第二十五話 空から来る災厄
俺の問いに、王女は少し考えてから答えた。
「魔族は魔力の多い土地を求めています。それでサントナール王国が最初に狙われました」
「サントナール王国は、魔力が多かったんですか?」
俺は続けて聞いた。
王女が語ってくれた内容は、初めて聞く話だった。
魔族は、もっと魔力の濃い土地から来たらしい。
本来、この世界のような魔力の薄い土地では長く生きられないのだという。
だから彼らは、占領した土地を故郷のような環境へ変えようとしている。
ただし、人間は逆に高濃度の魔力に耐えられない。
それを聞いた俺は、ふと別の話を思い出した。
サントナールの子供が、他の土地で罹りやすいディミナ病。
あれも、魔力濃度の差が原因なのではないか。
「私たちはここで、魔力濃度が生き物に与える影響を研究しています。
それが魔族への対応の鍵になると考えているからです」
王女の元を出た俺たちは、いつものようにマリアンさんの酒場でダベっていた。
「は~、魔力濃度が高いと人が死ぬね~」
小田切がため息をつく。
「つまり、人間と魔族の戦いは生存圏を賭けた陣取りゲームってことですね」
三上が、メガネをクイッと上げるような動作をする。メガネ無いのに。
「じゃあ、魔族に取られたって言うヴァルディア王国の辺境も、もう人が住めないのかな?」
藤堂がつぶやく。
「でも、土地の魔力濃度を上げるなんて、どうやってんだ?」
「ああ、なんか魔族は黒い塔を建ててるらしいぜ」
独り言のつもりだったが、いつの間にか隣に座っていたスーさんが答える。
「それって、本当なんですか?」
三上が声を上げた。
「さあな、俺が見たわけじゃない。旅の途中、どっかで聞いたんだよ」
「へぇ~、いろいろ行ってるんだな」
俺は相槌を打つ。
「それで、王女さんと会ったんなら、秘宝については何か聞けたかい?」
「いや、この間の盗賊たちも秘宝を寄こせって言ってたけど、何のことだか分からないって。そもそも、誰が秘宝なんて言い出したんだか」
スーさんはそれを聞いて、考え始めた。
「そう言えば、俺も秘宝って誰に聞いたんだったか」
だが、すぐに顔を上げて笑った。
「まあ、当たって砕けろだよな」
そう言うと、すくっと立ち上がった。
「タカハシ。俺の探してる物は、ここにはねぇみたいだ。今日、この街を出ることにするぜ」
酒場の外へと歩きながら、そう言う。
「スーさん、急だな。何か引き留めたい気もするが、気をつけて行けよ」
スーさんは、俺の言葉に振り返らずに手を振って、店を出ていった。
それから数日、俺たちは街の警備をしながら、代わり映えのない日々を送っていた。
「結局、この国でやっている研究って何だろうな。もっと具体的に」
いつものマリアンさんの店で、雑談をしている俺たち。
「あれから王女さまに会う機会もないですからね」
三上が俺の問いにそう返す。
「そう言えばクロスって、本当はクロヴィスって言って、伯爵家のご令息なんでしょ。やっぱり貴公子だったのよ、どうしよう?」
藤堂がウキウキしながら言う。
「どうも、ねぇだろうがよ」
それを見て、小田切が渋い顔をして言う。
そんな時、外から警笛の音が聞こえた。
俺たちは顔を見合わせて、頷く。
外に出てすぐに、何が起こったか理解した。
ゴォォォ……
通りでは人々が、空を見上げたまま立ち尽くしていた。
イスカンダルの上空に巨大な鳥がいたのだ。
まるで、旅客機くらいある。あれは、子供のころ童話で見たロック鳥か?
そして、その足には大きな岩が抱えられていた。
さらに街中に声が響く。
「イスカンダルの街の住人、及びサントナールの王族に告ぐ。秘宝を差し出せ。差し出すまで、順次街を破壊する」
この声は、どこかで聞いた気するが。
そんなことを考えていると、轟音が鳴った。
鳥が掴んでいた岩が落下し、土煙が上がった。
そして、街中に広がったその煙が晴れたとき、いつも通って外に出ていた街の門が潰されていた。
巨大な翼の羽ばたきによって、暴風が吹き荒れる。
そしてロック鳥は離れていった。次の岩を取りにいったのか?
「おいおい、あれどうすんだよ。そもそも空にいたんじゃ、攻撃が届かねぇぞ」
小田切がうめく。
「そうだ、この街にも魔法使いくらい。魔法なら届くんじゃないですか」
三上が言う。
「いや、この街には、あの鳥をまともに攻撃できる魔法使いは、いないじゃろ」
「グラコスさん」
俺は声の主に振り返った。
「この街に魔法使いは、いないんですか?」
「魔法使いはいても、十メートル以上届かせて、あんな大きな怪物を傷つけられる奴はいないじゃろ」
「嘘だろ。じゃあ、どうしようもないのかよ?」
グラコスさんの答えに、小田切がわめく。
「若い奴が、簡単に諦めるな。兵士たちがザハールの工房に走ってったぞ。何か手伝ってきたらどうじゃ」
俺は、ハッとした。
「高橋、ザハールさんの工房には、バリスタがある」
三上も気付いたようだ。
俺たちは、ザハールさんの工房へと急いだ。
「ドミニクさん」
俺は、ザハールさんの工房からバリスタを運び出そうとする兵士の中に、ドミニクさんを見つけた。
「おお、タカハシたち」
「俺たちも手伝います。小田切」
「おうさ! どっちに運べばいいんだ」
小田切の足元からレールが伸びる。
物を運ぶのがトロッコの本来の使い方だ。
俺と小田切は、ドミニクさん達を手伝ってバリスタを運ぶことにした。
一方、三上は工房に残ったバリスタに目を向けた。
未完成だという、八メートル級だ。
「ザハールさん、まだ大蛇の素材は残っていますか?」
「トール坊やか。残っちゃいるが……」
「完成させましょう!僕のスキルがあれば、強度を補完できます」
そのとき、再び轟音が鳴った。
二つ目の岩が、街の広場に落とされたのだ。
◇
帝都ドライゼン。その最奥に位置する謁見の間には、帝国の重臣、将軍、諸侯が一堂に会していた。
赤い絨毯の中央を、九条麗華は一人で進む。
左右には甲冑姿の近衛騎士。さらに奥、高く設けられた玉座には、帝国皇帝ゼルヴァーン三世が腰掛けていた。
天井近くまで伸びる巨大な白柱。磨き上げられた黒曜石の床。重苦しい沈黙。
その全てが、少女一人へ向けられていた。
「面を上げよ」
皇帝の低く、よく通る声。
そして、軍務卿により戦果が読み上げられた。
「ヴァイスタール子爵レイカ・クジョーは、帝国暦四一二年五月、帝都南方に侵攻した魔族軍五万の進軍を阻止」
ざわめきが広がる。
居並ぶ軍人、そして貴族達もまた、驚愕と敬意、強い興味を九条へ向けていた。
しかし、その中には苛立ちや妬み、嫌悪を隠さない者もいる。
「あのような小娘に何が」
「虚言に決まっている。帝国を謀るとは、命知らずな」
「そもそも、ヴァイスタールなど何もない田舎ではないか」
皇帝は周囲の声を気にした様子もなく口を開く。
「その功、誠に大である。よってブランフェルトを与え、伯爵に昇爵する」
その瞬間、貴族席がどよめいた。
「馬鹿な、帝都間近のあれだけの土地を」
「しかし、あそこは今回の侵攻で領主一族が絶えたと」
さらに怒声混じりの反対が投じられ、その中から一人の巨漢が進み出た。
人間離れした体格。灰色の髭。熊のような肩幅。
西方バルクシュタイン辺境伯ガルディノ・ベンヴァルガーだった。
「陛下、失礼を承知で申し上げる。このような小娘がそのような偉業を果たせるとは思えませんな」
そこで、アイゼンシュタイン上級伯が声を上げる。
「クジョーは勇者アマギと同じ、異世界より来たギフトテッドです。魔族軍五万を退けた功に、偽りはありません」
「ほほう。それほどの者ならば、例えばここに暴漢が現れたとしても、容易に撃退できるでしょうな」
そう言って、ガルディノは九条に手を伸ばす。
「女狐が、その正体を晒してくれる」
その手が、九条の胸元に触れようとした時だった。
左手で扇子を持ったまま、九条は右手でガルディノの手首を掴む。
「暴漢でしたら、ここで処断しても構いませんね」
その言葉と共に、ゴキリと音が鳴り、彼の右腕が折れた。
「ぐわっ、小娘がぁ。陛下、この場で決闘の許可を!」
「許す」
激昂するガルディノの言葉に、皇帝は端的に返した。
彼は器用に左手で剣を抜き、九条に振り下ろす。
しかし、その場の者たちが気付いた時には、剣はガルディノ自身へと突き刺さっていた。
「見事である。クジョーにはブランフェルトに加えて、バルクシュタインを与え、辺境伯とする」
静まり返る謁見の間。
先程まで九条を侮っていた貴族達は、誰一人として口を開けなかった。




