96. 凱旋
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喜びを爆発させた試合直後とは打って変わって、すべてが終わった後の反省会はしみじみとしたものとなった。
球場脇に集まったチームの前で、インタビュー時には男泣きに泣いていた佐内監督が、照れ臭そうに立っている。
それだけではない。
4校の監督と部長、計8人の先生方は、誰彼なく目を真っ赤に腫らしていた。
「――なあ、みんな」
総監督役の佐内先生が、ようやく口を開いた。
「俺がさ、インタビューで言った事は、心からの本心だ」
その言葉にみんなはきょとんとして、顔を見合わせた。
そう言われても、なあ――記者の皆さんに囲まれて佐内監督が泣きじゃくっていたのは知っているけど、インタビューの内容まで盗み聞き出来たわけがない。
さすがに気付いたのか、監督が帽子をずらしてぽりぽりと頭を掻いた。
「あ、そうか――二回おんなじこと言うのは恥ずかしいけどなあ。こんな経験をさしてくれた選手たちには、感謝の気持ちしかない。全員集まれるのが週末だけ、雨の日は渡り廊下で素振りとランニング、そんな練習環境でここまで上達したみんなを誇らしく思う、て言ったのさぁ」
最上の褒め言葉に、今度はこっちが照れて俯く番だった。
「いやほんと、お前ら最高の贈り物してくれたよ……俺たちにだけじゃない、栗川の、夕張の、月形の、奈井江の爺さま婆さまたちに、一生の宝物になるような、贈り物だぁ……」
佐内監督が帽子を取り、カナたち選手に向けて深々とお辞儀をしながら、涙を再びぽろぽろと零し始めた。
「みんな、ありがとう……ほんとありがとう……」
その姿に思わずカナも、うるっと来た。
栗川の佐藤監督を見ると、思い切り鬼瓦の形相で貰い泣きをしていた。
これからの栗夕月奈のスケジュールであるが、チーム解散は当然ながら、三月までなし。
明日は各々の役場や市役所に、優勝の報告に行く。
明後日から練習再開、週末には栗高グラウンドで合同練習。
そして約三週後に行われる神宮の杜野球大会に、北海道代表として出場も決まった。
各地の地方秋季大会を勝ち抜いた10校が一堂に会するこの大会は、優勝校には無条件で春の甲子園への出場切符が手に入る。
もちろん初の全国大会を経験する栗夕月奈にとっては、重要な試金石ともなるだろう。
というわけで、大会までの短い期間にチームのさらなる熟成を図りたいので、優勝の余韻に浸ってばかりは居られない。
来週末にアンビシャス国際、そして次の週末には何と真駒大苫小牧から練習試合のオファーがあったそうで、ひとまずそれに向けて頑張りましょう、と新たな目標を掲げて帰途に就いた。
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明くる日、教室に入ったカナを待ち構えていたサオリンが、いきなりガバッと抱きついてきて、すりすりと頬擦りを始めた。
そう、昨夜帰宅したカナに、美香お姉ちゃんがちょうどそうしたように。
「香奈ぁ~、あんたら大したもんだよぉ~。あたしを甲子園に連れてってくれて、ありがとぉ~」
何ともサオリンらしいストレートな反応に、カナは苦笑する。
別にサオリンのためにハッチャキこいたわけじゃないけど、さすがに口には出さない。
「なんもなんも。それにまだ、甲子園行けるって決まったわけじゃないんだよ? 来年になんないと、出場校は発表されないんだから」
「へっ? そーなの? でも甲子園は行けるんしょ」
「うん、大丈夫だと思う」
センバツの出場枠は、北海道東北合わせて3校。
だがここ数十年は毎年、北海道から最低1校は出場している。
「じゃあ問題ないっしょー。香奈ぁ、あんたすごいよー」
そう言ってサオリンが再び抱きついてきた。
姉のお蔭、と言うか姉のせいで過剰なスキンシップにもすっかり慣れてしまったカナだが、人並み外れて小柄なので、誰に抱きしめられても、いつも包まれるような感触がある。
――小っちゃかった頃を思い出すかも、覚えているわけないけど。
「香奈、少しお疲れだね」
「見た目よりは元気さぁ? たださ、これから役場に報告に行くのちょっと面倒だし……それと、みんなが喜び過ぎて、正直引いた」
「ああ、ゆうべはちょっと凄かったよね」
栗川にはスポーツ好き、お祭り好きの人が多い。
栗川天満宮の盛大な秋祭りは言うに及ばず、プロ野球のフロンティアーズがパリーグ制覇すると、駅前でビール掛けをやっちゃう土地柄である。
地元の母校が全道大会優勝、甲子園出場確実という事態はそんな『栗っこ』たちの心にがっつりと火を付けてしまった。
昨日、帰りのバスが栗高に着いた時には既に、晩秋の早い夜が訪れようとしていた。
決勝戦の反省会と分析をしながらバスで普通に過ごしていたカナたちが目にしたのは、校門に詰めかけた人々――野球部の到着を待ち続けていた栗川町の皆さんと、栗高の生徒たちだった。
みんな笑顔で、万歳を叫んでいた。
驚くほどの人だかりのせいでバスは校門をちょっと入った処で立ち往生し、野球部員たちは人々の祝福と拍手を受けながら部室まで凱旋する羽目になった。
ご丁寧にも、校門前に路駐した車のスピーカーから何故か『フィンランディア』まで流れてくる。
その人々の中にサオリンも居たらしい。
「あの後、結構大変だったんだから。校門前でビール掛けやっちゃった、お馬鹿さんが居てさ、『ここをどこだと思ってんですかーーーっ』て高橋センセがチョー激怒して、すんごい勢いで走ってきてさ」
「あははは、はんかくさい。そんなことあったんだあ」
「そだよ、栗川には地元のコバヤシ酒造があるんだから、掛けるならポン酒だよねえ」
「いやそもそも、学校にアルコール持ち込まないっしょ、ふつー」
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栗川町役場に行くのは昼過ぎだったので、午後の授業を抜け出す形でカナたちは集められた。
カナンやスズを見ると、脱力したような呆けたツラを晒している。
緊張の続く激闘を制した昨日の今日なので、無理もないが、もしかするとカナも同じような顔をしているかと思い、両頬をぺちぺち叩いて引き締めた。
そんな気の抜けた気配を察知したのか、佐藤監督はみんなを横一列に並ばせると『気をつけっ!』『休めっ!』と珍しく大きな声で活を入れた。
ちなみに鬼瓦のような怖い顔をしているが、それは緊張しているせい。
監督は怒っている時の方が、優しい顔になる。
そして監督は、静かな声で話し始めた。
「えー……昨日も話しましたが、君たちはほんとに大した事をやってのけました。全道大会優勝、栗夕月奈は北海道の代表として、これから全国に打って出ます……」
緊張をほぐそうとしたのか、監督がますます怖い顔でニカッと笑う。
大切な話をしようとしているんだな、という事は理解した。
「昨夜の町民の皆さんが集まってくれたのでも分かるように、君たちは今や町内の、いや北海道の、注目の的です……いや、史上初の連合チーム優勝と言う事で、日本全国が君たちを見ています……」
そこで監督はひと呼吸置いてみんなを見回し、メグさんに話し掛ける。
「何が言いたいか、分かるか? 恵沢、どうだ?」
「はい。北海道代表として恥ずかしくない行動を、ひとりひとりが取れ、という事ですね」
さすがはメグさん、即答だった。
満足げに肯く監督の顔は、心なしか怖さが和らいだような気がする。
「そうだ――いいですか、みんなが君たちの言動を見ています。君たちは普通の高校生ではあるけど、それと同時に、北海道を代表する栗夕月奈の一員です。今日は町長と会うし、テレビもわんさか来てるそうだから……要するに役場ではダラダラしたり、ふざけたりすんな、つー事だ。分かったなっ?!」
『はいっ』
ちなみに優勝報告会は想像していたよりも大ごとになっていて、全国のニュースでも取り上げられるそうだ。
こういう場でのメグさんは、ほんとに頼りになる。
常識人だし、真面目だし、チーム代表として何でもてきぱきやってくれる。
一年上なだけなのに、メグさんが途轍もなくお兄さんに見えてしまった瞬間だった。
お蔭でカナは、ニコニコしながらお辞儀をするだけで良かった。
栗高野球部7名の中でただひとり控えメンバーのメグさんだが、チーム内でメグさんを軽んじる者は居ない。
栗夕月奈の結成に当たり、栗高加入の最終決断をしたのは、メグさんとキタさん、ふたりの二年生だった。
ここでメグさんには、臨時部員を募って栗川高単独出場、という道もあった。
それなら正部員であるメグさんには、セカンドレギュラーの道は大きく拓けていた筈だ。
しかし、メグさんはそうしなかった。
自らのレギュラーの可能性を閉ざしても、連合してチームが強くなる方を選んだのだ。
つまり今回の栗夕月奈の快進撃、その土台には歴然とメグさんの自己犠牲が横たわっている。
カナだけでなく一年生部員のみんなは、その認識を持っていた。
メグさんのお蔭でつつがなく終わった優勝報告会であるが、その後のインタビューにはチーム代表のメグさん、それとカナンが応えた。
しかしその日のローカルニュースでは、メグさんのインタビューはカットされ、カナンと、夕張市役所を訪れたチュージさんの談話だけが放送されていた。
「ボクのストレートが全国の強豪にどれだけ通用するか、楽しみです」
カナンは少し照れた様子で、そんな話をしていた。




