第十九話 待ち伏せていた男
男の場違いさに、その場の空気が凍った。
擦り切れて汚れた外套。腰には幅広の曲刀。ぼさぼさの頭。シャドウリッジの街でよく見た無法者そのものだ。
やがてタルクが前に出る。
「何だテメェ。こんなところで何してやがる!」
だが男は、俺だけを見て吐き捨てた。
「クソがぁ。テメェ、調子に乗りやがって!」
何で俺だ。周囲の視線まで集まるが、俺にだって見覚えはない。
「待って、あの馬!」
藤堂が叫んだ。
男の鞍の後ろから、細い足がぶら下がっている。子供だ。ぐったりして動かない。
「囲め!」
護衛隊長のラウドさんが命じる。だが大蛇との戦い直後で、誰もすぐには動けない。
「おまえら、みんな死んじまえ!」
男はそう叫ぶなり馬首を返し、闇へ逃げた。
「あの子、普通じゃない! 助けないと」
藤堂が叫ぶ。
「無理だ。夜の騎乗は危険だし、こっちは被害の立て直しもある」
ラウドさんが首を振った。
もっともな判断だ。だが、逃がしてはいけない気がした。あの男の俺を見る目に籠る恨みは、尋常ではなかった。
「ラウドさん。俺たちに行かせてください。無理はしません」
俺も頼み込む。
「タカハシたちに任せてみよう。殺された村人や、大蛇と無関係とは思えない」
クロスも進み出て、口添えしてくれた。
ラウドさんは渋々うなずいた。
「分かった。だが、走る速さは馬に任せろ。馬に怪我させんなよ」
馬の準備をしていると、三上が大蛇の死骸のそばへ走っていった。
トビーさんと言い争ったあと、何かを懐に入れて戻ってくる。
「三上、どうしたんだよ」
小田切が聞く。
「いや、ただの思いつき。それより早く行こう。追えなくなるよ」
三上が指さす先では、あの男の松明がもう点のように遠ざかっていた。
隊商から借りられた馬は二頭だった。
重量的にデブの小田切とガリの三上で一頭、もう一頭に俺と藤堂が乗った。
厚手の革越しでは、俺の背中に当たるものに柔らかさを感じない。残念に思ったのは秘密だ。
俺たちは男の灯を頼りに、夜の草原を駆ける。
幸い月と星明かりのおかげで、地面が見えないほど暗くはない。
だが、見失えば終わりだ。
ひたすら一点を追い続け、やがて一時間ほど走ったころ――
男の向かった先に、小さく盛り上がる岩山が見えた。
松明はその前で止まっている。
近づくにつれ、奇妙な光景が浮かび上がった。
岩をくり抜いた建物。その前には、人の頭だけの巨大な石像がいくつも並んでいる。兜をかぶった戦士のような顔だ。頭だけで人の背丈ほどもある。
その奥から、男の怒声が飛んだ。
「畜生っ! こんなところまで追ってきやがって!」
男は馬を降り、曲刀を抜く。
俺たちも馬を降り、それぞれ武器を構えた。
「その子を放しなさい。今なら見逃してあげるわ」
藤堂が指さす。
「このグラッジさまのモンは、誰にもやらねぇよ!」
何か、言っていることが変だ。
「おい。大蛇に隊商を襲わせたのは、お前か」
俺が問うと、グラッジの目がぎらりと光った。
「お前のせいだ! あんな宝をうまく盗みやがって!」
「俺が、宝を盗んだ?」
「あの黒くて綺麗な、板みてぇな魔法の宝。お前ごときが、手にしていいものじゃねぇ!」
……スマホか。いつ見られた?
だが今はそれどころじゃない。
俺は鞄の奥から取り出し、グラッジに見せた。
「これのことか?」
グラッジの目が見開かれる。
「それだ! 俺の宝だ! よこせ!」
話はめちゃくちゃだが、要はこれが欲しいのか。
電源を入れた。こっちに来てから落としていたので、まだつくようだ。
俺は少し考えてからタイマーを設定し、男に言った。
「子供となら、交換してやる」
グラッジは憤怒の形相で睨みつけてきた。
「そこに置け!」
男が石像の一つを指した。
俺は従うふりをして、そこへスマホを置く。
男は子供を乗せた馬を引き、警戒ながら近づいてきた。
「離れろ! 近寄るんじゃねぇ!」
曲刀を振り回し、俺たちを下がらせる。
俺は背中の後ろで、囲むよう合図を送る。
グラッジがゆっくりスマホを拾い上げる。
「約束だ。子供を返せ」
俺が言うと、グラッジは醜く笑った。
「全部、俺のモンだ!」
そのまま馬へ飛び乗ろうとした瞬間――
スマホが震え、画面が光り、軽快な音楽が鳴り響いた。
「うわっ!」
男は悲鳴を上げて取り落とし、慌てて拾おうとして馬から転げ落ちる。
「これは俺のモンだ!」
額から血を流しながら立ち上がると、グラッジはスマホを飲み込んだ。
俺たちの怯んだ隙をついて、馬へよじ登る。
だが進路の前には、藤堂が立っていた。
「ここは通さないよ」
「どけ、この盗人が!」
男が喚いた瞬間、俺は槍の石突で胴を突き、小田切が横から子供の足を掴んで引き抜いた。
「何しやがる! それも俺のだ!」
再び地面に落ちたグラッジは、曲刀を手にふらりと立ち上がる。
「キィイイェエエエッ!」
怪鳥のような叫びをあげ、刃を振るう。
ガキン!
小田切と子供を守るように、藤堂が鉄盾を差し入れる。
男は力任せに盾を蹴りつけ、藤堂が地面を転がった。
再び小田切を斬りつけようとしたとき、カチャリという金属音とともにグラッジの足が止まった。
三上が、ライトフレイルの鎖を巻き付けていた。
そいつは無理やり振りほどき、転がる三上を刺そうとする。
今度は俺が剣で受け止めた。
クソ、重い。
そこに、小田切のヘビーフレイルが横薙ぎに振られる。
そいつは上半身だけを反らしてかわす。
「俺のモンを返せ!」
さらに俺の剣を俺ごと押し返すと、藤堂が後ろにかばう子供へと目を向けた。
だが、それでも多勢無勢。
俺たちはグラッジの傷を少しずつ増やしていく。
そしてついにグラッジは、しゃがみ込み、荒い息をついていた。
「諦めろ。もう、お前にできることはない」
正直、俺たちも限界に近い。気力を折るため、そう言った。
グラッジはうつむいたまま、肩を震わせていた。
やがて、ぎぎっと首を上げる。
「この盗人が……ぜってぇ許さねぇ……お前だけは……!」
月明かりに照らされた顔を見て、息を呑んだ。
◇
シャドウリッジからヴァルディア王国に戻ったメディアは、カンザの街に来ていた。隊商にいた時よりも、やや上等な長衣をまとい、魔術師然とした姿である。
彼女は街一番の宿に投宿すると、宿の主人に言った。
「主家の伯爵が、この街には良い品が集まると聞きまして。信用ある商会をご紹介願えるかしら」
宿を出た彼女は、神殿で街の噂話について聞いた。すると、ある商会の荷馬車が、ときおり夜の門を開けて街へ入っているらしかった。そのとき、白い鎧の少年と、その仲間を見たが気に留めなかった。
その後、商店街で街の景気を聞いて回った。倉庫は一杯なのに、街の食料は高騰しているという。それも先の商会が買い占めているとか。
それから、宿の主人に教えられた、例の商会を訪れ、そこの店員に聞くのだった。
「この街で、珍しい商品が手に入ると聞いたわ。魔物とか、魔族だとか。それはここで買えるのかしら?」
だが、店員は首を振る。
「その噂は存じておりますが、全くの出鱈目です。きっと領主パルネ子爵さまを良く思わない者が流したのでしょう」
「でも、この商会は何十人分もの食料を集めていると聞いたわ。食べる者がいるのではなくて」
「いいえ、子爵様に嫌がらせをする者がいるのですよ。それで備蓄を増やすから、集めよと仰せで」
あまり期待した情報を得られなかった彼女は、危険な裏通りまで足を向けるか悩んだ。
だが、不穏な空気をまとわせた黒い鎧の男が、裏通りに入っていくのを見て、危険を感じ諦めた。
宿に戻った彼女は、今後の予定を考える。
どうすれば魔族奴隷に行き着くか。本当なら……助けなければ。
しかし、その彼女に宿の人間が来客を告げる。
客は、青い衣の商人で、彼女の知りたいことを教えるという。
その商人に感じるもののあった彼女は、同意して宿の前の馬車に乗った。
立派な馬車だったが、貴族家の家紋も商会の印もなかった。
メディアは馬車の中に入り、席へと座ると、正面の男に尋ねた。
「あなたは水魔将軍ネレイオン様の配下ですね。ここで起きていることを教えて下さい」
すると、男は言った。
「火魔将軍ヘリオン様の娘が何故、こんなところに? ここは我らの領分ですから、すぐにお帰り下さい」




