闘気と闘牙
……と、競技場にいる誰もが思っていた。
『……ゼロ』
たった、二名をのぞいては。
アタックサークル中央に立つ目黒。
サークルラインから数歩後ろに立つ倉。
《神の眼》のカウントダウンが終わっても両者からは各種強化の術の詠唱どころか、あれほど体中から放っていた闘気と闘牙が微塵も感じられなかった。
沈黙が漂う競技場。
カウントダウンが終わった《神の眼》も沈黙し、他の競技の審判のように、レイドやアンティを促したりしなかった。
先に口を開いたのは目黒。
「なんか言いたいことでもあるんだろ? 顔に書いてあるぜ? 武士の情けだ。遺言があれば聞いてやるからよ」
倉は《魔染料》によってコート上に描かれた、アタックサークルを指さす。
「半径十メートルのアタックサークル。どうだ? 何かに似ておらぬか?」
命令でも嘆願でも提案でもない、世間話のような口調。
しかし、ストライカーである目黒は、それだけですべてを理解した。
「はんっ! ”土俵入り”ってか!? いいぜ! のってやるよ。なんなら四股でも践んでやろうか?」
「……好きにすればよい」
そして倉は歩み、ライン内に一歩、足を踏み入れた。
『ストライカーたる者、いかなる条件、いかなるルール、いかなる技をも受け入れる』
敵である両者が初めて通じ合った、ストライカーの魂。
二人には、それで十分だった。
”なにがはじまるんだ?”
と観客は顔を見合わせる。
「あの馬鹿、のせられやがって……」
吐き捨てるような歩の言葉に、男子学生のみならず周りも注目する。
「俺の見立てでは、パワー、テクニック、技のスピード等、ほとんどの能力が大凶魔のストライカー、倉ってヤツの方が勝っているだろうな」
「じゃあ、なんで脳筋が”のせられた”って?」
Aの疑問に、再び歩が答える。
「倉はさっきの《マギディ》で、おそらく魔力を使い果たしたのだろう。しかし、動ける範囲を限定すれば、それだけで攻撃や防御をしやすいし、体力や魔力を温存できるからな」
歩の次の言葉を遮るように、奈里が補足する。
「それに脳筋の取り柄は、大凶魔キャプテンの攻撃を避ける程の、チーターのような素早い脚運び。おそらく倉は、アタックサークルを土俵に見立てて、その中で勝負を行うと提案したのでしょう。そうすれば、脳筋の脚をある程度封じ込められますからね」
「じゃあ、もし、どっちかがラインから外に出たら?」
Bの質問に奈里は軽く微笑みながら答える。
「それはあの二人にしかわかりません。コートに体をつけて自爆するか、あるいは、そのまま続行するか……」
ジト眼でにらみつける歩をいなすかのように、奈里はすました顔でペットボトルを口に含み喉を湿らせた。
目黒がにやけながら口を開く。
「んで、開始の合図はどうするね? カウントダウンは終わっちまったぜ?」
「提案したのは我だ。合図はお主が行えばいい」
「へん、律儀なこって。んじゃ、お言葉に甘えてと……」
目黒はポケットからラムネを一粒取り出すと
”ピンッ!”
親指で天井に届くかぐらいまで弾いた。
すぐさま目黒はラインぎりぎりまで後ろへジャンプすると、詠唱を開始した。
「【加速】! 【防御】! 拳、肘、膝、かかと、つま先に【強化】!」
倉も残り少ない魔力で【防御】を唱える。
自由落下するラムネがコート上を真上に跳ねた瞬間! 両者の血も、肉も、咆吼も弾ける!
跳ね上がるラムネに吸い寄せられる倉と目黒。
そして、両者の顔とラムネがぴったり同じ高さになった瞬間! 二つの右拳もラムネに吸い寄せられた!
”グシャ!”
拳と拳の間から、微粒子レベルまで粉砕されたラムネが舞い上がる。
離れる拳。
煙と化したブドウ糖。
次の刹那には、ラムネの存在すらかき消す拳と蹴りが、両者の四肢から矢継ぎ早に放たれる。
”ズズンッ!”
”ドガッ!”
肉と肉、骨と肉、肉と骨、骨と骨とがぶつかり合う闘争。
そこには技もフェイントもテクニックもまるで贅肉であるかのような、原始的な攻撃。
まるで両者は彫刻家になったかのように、己の体を鑿や玄翁に見立て、相手の体に疵を刻み込む。
「すげぇ……」
「こいつら本当に一年か?」
男子学生達も、両者の攻防に息を飲む。
そして目黒は、奈里の言うとおり脚を使い始める。
反復横跳びならぬ、前後左右、そして斜めに体を動かす”反復八方跳び”で、倉の攻撃をかわし、そして鋭い一撃を加える。
「脳筋って、高校に入ってからマギカ・バディを始めたって本当かよ?」
「龍堂学園のメンバーは《魔の龍王》、庵堂龍造先生が自らスカウトしたって、眉唾じゃないかもな」
中学覇者の倉はまだしも、それと互角に渡り合う目黒の活躍に他の観客も目を見張る。
さらに目黒はアウトボクサーのように高速で倉の周囲を周り、全方向から攻撃する。
(……あわてるな。こやつは魔や術のような“飛び道具”を持っていない。必殺技である【魔短絡】にだけ気をつけていれば)
落ち着いて目黒を分析する倉は、首回りをガードするかのように両拳を高く上げる。
がら空きになったボディーを目黒は狙うが、岩のような筋肉は目黒の攻撃をはじき返す。
「なっ!」
”フンッ!”
ひるんだ目黒の一瞬の隙を突き、倉は瞬時にワン・ツーを放つ。
「ぐっ!」
ガードした腕ごと粉砕するかのようなストレートは、目黒に距離を取らせた。
「どうした? お主の攻撃もそれで終わりか?」
「安心しな。|お楽しみはこれからだぜ!《You ain't looked my real nothin' yet! 》 」
そんな両者の熱気を切り裂く、一陣の風!
”ズバッ!”
目黒が気づいたと同時に、左肩を切り裂く風の刃!
「ぐあっ!」
(武雄!)
退場者はレイドとアンティ、そしてタイムアウト中は声を発してはいけないため、稲津は心の中で叫んだ。
本能的に倉から離れる目黒であったが、それこそ大凶魔の思うつぼであった。
『【風裏剣】!』
美月の手の平から放たれる風の手裏剣は、【術操舵】のスキルによってホーミングミサイルのように再び目黒に襲いかかる!
「くそ!」
たった今、美月から放たれたのと、肩に傷を負わせた二つの【風裏剣】が曲線を描きながら前後から挟撃する。
「なめんなぁ!」
本能で瞬時に間合いを計算し、その場でジャンプした目黒は回し蹴りを放つ。
”ババキキーン!”
二つの【風裏剣】を粉砕するが
”ボボン!”
「なんだこれ! 霧? 煙幕!?」
着地した目黒の体が白い煙で包み込まれた。
「ちきしょう! アイツは!?」
『お前の右後ろだ』
すぐさま右へ体をひねるが、傷ついた左肩へ蹴りの衝撃が襲う!
「ぐあっ!」
『甘いな』
「てめぇら……味なまねを!」
『卑怯というか!? 寝ぼけるな! 甘えるな! これは《マギカ・バディ》だぞ!』
煙幕の中から倉の叱責が轟く。
『へっへっ! 冗談。最高だぜぇ! 《|マギカ・バディ《Magika Baddy》》はよう!!』




