二人の敗者
大凶魔學院はその名の通り、中等部から大学院まである一大魔学院である。
そしてスポーツの分野においても、その名を全国に轟かしている。
しかし、弱小クラブは必ずしもそうではなかった。
倉は大凶魔学院の中等部に入学してすぐ、ほとんどの武道、格闘技の部から同好会まで殴り込みをかけた。
そして、弱小クラブ故、中高の部員が合同で活動しているプロレス同好会へ訪れたとき、いの一番に放った言葉。
『この俺に、すべてのプロレスの技をかけてくれ』
中学一年生の中ではずば抜けた恵体をしている倉だが、高校生の部員から見れば軽量級の人間である。
入部希望かと先輩達は喜んで、そして手加減をして倉に技をかける。
「どうだいプロレス同好会は? 君ならすぐメインをはれるぜ」
先輩の勧誘に倉は
「遠慮する。技の威力はともかく、こうも易々と技をかけられる競技では、拳がさび付いてしまう」
吐き捨てるような倉の言葉を聞いた先輩達は激昂し、一対多数のバトルロイヤルを仕掛ける。
なすすべもなくボロボロにされた倉は、そのまま校内の噴水に放り込まれてしまった。
その後、殴り込みをしている一年生の噂を聞いた夜長が、倉をマギカ・バディ部に勧誘したのである。
― ※ ―
(この俺が……プロレス技を!)
「よいしょぉぉぉ!」
倉の方がウエイトで二十キロ近く上回っていたが、魔術で強化したストライカーにとっては誤差の範囲である。
しかし両肩、そして右太ももと足の裏に傷を負った目黒には、自己治癒力が働いているとはいえ、ウエイト以上の重さを感じていた。
(くっ!)
倉のかかとが浮く。
(やらせるかぁ!)
すぐさまつま先を跳ね、体重を目黒へ預ける。
「とっと! おらぁ、暴れるんじゃねぇ!」
倉は猛牛のように暴れ、目黒を振り払おうとする。
逆に目黒は暴れ牛を押さつけるカウボーイのように、倉の首に体重をかけていた。
何度も繰り返される攻防は
”ハァハァ……”
”ハァ……ハァ……”
ボクシングのクリンチのように、二人の体力を削っていった。
アタックサークル内を暴れ回る両者によって紅の煙幕が徐々に晴れてゆき、二人の姿が観客にも見えてきた。
「なんだあれ?」
「まさか、ブレンバスターか!?」
熱い呼吸によって酸素を補充した両者は、最後の攻防を開始した。
「シャッ!」
持ち上げる目黒。
「ふぬっ!」
耐える倉。
『いけぇ~脳筋!』
『崩せぇ~倉ぁ~!』
二人のせめぎ合いに観客の声援にも熱が入る。
プロレス同好会のメンバーも、倉に声援を送っていた。
「うぬぬぬぬ!」
「ぐぬぬぬぬ!」
太ももと足の裏から血がにじみながらも、歯を食いしばり、もちあげる目黒。
それに耐える倉。
(俺はしょせん……易々とプロレス技をかけられる……男だったのか?)
『甘えるな! これは《マギカ・バディ》だぞ!』
ほんの数刻前、目黒に放った言葉が自分に返ってきた。
(そうだ。これは《マギカ・バディ》! 何でもありだ!)
すでに倉の両足は地面から離れていた。
『いけぇ~』
『あきらめるなぁ!』
(左腕はだめ……右だ! やつの腹、脇腹へ……手打ちだ、弱い……血、太もも! 拳では遠い! 手刀……いや貫手! 急げ!)
五指をそろえた倉の右手は、
「死なば諸共ぉ!」
槍のように目黒の傷ついた太ももへと突き刺さった!
「ぐあぁ!」
後ろへ一歩、二歩と後退した目黒は
”ドンッ!”
サークルライン上に尻餅をつき、ほぼ同時に
”ズドーンッ!”
倉の脳天も地面へ激突した。
前転のように倉の体は回転し、背中から左前へ倒れる。
同時に
”ズッ!”
目黒の太ももから倉の貫手が引き抜かれた。
「ぐわぁ!」
絶叫した目黒も倉の体を離し、、左後ろへ倒れていった。
《神の眼》によって煙幕が除去された競技場内で、判定がこだまする。
『レイダーダウン! 龍堂学園レイド失敗! なおレイダー一名、アンティー一名、負傷退場により速やかにコート外へ』
「目黒君!」
甲斐がすぐさま駆け寄り
「倉君」
夜長もまた倉の元へ駆け寄る。
「脳筋の顔……血だらけじゃねぇか! 珠洲! 担架だ!」
鳥居が救急箱を持って駆け寄ろうとしたが、すでに稲津が手に持ち、目黒の元へ走って行った。
まるで、このような事態が過去に何度もあったかのように。
そして稲津は、目黒の横で片膝をついた。
「真……理……」
「ひどい顔。何をどうしたらこんな顔になるのよ?」
「へっへっ! 知的な……作戦ってやつだ」
「はいはい。消毒したあと魔包帯を巻くからおとなしくしてね。顔を拭くのは後よ」
大凶魔側も洞が駆け寄り、倉に手当をする。
「んん……洞……殿」
「軽い脳震盪みたいですね。立ち上がらないでください。傷の手当てが済み次第担架で運びます」
「試……合……は?」
「レイダーのダウンです。貴方の勝ちです」
「そう……か。申し訳……ありません夜長様……自分は……」
倉は生きて帰ってこなかったことを謝罪するが、夜長は安堵の表情を浮かべながら答える。
「よく相手のストライカーを倒してくれました。傷はいつか癒えます。今は体を治すことだけを考えてください」
「は……ははっ!」
白鳥と鳥居によって担架で運ばれ、目黒はもう一つのベンチに寝かされた。
頭の横に稲津が座り、血だらけの顔をウェットティッシュで拭く。
「負……けた」
独り言のようにつぶやく目黒。
「そうね……完敗ね」
稲津も即答する。
「サークルラインから……先に……出ちまった……俺の……負けだ」
「やっぱり完敗じゃない」
「ちき……しょう……」
稲津は何も言わなかった。
ただ、まぶたの隙間からにじみ出る透明な液も、顔にこびりついた血と一緒に拭き取っていた。
過去に何度も行ったように……。
大凶魔側では、ベンチに寝る倉の横に火室が腰掛け吐き捨てた。
「情けないやつだ。みすみすブレンバスターをかけられるとは……」
倉も応戦する
「ふんっ! お主はジャーマンではなかったか?」
「我は、ちゃんと得点を稼いだぞ」
倉は、いやらしくにやける。
「はてさて、ドロップキックも食らったのではなかったか?」
「あれは異端の魔女が反則を犯したからだ! 一点も取れぬおまえとは違う!」
「だか、お主が手こずった脳筋を俺は倒したぞ」
「ぐっ!」
火室は何も言えなかった。
(子供のけんかですか……)
隣のベンチで洞はため息をつく。
しかしその後
「フッ……フフッ」
「クッ……ククッ」
二人の男から笑みがこぼれた。
(どうやらこの試合で得たものは、実に多大なようですね)
洞の顔からも笑みがこぼれるが、
(……もっとも、彼女は別の意味で得るものが大きかったようですが)
洞はジト眼で横の氷耶麻を見つめるが
”ハァ……ハァ……”
氷耶麻本人は洞のジト眼も気にせず、二人の男子のじゃれ合いに息を荒くしていた。
「いやぁ負けた。初めてだな。こんな負けは」
倉が自ら敗北を認めた。
「ああ、異端の魔女はともかく、今更ながら龍造先生の先見の明には驚かされる。素人同然とはいえ、我らをここまで苦しめる人材を見つけ、そして短時間で鍛え上げるとはな」
「口にするのもおこがましいが、もし龍造先生と立ち会ったら、こんな気分になるのだろうな……」
「同感だな。その龍造先生だが、未だおみえになってはおらぬ。一回戦の台貴知高戦では、あれほど声援を送っていたが……」
「龍造先生はお忙しいお方だが……なにやら、よからぬことになっていなければよいが……」
そんな和やかな大凶魔のベンチも、夜長の声で一気に冷める。
『大凶魔学院キャプテン、夜長です。《神の眼》よ。我が大凶魔学院は次のレイドを、放棄いたします!』
硬直する倉、火室、洞、そして氷耶麻。
「夜長様!」
真偽を確かめるように叫ぶ美月。
同時に、龍堂学園メンバーも凍らせた。
「会長!」
白鳥もまた、甲斐に問う。
「そんな……プライドの高い……夜長さんが……大凶魔学院が……レイド放棄なんて」
目の前の出来事が信じられないかのように、甲斐は一人、つぶやいていた。




