第十七話 ミドラス高原の怪異
シャドウリッジの丘陵を抜け、ミドラス高原に入ると旅は単調なものになった。
「すごい……何もないね」
隣を歩く藤堂が言った。
俺も同じことを思っていた。木だってほとんど生えていないし、平らな草原が地平線まで続いて見える。
「なんもいねえな。風の音しかしねえ」
小田切も首を見回して言う。
「いや、あっち見てください。馬か鹿がいます。それに空のあれ、鳥じゃないですか」
三上の言葉に目を凝らすと、確かに何かいる。しかし、かなり遠くにいて、近寄ってこないから、何なのかはよく見えない。
同じ景色が続き、本当に進んでいるのか不安になる。
そんな旅の中でも、隊商はちゃんとどこを進んでいるのか分かっていて、一日のどこかでは山岳民族の村に立ち寄り、平地の物品と交換に水を補給する。
一度、馬で隊商を追い抜いて行く者がいたが、離れた場所を通っていったので、すぐにみんな興味を失った。
だが、三日目に立ち寄った村では、隊商はいつもより離れたところに止まった。隊商主のセルヴィンさんや護衛隊長のラウドさん、それにクロス達だけで村へと入る。俺たちは村の外で、二時間くらい待たされていた。
「マジかよ!」
戻ってきたセルヴィンさんの説明に、小田切が驚愕の声を上げた。
昨夜、知らない間に家畜が殺されていたらしい。それで村はピリピリしていたようだ。
「うぇ~っ。私、ホラーって苦手なんだよぉ」
藤堂が嫌そうな顔をする。
家畜は村から数百メートル離れたところに積まれていたという。現場をラウドさんたちも見にいったが、地面に杭を打ったような穴と、馬の足跡があったそうだ。
いつ連れ去られたのか、村人達も見当がつかないらしい。犯人の手際が、よほど良かったのか。その日の夕食は、その話題で盛り上がったが、誰も結論を出す事はできなかった。
そして四日目、周りに村も何も見えないところで、隊商が止まった。何でも地面に穴が空いていたらしい。俺たちも見にいったが、先頭の馬車の先に、幅一メートル弱、横に三メートルほどに裂けた穴が空いていた。中を覗いてみると、穴は両側の地面の中にまだ続いているようだった。
「何これ、でっかいモグラ?」
藤堂が感想を言う。
「この辺に、こんな穴を掘る生き物はいないって話ですよ」
三上がベテラン勢から聞いてきた情報を披露する。
全員が一度は穴を見にいったようだが、誰も原因の見当がつかなかった。結局隊商は、地面を確かめながら、穴を大きく迂回して進むことにした。
遠くまで見通せる平原で、警戒心が薄れていた俺たち。話題は昨日の家畜から、穴をあけたのは何かに移っていた。
だが、高原で起きた出来事を、他人事のように話していられるのも、そこまでだった。午後に入って、今日の水の補給場所を見つける。これまで立ち寄った村でも、最も小さいその村は、二件の家と家畜小屋があるだけだった。おそらく半地下になっている家の屋根は低く、土色で周囲に溶け込んでいた。
前日のこともあり、隊商は最初からやや離れたとことで止まる。そして前日同様、セルヴィンさんたちが家へと入っていったが、すぐに慌てて出てきた。隊列の中央で何事か話し合い、そして後方責任者の若手商人リオスが呼ばれる。
しばらくすると、リオスが青い顔をしながら帰ってきて説明する。
「嘘だろ! 今度は人間かよ」
小田切が呻く。
「ああ、男が一人、女が三人、子供が一人。生き残りはいないらしい」
リオスによると、家畜の事件のように、今度は人間が家の裏に積まれていたという。やはり、杭のような穴と馬の足跡もある。なお、家畜はいなかったそうで、外に出ている村の人間がいるかもしれない、とのことだった。何があるか分からないので、ここでの水の補給は中止して、隊商はすぐに離れるという。
そこからの移動は、午前中までの雰囲気とは裏腹に、誰もが周囲を気にしながら進んでいた。遠くに見える狼の影にさえ、いちいち殺気立つ有り様だったが、結局、野営まで何も近寄っては来なかった。
その日の野営は、いつもより見張りが増やされた。夕食の席でも、声を抑えた議論が、あちこちで起きていた。
「なあ、今日殺されてた村人と、前の村の家畜をやった犯人って、同じだと思うか?」
小田切が声を細める。
「止めてよね、本当。ファンタジーの世界で、ホラーなんてしないで欲しいものよ。怖いから今日は、エルナと寝よっ」
藤堂が自分の肩を抱く。
「犯人が同じとして、目的は何でしょうね。家畜泥棒なら家畜は捨てないでしょうし、村人に恨みが?」
三上は犯行の目的を考えて首を捻る。
俺も考えたが何も思いつかない。何かの生贄……いや、さすがに飛躍し過ぎか。
興奮したせいか、床についてもなかなか眠れなかった俺だが、やっと意識が落ちようとした時、強く嫌な予感がした。
むくりと起き上がる。
周囲に変化はない。それでも、嫌な予感だけが強まっていく。
俺は近くの小田切と三上を揺り動かした。
「おい、起きてくれ」
「何だよ、寝たばかりなのに」
小田切が、目をしばたかせて文句を言う。
「何か、来る気がするんだ」
俺はそう言いながら、近くにあった自分の鎧を着始めた。
「それって、虫の知らせですか?」
三上はビクリと起き出して聞く。
「ああ、たぶんそうだ」
「……くそっ!」
俺が肯定すると、少し迷った様子の小田切が最後にそう言った。
俺は自分の鎧を着終わると、小田切が着るのを手伝った。三上も自分で着ている。
そうして俺たちが武装を整えたところで、地面が僅かに揺れた。
「おい、今の」
「ああ、揺れたな」
小田切と俺は顔を見合わせる。
あちこちで人が起き出す気配が広がる。
ガサッ。
「うわっ!」
驚く三上。すぐ近くの地面に穴が空いた。
「どうした!」
「何があった!」
だんだんと周囲もざわめきだした。
そして、中央の馬車の方で、ザザッとひと際大きく土が崩れる音がした。
◇
イグレス砦を取り戻した天城は、ヴァルディア王国の王宮、王子の執務室に呼び出されていた。
「エドガー王子。お話とは何でしょう」
王子は執務室のテーブルの奥に座り、天城はそのまえに立っている。
「非常に由々しき事態だ」
王子はテーブルの上のカップを取って、お茶を飲む。
「我が王国の貴族に、魔族と内通している者がいるらしい。先日の王都襲撃も、その者が手引きした可能性がある」
天城は少し考えてから言った。
「魔族と内通……魔族と話し合えるんですか?」
王子はきっぱりと言う。
「もちろん、否だ。魔族とは蛮族で、王国を荒らす害獣でしかない」
「でも、話ができるなら……」
王子が天城の言葉を遮る。
「話ができる狼と友達なれそうかね? ライオンはどうだ? 人間を食べるのだが」
王子はため息をついた。
「話をするのは獣を鎖に繋いでからだよ、勇者君」
天城は奥歯を噛んでから、口を開いた。
「僕は何をしたらいいんですか」
「裏切り者はカンザの街のパルネ子爵だ。魔族を奴隷として買い集めていたが、それも魔族の差し金だ」
そう言って王子は、一つの命令書を差し出した。
「ガストン師団長とともに二千の兵をつける。必ず子爵の首を取れ。魔族が潜んでいる可能性が高いから気をつけろよ」
天城は難しい顔をしながらだが、頷いた。
「そうだ。君におもちゃをやろう」
王子が面白くもなさそうに言う。
「おもちゃですか?」
天城は首を捻る。王子は呼び鈴を鳴らした。
執務室の扉が開き、四人の兵士が入ってくる。
彼らは真っ白な一領の鎧を持っていた。
「ホワイト・メイル。フィリアが古の王墓から探してきた骨董品だ。それを魔族との戦いで使うつもりだったらしい」
天城はその鎧を見て息を呑む。
「フィリア王女がですか」
王子はぞんざいに言う。
「ああ、何かの足しにはなるかもしれん。持っていけ」
天城は兵士たちから鎧を受け取る。
磨き上げられたその表面は白く光を反射する。現代日本の知識のある天城にも、それが何の金属で出来ているかは分からなかった。
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