第二十一話 白荒野の岩壁都市イスカンダル
白荒野の半地下都市イスカンダル――元サントナール王国の王族がいるとされる街だ。
この街に来て一週間。俺たちは準兵士として、街の警備や雑務を手伝いながら滞在していた。
「トールお兄ちゃん、蠍みつけたよぉ~」
街の外で少女が声を上げる。
「クレアちゃん、離れてて。今、透お兄ちゃんが行くからね」
三上が駆け寄り、ライトフレイルを逆手に持って、柄の先で蠍を潰す。
「おい。あの子、小学生くらいじゃね。放っておいていいのか?」
街壁の穴に、ちょうどいい石を探しながら小田切が俺に聞く。
「まあ、ノータッチならいいだろう。キリないし」
俺も穴に石を押し込んでから、額の汗を拭った。こうして街に、蠍や毒蛇が入り込むのを防いでいる。
「リナ姉ちゃん、俺もうこんなになったぜ」
「ずりーぞ、テオ! リナ姉ちゃん、俺のも見てよ!」
「俺のなんか、こんなにデカいぜ」
「おー、お前たち頑張ったなー。姉ちゃんがナデナデしてやるゾー」
小さな男の子たちは藤堂に褒められるため、拾った石の数や大きさを競っていた。石が残っていると毒虫の隠れ場所になるため、街の周囲からはなるべく撤去している。
この街の人口は三、四百人ほどしかいないので、子供たちもふつうに街のために働いていた。
「ほら~、お前たちもそろそろ日陰で休めよ~」
藤堂が日陰に入って呼ぶと、子供たちもいそいそと彼女の横に並ぶ。
子供の付き添いも、準兵士の仕事だ。
「いや~、今日は何も出なくて良かったぜ」
街の外から戻る途中、小田切が頭の後ろで手を組みながら言う。
「まあな。一昨日の狼は面倒だったからな」
餌の少ない荒野じゃ、街へ入ろうとするのも分かるが、それを追い払うのは楽じゃない。
「その前は、大トカゲだろ。うんざりするぜ」
小田切がぼやくが、俺も全面的に同意だ。
「クロスたち、この前の大蛇の死骸を回収してきたらしいね」
藤堂が、俺から取り上げた水袋を傾けながら言った。
なぜか男の子たちは、彼女の水袋をすぐ空にしてしまうのだ。
「いろいろ使えるのでしょう。常に物資不足ですから」
三上が目を細める。
つられて俺も、街の方へ視線を向けた。
岩山の斜面には、大小さまざまな穴が穿たれている。そこに壁を設けたり、そのまま窓や入口として使ったりして、住居が形作られていた。
岩は白っぽく、ところどころでガラス質がむき出しになっている。光を受けて鈍く反射するその様子は、まるで――
ガラスの宮殿のようにも見えた。
昼過ぎ、街に戻った俺たちは、午後の巡回まで酒場で休憩を取ることになっていた。子供たちもそれぞれの家に帰っていった。
「はいよ、タカーシたち」
酒場の女将マリアンさんは、俺をタカハシではなく、何故かタカーシと呼ぶ。彼女は、俺たちのテーブルに深皿を四つ持ってきてくれた。中は豆や干し肉、野菜の入った煮込みだ。
「いただきます」
俺は礼を言ってから口をつけた。
「塩気が薄いよな~」
小田切が文句を言う。
「ほらほら、文句言わない。出禁にされるわよ」
藤堂が嗜めた。
「ちぇっ。まだ、ひと月もあるのかよ~」
小田切がぼやく。
次の隊商が出るまで、俺たちはヴァルディア王国に帰れない。
それまでは、クロスが紹介してくれた準兵士の仕事を続けるしかないだろう。
「アロイスは卑怯者だーっ」
酔っ払いの男が叫んだ。いつも意味不明なことを言っているが、もう慣れた。
だがその時、見慣れない人物が酒場に入ってきた。
擦り切れた長衣をまとい、胸まで届く白い髭を蓄えた老人だった。
「あの人、誰なんです」
少し気になって、俺はマリアンさんに尋ねる。
「今日はちょっと早いね。水路の管理人のグラコスさんさ」
彼女は老人の方を一度見てから答えた。
「あの人ね、一日中水路を見てるんだよ。岸に座って、ずっとね。でも馬鹿にしちゃいけないよ。大事な仕事だからね」
ちょうどその声が聞こえたのか、老人はこちらへゆっくりと歩いてきた。
「お若いの、儂もここに座ってよいかね。午前分の黙考も、もう十分じゃからな」
口の前に指を立てながら老人が言った。
「おじいさんは、水路の前でどんなことを考えているんです?」
三上が不思議そうに聞く。
「そうじゃな。昔の思い出とか、今日の昼飯とか、世界の秘密とかかな?」
老人は、茶目っ気たっぷりにそう言った。
「え~、世界の秘密って何ですか?」
藤堂が目を丸くして聞いた。
「そうじゃな。一つ目の秘密を教えよう。酒は口の滑りを良くするのじゃ」
そう言って老人は、芝居がかった動きで俺たちの顔を見回した。
俺は表情が渋くなるのも隠さずに、マリアンさんにエールを頼んだ。
老人は運ばれてきたエールに口を付けてから言った。
「道理を知る者は、より多くを知るだろう。水の流れは全てを知らせてくれる。何でも聞くがいい。エール一杯分だけな」
俺は少し考えてから聞いた。ここに来てから魔物を見ていない。
「この辺はどんな魔物がいるんです?」
老人は目をパチクリさせた。
「荒野に魔物はおらんよ。何せ、魔力がほとんど無いからな」
「魔力がないって、どういう意味ですか?」
今度は三上が聞いた。
「言葉のままじゃよ。魔力の多い土地、少ない土地というものがある。土地の魔力が少ないと、魔物から魔力が抜けていくから、長くはいられんのじゃ」
「へぇー。じゃ、魔族もいないのか?」
小田切が聞いた。ジェイドに大怪我をさせられたから、一番気にしているのだろう。
「大抵はな。よほど強い魔族や、大きな魔物じゃなきゃ、長くはいられん。まあ、魔族にも魔物にも友達はいないから、本当か分からんがね。あ、そう言えば……」
「何です?」
「もう一つあるんじゃがの。生憎、舌が乾いてしまってひと言も喋れん。ジョッキも空じゃし、どうしたもんか」
老人は、いけしゃあしゃあと言った。
◇
その日、無法地帯シャドウリッジのある村の酒場で、一人の男が酒を飲んでいた。だらしなく、テーブルに足を乗せ、エールを小さな樽から直接飲んでいる。酒場には他にも男たちがいたが、この男からは距離を取り、一種の空白地帯ができていた。
そこへ新たな男が酒場に入ってきた。シャドウリッジやヴァルディア王国では珍しい、ターバンを頭に巻いた男だ。
「おい、オヤジ。エールをくれ」
ターバンの男は、周囲の様子などお構いなしに、一人で飲んでいた男の前に座り、注文した。店内に緊張が走る。
「ここは俺の席だ。命が惜しけりゃ、他に行きな」
元々いた男が凄む。この男は獣牙盗賊団という、この辺では名の知れた盗賊団の頭だった。
「何だよ。空いてんだから、いいだろ。一緒に飲もうぜ」
ターバンの男は構わず言う。
店の男はエールを持ってきたが、盗賊団の頭の顔色を窺って、テーブルに置かない。
しかし、ターバンの男は店の男からエールをひったくり、飲み始めた。
「どうやら命はいらないようだな」
「できるものならな」
盗賊団の頭の言葉を、ターバンの男は軽く受け流して、カラカラと笑う。
いよいよ盗賊団の頭――オリオンが剣に手を掛けようとした時、別の男の声が上がった。
「お二人とも、大した猛者らしいですが、猛者にふさわしい話をしませんか? 例えば、イスカンダルの秘宝とか?」
その男が席についていることに、オリオンもターバンの男も気づかなかったが、二人とも何故かどうでもよく思えていた。
オリオンが剣から手を放し、新しい男に聞く。その男は旅人風の装束で、帽子には甲虫の飾りがついていて、七色に光っていた。
「そのイスカンダルっていうのはどこにある?」
「ミドラス高原の先、白い死の世界、白荒野さ。それともう一つ、白荒野の奥地には……」
ひとしきり旅人から情報を聞いたオリオンは、周囲を男たちを連れて白荒野を目指した。ターバンの男も、その話を楽しそうに聞いていたが、話が終わるとオリオンと共に酒場を出た。
誰もいなくなった酒場。旅人もいつの間にか消えていた。




