第十四話 不穏のシャドウリッジ
「ほんがー!」
小田切が奇妙な叫び声を上げて、転んだゴブリンにフレイルを叩きつける。新調した武器は、柄の先に二節棍のような関節があり、さらに先に鉄塊が付いたものだ。
ゴブリンは吹き飛び、乗っていた猪は森へ逃げていった。槍では難しくとも、この武器なら一撃でゴブリンを仕留められる。
その傍らで、俺と藤堂は荷馬車を守るように構える。
飛び出してきたゴブリンを、俺は槍で突き刺した。猪に乗っていない個体だ。剣の訓練も始めているが、距離を取れるうちは槍の方が有利だ。
藤堂は盾と槍で、四体のゴブリンを相手に足止めしている。
俺は目の前の敵を片付けると、すぐに藤堂の援護へ回った。
反対側では、三上が鉄球を振り回し、叩きつけている。小田切と違って軽いが、長柄の先で鎖を振り回し、非力な三上でも遠心力を乗せて攻撃力を上げている。
「どっせいやー!」
再び奇声が響く。
小田切が踏み込み、一振りで二体のゴブリンを吹き飛ばした。
――だが、重量武器は、引き戻しが遅れる。
横合いから飛び出した別のゴブリンが、小剣を振り下ろす。
ガキン
刃は、小田切の腹で止まった。革鎧に編み込まれた小さな金属板が、攻撃を弾いたのだ。
盾を捨て、武器を両手持ちにした小田切は、鎧を変えていた。金属鎧ほどでなくても、これなら革鎧より硬く、重さもコストも抑えられる。
武器を変え、訓練を積んだ俺たちは、もはやゴブリン相手に後れを取ることはなかった。
――そのはずだった。
気付けば、敵の数が増えている。
前後から押し寄せるゴブリンに対応するうち、互いの位置がばらけていた。
藤堂が、囲まれている。
「きゃっ!」
十体近いゴブリンに押し込まれ――脚を取られ、地面に倒れ込んだ。
危ないっ。
そう思った瞬間だった。
三本の火の矢が飛来し、藤堂を囲んでいたゴブリンに突き刺さって弾けた。
爆ぜた炎に、ゴブリンたちがたじろぐ。
その隙を突き、男が飛び込み、一体を斬り伏せた。
「おいおい、調子に乗りすぎだろ、タカハシちゃん」
若手グループのタルクだった。くそ、助かったが、舐めやがって。なんでここに。
「中央は片付きました。援護に回ります」
続いて、後方から声が飛ぶ。
「大丈夫ですか」
メディアさんだ。先ほどの火矢も彼女だろう。
タルクの野郎、あとで覚えてろ。メディアさんは、ありがとうございます。
中央はすでに片付いていたようで、何人かを前後に回してくれたらしい。
調子に乗って一瞬崩れかけたが、態勢を立て直せば問題ない。
地道に数を減らし、最後の一体を仕留めたところで戦いは終わった。
そうして、俺たちは誰一人大きな怪我を負うことなく、ハウリングウッドを抜けるのだった。
丘陵地帯シャドウリッジに入ってから、数日は何事もなく進んだ。
ここはすでに人の世界の果てに近く、街や村もまばらだ。
途中、ヴィクターさんと水の補給に立ち寄ったが、住人から値踏みするような不躾な視線を向けられた。西部劇を思わせる荒んだ雰囲気だった。
その日の夕食の席で、ここを何度も通ったメディアさんが言っていた。
「こんなところにいるのは、事情のある者ばかりです。油断せず、関わらないのが一番でしょう」
それから数日後の夜、俺たちは隊商主のセルヴィンさんに集められた。
「いつもの道が山崩れで塞がっているそうだ」
彼の話では、復旧の目途が立たないため、地元の人間の案内で迂回路を通るという。
ただ迂回路は、分かりづらい上、見通しも悪いので隊商からはぐれる馬車が出やすいらしい。そこで三、四台ごとに案内人を雇うそうだ。
「ねえ、高橋。隊商が通るタイミングで、山崩れなんて」
隣の三上が小声で問う。
「ああ、悪い予感がする」
俺は答えた。
とはいえ、罠だという証拠もないし、他にやりようもないのだろう。
俺たちは、後方の馬車を取り仕切る若手商人のリオスと、ヴィクターさんに相談にいった。状況が揃い過ぎていて怪しい。せめて前の馬車を見失ったら確認しようと。
翌日、俺たちは案内人のグリフを紹介された。痩せぎすで、無精ひげ。擦り切れて汚れた外套に、腰には粗末な短剣。
「道は任せとけや。ひひっ」
笑う口元からは黄色い歯が見えるが、目は全く笑っていない。
藤堂が自身を抱きしめ、ブルリと身を震わせる。
「……キモッ」
彼女が小声で言う。
俺も同感だった。
街を出て二時間ほど進むと、地面から乾いた土が消え、岩盤の上を通るようになった。
岩山に隠れ、前の馬車を見失うこともしばしばだったが、警笛などを使ってはぐれないように進んだ。
だが、昼近くになると風が強くなり、警笛の音も聞こえづらくなってくる。
そして前の馬車を追い、平たい岩の左を通ろうとした時だった。
――虫の知らせ。
岩の右に僅かな轍の跡。それも次の瞬間、風に流されて消えた。
「この道は違う」
俺は小田切たちにそう言って、前方に駆ける。
二台前の馬車にはリオス、ヴィクターさん、そしてグリフがいた。その前の馬車は見えない。
「止まってくれ、この道は違う!」
俺が叫ぶと、馬車が止まった。
「ガキが、俺にケチを付けやがって」
グリフが前に出る。
「リオスさんよぉ。モタモタしてたら、セルヴィンさんの評価が下がるぜ」
リオスが難しい顔をする。
「さっきの平たい岩の右、通った跡があったんだ」
「俺より、こんなガキを信じるっていうなら、俺はここで帰らせてもらうぜ」
俺の言葉に、顔を歪めたグリフは、元来た道を戻ろうとする。
「そんな、困るぞ。おい、タカハシ、謝るんだ!」
リオスが俺を睨む。だが、グリフをヴィクターさんが止めた。
「トビー、走って前の馬車を確認してこい。グリフ、お前が正しければ、タカハシを好きなだけ殴っていい。それでいいな、タカハシ」
「よかねぇよ。俺は帰るぞ」
グリフは逃げようと暴れるが、ヴィクターさんは離さない。トビーさんは、渋々前へと走った。
しばらくして、前方から大勢の気配。
そこには武器を持った十数人の男たちに囲まれ、トビーさんが捕らえられていた。
◇
天城たちは、二つの丘に挟まれた回廊を塞ぐ、イグレス砦の前に来ていた。この王国第三の砦は、魔族に奪われ、今では魔族領との境界になっていた。
「では勇者アマギ殿、先陣は任せましたぞ」
「はい。ガストン師団長」
王国軍五千を率いる指揮官の言葉に、天城は頷いた。
進軍を開始すると、砦の門が開き、身長三メートルほどの鉄の像が歩み出てきた。
「あれが鉄像兵ですか?」
「そうだ。奴らの吹く火に気をつけろ」
御堂の問いに答えるガストン。
再び閉じられた門の前に整然と並ぶ五百の鉄像。
前進とともに、火を吹き始めた。
「聖光壁!」
白石の光の壁が王国軍を覆い、炎を退ける。
天城たちを中心に、王国軍は鉄像兵を倒していく。
「火竜撃!」
御堂が組んだ両手の先から、巨大な炎がほとばしる。
門が軋み、ひびが走り――次の瞬間、吹き飛んだ。
砦の中へと突入する王国軍。
敵を次々に突破していき、ついに砦の屋上で、鎧をまとった炎と対峙した。
「人間にしてはやるようだが、ここまでよ。この鉄炎軍団長マカロスの前ではな!」
炎と剣が、激しく何度もぶつかり合う。
次の瞬間――
「炎斧撃!」
燃え盛る業火の斧。
「させないよ、絶対防御!」
轟音が響き、榊原の盾が受け止めた。
そして、決着の一撃。
「天鳴斬!」
「グハッ!」
マカロスが両断される。
「さすが勇者殿、あとは砦の魔族を皆殺しに……」
ガストンがそう言った時、上空から声がした。
「それは困るな。氷防壁!」
その言葉と共に、天城や王国の兵士たちを巨体な氷壁が囲む。
見上げると、青い長衣の男がいた。
「誰だ!」
天城が叫ぶ。
「私は水魔将軍ネレイオン」
空の男は目をつぶったまま、そう言った。
「魔族たちよ。マカロスは倒され、砦は陥落した。これ以上の消耗は無意味だ。今すぐ、撤退せよ」
「そんなことが許すか! 火竜撃!」
炎の奔流がネレイオンを包む。
しかし、水のドームに阻まれ四散した。
「馬鹿な、砦の門さえ破った魔法が?」
御堂が呻く。
「さらばだ、人間たちよ」
こうして鉄炎軍団長を討ち取ったものの、敵の大半は退いていった。




