第二話 召喚の代償
「グホッ。痛い、痛い、痛い」
高橋は、圧し潰されそうな全身の痛みに耐えて目を開き、周囲を見回す。そこは極彩色に輝きを変えていく巨大なトンネルの中だった。
彼はその中に浮かび、一方へと強く引っ張られていっていた。そこには名状しがたい何かが無数に浮かび、彼と同じように流されていく。
そしてその間には、チラチラとクラスメイト達が見える。
「異世界召喚って、一瞬で移動するんじゃないのかよ。っていうか、痛すぎる。死ぬって」
苦痛に喘ぎながら流される高橋の視界に、渦に飲まれる周囲とは対照的に、ただ一人静かに浮かぶ人影が映る。
それはギリシャのトーガのような布をまとい、髪を足元まで伸ばした美しい女性。白肌に閉じられた瞳、赤い唇。だが、身にまとう布と、長い髪が虹色に輝き、刻々と色を変えていた。
「あれって、転生の女神様?」
高橋がそう思った時には、彼女の前を流れ去ってしまっていた。閉じた瞳が自分を見ているような気がしたのは、気のせいだろうか。
「おっ、おた、お助け~っ」
叫ぼうとしたが声が出ない。流されていく彼は、突然どぷんと落下する感覚を覚える。同時に身を圧し潰すような圧力も消えた。
◇
「イチチチッ」
俺は目を開けて周囲を見回す。どうやら石畳の上に倒れているようだ。
日の差し込まない暗い部屋だが、幾つもの燭台に照らされ様子が見える。石壁で覆われたそこは、どうやら教室より少し広いらしい。
周りにはクラスメイト達が倒れ、あるいはうめき声を上げながら起き上がろうとしていた。
だが、その部屋にいるのはクラスメイト達だけではなかった。
部屋の一方には、数人の人影が見え、こちらの様子を窺っているように見える。
俺が体を起こしたところで、そのうちの一人が前に出て、話し始めた。
「ようこそいらっしゃいました異世界の勇者様たち。私はヴァルディア王国の王女フィリア。みなさんをお呼びした者です」
ほう、俺たちを召喚したのはあの王女様か。金髪の美少女だが、果たしていい王族か、悪い王族か。
俺がそんなことを考えている間にも、王女の話は続いた。
彼女の話では、五年前に魔族が現れ、人類は戦争状態にあるらしい。既に幾つもの国が滅び、この国も危ないという。
だが、ここで鋭い叫び声が上がる。真鍋だ。
「翔子! 大丈夫なの!? ねぇ、翔子! 嫌ーっ!」
「し、死んでる」
誰かの震えた声が聞こえた。
えっ、神尾さんが死んだ? そりゃ、あのトンネルの中はキツかったけど、召喚で死ぬなんてあんのかよ。
横を見ると、山田も呻くばかりで起き上がって来ない。
呼び掛けて身体を揺すっても意識が戻らない。かなりヤバイ状態だ。
「そんな、亡くなるなんて」
王女も予想外だったのか、口元に手を当てて悲痛な顔をしているように見える。
山田はまだ死んでない。医者を。
そう思った時、真鍋さんがゆらりと立ち上がり、王女へとツカツカと歩み寄る。
「ふざけんじゃないわよ、この人殺し! 誘拐犯! 翔子を返してよ!」
バシンと音が響く。真鍋さんが王女の頬を叩いたのだ。
おい、大丈夫か? 無礼討ちなんてないよな。だが、その祈りも空しかった。
「姫様に何たる無礼!許さん!」
「止めて」
王女様の横の若い騎士が剣を抜く。青い鳩のブローチでマントを留めた騎士だ。
頬を抑えた王女が、彼を制止しようとするが間に合わない。
「ああっ」
斬られた? 真鍋さんが袈裟懸けに斬られて倒れる。女子達が悲鳴を上げる。嘘だろ!?
だが、事態はさらに進む。立ち上がっていた黒瀬君の手に黒い剣が握られている。その顔は無表情だ。
「つまり、お前らは敵か」
とん、と飛びあがり、真上に振り上げた剣を、真鍋さんを殺した騎士へと振り下ろす。
「止めてー!」
騎士を庇おうと王女が二人の間に飛び込む。
その瞬間、黒瀬君の剣が振り下ろされた。
鮮血が散る。
王女が黒瀬君へ手を伸ばす。
だが、その指先は届かないまま、ゆっくりと倒れていった。
「ごめんなさい。でも、お願いします。この国を助けて」
部屋の中が、一瞬しんと静まり返った。
最後の言葉は、黒瀬君を責めるものじゃなく、むしろ彼への願いだった。
いや、これマジか。頭が追いつかない。
「姫様ーっ! 貴様、許さん」
「ふん、命拾いしたようだな。だが、次は外さん」
「げばっ!」
黒瀬君が切り返し、振り上げた剣で騎士を切り裂く。騎士は吹き飛ばされた。
他の兵士達が怒声を上げ、黒瀬君を取り囲んで切りかかろうとするが、横薙ぎの一振りで全て吹き飛んだ。
黒瀬君は追いかけて止めを刺そうとするが、それを止める者がいた。天城君だ。
「ダメだ、黒瀬君。無暗に暴れちゃいけない」
天城君は光り輝く剣で、黒瀬君の黒い剣を受け止めていた。
「あ~? コイツ等は誘拐犯で、神尾と真鍋を殺したんだぞ」
「気持ちは分かるよ。でも、ここはたぶん日本じゃない。
状況が分からないうちに敵ばかり作ったら、他の皆の命もどうなるか分からない」
「最初から俺たちを殺そうとする敵だろうがよ」
部屋の中央で剣を押し合う天城君と黒瀬君。
その周りでは兵士達が倒れ、クラスメイト達もパニックで逆に動けないでいる。
そんな時、部屋の扉が開き、数十人の兵達が雪崩れ込んで来て、俺たちを囲んだ。
やがて彼らが左右に割れ、煌びやかな服をまとい、頭に小さな冠を載せた男が前に進み出る。頬がこけた、目つきの鋭い男だ。
「ほう、君たちがフィリアの呼んだ異世界の勇者か。おや?」
続いて、同じく華やかなドレスを身にまとい、小さな冠を載せた女が現れる。見下ろすような視線に、口元には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「あら、あの王族の面汚しが、犬のように死んでいるじゃないの。ざまぁ、無いわ」
その顔には悲しみが無いどころか、愉悦すらにじんでいた。
「いけないよ、エイリーズ。アレでも私達の妹なのだから」
冠の男は一度、フィリア王女へと視線を向け、続いて天城君たちへと目を向ける。
二人は強い光を放つ剣と、黒い炎を吹き上げる剣で打ち合っていた。
「それで、妹を殺したのは君たちかね?」
そう言う男には、怒りの様子は見えない。
「ソイツが、俺たちを誘拐して、女を二人殺したんだろうがよ」
「なるほど、君たちから見るとそうなるのか」
男は顎に手を当て、二人の剣を見つめた。
「眉唾だと思っていたが、本当に不思議な力を持っているようだな。なら、妹を殺した者以外は、わが国で働いてもらうか」
そこで、一人の老人が入ってきた。彼も上等な服を着ていて、老人にしてはガタイも良く、眼光も鋭い。
「お待ち下さい。エドガー王子殿下。
彼らは奴隷のように、無理やりこの国に連れて来られたのです。これは王女殿下の過失でもあります。
何より、魔族と戦争中の今、戦力は少しでも欲しい。
その黒い剣の少年は私が預かり、魔族と戦ってもらえるよう説得します」
頬がこけた男はエドガー王子らしい。彼は、目を細めて老人を見る。
「ふむ。グランヴェル公爵が責任を持つというなら、そうしようか」
「ありがとうございます、王子殿下。
さあ、黒い剣の少年。儂は敵ではないよ。悪いようにはしないから、ついて来て欲しい。
君が私の頼みを聞くか、聞かないかに関わらず、この国で食べる物と住むところを用意しようじゃないか」
そう言って、老人は笑った。
結局、黒瀬君を始め不良グループは公爵と呼ばれた老人に付いていき、残りは部屋を出て王子の世話になることになった。どうやら、ここは王城の地下の魔法実験室だったらしい。
皆、あまりの出来事の連続に、頭がパンクしているようだけど、誰か山田に医者を呼んでくれ。




