第二十三話 思いきれ!裂け目の向こうへ
「誰だ、お前?」
俺はターバンの男に聞いた。
「俺は風来坊のステュムパロス。スーさんと呼んでくれ、兄弟」
ターバンの男こと、スーさんは、俺に肩を組んで馴れ馴れしくそう言った。
「お前、この街の人間じゃないな。どうやってここまで来た」
俺は腕を振り払うと、そう問いただす。
ここは陸の孤島で、そうそう人の出入りはないのだ。
知らない人間というのは、ほとんどいないハズだった。
「そりゃ~、ここに凄い宝があるって聞いてさ。是非とも拝みに来たってわけよ」
スーさんはそう言う。
「ここは常に物資不足で、宝なんかないぞ」
「へぇ~、そうかい……」
こちらの警戒も気にせず、スーさんは勝手に話を進めていく。
「……で、……じゃないか」
「それが、……となって、……なんです」
気づけば俺は、仲間を放置して最近の悩みを話していた。
「あ~、自分だけ足踏みしてるのは辛いよな。でも、目に見える成長を気にするより、何をしたいか、そっちに進んでいるかが大事だと思うぜ」
「……そうっスね」
しかも、回答が適切だ。意外と経験豊富なのかもしれない。
——そう思ったときだった。襲撃を知らせる笛の音が聞こえた。
ガタン、と立ち上がる。
「襲撃だ。俺たちは行く」
そう告げて外へ向かう。
「気をつけろよ~。席、温めとくぜ~」
その声は場違いなほど軽かった。
外に出ると何故か笛の音は、街壁の方ではなく山側から聞こえてくる。
戸惑っていると、すぐ脇をドミニクが叫びながら通りかかる。
「避難所へ逃げろ! 魔物の襲撃だ!」
「ドミニクさん、敵はどこですか?」
俺が問い掛けると、彼は足を止めて山を指さす。
「あっちだ。上からは手薄なんだ。お前らは住民を誘導しろ!」
街の上、岩山の斜面に目を凝らす。
蜘蛛のような影が、十……いや、それ以上。
ここから見えるなんて、実際の大きさはどれくらいだ?
「みんな、行くよ」
藤堂の声で、俺たちは駆け出した。
岩場に刻まれた道を通り、普段あまり来ない、街の上へと向かう。
「おいっ!」
小田切が止まった。
岩陰から、脚。
続いて現れたのは、蠍の胴に人の上半身が繋がった怪物だった。
「コォーーー」
怪音と共に、尾が振り下ろされる。尾の先には鋭い棘。
カッ。
「その攻撃は通さないよ」
藤堂が鉄の盾で受け止める。
「ドリャー」
間髪入れず、小田切のフレイルが唸る——が、鋏に止められる。
「チッ、硬え!」
もう一方の鋏が伸びる。
ジャリ。
その鋏に、ライトフレイルの鎖が巻き付いた。
「死体操作」
三上が踏ん張り、動きを止める。
その隙に俺は槍を突き込む——が、人部分の腕が湾曲刀で弾いた。
クソ、手数が違う。
そのとき、嫌な予感。
「おおーーーっ」
俺は反射的に槍を引き戻し、背後へと突き出した。
そこには、槍を弾くもう一匹の蠍人がいた。
「何だよ、二匹目かよ!」
小田切が叫んだ。
俺は一人で後ろの蠍人を抑えようとするが、手数が足りない。
次第に追い詰められ、振り下ろされる尾が避けきれない。
——やられる。
カッ。
「高橋、スイッチだよ」
藤堂が鉄の盾で受け止めてくれていた。
「こっちは任せて」
俺は頷き、反転する。
時間を稼ぐなら、俺より彼女だ。
「小田切、ハサミを壊せ」
「おう!」
三上と俺で動きを縛る。
その間に、小田切が叩き続ける。
一撃、二撃——
鋏が砕け、尾が折れる。
とどめに、腹へ。
グシャ、と鈍い音が。
蠍人が血を吐き、崩れ落ちた。
残りも四人で押し切る。
ふう、と息を吐いた、そのとき——
「姫様!」
切羽詰まった叫びが、岩場に響いた。
俺たちは顔を見合わせ、声の方へ駆け出す。
「見て、あそこ!」
藤堂が指さす先では、五人の騎士が蠍人に押し込まれていた。
その背後に、一人の女性。
庇いながらの戦いで、明らかに劣勢だ。
「……深いな」
俺は彼らとの間の大きな岩盤の裂け目を見下ろす。
迂回すれば間に合いそうもない。
「あっちの壁はどうでしょう?」
三上が示したのは、裂け目を繋ぐほぼ垂直の岩壁。
「ちょっと、無理だろ」
ロッククライマーじゃないんだから。俺はそう思ったのだが。
「——いや、いけるぜ! 鉄道召喚!」
小田切の足元から、レールが伸びる。
だが、トロッコのレールでは裂け目を越えられそうもない。
いや、このレールは少し違うのか?
レールは弧を描き、岩壁へと延びる。
支柱が突き刺さり、岩壁沿いにさらにレールが伸びていく。
そして、対岸まで繋がった。
小田切の足元に、カートのようものが現れる。
「何だよこれは?」
俺が聞くと、小田切が胸を張る。
「へっ、これはマウンテンコースター。トロッコとジェットコースターの中間みたいな……」
「行くよ!」
言い切る前に、藤堂がカートに飛び乗り、滑り出す。命知らずかよ。
カートは岩壁横をカーブして、裂け目を渡り切った。
「小田切、俺たちも」
「あ、ああ」
カートの出現と同時に、俺も飛び乗る。
ガタガタ揺れ、裂け目の底には思わず視線を逸らしてしまう。
だがそれも数瞬で、対岸へと渡り切る。
「加勢します!」
「頼む!」
藤堂、俺、三上、小田切が順に戦闘に加わり、蠍人を抑え、打撃を加えていく。
数の均衡が崩れた。
ほどなくして、蠍人は全て討伐された。
「助太刀、感謝する」
騎士の一人から感謝の言葉が投げかけられた。
「私からも、感謝を」
騎士の後ろから、高貴な雰囲気の女性にも声を掛けられた。
歳は俺たちとそう変わらないように見える。
綺麗な人だが、見たことがない。誰だろう。
そう思ったのが悟られたのか、彼女が名乗った。
「私はリュシーナ・グレイロード。元サントナール王国の王女です」
◇
「僕が……戦いを止める機会を潰してしまった」
魔族が王国への攻勢を強める中、天城たちはその最前線で戦い続けていた。
「大和! 今は目の前の敵に集中しろ!」
御堂の魔法が砦に近づく魔族たちに放たれる。
「天城君、自分を責めないで。私たちみんなの責任よ」
白石の魔法が、魔族から撃ち返された魔法を防ぐ。
「ちっ、ここはもう、もちそうにないな」
魔族が投げつけた槍を、榊原が盾で防いだ。
魔族の攻勢は強く、王国軍は次々に戦線の後退を余儀なくされていった。
その中で、天城たちの戦いは精彩を欠いたものとなっていた。
「危ない、天城君!」
白石が叫ぶ。
彼女や榊原の守りの間を縫って投げられた槍が、天城の死角から飛来した。天城も目の前の魔族と剣を合わせており、避けられない。
「グハッ」
横から飛び出した騎士が、槍を自分の身を盾にして止めた。彼のマントは、楡の枝にとまる青い鳩のブローチで留められていた。
「お前、真鍋を殺した……!」
榊原が怒鳴った。
「そう、私はフィリア王女の騎士。王女の名誉を汚したお前たちを許しはしない。……だが、姫様を守れなかった私も許されるべきではない」
騎士は槍を腹に受けたまま、そう言った。
「傷の手当てを」
そう言って近づく白石の手を、騎士は振り払った。
「私はお前たちの助けなど借りない」
騎士は懐から手紙を取り出し、グッと天城の方に突き出した。
「姫様からの手紙だ」
天城が手紙を開く。榊原は彼を庇うように盾を掲げた。
異世界の勇者さま、
身勝手に皆さまを呼び出したうえ、お願いすることしかできない厚かましさを、お許しください。
魔族たちはあまりに恐ろしく、しかもこの地を、故郷である魔界のような、魔力に満ちた世界へ変えようとしています。
そうなれば、人間は生きていけません。
どうか、人々をお救いください。
フィリア・ルクレツィア・ヴァルディア
手紙にはそう書かれていた。
「人間と魔族は共存できないのか……。」
天城は呟いた。
「母国サントナールの汚名の下、母君が亡くなり、亡国の王女と蔑まれてなお、姫様は人々を案じ続けていた。魔族の危険性に気づき、最後に残された王族の権限で、王墓に眠る、魔族に抗うための知識を探し続けていた。寝る間も惜しんでな。そうして見つけたのが、召喚術であり、その白い鎧だった」
騎士は傷の痛みを押して話し続けた。
「私が憎いなら命をやろう。だが、王女の最後の願いを聞いてくれ。この地に生きる全ての人々のために」
「この鎧……、僕は……もう迷わない」
天城が決意を告げた。




