第十五話 岩山の分断と追撃
男たちが近寄ってくるのを見て、全員が動きを止めた。
だが次の瞬間、ヴィクターさんが俺の首に腕を絡めて顔を引き寄せた。
「お前ら、よく聞け。聞かなきゃ死ぬ。相手は十五、こっちは六で一人捕まってる。正面からじゃ勝てないし、アイツらは商人は助けるから降伏しろという。実際、商人は殺さないが、俺たち護衛を何人か殺してから、荷馬車を奪っていく。戦意を奪うのと、追撃防止だ」
それを隣で聞いていた小田切が、動揺して小声で問う。
「ど、どうしたら、いいんですか?」
「お前らは後ろへ逃げて、本隊を探せ。半分はお前たちを追う。本隊に知らされたくないからな。こっちは残りと交渉するが、なるべく引き伸ばす。お前たちがうまくやんなきゃ、俺もお前たちも殺されて、荷馬車が奪われる」
腕を離された俺は、仲間を見回す。
息を呑んで、動かない。
仕方ない。
俺は藤堂の手を引いて逃げようとしたが、その前に彼女は頷いて走り出した。
次に残りを見ると、三上が一番動けなくなっていた。
俺は小田切と視線を合わせて頷くと、二人で三上の両手を引いて走り出した。
背後で怒鳴り声や、地面を蹴る音が聞こえる。
チラリと振り返ると、武器を持った男たちが追ってきていた。
三上は自分で走るようになっていたが、今度は小田切が遅れだす。
岩山を曲がったところで、相手が見えなくなったが、速度を落として走り続ける。
今や、俺と三上で小田切を引っ張ていたが、もう限界だ。
ついに小田切が咳き込み、足を止める。
敵はまだ来ない。振り切ったか。
俺たちは足を止めて小田切を囲む。
はぁ、はぁ。
全員、息が切れていた。
嫌な予感が走る。
俺は、ばっと飛び下がって振り返る。背後で風切り音。
「ちっ、惜しかったな」
そこにはみすぼらしい服に、日に焼けた肌、脂ぎった顔。そして、湾曲した剣を持った男がいた。しかも、二人だ。
「武器を捨てろよ。もう、逃げられねぇぜ」
後ろの男が言った。彼らは、別の岩の隙間から出てきたのだろう。ここは彼らの庭だ。そして捕まれば、殺される。
「みんな、やるぞ!」
俺は率先して槍を突き出した。
殺さなくても、追う気を失うような怪我をさせればいい。
俺の覚悟を見たのか、みんなも続いてくれた。
「てめぇら、イカれてるのか?」
三上のライトフレイルに脚を絡め取られた男が倒れ、小田切のヘビーフレイルを腹に受ける。鈍い音が響く。
藤堂がもう一人の男を牽制してくれる。俺の突き出した槍が、運悪く腹に刺さった。
殺す気はなかったが、こっちも命懸けだ。
「行こう」
虫の息の二人を放置して、俺は走り出そうとした。
だが突然、何もかもが闇に飲まれた。
「何だ?」
「うわぁ」
「きゃあ」
小田切と三上、藤堂の声。他にも何かいる。
危ない!
俺は隣にいた誰かの腕を掴み、その場を離れた。
「きゃっ?」
数歩進むと、見えるようになった。掴んだ誰かは藤堂だ。
後ろに、空間をくり抜いたような闇の塊があった。
それが消えた瞬間、長身の男が姿を現した。
俺たちがさっきまでいた場所に、槍を振り下ろしていた。
小田切と三上も男から離れる。
その男は槍を引き戻して、ニヤリと笑った。さっきの連中の中にいた気もするが、グリフや倒した二人よりも上等な服を着ている。フードを被っているので、目元は見えない。
「運のいいやつだな」
男は言う。
「山賊の仲間か?」
俺は男に問う。
「仲間じゃねぇよ、俺がボス! 朧闇のジェイド様だ」
「ボスが一人で?」
「手下どもがノロマなんだよ」
嫌な感覚が走る。
ジェイドが槍を振り被って、三上を狙う。
俺はその間に飛び込むが、また闇に覆われ、見えない。
直前の動きから予測して、勘で盾を突き出す。
ガキン
防げた。
何だ?
暗いが、輪郭だけはぼんやり浮かぶ。
闇の中で人影が身を引いた。
「何だ、お前。ラッキーボーイか?」
距離を置いたジェイドが、岩山の陰からこちらを見ている。
俺は周囲を見回した。
「日向に出ろ! あいつの闇は完全じゃない。日向なら輪郭くらい見える」
「おう!」
小田切が答える。三上と藤堂も日向を探して、そこへ入る。
「へぇ、だが。闇幕!」
闇が広がる。
ギッ
「ぐわ!?」
小田切の声。闇が消えた時には、小田切の足から血が流れていた。ジェイドは槍を担いで、少し離れたところにいる。
「大丈夫か?」
俺は小田切に聞いた。
「痛てて。だが大怪我はしてない。金属を編んだお陰だ」
鎧の新調が効いたか。でも、ここは日向が少ないから、攻撃はほとんど見えないままだ。
反応できるのは、虫の知らせの俺くらいか。
俺は前に出て、剣を抜く。槍では守りが一歩遅れる。
「ラッキーボーイ、いつまで続く?」
闇の中からのジェイドの攻撃を、ギリギリで受ける。
ガエルの訓練のお陰でもっているが、一手のミスでこちらは終わる。
そこで後ろから、声が聞こえてきた。
「ボスーっ、ヤツら、いましたーっ?」
それを聞いて、ジェイドが口の端を吊り上げる。
「へへっ、ノロマたちが来たようだぜ。諦めろよ!」
くそ、ジェイドの手下か。この上、数で押されたら……。
「私が後ろは抑えるよ!」
そう言うと、藤堂が後ろへ駆けだした。
「「「藤堂!」」」
俺、小田切、三上の声が重なる。
「三上は、小田切を守って、高橋をサポートして」
そう言って、岩山の陰へと姿を消す藤堂。
小田切は動けないし、足止めなら彼女だが、何人いるか分からないのに。
「おいおい。アイツら、女に優しくないぜ」
ジェイドが馬鹿にしたように言う。
一撃、二撃、三撃。焦った俺は受け損ね、ジェイドの槍が腕や足を掠める。
切り傷が出来て、血が流れた。
「まあ、ラッキーボーイもここまでだぜ」
そして闇が膨らむ。しまった! 日陰に追い込まれていた。全然見えないぞ。
だが、突然、はっきりとジェイドの姿が見えた。
こなくそ!
俺は槍をかわして、ジェイドの横腹を切り裂く。
「なんだとーっ!」
ジェイドが、信じられないという顔をして倒れる。
「間に合ったようですね」
岩山の間からメディアさんが出てきた。
気付くと、すぐ近くに眩しいくらいの光球ができていた。
メディアさんの魔法で闇が弱まったのか。
何でここに、と聞きたいが、今は藤堂が先だ。
俺が後ろを振り返った時、信じたくない光景を見た。
「何だ、ボス。死んだのか? じゃあ、順番はもういいな」
下卑た声を上げる男たち六人。その中で藤堂が縛られ、捕まっていた。
◇
黒瀬はグランヴェル公爵の館まで逃げのびていた。
傷をおしてたどり着いたが、佐伯はもういない。柊と梶原も、既に離れていた。
公爵の館で養生を続け、再び動けるようになった時、公爵に呼び出された。
「体は治ったようだね、クロセ」
公爵は執務室のテーブルに肘を突いて確認した。
「……お蔭さんでな。それで、俺に何の用だ」
黒瀬はどかりとソファに身を沈めて問い返す。
「カンザの街は行ったことがあるだろう。あそこの領主パルネ子爵は気のいい男なんだが、誤解されやすくてね」
黒瀬は公爵の話に黙って耳を傾けた。
「彼が魔族と通じている……なんて言う、根も葉もない噂を信じる者もいるようだ」
公爵はため息をついた。
「彼とは知り合いだし、儂はそんな噂は信じていない」
「それが俺に何の関係がある?」
「彼を、守って欲しいんだよ。あらゆる敵からね。それで君へ貸しはチャラにしてもよい」
「何で俺なんだ」
「儂の立場もある。いろいろと複雑でね」
しばしの時が流れる。
「そいつは、白なんだよな」
「儂の知る限りはね」
「……分かった。やってやるよ」
黒瀬は席を立つ。
「良かったよ。そうだ、君にはプレゼントがあるんだ」
「何だと」
部屋を出かかった黒瀬が振り返る。
公爵がテーブルの上のベルを鳴らすと、執務室の奥、補佐役たちの部屋の扉が開いた。
その奥には、光を吸い込むような真っ黒い鎧が飾られていた。
「ブラック・メイル。もう君が怪我をすることがないといいのだが」
公爵がニヤリと笑う。
「ふん」
黒瀬は、鎧を一瞥してから鼻を鳴らした。




