第十一話 赤い羽根飾りのキャプテン
クロスたちのいた方から、男が一人と少女が一人駆けてきた。男はしっかりと鎧を着込み、兜には赤い羽根飾りが付いている。少女はクロスの仲間のエルナだ。
男は到着すると、そこにいた者たちと何事か話し始めた。
エルナはその場に一度立ち止まったが、こちらに気付くと駆け寄ってくる。
「リナもこっち居たんだ」
「エルナも大丈夫だった? それに、あの人だれ?」
藤堂と話し始める。
「大丈夫。矢は撃ち尽くしちゃったけど」
エルナは肩をすくめた。
「彼はキャプテン・ブレイズ。ここの代表の一人よ」
「何かあったの?」
「リザードマンが街に入り込んだって。
こっちに余力あれば、掃討に協力して欲しいって話だけど」
ここにも余力はあまりない。
藤堂がこちらを見ている。
俺は小田切と三上に視線を送る。異論はなさそうだ。
「俺たちで良ければ、協力するよ」
「助かるわ。キャプテンに伝えてくる」
エルナはうなずき、男のもとへ駆け戻った。
俺たちと、ここにいた五人の男たちは、キャプテンに続いて街中へと急いだ。
北の兵舎を目指して、俺たちは走っていた。
「キャプテンは、サントナールの兵士長で、ガエルの弟分だったらしいよ」
エルナの言葉に、クロスの仲間である大男ガエルの姿が思い浮かぶ。
その時――。
「ぎゃあっ!」
不意に悲鳴が上がった。通りに倒れる人々。そして、三体のリザードマンが街の人々を襲っていた。
キャプテン、俺たち、一緒に来た男たちが、それぞれ別のリザードマンに対応すべく分れる。
だが、リザードマンと住民の間に入ろうとした俺と小田切、三上の動きが重なる。思うように位置が取れず足が止まった。
その隙を見たように、目の前のリザードマンは身を翻し、反対側にいた母子へと槍を振りかざす。
「っ……!」
藤堂がその間に飛び込む。だが槍を受け止めきれず、体勢を崩した。
さらに追撃の槍が突き出される。危ない――。
その時、横合いから振られた戦槌がリザードマンの頭を粉砕した。
キャプテンだ。
「大丈夫か?」
「は、はい」
尻餅をついた藤堂が答える。
「無理はするな、行くぞ」
短くそう告げると、再び駆け出していく。
すでに他の個体は片付いているようだった。
それにしても、リザードマンの動きが気持ち悪い。
まるで自分の命に構わず、一人でも多くの人間を殺そうとしているかのようだ。
さらに中央通りを進んだところで、通りが封鎖されているのが見えた。
バリケードだ。そこには、街の兵士達が並んでいる。
「そういえば、これまで街の兵士を見なかったが。どうなんだ?」
俺がぼそりと呟くと、エルナが顔をしかめた。
「メーベの兵士の隊長は、元々この街にいたヴァルディアの人間だから」
そう言えばバリケードの向こうは旧市街、こっちはサントナールからの移民の新市街か。
人の通り抜けは許されているようだが。
バリケードの兵士に話を聞いていたキャプテンが戻ってくる。
どうやら、ここはまだ抜かれていないらしい。
「すまないが、ここからは三手に分かれて捜索する。
ここから南――先ほどリザードマンがいた辺りは俺が探す。
西を彼らに、東をタカハシたちに頼みたい」
そう言って、キャプテンは警笛をこちらに手渡した。
無理をせず、敵の居場所を知らせろということだ。
キャプテンと分かれ、東に向かうた俺たち。
「ねえ、こっちなら、先にマテオさんの家の辺りを確認しない?」
三上がそう言うと、異論はなかった。
あえて誰にも言っていないが、俺にも敵がそっちにいるという、嫌な予感がした。
そして、予感は現実になった。
マテオの家のある通りに入ると、散らばる住民の遺体が目に入った。
しかも槍で穿たれたものではない、大きな刃物で切断されたような傷だ。
警笛を鳴らしながらその痕跡を辿ると、前方から悲鳴が聞こえた。
俺たちは一瞬顔を見合わせ、悲鳴のもとへと急ぐ。
路地の先、開けた場所では、マテオとルシアが一体のリザードマンに追い詰められていた。
「コラーッ!」 藤堂が叫んで飛び出す。
「ルシアちゃん!」 三上も駆け出した。
待てと言いたいが、マテオたちも危ない。
俺と小田切も一拍遅れて、走り出した。
こちらに振り返るリザードマン。
そいつが横薙ぎに振るったのは、大きな戦斧だった。
「ひっ」
藤堂が盾を前に出し、それでも悲鳴を上げながら後ろに下がる。
バリ。
低い音とともに、木でできた藤堂の円盾が、ほとんど半分に切断された。
下がる藤堂に、前へ出ようとした三上がぶつかり、二人は倒れ込む。
ヤバイ、ヤバイ。
俺は腰が引けながらも、槍を連続で突き出す。
まるで力の入っていない攻撃だ。
それでも敵は止まってくれた。いや、ヤツは笑っていやがる。
そいつはこれまでのリザードマンと違い、鱗が禿げ、黒っぽくなった頭をしている。
何だか、古強者とかベテランといった威圧感がある。
俺と小田切は、藤堂たちを庇うが、勝てる気がしない。
それでも牽制に突き出した俺の槍は、軽く振られた斧に、アッサリと切断された。
ポロリと穂先が落ちる。
ベテランリザードマンが斧を振る。
小田切が槍と盾を前に出して、身を守ろうとする。俺も槍の柄でそれを真似る。
死ぬ。
そう思った時、後ろから大きな影が飛び出した。
ガキン
金属の盾が戦斧を止める。
「大丈夫か?」
キャプテンだった。
今度はキャプテンの戦槌がベテランを襲う。
ベテランは戦斧でそれをかち上げた。
そこからの戦いに俺たちは見ていることしかできなかった。
キャプテンとベテランの力は伯仲。互いに致命打を与えることなく、傷を増やしていく。
だが、嫌な予感がする。どこだ?
俺は周囲を見回す。
すると、キャプテンの後ろ、別の路地から身を低くしたリザードマンが現れる。
「後ろだ、キャプテン!」
俺は力の限り叫んだ。
だが、間に合わなかった。
ベテランに戦槌を抑えられたキャプテンは、左の脇腹を後ろから貫かれる。
キャプテンは、盾を手放し、腹から突き出た穂先を掴む。
そのまま戦槌を回して、後ろのリザードマンの胸を抉った。
後ろのリザードマンが崩れ落ちる。
しかし、ベテランの戦斧がキャプテンの腹を真横に切り裂く。
切断はされなくても、明らかな致命傷だ。
前のめりに倒れるキャプテン。
ニヤリと笑い、こちらを向くベテラン。
満身創痍でも、まだ俺たちよりも強いのだろう。
だが、そのとき。三上が泣きそうな声を上げる。
「ごめん、キャプテン」
キャプテンがぎこちなく起き上がり、ベテランを後ろから羽交い締めにする。
ベテランも抵抗するが、振り解けない。
これが最後のチャンスだ。俺はショートソードを抜いて、ベテランに突きかかる。
「うおおおっ!」
小田切が絶叫。槍を腰だめに固めて、ベテランに突撃した。
バキ
ベテランを突き刺した小田切の槍が折れる。
ザク
俺が体ごとぶつけたショートソードが、ベテランの腹に刺さる。
「人間め……緑竜さまの仇……ゴポ」
ベテランの口から、血が溢れた。
ベテランとキャプテン、そして俺と小田切も倒れ込んだ。
藤堂が泣いていた。
◇
その日、王都の人々は熱狂をもってアマギの名を連呼した。
氷雪を吐く青白い狼、烈風をまとった猛禽、空気に溶けるように姿を消す金色の蜥蜴。
それらを従える風魔将軍ゼファー。
たった一人の魔族によって、ヴァルディア王国の王都は崩壊の危機にあっていた。
王都の中央広場に降りたったその魔族は、その場で八十人の兵士と、三十人の騎士、そして十人の魔術師を屠った。
さらに、配下の三体の魔物によって、王都の建物は破壊され、二百人の住人が殺された。
その魔族を、異世界から召喚された勇者アマギと仲間たちが、たった四人で撃退したのだ。
人々は喝采を上げた。
だが、当の天城たちの心は暗く沈んでいた。
彼らは成す術もなくやられたのだ。
そして天城が最後に与えた、たった一筋の傷。
奇跡のような確率に賭けた、ただ一度の見切り。
「ほう。今、殺すには惜しいか」
風魔将軍は、そう言って去っていったに過ぎなかった。
「僕たちは、もっと強くならなきゃいけない」
天城は敗北を噛みしめるのだった。




