もクリームも無いから、手荒れは勘弁かな」
ショートカットを無造作に留めたヘアピンの横で、眉毛が下がる。
そう楽な仕事ではないようだ。
「女子連中はどうしてるよ」
「まあ、あたしらは真面目に働くしかないよね。
九条さんのところは、待遇いいみたいだけど。
でも、学校の時より上から目線で、みんなの不満が溜まってるかな」
「それは前からだし、九条さんって、今さら態度は変わらなそうだけど」
「違う、違う。九条さんはいつも通りだけど、取り巻きの朝倉たちがね」
手を振りながら言う藤堂。
「ああ、そういう」
「三上達は?」
「アイツはインドア派だから、重労働に参っているよ。
小田切はあの体だから、飯が足らないようだし」
「そっか。小田切って見るからに食べそうだしね。
勇者・天城君が、待遇改善を交渉してくれてるみたいだけど」
「セドリックが、必要性を感じない、とか言いそうだよな」
「あ、それ似てる」
俺はそこでチラッと藤堂を見た。
「俺ら、城を出ようと思ってるんだよね」
「えっ、夜逃げ!?」
「ちげ~よ。
でも俺らって歓迎されてないじゃん。
あっさり認めてくれると思うんだよね。
当座の生活費くらいもらってさ」
「出て、どうすんのよ?」
「俺たちは、冒険者になる」
藤堂が目を丸くする。
「何それ? 鞭で遺跡を飛び回る的な?」
「薬草採ったり、魔物退治な。
冒険者ギルドってとこで、仕事を回してもらえるらしい」
「ほへ~。でもアンタたちってインドア派でしょ。そんなん出来るの?」
「といっても、この城もいつまでいられるか分からないし。
それにここに残るのも、なんか良くない気がするんだよね」
「それって、虫の知らせって奴?」
「そう。虫の知らせって奴」
しばらく沈黙が続く。
そして藤堂がぽつりと言った。
「……私も行こうかな」
「は? 何で?」
「いや~、ちょっと口が滑っちゃって。
朝倉に睨まれて、居心地が悪いんだよね」
「そっか~、じゃあその時には声を掛けるよ」
「うん、よろしく」
あの時はそう言って別れたが、一週間後、俺たちは本当に城を出た。
セドリックは拍子抜けするほどあっさり許可を出した。
俺たちは今、冒険者ギルドに向かって歩いている。
「それにしても自活の支度金が大銀貨三十枚は安いですよ」
一番後ろを歩く三上が神経質そうにぼやく。顔はやや青白く、学校にいた時よりやつれていた。
「そう? 社会人の初任給よりは多いんじゃない?」
先頭の藤堂が軽く言って、ニヤリとする。
「早く何か食おうぜ。城の飯じゃ全然足りなかったからさ」
その後ろの小田切が腹を抑えながら急かす。
「ギルドの登録が先だって。ほら見えたぜ」
俺が指さす方には、白壁に黒い木組みが走る三角屋根の建物があった。
吊るされた看板には、怪物の頭骨と剣の図柄が刻まれている。
「おっじゃましま~す」
「そういうんじゃないから」
能天気な藤堂の声に、俺は思わず突っ込んだ。
俺たちがギルドに入ると、そこかしこで声が上がった。
「おい、アイツら。クロセの仲間じゃねえか?」
「ああ、髪色とか顔の形とか」
しまった。黒瀬君たちが先に魔物討伐してるんだった。
彼らと比べられたら、敵わないぞ。
藤堂も珍しく委縮している。
そう思っていると、奥から大声が聞こえた。
「おい、そこのガキども」
カウンター奥の厳ついオヤジだ。元プロレスラーのように、筋肉と脂肪が体に巻きついている。
端的に言って怖い。
「ハッハー! ウェルカーム!」
怒鳴っているんじゃなく、歓迎しているらしい。
俺たちは彼、ストロングブルという職員に登録してもらった。リングネームだろうか?
ついでに聞くと、黒瀬君たちは王都付近の強い魔物はあらかた倒してしまったらしい。
強い奴と焼き肉と言って王都を離れたという。それ、強い奴に会いにいく、だと思います。
もう黒瀬君は、威風堂々輝く銀級冒険者だという。
今日、木のタグをもらった俺たちは、ピッカピカの新人ウッド級だ。
何はともあれ、俺たちは依頼掲示板の前に行く。
初心者向けの下水道ジャイアントラット討伐に目星を付けてから、併設の酒場で昼食にした。
黒パンを豆の煮込みに浸しながら、勢いよく食べる小田切。あまり旨くはないが、涙を流している。
そんな俺たちに声を掛けてきたのは、茶色がかった金髪の青年だった。
「やあ、君たち新人かい? クロセに似ているみたいだけど」
何だコイツ。
剣を下げているから、冒険者なんだろうけど。まるで貴公子みたいじゃないか。クソが。
藤堂が俺の脇腹を小突いて、囁く。
「やだ、高橋。この人、イケメンじゃない」
お前、何しにここ来てんだよ。
◇
その日、城の練兵場には多くの貴族が集まっていた。奇しくも高橋達の能力を判定した場所である。
そこでエドガー王子の横の近侍官セドリックが大声を発した。
「ヴァルディア王家への忠誠厚い高貴な身分の皆さま。
本日は益々の王家繁栄を約束する新しい力を紹介する。
そこの天城を始め、ここにいる者達は、
天空の女神ソラリア様の恩寵と王家の威光により異世界より呼び出された勇者である。
きっと、卑しい魔族たちを瞬く間に駆逐してくれるだろう」
中央には、天城たちが立っている。
集まった貴族達が騒めく中、セドリックは練兵場の兵士に声を掛けた。
しばらくして兵士が魔物を連れてくる。
それは人型で体長二メートルを超える筋肉質の醜い怪物、オークだ。
兵士が四人がかりで鎖を引いてくる。しかも、それが四体もいた。
さらに、それを上回る巨躯の怪物、厚い脂肪に覆われたトロルも引き出された。
トロルは八人がかり連れてきた。
貴族達が練兵場の一方に寄せられ、その前に天城たち、その向こうに怪物たちだ。
「では、始めよ」
セドリックが号令を掛けると、兵士たちが一斉に鎖を放して逃げ去る。
「雑魚は俺たちに任せろ」
御堂が杖を構える。
「よし。行くよ、みんな!」
天城が声を掛けると、彼より大柄な女子が駆け出した。
「へへっ、まずはあたしが動きを止めてやるよ」
女子にしてはゴツイ彼女は柔道部の榊原だ。
向こうからも駆け出したオークが迫る。
ガンッ!
大きな盾で一体の攻撃を止める。しかし、それで終わらない。
ガンッ!
ガンッ!
三体の攻撃を受けると、後ろの貴族達から悲鳴が上がる。
だが、榊原は一歩すら下がらずにニヤリと笑う。
「無茶をして。だが、ナイスだ。
止めは任せろ、烈炎槍!」
そう言った御堂が眼鏡をクイと上げ、杖を突き出す。
ボン!
ボン!
二度火箭が走る。
ギィイヤー。
悲鳴が上がる。榊原の前にいた二体の頭が炎に包まれた。
「何だ、楽勝じゃないか」
榊原がそう言った瞬間、立ち上がる煙の向こうから最後のオークが棍棒を振り下ろした。
「危ない、榊原さん!
聖光盾!」
棍棒の前に光の盾が現れ、それを防ぐ。後ろで白石が両手をかざしている。
「おっと。サンキュー、白石」
榊原が前のオークを力で押し返し、光の盾の向こうのオークに槍を突き刺す。
一方、トロルの前に立つ天城は、その攻撃を紙一重でかわしていく。そして、
「聖剣よ! 天鳴斬!」
彼の持つ剣が激しく光る。一閃。
トロルの首がゴロリと落ちた。
その瞬間、練兵場に集まった貴族や兵士たちから歓声が上がった。
「いい、滑り出しじゃないか」
エドガー王子が笑う。




