第二十四話 サントナールの王女
いーっ! 王女!? ナンデ、オウジョ?
どう答えたらいい?失敗したら無礼討ち?
ザザッ。
パニクった俺は、土下座をしてしまった。
……しばしの沈黙。
「立ちなさい。こちらは助けられた身。地面に這いつくばる必要はありません」
そっと、顔を上げる。
王女を見る。
……無表情だ。美少女だ。
なるべく低い姿勢で立ち上がる。
視界の端に、とまどう小田切や藤堂が見える。
「あなたは、クロヴィスの言っていたタカアシですね」
クロヴィスって誰だという疑問より先に、ハがアになっていたことを指摘したい。まるで蟹みたいだ。
「はい、王女殿下」
だが、指摘できなかった。
「リュシーナで結構です。既にサントナール王国はありませんから」
「では、リュシーナ様と……」
いや、まだ話すの? もう、いっぱいいっぱいなんですが。誰か黙ってないで助けろ。
そう思っていると、王女たちに駆け寄ってくる兵士がいた。
「大変です。盗賊に水場を占拠されました」
何だって? 蠍人と連携してるのか?
「そうですか。奪還に回せる戦力は?」
王女が淡々と問う。
「それが、まだ各隊は蠍人の対応に追われていて」
兵士が返す横で、藤堂が俺に耳打ちする。
「ねぇ、これって出番じゃない? 水場が取られたら、私たちも困るし」
俺は視線で小田切たちの意志も確認してから提案した。
「リュシーナ様。水場へは私たちが行きましょうか?」
王女は俺たちを見てから答えてくれた。
「頼みます。緊急性が無ければ、監視だけでも構いません」
「承知しました」
俺たちは水場に向かった。
その場に着くと、水場の手前に二人の兵士がおり、さらに奥には不揃いの武装した集団がいた。
兵士の一人には見覚えがあった。
「ドミニクさん、どんな感じです?」
「タカハシか。秘宝を寄こせ、さもないと毒を入れると言っている」
そのとき、俺は近くで奇妙な気配を感じた。
その方向をじっと見るが、岩しか見えない。
「そこにいるのは、誰だ?」
俺が声を掛けると、岩の隙間から老人が出てきた。
目の錯覚か、老人が出てくるまでは、そこに岩の隙間があるようには見えなかった。
「いつものように水路を眺めておったら、おかしな連中が来たからの。隠れておったのじゃ」
「グラコス爺さん、無事でよかったぜ」
ドミニクさんがグラコスさんに声を掛ける。
「しばらく、他の人は回せそうもありませんが、まだもちそうですか?」
俺はドミニクさんに聞いてみた。
「いや~、盗賊が気が長いなんて話は、聞いたことが無いからな」
どうやら時間はないらしい。
「グラコスさん、盗賊に見つからずに、後ろに回り込むような通路はありますか?」
この老人なら、秘密の通路くらい知ってそうだ。
「あるが、この人数ではどうにもなるまい。何か考えがあるのか?」
俺は周囲の岩山を見回した。
それから俺たちは、一度盗賊の目の届かないところまで引き上げた。
「三上、この方向。二百メートルくらい先の岩陰に、蠍人が十人はいる。やっちゃってくれ」
「分かったよ。高橋の虫の知らせを信じるよ」
三上が長弓を引き絞って、空に放つ。矢は弧を描いて俺の指差した方向に落ちていく。
すると、遠くで気配が変わる。おそらく、蠍人が近づいて来ている。
「どうなんだ」
「来ている。急ごう」
小田切の問いにそう答えると、俺はみんなと盗賊を回り込む通路に入った。
しばらくして、俺たちは水場の後ろ手に出る。
盗賊たちはこちらに気づかず、水場の入り口だけを見てくっちゃべっている。
そこで岩場に隠れながら、元いた方向を指さした。
「三上、今度は百メートルだ」
「行くよ、死体操作。いや、蛇骨矢!」
放物線を描く矢が落ちると、蠍人たちの気配はさらに近づいてくる。
「何だ、あれは?」
盗賊が落ちる矢に気付いたようだが、どこから撃ったかは気づかれていないらしい。
「次、三十メートル!」
「蛇骨矢!」
ちょうど水場の入口、現れた蠍人の先頭。その肩に矢が刺さる。
「コォーーー!」
蠍人、げきおこ。
雪崩れ込む蠍人に、慌てる盗賊たち。
「おい、俺たちだ!敵じゃねぇっ!」
盗賊の頭領らしい男が叫ぶ。だが、蠍人たちはお構いなしだ。
あっという間に、三人の盗賊が殺された。
「くそっ、族長しか言葉が分からねぇのか!」
コイツらが、蠍人をイスカンダルにけし掛けたのか。
「ボス、助けて下さい!」
泣き言をいう手下に、舌打ちをする。
「仕方ねぇ、逃げるぞ」
ボスがそう言うと、盗賊たちは蠍人の反対、つまり俺たちの方に向かって岩山を登ってきた。
「小田切スラッシュ!」
ひとりの盗賊が岩場に手を掛けたとき、岩陰からヘビーフレイルが振るわれて、その顔面を捉えた。
「げぴゃ」
盗賊は後ろにひっくり返る。でも、フレイルはスラッシュでは……。
他にもあちこちから、叫び声が上がる。
俺も岩陰から槍を突き出して、盗賊の太ももを刺す。
「何かいやがる! 街の奴らだ!」
盗賊も俺たちに気づくが、既に迎撃にいい場所を抑えている。
蠍人に追い立てられて、冷静な判断はできないだろう。
「おい、女だ。アイツを捕まえて人質に取れ!」
ボスが藤堂に気付いて指さす。
「女だぁ~」
「剥いちまえぇ~」
奇声を発して藤堂に群がる盗賊たち。
「スケベ死すべし。侵入阻止!」
藤堂が盾を前面に押し出すと、盗賊たちが跳ね飛ばされる。
明らかに盾の届かない範囲の盗賊たちまでが、押し返された。
ゴロリと転がる盗賊たちに、蠍人が殺到した。
「ア、イヤァーーー」
盗賊たちの悲鳴がこだました。
「クソがァ!」
盗賊のボスは湾曲刀で蠍人の攻撃を受け止め、逆に切り返す。
アイツ、かなり強いな。
盗賊は、だいたいやられたみたいだ。今度は俺たちが蠍人から生き残らなきゃ。
俺たちは藤堂の元に集まって、一つの洞窟へと逃げ込む。
ここなら入口は一つだけ。
そこで守りを固めていると、しばらくして盗賊のボスの絶叫が上がった。
俺たちは、そこで三十分近く籠城し、他の蠍人たちを討伐し終えた兵士たちに救助されるのだった。
この騒ぎが収まった後、俺たちは再び王女に呼び出されて礼を言われた。
そのとき、俺は何気なく聞いてみた。
「どうして、こんな生きづらい場所に住んでいるのですか?」
◇
この日、黒瀬は王国との境界を越え、魔族の領土となった地へ入り込んでいた。数年前に既に魔族に占領された村々は、支配者が変わるだけで一見、以前のままのようであった。
だが、魔族が建てたという黒い塔のせいか、何か息苦しいような、不安を誘うような気に覆われていた。
「あの塔ができてから、みんな元気を無くし、寝込む者もでてきている。このままだと、みんな死んでしまうかもしれない」
昨日、立ち寄った村の村人はそう言っていた。
「公爵のジジィが言うとおり、アレはヤバイな」
黒瀬自身も塔の間近まで来ると、重圧を掛けられたような感覚がしていた。
「おい、人間。塔に近づいたからには死んでもらうぞ」
いつの間にか、十数人の魔族に囲まれていた。人に近い見た目だが、肌が赤く、髪の先が炎に変わっている。
「殺れるものなら、殺ってみろ!」
黒瀬は魔剣を手に躍りかかるが、体が重い。
それでも黒瀬は、一人を除いて全て打ち倒した。
「ほう、貴様。ただの人間ではないな。名を名乗れ」
最後に残った魔族が黒瀬に問う。
「黒瀬だ」
黒瀬は息を整えながら答えた。
「私は灰炎軍団長アイエテス。喜べ、最強の軍団長に倒されることを」
黒瀬は突進し、魔剣で斬りつけた。
しかし、アイエテスの手に炎が集まり、三メートルに達する大槍に変わる。
黒瀬の速さを超え、受け止めてみせた。
「人間にしては速いが、魔族では雑兵程度よ」
大槍が圧倒的速さで振るわれる。上下左右から打ちつけ、突きが黒瀬を吹き飛ばした。
「遊びはここまで。最後に死出の手向けをやろう」
地を削るように大槍を薙ぐと、炎が噴き出した。
「灰燼炎牢壁」
炎は壁となって黒瀬を取り囲み、収縮を始めた。
巻き込まれた木が炭化し、岩が溶ける。
「クソっ、剛魔撃!」
ふらつきながら立ち上がった黒瀬が、残された力を振り絞る。
しかし、それは壁の前で消失した。
崩れ落ちる黒瀬。力を使い果たし、高熱に晒され、意識を失いかける。
「黒瀬君は大きくて、強くて、いいな」
……神尾か?
「いつも偉そうにしているくせに、もう諦めるの?」
真鍋の声?
「黒っちは、最強なんだゾ」
ミカ!?
「幻聴か。だが、こんなふざけた世界に負けるなんて、男じゃねぇよな!」
黒瀬は魔剣を杖に立ち上がった。
「ジィーーーオーーー!」
鎧が周囲の魔力を吸収し、黒い炎が吹き上がる。
さらに炎の壁さえ呑み込まれていった。
「馬鹿な?」
驚愕するアイエテス。
「界竜魔撃!」
魔剣の先から無数の竜の姿の黒炎が放たれ、アイエテスを飲み込み、そのまま黒の塔を貫いて倒壊させた。




