緋(ひ)の攻防
男子学生たちが目をこらして煙幕を凝視する。
「な、なぁ、なにがおこっているんだ?」
「わからねぇ、煙幕の中で戦っていることぐらいしか」
徐々に紅く染まっていく煙幕。
「お、おい、赤いのって、血だよな?」
「さっきの大凶魔キャプテンと龍堂学園の巫女とのレイドもそうだけどよ、どうせなら《神の眼》の投影画像で煙幕の中を見せてほしいぜ」
他の観客もざわめき始めた。
「おい、今からでも《魔回線》で《神の眼》に要望を送ろうぜ」
「い、いや、せめて試合が終わってからにしようぜ。《神の眼》に悪いしさ……」
磁石のように倉との間合いを詰める目黒。
(煙幕の中でコイツにくっついていれば、お嬢様の風の術はこねぇだろう)
そして、曲線を描きながら目黒を狙う【風裏剣】の風切り音が聞こえる。
その進路を読んだ目黒は、倉の体を盾にしようと身をかがめる。
「それこそ甘い考えだ」
目黒の考えを読んだかのように唇を歪める倉は、【風裏剣】の射線上に左腕を差し出した
「なにっ!?」
”ピシッ!”
倉の二の腕をかすった【風裏剣】は進路を変え、
”ズバッ!”
目黒の右太ももを切り裂いた。
「ぐあっ!」
”ボフ!”
地面に落ちた【風裏剣】は小さく爆発し、さらにあたりを白く染める。
「へっへっ! 肉を切らせて骨を断つってか!? あいにく俺の足はまだつながっているぜ」
「それで十分だ」
拳を構えた倉は、左腕から血を滴らせながらも、目黒に向かって左ジャブを放つ。
「くっ!」
なんとか避ける目黒。
「どうした? 動きが鈍いぞ」
「けっ! そうさせたのは誰なんだ……よ!」
目黒は学ランから血がにじむ右脚を、まるで鞭のように振り回して、倉の傷ついた左腕にけりを放つ。
”ドズン!”
「ぐっ!」
狙ってなのか、偶然なのか、目黒のつま先は、倉の切り裂かれた二の腕を直撃する。
両者の傷口から噴き出した緋色は、白い煙幕を紅に染めた。
そして、最後の【風裏剣】を放とうとする美月であったが、確認のため夜長の方へ振り返る。
夜長は腕組みのまま険しい顔で、わずかに顔を前へ倒す。
美月は、紅白の煙幕の中で争う二者の動きを凝視しながら、腰を落とすと
「【風裏剣】!」
地面ギリギリに術を放った。
左肩と右脚が切り裂かれた目黒。
左腕を裂き、傷口を広げられた倉。
互いに緋をまき散らしながら攻防を続ける。
(そろそろくるか!?)
倉の攻撃がわざとらしく、まるで自分に注意を引きつけるように感じた目黒は、【風裏剣】に備えあたりに神経を集中する。
(どこだ? こねぇ……上……下かぁ!)
”ズバァ!”
倉の股下から現れた【風裏剣】は、目黒の後ろへ回り込むと急上昇し、今度は背中側の左肩を切り裂いた。
”ぐ!”
さらに朱に染まる煙幕。
両肩をやられた目黒は両腕を下げ、うつむいたまま二、三歩後退する。
しかし、倉はとどめを刺しに来なかった。
何かに気がついた目黒はうつむいたままつぶやく。
「そういうことか……。ってことは……風の術は……」
目黒は五感、そして野生の勘である第六感すら研ぎ澄ます。
『後ろかぁ!』
左足で回転しながらジャンプし、右の靴底で【風裏剣】を蹴り飛ばす。
まるで背中に飛んできた味方からのパスを、回し蹴りでゴールに蹴飛ばすように。
そして【風裏剣】の向かう先はがら空きのゴールではなく、キーパーである倉であった。
”!”
蹴りによる加速と進路変更、何より煙幕による視界の悪さのため、【風裏剣】は
”ズバァ!”
倉の右脇腹を切り裂いた!
”ぐっ!”
倉が漏らす声に美月、そして夜長の眼が見開いた。
右脚の靴、靴下、そして足の裏が破断した目黒が、脂汗を流しながら倉を挑発する。
「へっへ……策士、策に溺れるってやつだな。どうしたぁ旦那……顔が青いぜ」
倉も右脇腹を押さえながらにやける。
「ふんっ! ようやくこれで互角といったところか……お主こそ……右足はどうした? けがをしている……ではないか?」
「心配してくれて……ありがとよ。勢い余って……刃の方を蹴っちまった……さっきは……うまくいったのによぉ」
「では……第二ラウンドだな」
倉は再び両拳を構える。
「”土俵”だからよ……“仕切り直し”……だろ?」
倉から距離をとり、紅の煙幕に紛れる目黒。
倉の眼からおぼろげに見える目黒の姿は、またを開いた四股立ち。
少し時間をおき、まるで相撲の立ち会いのようにぶらりと両腕をたらす。
一見、力なく垂れ下がったかのように見えるが、その指先からはたとえ煙幕ごしでも力を放っていた。
(やつのあの構え、寝技、関節……いや、プロレス技の準備か?)
倉は拳に力を込めながら、拳先を目黒にロックオンする。
(おそらく我の拳をかわし、後ろに回り込んでジャーマンとかをかけるのだろう……しかし、そんな見え透いた手をわざわざ……)
倉は心の中で頭を振る。
(迷うな! 我が信じるのは長年鍛錬したこの拳! 技をかけようと近づいた瞬間、渾身の右ストレートでやつを沈めてやる!)
もはやすべてが紅に染まった煙幕。
二人の体は最後の技、一撃にかけるかのように、微動だにしなかった。
(……申し訳ありません夜長様。やはりこいつは、相打ちでなければ倒せぬようです)
生きて帰れぬと悟った倉であったが、その体からはこれまで体験したことのない闘牙が湧き上がっていた。
美月は再び夜長の方へ振り向き、援護の確認をする。
しかし夜長は目を閉じ、軽く頭を振った。
紅い煙幕が拡散し、わずかながら視界が開ける。
左足で地を蹴る目黒!
左拳を顔面にロックオンした倉はジャブを放つ!
目黒はギリギリでよけるが、倉の半分だけ引き寄せられた拳は、そのまま左フックを放つ!
それすらも避ける目黒だが、わずかに体がぐらついた。
(よく避けた。だがこれで終わりだ!)
左足を一歩踏み出し、かかとの裏から拳の先までの移動エネルギー、さらに脇腹の痛みすら力に変えた、倉の渾身の右ストレート!
”バシュ!”
人差し指と中指の第三関節に感じる、目黒の頬肉の感触。
(!)
しかし、聞き慣れない肉と肉との音。
拳から伝わる感触は妙に生温かく、さらにぬるっとしていた。
まるで、”顔に油でも塗った”かのように。
”ズルッ!”
拳から頬が滑る。
(これは……血!?)
煙幕から現れた目黒の顔は緋に染まり、顔を歪ませながらにやけていた。
(こやつ……顔に血を塗って……)
倉の体は勢い余って、わずかに前に崩れる。
(しまっ!)
拳から離れた目黒の体は倉の右側へ移動する。
(やらせるかぁ!)
伸ばした右腕をやみくもに横へ払うが、意外にも目黒は倉の後ろへ回り込まず、体を反らして避ける。
(くっ!)
倉の体は脇腹の痛みと振り回した腕により、さらにバランスを崩し、体が前へと泳ぐ。
機を得たとばかりに、飛びかかろうとばかりに突進する目黒。
(ジャーマンとやらではないのか? 何が狙いだ?)
覆い被さる目黒の体。
目黒の左脇に挟まる倉の頭。
同時に、目黒の頭は倉の左脇に潜り込み、右手は、倉の帯をつかんでいた。
(なにっ!)
倉は過去の記憶から、この技を検索する。
(ブレン……バスター……だと?)




