……そして、試合終了(第一部 完)
「……終わった」
観客誰もが心の中で呟いた言葉であった。
龍堂学園のキャプテンであり、攻守において最強のディフェンダーであった甲斐が、味方への【マギディ】によって倒れる。
そう、城壁の姫は、脆く儚く崩れ落ちたのであった。
歩、奈里もその様子を見届けた。
しかし、アタックサークルの中の白鳥はその表情を崩すことなく、むしろ愉悦に満たされていた。
まるで、昨年の全日本中学制覇の美女三人の視線を一身に浴びて、男冥利に尽きるかのように。
(あいつ……笑ってやがる。甲斐も魔力切れで自爆したし……こいつは楽勝ね!)
ゴシックメイド姿の美月は、余裕の表情を白鳥に向けた。
「美月!」
夜長は、油断する美月をたった一言で窘めた。
白鳥は何かを決意したように、その体中に魔力をたぎらせる。
「では淑女達へとっておきの贈り物を……。奥の手は文字通り、最後の最後まで”隠して”おくものですよ!」
「なんだ? あいつのタキシード、光ってやがる。ステッキも、帽子も……」
美月の呟きを遮るように夜長が吼えた。
「あれは……【元素解縛】! タキシードを魔力に変換して。あいつ、ヘボマジシャンでも召還師でもない……錬金術師!!」
夜長の叫びを遮るかのように、白鳥が競技場に響き渡る口上を述べる。
『いりゃぁ~せ~よっとりゃぁ~せ~! この帽子の中から出てくるのはウサギか、はたまた美女二人に捧げる薔薇の花束か? ……そんなわけありゃ~すか! 白き炎の鳥に決まっとるだがね~!』
”ドゴ~~~ン”
真っ白な煙を噴き上げながら爆発した白鳥の体から、白い炎をまとった巨大な炎の鳥が、美月へ向かって一直線に飛翔する。
「ステッキ、タキシード、シルクハットすら魔力に変換しての炎の鳥! 美月!!」
「こんな燃えカスの鳥、一刀両断にしてやるよ!」
美月が右腕を上下に振ると、【風の刃】が、炎の鳥を一刀両断した。
「へっ! なんだい、あっけねぇの」
しかし、白鳥の体から爆発した煙がアタックサークルを中心にコート上へと広がっていった。
「ちっ! また煙幕か!」
「美月! 後ろ!」
「えっ!」
白い煙に紛れて、美月の後ろには白いブリーフ姿の白鳥が戦闘態勢をとっていた。
「私が錬金術しか使えないダメマジシャンだと思っていましたか? そんなわけありゃ~すか! 目黒君譲りの格闘家でもあるんですよ! さあ、かかってきやぁ~せぇ~! ハイア! ハァッ! セイ!」
白鳥は拳を構えると、でたらめにシャドーパンチやキックを繰り出した。
「何が格闘家だ! 魔力も尽きたエセマジシャンのくせに!」
「おやぁ~? なにもパンチやキックだけが格闘ではないですよ」
「な……」
【風の刃】によって二つに割れた炎の鳥は、アメーバーみたいにそれぞれが半分の大きさの炎の鳥へと変化し、白鳥のパンチやキックに合わせて美月の周りを飛び回った。
「こいつ!」
(あれは! ファーストレイドで俺に向かって掛けた技! しかも二体同時に操るとは!)
大凶魔學院ベンチの倉が心の中で叫んだ。
「それ左フック! そしてアッパー!」
白鳥の拳の動きに合わせ、二体の鳥が煙の中から美月の右こめかみ、そして地面すれすれに飛行して美月の真下で急上昇しアゴを狙う。
「くっ! このぉ!」
そんな炎の鳥の攻撃を、美月は驚異的な反射神経でギリギリでかわしていった。
それを眺めながら、白鳥は妖しく唇を歪め呟く。
「さぁ、踊りなさい。私に操られた美しき『黒衣の操り人形』よ……」
それでも美月は夜長に向かって叫ぶ。
「夜長様! こいつは【術操舵】で足が止まっています! 私もろとも攻撃を!」
―【術操舵】のスキルは多大なる集中力を必要とするため、マギカは足を止めて行うものであるが、ベテランのマギカにおいてはその限りではない―。
しかし、美月の叫びに夜長は答えなかった。
「夜長様! なぜ【黒炎爆】を撃たないんですか!?」
術を唱えるのに躊躇している夜長に向かって、美月が叫んだ。
『美月。私はね……もう誰も……失いたくないのよ。わかってちょうだい』
”!!”
ほんの数刻前の夜長の言葉が、美月の体を支配した。
「部下想いのいいキャプテンです。ですが、勝負の世界では、その甘さが命取りですよ」
「だったら! 私一人でお前を倒す!」
「できますかな?」
白鳥は両拳を顔の前で構えると、上半身を左右に振りながら∞《無限大》の文字のように回転させ拳を放つと、炎の鳥も美月の前で∞を描きながら飛び回っていた。
「そんな付け焼き刃のデンプシーロールなぞ!」
美月は両翼から襲いかかる炎の鳥を見切ると、体にぶつかる瞬間、すぐさま後ろへ飛び、
”ドグオオォォーン!”
炎の鳥を相打ちにさせた。
「へっ! ざまぁ……なにっ!?」
煙の中から白鳥が一気に間合いを詰めてきた。
「奥の奥の手! 一週間履いて、いい具合に熟した我が愛しの勝負パンツよ、【元素解縛】!」
ブリーフが光り輝くと消滅し、魔力へと変換された。
「そして右拳へ【加速】と稲津さんよりパクった静電気ほどの【カミナリ】を付与! フリ○ン姿で美月様の顎へ逝かせて貰います!」
「しまっ……」
”ピシッ!”
超スピードの白鳥の右拳が、美月の顎の先端をかすめた。
その瞬間、付与されたわずかな【カミナリ】が顎から脳を感電させた。
「がっ!」
美月の体が、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちると、龍堂学園のメンバーが心の中で叫ぶ。
目黒が(やったぜ白鳥! もうヤツは立ち上がれねぇぜ)
稲津が(白鳥君! 逃げて~!)
金剛が(逃げて……羽斗君……走って!)
鳥居が(でかしたエセマジシャン! 骨は拾って生物室の標本にしてやる!)
「ご安心を、皆さんの魂の声は届いていますよ! しかし! 私がフリチンで走ると思っていましたか? そんなわけありゃ~すか! ちゃんと”イチジクの葉”で隠してあります」
”はっはっは!”と叫びながら、白鳥は短距離選手のように両手を高らかに振りながら、龍堂学園のコートに向かってさわやかに駆けていった。
煙が晴れ、倒れた美月を見た夜長は、憤怒の表情で右手を上に掲げた。
「【黒炎爆】!」
大人の頭より二回り以上大きい、禍々しい黒炎を纏った炎の玉が、白鳥に向かって超スピードで放たれた。
「たとえよけてもすぐ第二発がきます。どうせなら……。夜長様! 貴方からの愛。この白鳥が全て受け止めて差し上げましょう!」
白鳥は体をひねりながらジャンプし、その胸で夜長の【黒炎爆】を受け止めた。
”ドグォォーン”
白鳥の胸で黒い爆煙が噴き上がり、爆風と衝撃波が大凶魔のコートを覆い尽くした。
後方へ吹き飛ばされた白鳥はそのまま龍堂学園のコート上に背中から転がっていった。
A、Bが驚きの声を上げる。
「あのマジシャン! わざと胸で受けて、その衝撃で自軍のコートへ!?」
「めちゃくちゃだぁ!」
『龍堂学園レイダー、レイド成功、並びにコートイン確認。レイダーダウンの為、カウントテン開始、十、九、……』
神の眼から発せられるカウントの最中、龍堂学園のメンバーから白鳥に向かって、魂の檄が力の限り飛ぶ。
目黒が(た、立てや~白鳥~!)
稲津が(お願い立って~!)
金剛が(羽斗君……立って!)
鳥居が(別のモノがタッてもかまわん! 男なら立ち上がれ!)
「言われなくても、立ち上がりますよ。じらしているのは……どんなポーズで立ち上がろうかと……考えて。やはりここはサイドチェスト、いや、サイド・トライセップス!」
白鳥は、背中で一方の手首をつかむと、ひざを曲げ片足を前に出し、ボディビルダーのようにポーズを決めながら立ち上がった。
『龍堂学園レイド成功。1ポイント獲得。スコア、大凶魔學院16。龍堂学園9』
目黒と稲津が「「やったぁぁぁ!」」
金剛が「羽斗君……やったね」
鳥居が「やってくれるじゃねぇか変態マジシャン! これでダブルスコアはなくなった!」
しかし白鳥はそのままコートへ沈んでいった。
「白鳥ぃ!」
「会長!」
目黒と稲津の叫びがコートを貫く。
白鳥がレイド成功したのにもかかわらず、甲斐はコート上でうずくまったままだった。
A、Bが観客を代表して呟いた。
「これで終わりだな……」
「ああ……龍堂学園もよくやったよ」
歩、奈里はただ甲斐を見つめていた。
『大凶魔學院アンティ一名ダウン。龍堂学園レイダーダウン。すみやかにコート外へ』
《神の眼》の命令が両チームメンバーに届けられる。
洞と氷耶麻が美月の元へ、そして目黒と稲津は白鳥、鳥居と金剛は甲斐の元へと力なく歩いて行く。
目黒が片膝をつき、白鳥の体を起こそうとした瞬間!
『Ladies and Gentlemen!! Attention! Please Welcome! The Princess of Castle Wall!!』
突然白鳥が大の字に寝転がったまま、天井へ向けて甲斐の口上を叫び始めた。
「お、おい、白鳥……」
目黒ですら、白鳥が気が触れたかと素で心配したが、
「か、会長……ま、まさか!」
甲斐を見つめる鳥居が一歩、二歩と後ずさる。
夜長は腕を組みながら甲斐の体を注視する。
”ボワッ!!”
湯気のように甲斐の体から魔力が沸き上がると、
”ドッバァ~!”
間欠泉のように魔力が噴き上がった!
蒼き魔力の炎を纏いながらゆっくりと立ち上がった甲斐は、真正面に立つ夜長をまっすぐに見据え、夜長は微動だにせず甲斐の視線を受け止めていた。
「な、なにが……」
「……起こっているんだ」
『マギディ・コルドロン』
奈里の呟きはすべての観客、そしてメンバーの鼓膜を貫いた。
「へっ! やりやがったぜ、あのお嬢ちゃん。一人でマギディ・コルドロンを完成させやがった」
歩も奈里の答えを是とした。
「そ、そんな……一人でマギディ・コルドロンを!?」
「あ、ありえない」
「し、しかし、この現実をどう説明する!」
狼狽える大凶魔派の観客達。
「いやったぁ~!」
「会長! いけぇ~!」
龍堂学園側は風紀委員の竹ノ内を始め、水を得た魚のように叫んでいた。
「はっはっは! やったぜ会長! てか白鳥、知っていたのかよ?」
白鳥に肩を貸した目黒は問いただした。
「私は……反対しましたが……まさか、成功……なさるとは……まさに……マジシャン顔負けの……イリュージョンですね……ハハハ」
白鳥をベンチに寝かせた五人の顔にも血色が戻り、目黒が力の限り叫んだ!
「会長! 足手まといは全員ベンチだぁ! 俺たちに気兼ねなく思いっきりぶっとばせぇ!」
”ハハハ!”と他の四人から笑いが漏れる。
『死ぬときは、みんな一緒よ』
白鳥の脳裏に甲斐の微笑みと言葉が思い起こされる。
もうここまでこれば勝ち負けは関係ない。
どのみち試合が終われば、自分たちには次がないから……。
三回戦も……。
この先の……未来も……。
『両校一名のみの為、ただいまよりサドンデスを始めます。カウントテン後に開始。十、九、八……』
甲斐は顔を上げ、神の眼に向かって、体の奥底から声を絞り出した。
『神の眼よ。我が龍堂学園は、ただいまをもちまして……ギブアップを……宣言致します』
『龍堂学園キャプテンによるギブアップ確認。ただいまをもちまして大凶魔學院学園チームの勝利と致します』
《神の眼》は淡々と試合結果をアナウンスした。
そして、すべてが凝固した競技場があとに残される。
『ふ……ふ……ふっざけんじゃねぇ~~~!!』
目黒の魂の咆吼でも固まった観客、メンバーは微動だにしなかった。
ただ一人、甲斐だけがゆっくりと顔を落としていった……。
(第一部 完)




