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マギカ・バディ ―魔術とカバディが融合した、究極のノベルスポーツー   作者: 宇枝一夫
第一部 第四章 ハーフタイム、そして後半戦
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レイド放棄と左薬指

『大凶魔學院、レイド放棄了解。なおルールにより、大凶魔學院が持つタイムアウト二つが消費され、そのうち一つをタイムアウトとして使用します。ただいまより三分のタイムアウト』


 《神の眼》の聞き慣れないアナウンスに、男子学生達はとまどう。


「なぁ、レイド放棄って何だ? てか、攻撃をやめるって、ほかのスポーツでは普通できないだろ? 野球でいえば連続して守備するようなもんだし……」


「だよなぁ。そもそもレイダーは十秒以内にアタックサークルに行かなければ、自動的に相手にレイド権が移るし、わざわざ宣言しなくてもな。そうでなくても”ヤリ逃げ”とか、“自爆”すればいいんだし……」


「それよりもさぁ~、なんか大凶魔側の観客席が異様な雰囲気になってねぇ? さっきまでの【治癒】の大合唱はなんだったんだ?」


 男子学生Aでも気がつくほど、大凶魔學院の観客席はもとより、一般観客席にいる大凶魔派の観客も、夜長に向かっておどろおどろしい圧を放っていた。

 二人は後ろの奈里に顔を向ける。

 健康な男子学生ゆえ、大凶魔學院の意図を知るよりも、美しい奈里の姿を眺めるためでもあった。


 周りの観客、男性も女性も歩ではなく奈里に注目する。

 歩は“フン!”と顔をそらし、勝ち誇った奈里は微笑みながら説明する。


「レイドを行いたくなければ、レイド側は十秒たっても相手チームのアタックサークルに向かわなければよいのですが、二回目以降、《神の眼》から警告を受けます。ですので、あらかじめレイド放棄を宣言したのです」


「で、ですが、それだけで大凶魔の観客が、あんな怖い顔をするのでしょうか?」


 緊張して敬語を話す男子学生Bに向かっても、奈里は微笑みを向ける。


「レイド放棄を行うのは、主に弱小チームの戦法です。レイダー一人で強豪チームのアンティと相対するよりも、自チームがアンティとなって、メンバー全員で一人のレイダーと戦った方が有利ですからね。もっとも、あまりにも頻繁に行われるので、レイド放棄には二回分のタイムアウトが必要となりました」


「ということは、大凶魔學院が龍堂学園を強豪校と認めた、もっといえば、大凶魔學院が弱小チームに成り下がったと……ムグッ」

 大凶魔派の観客の視線を感じ、慌ててAはBの口を手で押さえた。 


「そうですね。大凶魔派の観客がキャプテンである夜長に向かって殺気を放っているのも、主にそれが原因でしょう……」


 洞が無言で二人の水筒を運んでいく。

 退場者はたとえタイムアウトでも、忠告どころか口を開くことすら許されないからだ。


「夜長様……なぜ、レイド放棄を……こんなことをしたら夜長様の立場が!」

 瞳がうるんだ美月は、チームを代表してたどたどしく夜長に問う。


「美月。私はね……もう誰も……失いたくないのよ。わかってちょうだい」

 淡く微笑む夜長の手は、カチューシャをつけた美月の髪をなでる。


 いつもなら女が火照(ほて)る夜長の行いだが、美月の魂は殺意ある熱で沸騰していた。

(甲斐! 貴様が……貴様が裏切らなければ! 夜長様がこんなに苦しむことはなかったのにぃ!)


「会長、次のレイドは私が」

 白鳥は腰を下ろし休息をとりながら甲斐に進言する。


「ええ、お願いします。できれば……」


「わかっております。相手の副キャプテンを相打ちにしますよ。”あの”目黒くんが成し遂げて私ができなければ副キャプテン、そしてマジシャンである白鳥家の名折れですからね」


 体力も魔力も、回復力は自身のネイティブスキルのランクによるものだが、メンタルにおいても左右される。

 白鳥は甲斐の気を和らげ回復力を上げようと、あえて冗談を交えながら爽やかな口調で話した。


「……ですが会長、勝算はあるのですか?」

 それでも白鳥は問わずにいられなかった。


 ハーフタイム前の一騎打ちでは夜長に辛勝し、マギディ・コルドロンによって魔力は回復したが、後半、氷耶麻、火室のレイドによって、甲斐は再び魔力のみならず体力も消耗していた。


「ええ、全くのゼロではないけど……なので白鳥くん、できる限り時間を稼いで欲しいの」

「それは構いませんが……一体何をなさるおつもりで?」


 不退転の決意を秘めている甲斐の瞳。

 その口からゆっくりと言葉が紡ぎ出されると、観客を驚かせるマジシャンの白鳥が、逆に眼を見開き息を飲んだ!


「き、危険すぎます! い、いや、副キャプテンとしてその作戦は断固として反対いたします!」


 熱血目黒とは正反対に、クールに構える白鳥が初めて自身の言葉に熱を込めた。

 しかし、甲斐の決意は変わらなかった。


「大丈夫よ。龍造先生から教わったから、多分……うまくいくわ」


 白鳥ではなく自分自身に言い聞かせるように甲斐は言葉に力を込めた。


「で、ですが……」


 狼狽する白鳥に向かって、今度は甲斐が微笑みを浮かべる。


「例えこの試合に勝っても、私たちは三回戦を戦えないわ。だから私はこの試合ですべてを出し切りたいの。それに……」

「……」


 甲斐はわずかにベンチへ眼を向けた。


「死ぬときは……みんな一緒よ!」


 無言の白鳥に向かって、甲斐は純粋無垢な笑顔にそぐわない言葉を放った。


「!!」


 その笑顔を見た瞬間、白鳥の脳裏に去来する、時間も時空も次元も超越した情景。

 ある”モノ”の想いが、以前白鳥だった”モノ”、そして、のちに白鳥と呼ばれる”モノ”へと届けられる。

 それを言語化したものが、白鳥の魂の中で途切れ途切れに再生された。


『……フェル様。我がミカ……は……に堕ちることが……滅するまでルシ……様とともに』


「……かしこまりました。そこまでおっしゃるのなら……もう何も言うことはございません」

「ごめんね」


『タイムアウト終了。龍堂学園のレイダーはアタックサークルへ』


 シルクハットをかぶり直し、ステッキを握りしめた白鳥は、力強く甲斐へ言葉を放つ。


「それでは会長、行って参ります」

「いってらっしゃい」

 大凶魔學院コートへ歩む白鳥の背中へ、甲斐は淡い微笑みを送った。。


『カウントダウン……十』

”ビシッ!”

 アタックサークルへ静かに歩く白鳥は、《神の眼》のカウントに合わせて、白鳥はクールにポーズを決める。


『……九』

”ピシッ!”


『……八』  

”ピシッ!”


 腕を上げ、脚を上げ、腰を曲げ、あるいはそらし、シルクハットで顔を隠したり、逆に満面の笑顔を観客へ向けていた。


「な、なんだぁアイツ、格好つけやがって」


『……七』


「またなんか変な術でもするつもりかぁ~?」


『……六』


 観客からの嘲笑すら力に変えるかのように、白鳥のポーズはより力強くなっていく。


『一……ゼロ』


 そしてアタックサークルへ入ると、夜長と美月に向かって、恭しく礼を捧げた。

 顔を上げた白鳥が見たのは、眼を見開く夜長と美月の顔だった。


「お、おい、あのタキシード野郎の体……」

「青く、光ってやがる……アレ全部魔力か?」


 静寂の競技場を、美しい詠唱が貫いた。


『……【マギディ】』


”!!”

 揺れる観客席。

 魂が震える夜長と美月。


 一同の視線の先には、仁王立ちになって右手を胸に、左腕を伸ばし、立てた左薬指のみを白鳥に向けて【マギディ】を唱えている甲斐の姿だった。


”ボワッ!”

 甲斐の【マギディ】に呼応するように、白鳥の体が青い炎に包まれる。


「キャプテンの甲斐ってもうボロボロのはずだろ? それでも【マギディ】を唱えるなんて、あのタキシード男にすべてを託したのか?」


 男子学生Aは観客の多くが考えていることを代弁するが、Bは全く見当違いな疑問を口にした。


「な、なあ、前から思っていたんだけど、夜長ってキャプテンもそうだけど、どうやって薬指だけを立てることができるんだ? 俺、さっきからやっているんだけど全然デキねぇんだ」

「お、お前こんな時に……」


 その疑問を後ろの奈里が答えた。


「……古来より左薬指は心臓につながっていると言われていますが、こと魔の世界においてはそれは真理なのです。よって左薬指を使う方が人差し指や手の平よりも少ない魔力でより強力な術が放てます」


「で、でも、すべてのマギカがそうではないのでしょ?」


 大凶魔學院であろうとも、夜長以外のメンバーは左薬指を使っていなかった。

 Bの問いに奈里は微笑みで答える。


「ええ、左薬指を使えるのは熟練したマギカか、古来より名家と謳われた血筋のモノだけです。もちろん夜長家、甲斐家は後者に当たります」


「じゃあ、甲斐が【マギディ】に左薬指を使っているのは、詠唱のロスを少しでも減らそうって事か……」


 結果的にBの疑問は甲斐の作戦の一部を解明するのに至った。


「【マギディ】……【マギディ】……」

 魔力を絞り出すかのように右手で胸をわしづかみし、【マギディ】を唱えている甲斐。

 その姿はもはや悲壮感すら漂っていた。


(か、会長……も、もう……おやめてください)

 退場者ゆえ声を出せない稲津は、瞳に涙を浮かべながら両手で口元を押さえていた。


 ”ドン!”

 そして甲斐は両膝をつくと、体を丸めるように倒れ、額をコートに付ける。

 それでも左手は胸に、左腕を伸ばして薬指を白鳥の方へ向けていた。


(かいちょぉ~~!!)

 目黒の魂の絶叫は、競技場を震えさせるほどだった。

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