龍造との出会い。~甲斐~ 前編
生徒会室では甲斐が、笑顔の龍造の写真を眺めながら、心の中で何度も問いかけていた。
(龍造先生。龍一君は鳥居さん、金剛さんの元へ、いえ、ご自分でマギカ・バディ部を立ち上げました……。これでよかったんでしょうか? そして……この私はどうしたらいいんでしょうか?)
―― ※ ――
『祝 大凶魔學院高等部、中等部 マギカ・バディ夏冬全国制覇 合同慰労会』
まだ冬の厳しさに震える立春、夏と冬のマギカ・バディ全国中学大会を制し、高等部との合同慰労会に出席した甲斐であったが、その心はきらびやかなドレスとは裏腹に、晴れやかとは言えなかった。
普段見ることすらかなわない大凶魔學院學長であり、《大凶魔派》と呼ばれる”魔”の派閥の《魔王》、《凶魔幻真》の挨拶。
痩せた体に紋付き袴を召し、
台風ですら乱すことが出来ない七三に黒く染められ固められた髪。
毎週、理髪師に手入れしてもらっているような、整えられた髭をたくわえた顔。
縁側で盆栽いじりをする老人にしか見えないが、その体からあふれ出す魔力、そして塵一つ触れることが出来ない、全く隙のない佇まいをしていた。
続けて出席した大凶魔學院の関係者、そしてOB、OG。大凶魔派の人間達は、お仕着せの祝辞を述べたあとは、己の地位や序列に無心する輩へと変貌していた。
元気のない甲斐を心配してか、中等部キャプテン、夜長が声をかける。
「どうしたの甲斐さん。ご気分でも悪いの?」
「夜長さん……。あ、いえ、そういうわけじゃ、ちょっと緊張して……」
「だめよ。今からそんなんじゃ。せっかく大凶魔派のお偉い様方がたくさんおみえになっているんだから、こういう時にコネをつくっておかないとね」
そんな二人の耳に、紋付き袴を召した一人の老人の、およそ場に似つかわしくない豪快な笑い声が飛び込んできた。
しかもその笑い声と唾液を飛ばしている相手は、あろうことか魔王、凶魔幻真であった。
「夜長さん、幻真様とお話していらっしゃる、あのご老人は?」
「え? 甲斐さんご存じないの? あのお方は、かつて幻真様と共に”魔”の世界でしのぎを削った、庵堂派の《龍王》、庵堂龍造様よ」
「え? あの《魔の異端児》って噂されている……」
「もっとも、最近は世捨て人みたいになられて、表舞台にも出ていらっしゃらないし。その実力も今ではどうかと言われているけど……。あ、これはあくまで噂だからね」
夜長は伸ばした人差し指を唇につけながら、甲斐にウインクを飛ばした。
「あれが……庵堂……龍造様」
レストルームから出てきた甲斐は、廊下に設けられた椅子に腰を下ろす。
「私はこのまま……高等部へ進学して……それから……どうするんだろう?」
自分の未来を、今日の先輩達の姿へと重ね合わせる。
もっとも、このパーティーに出席するほどの魔術使い、魔術師に絶対なれるとは限らなかった。
誰もいない廊下で緊張がほぐれたせいなのか、甲斐の体から疲れがにじみだし、まぶたを重くしていった。
「お嬢ちゃん、厠はどこだがね?」
突然のダミ声に、まぶたが開かれた甲斐の瞳に映ったのは、燃え上がるような白髪と白髭を生やした、庵堂龍造その人だった。
「か、かわや? あ、トイレ? あ、あの、そこの角を左に……」
「ありがとさん」
(びっくりした。寝ている姿を見られちゃったのかな?)
甲斐は慌てて鏡を取り出し、髪や肌をチェックした。
「お嬢ちゃん。ここ、座るで~」
「あ、はい」
用をたした龍造が、甲斐のおしりに振動を与えながら、隣に腰を下ろした。
「まったく……凶魔の連中は、なんでああも”とろくさい(馬鹿らしい)””ぱぁちぃ”が好きなんじゃろな? ん? お嬢ちゃんもワシと一緒で、ぱぁちぃが嫌いなんか?」
「え? いや? その……」
「ぐぁっはっは! よいよい、ワシのような”おたんちん(愚か者)”につきあう必要はないぞ。ん? お主はマギカ・バディでディフェンダーをやっていた娘っ子じゃな?」
「あ、はい。申し遅れました。大凶魔學院中等部三年、甲斐登喜子と申します」
甲斐は慌てて立ち上がり、自己紹介の後、一礼した。
「そうか! 甲斐ちゃんと申すか。ワシはな、おみゃ~さんのような強いおなごは”どえりゃあ(ものすごく)”大好きじゃ。ワシの妻の聖虎ちゃんもよ~強いおなごでな。これまでワシが何回【九分九厘殺し】で生死をさまよったかわからんくらいによぅ。ぐぁっはっはっは!」
厚い絨毯や防音壁が張られた廊下に、龍造の豪快な笑い声が響く。
「お、お言葉ですが! 私は……自分が強いとは思っていません。攻撃魔術も……」
甲斐の言葉を遮るように、龍造はさっきまでの破顔が嘘のように真剣な眼で、甲斐の瞳を見すえ、呟いた。
『誰かを護るんちゅ~ことは、誰かを傷つけるよりも強い! そういうことだぎゃ』
一瞬、その言葉の意味がわからず、甲斐は想わず口から”えっ?”と漏らした。
「弱き者は力を欲し、得た力を鼓舞する為、人を傷つける。だが、真に強い者は、その力を弱き者を護る為に使う」
慣れない言葉を言ったのか、龍造は軽く咳払いをする。
「んんっ、つまりじゃ、”俺は強い”と粋がっておる大凶魔派のチンピラ共は、実は、真に強い者、幻真のヒヒ爺の”名前”に護られているちゅ~ことだぎゃ」
魔王である幻真を”猿”呼ばわりする目の前の龍王、龍造に甲斐はたじろいだが、龍造が向けたその言葉は、甲斐の魂へと染み入っていった。
「ここであったのも何かの縁じゃ。ワシに出来ることがあれば何でも言ってもよいぞ。あ、金はだめだぎゃ。学校を造ったのですっからかんだがね。何なら代わりに幻真のクビでも取ってこようかのぅ。ぐぁっはっはっは!」
パーティー会場のテーブルからスィーツを取りに行く手軽さで、龍造は魔王、幻真の首を狩ると宣言した。
出会って間もないのに、甲斐は龍造の豪快な笑い声になぜか惹かれた。
《掟》という絶対的なモノに縛られた大凶魔派、そして、大凶魔學院。
さらにそれに従う先輩、同級生、下級生の常に何かを気にし、何かにおびえる表情……。
それとは対照的で自由奔放な龍造の振る舞いに、無意識に甲斐は呟いた。
『わたくしも……庵堂様のように……笑ってみたいです』
今思えばなぜそんな言葉を言ったのか、いや、本当に言ったかすら定かではなかった。
その甲斐の言葉を聞いた龍造は振り向き、甲斐の瞳の奥を無言でのぞき込む。
「そうか……。なら、ちょっくらワシについてこやぁ~」
龍造はそう言いながら立ち上がり、パーティー会場へと向かっていた。
慌てて甲斐も後をついて行く。
「おう! 幻真よ! とろくしゃいおべっかや、おたんちん共のゴマすりを聞く暇があったら、ワシの話を聞きゃ~て!」
パーティー会場の熱気が、入り口に立つ龍造の咆吼で一気に冷める。
幻真は取り巻きのものが龍造に向かうのを目で制すると、龍造へと向き直り、無言で問いかけた。
「この甲斐っちゅ~娘をワシのところで預からせてもらうでの~。文句はねぇ~がゃ?」
突然の龍造の言葉に甲斐は固まった。
大凶魔派の者、中等部キャプテンの夜長、そして甲斐のチームメイトである美月、火室、氷耶麻、そして倉も、事態が把握できないまま、沈黙で幻真の次の言葉を待つ。
”いくら庵堂龍造でも、魔王であらせられる幻真様に命令するとは!”
大凶魔派の中で血の気の多い者達が、無言でその体に魔力をたぎらせる。
礼服の襟、袖、裾から蒼く輝く湯気のような魔力が沸き上がる。
それを察知した龍造は唇を歪め、にやけた後、天井に向けて大声で叫んだ。
『よっとりゃ~あせぃ!』




