第二十二話 大蛇の骨と三上の新装備
「荒野の奥にはな、蠍人が住んでいるんじゃ」
二杯目のエールを奢ると、老人はもったいつけて言った。
「荒野に魔物は、いないんじゃなかったか」
小田切が返す。
「蠍人は魔力がほとんどないらしい。人間並みに魔力が少なければ、荒野でも生きていけるのかもな。千年前に荒野にやってきて、蠍を見て体を作り替え、魔力を使い果たしたなんて話もある。誰が千年前を知ってるんだ、とワシは思うがね」
「ふ~ん、浸透圧みたいですね」
三上が言うと、老人は首をかしげる。
「シントーアツって何じゃ?」
老人には三杯目のエールを奢らされたが、それ以上めぼしい話は出なかった。
数日後、俺たちは発明家の工房に来ていた。
「なあ、三上。大蛇の素材でお前の防具をアップグレードするって、普通は鎧鍛冶師とか革職人なんじゃないか?」
俺が聞くと、何でもないように三上が答える。
「普通の素材じゃないからって、断られたんですよ。それでクロスに紹介してもらいました」
工房の中を見回すと、珍しいものがいろいろあった。中でも目を惹いたのは、四メートル級のバリスタが四丁並び、さらに倍はあろうかという一基が鎮座していた。
「ザハールさん、出来てますか?」
三上が工房の奥に声を掛ける。
しばらくして、白髪の男が出てくる。
老人というほど老けてはいないが、髪と髭が白い、年配の細身の男だった。
「おお、トール坊か。出来てるぞい」
「ほんとですか」
手招きする白髪の男の元に、三上がスキップをするように進む。
白髪の男から受け取った革の上下を、三上はその場で着ていった。
それは地味な革鎧にしか見えなかったが、腕や足の外側に棒を通したような膨らみがあった。
「おい、それ今までの鎧と何か違うのか?」
小田切が訝しげに聞く。
三上は革の手袋をパチンと嵌める。手袋にも指の一本一本に棒が通っているようだった。
三上がニヤリと笑って、挑発するように手を振る。
「お、三上のくせに、やろうってのか?」
それに腹を立てたのか、小田切が三上の前へと歩を進めると、二人はガッツリ両手を組む。
「いくよ、死体操作」
小声で三上がつぶやく。
「な……っ」
驚く小田切。どうやら力を込めているようだが、思ったように三上を押し切れないようだ。
「もういいだろ」
俺が言うと、二人は手を離した。
「へ~、三上が小田切くらいの力が出せるんだ」
藤堂が面白がるが、小田切は渋い顔だ。
「ザハールさん、ありがとう。これで僕も戦力になれます」
三上が嬉々として礼を言う。
「ハッ、大蛇の骨を鎧の外側に通すだけだからな。しかも俺じゃ、試すことも出来ない。今やっている研究に比べれば、暇つぶしみたいなもんだ」
それを聞いてハッとなった俺は、焦って聞く。
「おい、三上。スキルについて話したのか?」
「あ~、ザハールさんなら大丈夫です。この人、僕と同じで興味のあることしか興味のないタイプですから」
三上は何でもないことのように言った。
「まあ、まともな国家なら拘束は間違いないがな。トール坊は、俺が大丈夫だと思ったからいいんだ」
ザハールがそう言ってくれたのを聞いて、俺は安堵する。
「そうだ、これも試しに作ってみたんだが」
ザハールはそう言って、長弓と五本の矢を三上に渡す。
「これは……」
「なあ、オッサン。これって使えるのか?」
三上の声をぶった切って小田切が聞いた。
彼の視線は、バリスタの方に向いていた。
「ああ、そっちの四つは完成してるがね。大きいのは、張力を支える素材に問題があって……」
ザハールがそう言い掛けたとき、外から甲高い笛の音が聞こえてきた。
「おい、襲撃だ」
俺たちは顔を見合わせてから、工房を出た。
笛の音の方に行ってみると、数人の兵士が、街に入ろうとする猪三匹を威嚇していた。
「ドミニクさん、大丈夫そうですね」
俺は顔見知りの兵士を見つけて声を掛けた。余裕そうに見えたので、進む足はのんびりとしたものになった。
「タカハシ、上を見ろ」
だが、兵士の一人ドミニクは焦ったようにそう言う。
上を見ると三羽の鳥が、輪をかくように飛んでいた。小さく見えるが。
「あれ、何です?」
藤堂が聞く。
「ハゲワシだ。翼を広げると三メートルはある」
ドミニクがそう言った時、街外れの岩場の影から子供が飛び出した。
「リナ姉ちゃん、仕事か~」
嬉しそうに駆け寄ろうとする男の子。しかし、上空の鳥の輪が崩れ、一羽ずつ急降下を始めた。
「テオ、危ない!」
藤堂は両手の盾と槍を放り出して、テオへと駆けた。
「うわっ!」
ハゲワシに気付いたテオが悲鳴を上げる。その鋭い爪が彼を引き裂こうとした時、藤堂が覆いかぶさるように抱きとめた。
ビシ。
「痛ッ」
藤堂の革の袖が裂け、肩が露出する。一本の傷ができて血が滲んでいた。
大きな翼をはためかせて、その場で滞空するハゲワシ。
子供を奪おうとしているのか、藤堂の腕や背中を嘴で突き、爪で引っかいた。
革の上着の背中が大きく裂けて、傷付いた肌が露になった。
「どっせー」
駆け寄った小田切がヘビーフレイルを振るうと、ハゲワシはひと羽ばたきで上へと逃れ、そのまま上空へと距離を取った。
二匹目も降りてきたが、小田切の前でUターンした。
テオが出てきた岩陰にはまだ子供がいるようで、三匹目がそちらへ向かった。
俺はそっちへ行って、剣でハゲワシを追い払う。
くそっ、空では剣も槍も届かない。
俺がそう思っていると、上空のハゲワシへと一矢が放たれた。
三上が長弓を構えて上空へと向けていた。普通なら三上では引けない、大きな弓だ。
矢は、ハゲワシを大きく外れて遠くへ落ちる。
二矢目。ハゲワシの近くを通るが、これも反れてしまった。
「うん、だいたい分かった」
三上がつぶやく。
三矢目。輪を描く三羽のハゲワシの一羽の翼に突き刺さり、ハゲワシが落下してくる。
四矢目、五矢目。残り二羽の翼や胴に刺さり、撃ち落とした。
「おいおい、すげーじゃねぇか。お前、弓なんて練習もしてねーだろ?」
小田切が感心した声を上げた。
「このザハールさんの矢は、鏃が大蛇の牙だから、死体操作で軌道を微修正できるんだ」
三上は得意げに言った。
数日して藤堂の傷も癒えた頃、俺たちはいつものマリアンさんの酒場に来ていた。
「藤堂の快気を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
俺たちはエールのジョッキを打ち合わせて、昼からエールをあおる。
「いや、そんな大したケガじゃないし。っていうか、本当は理由なんてどうでもいいじゃないの?」
藤堂が疑わしそうに俺たちを見る。
「いやいや、しばらく安静が必要だったし。治ってくれて嬉しいよ」
小田切が適当に言う。
「いや~よかった、よかった」
俺も調子を合わせた。
「本当に、良かったぜ~。あ~、エールが旨い」
その声に俺たちはハッとなって横を見る。
さっきまで空いていたはずの席に、頭にターバンを巻いた男が、何食わぬ顔でエールを飲んでいた。
◇
その日、魔族軍五万が帝国の奥深くまで侵攻を果たしていた。彼らの巨大な天幕の中では、人間の倍はありそうな、岩のような男が中央に座り、その周囲にも岩人というべき魔族が侍っていた。
「剛岩侯オルトロス様、人間ども最大国家、シュタールライヒ帝国も大したことありませんな。たった一週間で三つの要塞を落とし、既に帝都まであと五日です」
「初期に落とした地では三つの黒の塔が稼働し、魔力濃度も増加。我らにとっても住みやすくなりますな」
部下たちの報告に満足気に頷く中央の男、オルトロス。
しかし、次に飛び込んできた伝令の報告に、驚愕する。
「大変です。前方の峡谷で灼炎軍団長ピュロイス様が討たれました」
「馬鹿な!この近くには大した戦力はなかったはず」
「せいぜい、アイゼンシュタイン上級伯が女を囲っている小領があるだけだろう」
口々に疑いの声を上げる部下達。
実は帝都へ抜ける最短の狭地の確保に、二度も失敗していたのである。
「それが崖に何者かが隠れ、動きを封じ、雷を撃ってくるのです。ピュロイス様は谷全体を炎で包んだのですが……」
伝令の言葉を聞いたオルトロスは立ち上がった。
「俺が出る」
それから数十分後、オルトロスは地面に伏していた。
「馬鹿な」
彼がその場に着いた時、渓谷の真ん中に数人の少女達がいた。
彼は谷の岩壁を砕いて彼女達に岩を振らせた。
だが少女たちの一人が腕をふるうと、岩が弾かれ魔族軍に降りかかったのだ。
オルトロスは自ら、その少女に殴りかかった。
しかし、剛腕は彼女の細腕に掴まれ、体ごと地面へと叩き付けられた。
それが致命傷となった。
少女は扇子を広げてそれを見下ろした。




