第十六話 藤堂奪還作戦
「いやーっ。速いですよ、メディアさん」
そう言って現れたのは、タルクだった。
「私は重い鎧や武器を持っていませんから」
彼の軽口に素で返すメディアさん。
「っていうか、トードーが捕まってる?」
「ええ、もう少し早く来れてれば、よかったのですが」
そうか、本隊も俺たちがいないことに気づいて、この二人が探しに来てくれたのか。
これで怪我人の小田切を除いてもこちらは五人、あちらは六人。魔術師のメディアさんがいる分、こっちが有利とも言えるが。人質になった藤堂をどうにかしないと。
山賊との距離は七から八メートルくらいか。
藤堂は上半身を縄で縛られ、山賊たちの輪の中であちこちから乱暴に掴まれている。
自力での脱出は不可能だろう。
「おいおい、人数が増えてるぜ」
山賊たちが顔を見合わせる。
「そうだ、早く藤堂を離して降伏しろ!」
小田切が声を荒げる。
「うるせぇ。そっちこそ、降伏しろ! コイツがどうなってもいいのか!」
「痛いっ!」
山賊が掴む力を強めたのか、藤堂が悲鳴を上げる。
「う~ん。さすがにトードーのために、降伏はしないかな~」
タルクがきっぱりと言う。何も言わないが、メディアさんも同じ考えなのだろう。
確かに護衛一人に、五人が降伏とか数が合わない。
小田切は慌てているが、俺たちが上手くやらなきゃ、藤堂は見捨てられるだろう。
なら。
「待て。お前たちの仲間二人は、まだ生きてる。なあ、三上。そいつらは返すから、その子も返してくれ」
俺は山賊にそう言ってから、三上に小声で言う。
「二人とも動かせるか?」
三上が答える。
「ゆっくりならね」
それを聞いた山賊は言う。
「なんだよ。ベスとギラは生きてるのかよ。まあいい、こっちへ来いよ」
三上の死体操作のスキルによって、ゆっくりと死んだ二人の山賊が立ち上がる。腹を抑える演技付きだ。
「その子も返してくれ。俺たちはアンタたちを追わないから」
「うるせぇ。そんなの、信じられるか!」
俺の要求に、当然山賊は応じない。仕方ない。次の手だ。
「分かった。俺たち四人は、アンタたちの手下になる」
タルクが一瞬だけ眉を上げる。だが、何も言わない。
メディアさんもまた、静かに状況を見ている。
「俺たちは有能だぞ。小田切、あれを見せてやれ」
俺は小田切に目配せする。
目的までは分かっていないようだが、小田切はそれでも俺に合わせて、レールを出してくれた。
「おい、変な魔法を使うなよ!」
「攻撃魔法じゃない! 物を運ぶのに便利な魔法なんだよ。見てくれ」
山賊の前までレールが伸びると、続いてトロッコを出してもらう。
まだ、訝しんでいる小田切からヘビーフレイルを借り、トロッコに入れて動かしてみる。
「ほら、こうやって運ぶんだ」
山賊たちは若干、トロッコに興味を惹かれたようだ。
ベスとギラらしい死体が彼らの近くまで来るが、誰も彼らを見ていない。
――今だ!
俺は三上に目配せする。三上も頷く。
「うわっ」
「何してんだ!」
二体の死体が、藤堂を掴んでいた山賊に抱きついた。
「うおぉぉぉ!」
俺はトロッコを力一杯押し、その勢いのまま飛び乗る。
軋む音を上げて、トロッコが混乱する山賊たちへ突っ込む。
「うりゃぁぁっ!」
俺はトロッコの上からヘビーフレイルを真横に振る。
「ぎゃっ」
「いっ」
「ぐぁっ」
三人の山賊の腕や胸が鉄塊に抉られて、悲鳴を上げる。
トロッコを飛び出した俺は、藤堂を肩に担ぎ、急いで引き返す。
俺の突撃に合わせるように、タルクも走り込み、残った山賊を斬り伏せた。
ビシュッ
メディアさんの魔法の火矢も、山賊へ飛んだ。
もはや、勝負は決した。
俺は藤堂の縄を解く。藤堂は武装を剥がされていた。
「ひぃ~っ、降参だ! 命だけは助けてくれぇ~っ」
降伏する山賊たちの前に、つかつかと藤堂が歩いていく。
「スケベ死すべし。オラッ!」
藤堂が体を捻り、背面蹴りを叩き込む。
ガキッ。
ベキッ。
死体に引き倒された山賊二人の顔面に、怒りの踵がめり込んだ。
その後、本隊と合流した俺たちは、後方の馬車に戻って山賊を制圧。ヴィクターさん、トビーさんとも無事に再会できた。ただ、生き残った山賊を、この場で処断すると言われた時には驚いた。確かに既に国の外で、突き出すところもないのだが。
もうひとつ驚くことがあった。俺が切り倒したはずのジェイドは、かろうじて息があった。しかも、フードを剥がすと、額に小さな角が生えていた。彼は魔族だったのだ。
「魔族は、王国と戦っていると思いましたが、何故こんなところにいるのですか?」
処断する前に、メディアさんが色々、聞いていた。学者だから興味があるのかもしれない。俺たちも興味があったので、横で聞いていた。
「それは平和を愛する俺は、戦いが嫌で逃げてきたのよ」
「そういうの、いいですから」
「ち、つまんねぇ女だな。逃げてきたのは本当だぜ、人間に捕まった後だがよ」
「捕まったのに、殺されなかったのですか?」
「ああ、パルネ子爵とかって奴が、秘密裏に魔族奴隷を買ってるんだってよ」
「……魔族奴隷、……パルネ子爵?」
「それで、セカンドライフが奴隷は遠慮したかったからな。闇に紛れて逃げ出したのよ。得意だからな」
メディアさんからの質問が終わると、ジェイドは処された。
それからしばらく、夜の若手グループの食事の際も、メディアさんは大人しくなり、何か考えている風であった。
その沈黙が、どこか胸に引っかかっていた。
怪我をした小田切は、馬車で運んでもらえたが、三日もすると自分で歩けるようになる。
そしてその頃、隊商はシャドウリッジを抜け、白荒野直前の高原の前に来ていた。
しかし、丘陵を抜ける直前に事件があった。
嫌な予感が、現実になった。
メディアさんが失踪したのだ。
◇
その日、グラッジという男がシャドウリッジの外れの村の酒場にいた。ヴァルディア王国でいくつかの強盗殺人を行い、ここに潜伏していた。
彼はいつも、不味そうに酒を飲んでいたが、村に隊商がやってくると、彼の酒は最悪になった。彼は自分の罪を悔いることもなく、逃亡者となった自分を憐んでいた。それに比べ、彼らが景気が良さそうで、妬んでいたのだ。
酒場に男が二人入ってきた。隊商の男たちだ。一人は星の耳飾りのすかした青年で、もうひとりは地味な黒髪の若い男だった。だが黒髪が上着から落とした物を目にしたとき、雷に打たれたような衝撃を受けた。
それは黒髪、高橋がいつも鞄の奥底に入れていたスマホだが、この日に限って上着に入れてしまったのだ。グラッジにはそんなことは分からないが、ピカピカでこの世の物とは思えないくらい美しく思えた。
なぜ、あれが俺の手にない。
どこかで盗み出した魔法の宝に違いない。
あの程度の男が持っていい代物ではない。
隊商にも汚い手で潜り込んだに決まっている。
グラッジの想像は全て的外れだが、彼はスマホを拾っていった高橋に殺意を覚えた。
グラッジが、隊商を皆殺しにし、高橋のスマホを奪いたいと妄執したとき、彼の前に一人の旅人が座った。目立たない装束だが、帽子に黄金虫の羽が飾られ、七色に光を反射していた。
「何か楽しいことを考えているのかい」
目の前の男がそう言ったとき、グラッジは男に激怒して立ち上がりかけた。
だが、その男を見ている内に怒りがしぼんで、座り直した。
男はテーブルに古い青銅のような杭を載せた。長さは五十センチくらい。頭には上向きに口を開けた獣の彫刻が付いていた。
「これを地面に刺し、生贄を捧げると、地の世界から怪物がやってくる。生贄は何でもいいけど、大きいほど魂の量が多い。足りないと、怪物は来てくれないんだ」
グラッジは、テーブルの上の杭に目が釘付けになり、目の前の男のことを忘れた。彼の頭の中には、彼の望みが叶う様子が浮かんでいた。
彼は何の味もしない酒をあおると、杭を掴み、そのまま馬を盗んで高原へと走り去った。
「グラッジ君。君の望みが叶うことを祈っているよ。全ての望みが叶うことが、僕の望みでもあるのだから」
そう言って旅人は姿を消した。
グラッジの前に座っていた男に気づいた者は、誰もいなかった。
そこに、最初から誰もいなかったかのように。




