第十三話 森が叫ぶ時
俺たちはクロスから相談を受けた翌日、白荒野行きの物資輸送の護衛依頼を引き受けた。白荒野は、白っぽい土や岩が広がり、草木もほとんど生えない人里離れた僻地らしい。ここから片道でおよそ一ヶ月はかかるという。
依頼を受けた俺たちは、隊商主のセルヴィンさんと護衛隊長のラウドさんに引き合わされ、最後にもう一人、白荒野から物資の催促に来た使者だという女性を紹介された。
「クロスさん、護衛は揃ったようですが――彼らで大丈夫なんですか」
彫りの深い顔立ちに、鋭い眼差し。薄赤いローブに身を包み、手には杖を携えている。髪も赤みがかっており、年は俺たちより一、二歳上といったところか。
クロスは気にした様子もなく、軽く頷いた。
「ああ。先日リザードマンに襲われたときも、彼らが頑張ってくれてね。マテオさんを助けたのも彼らだ」
その言葉を聞くと、彼女は値踏みするように俺たちを眺めたあと、わずかに思案するような間があった。
「……そうですか。信用出来るなら、結構です」
クロスは俺たちを紹介し終えると、今度は俺たちに向き直る。
「彼女はメディア。サントナール人じゃないが、白荒野には比較的早い時期から入って、向こうの連中に協力してくれている。サントナールの魔術を研究しに来た学者で、魔術師でもある」
メディアは軽く一礼だけして、それ以上は何も言わなかった。
そうして俺たちは顔合わせを終えた。
そして三日後――荷馬車十台、総勢五十人の隊商は、メーベの街を出発した。
護衛は総勢二十三人。先頭七人、中央十人、後方六人に分けられた。
クロスたちやメディアさんは中央となり、俺たちは後方に回された。
同じ後方を任されたのは、いかにも古強者といった風格のヴィクターさんと、古株ではあるがどこか頼りない印象のトビーさんの二人だ。
経験の浅い俺たちにとって、ベテランと組めるのはありがたい。
旅の序盤は農村や森を抜け、やがてヴァルディア王国を出る。その先は、どこの国にも属さない未開の地だという。
昼の間、俺たちは最後尾の荷馬車に付き添って歩き続ける。
だが夜営になると、護衛や商人見習いの若手が集まり、一緒に食事を取るのが常だった。クロスたちやメディアさんも顔を出している。
中でもよく話していたのは、クロスの仲間で薬師兼弓使いのエルナと藤堂、それからメディアさんといった女子達だった。
「ねえ、王都を襲った魔族を、異世界から来た勇者アマギが撃退したって話じゃない?」
ある日の夕食で、エルナがそう切り出した。
「アマギって黒髪で、顔立ちもヴァルディア人とは違うって言うけど……トードーたちもそうだよね」
嫌な話題だ。そう思いながら、黙って続きを待つ。
「ひょっとして、トードーたちも異世界人だったりする?」
エルナの問いに、藤堂が慌てて手を振った。
「いやいや、勇者さまと一緒にされたらさすがに恐れ多いっていうか、そんな大層なもんじゃないっていうか。ねぇ、高橋」
いや、こっちに振るな。
「ああ……まあ、似てるとは言われることもあるけどな。同じ活躍を期待されても困るというか。
それより、魔族ってそんなに強かったのか?」
我ながら苦しい話の逸らし方だが、流れが変わることを祈る。
「……王都では三百人以上の被害が出たそうよ。強いんじゃないかしら。風魔将軍ゼファーって名乗っていたそうだし」
メディアさんがそう答えた。答えながら、ほんのわずかにこちらを見ていた気がしたが、それ以上は何も言わない。
将軍が一人で乗り込んできたのかよ。暴れん坊か?
「なあ、この先でも魔族が出たりしないよな」
小田切が不安そうに口を挟む。
「これから向かうのは人里離れた場所だし、ヴァルディア王国と戦っている魔族と遭遇することは、まずないと思うよ」
クロスの言葉に、ひとまず胸をなで下ろす。
そんな他愛もない話を交わしながら、俺たちは旅を続けていった。
「ハウリングウッドですか」
メーベの街を出て約一週間。平野を抜け、シャドウリッジと呼ばれる丘陵地帯を目前にした頃だった。昼間、最後尾の荷馬車の横を歩いていると、ヴィクターさんが口を開いた。
「ああ。ゴブリンの大きな群れが棲みついている森だ。もうすぐ通るが――だいたい襲ってくる。そのつもりでいろ」
俺は思わず顔を引きつらせた。
「そんな場所なら迂回できないんですか?」
腰の引けた問いに、横からトビーさんが割り込む。
「何だ、ビビるなよ。若いんだから、ゴブリンなんか俺一人で皆殺しだ、くらい言わんかい」
「いや、無駄な怪我はしたくないじゃないですか」
それを聞いて、ヴィクターさんが軽く笑った。
「タカハシの慎重さは長所だ。だが、ゴブリンをいちいち避けていたら隊商はなかなか進めない。トビーの言う通り、ゴブリンくらい出てきた端から叩けばいい」
言われて改めて周囲を見回すと、街道の両脇に広がる森は深く、昼間だというのに薄暗い。
どこから何が飛び出してきても、おかしくない気配があった。
俺は藤堂たちと顔を見合わせ、一層警戒しながら進んだ。
そして、しばらくして虫の知らせ。
「何か来る」
俺が言った時だった。
――ギャアアアアアアアッ!!
耳をつんざくような絶叫が、森の奥から響き渡った。一体や二体ではない。何体もの声が重なり、木々の間を反響して、まるで森そのものが吠えているかのように響く。
「来るぞ!」
ヴィクターさんが叫ぶのと同時に、茂みが激しく揺れた。
飛び出してくる影。
それは黒々とした大きな猪――その背に、ゴブリンが跨っている。
「させないよ!」
荷馬車に突進する猪を、藤堂がキャプテンの盾で受け止め、そのまま横へといなす。
勢い余って、ズズズズーッと地面を滑る猪とゴブリン。
ヴィクターさんとトビーさんはすでに動いていた。前方の荷馬車へ駆け、別のゴブリンライダーを迎え撃つ。
だが、それで終わりではない。
森の奥からは、叫び声を挙げながら、まだまだ出てくる気配がある。
まさに――ハウリングウッド、叫びの森か。
◇
「グハッ」
黒瀬の大柄な体が吹き飛ばされ、地面を転がった。
「上には上がいる。身の程は知れたか?」
風魔将軍ゼファーが笑う。
黒瀬たちは緑竜を倒した後、強敵をもとめて魔族の領土へと入り込んでいた。
何人かの強力な魔族を倒しながら進む彼らの前に、ヴァルディア王国から戻ったゼファーが立ちふさがる。
黒瀬たちはゼファーに挑んだが、一瞬で切り刻まれ、特に黒瀬は瀕死の重傷を負ってしまった。
「光の剣の男に比べれば、下らん奴らよ」
ゼファーは、もはや黒瀬たちに興味を失い、立ち去った。
「黒っち……」
自分も大怪我をしているミカが、這いずって黒瀬へと近付く。
黒瀬は気を失い、ピクリとも動かない。
ミカは黒瀬の胸の上に、震える手を置く。
「絶対、死なせないよ。……命譲渡」
ミカの全身が赤く光り、その光が彼女の腕を通って黒瀬へと移っていく。
「黒っち……死なないで」
ミカの体から力が抜け、その場にぐったりと倒れた。
しばらくして、黒瀬の体が動いた。
身を起こした黒瀬が頭を振り、そして周囲を見回した。
「……ミカ?」
黒瀬が、ミカの体を揺する。
「ミカ! てめぇ、その力は使うなって言っただろうがよ!」
黒瀬は、しばらくミカの体を揺すった後、ガックリと崩れ落ちる。
ミカの体に顔をうずめたまま、しばらく動かなかった。
やがて立ち上がると、柊と梶原を助け起こす。
二人も大怪我を負っていたが、致命傷ではなかった。
「黒瀬さん、まさかミカの奴?」
柊の細目が見開かれた。
「クソぉ、こんなの反則だろうがよ!」
梶原は金歯を剥き出し、地面を叩く。
ミカを抱き上げた黒瀬は、何も答えず、そのまま歩き去った。




