71. 秋季北海道大会一回戦 (vs真駒大苫小牧)
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大会二日め第一試合、いよいよ栗夕月奈、全道大会初戦。
相手は道内屈指の野球強豪校、室蘭地区代表、真駒大苫小牧。
実は栗川と苫小牧は意外に近く、室蘭本線を使えば乗り替え無しで、一時間ちょっとで到着する。
同じ空知の滝川などよりもよほど行きやすいのだが、如何せん実力差があり過ぎて、今まで真駒苫との交流はほぼゼロだった。
円山球場のダグアウト前でカナたちは、真駒苫のシートノックを観察していた。
相手校の実力は、シートノックを見ればある程度分かる、と言われている。
限られた時間の中で、グラウンドの状態や風向き、クッションボールの跳ね返り具合に自分自身の調子など、チェックするべき事がたくさんあり、優秀な選手ほど、無駄のない動きで試合前の情報を収集していくからだ。
真駒苫のシートノックは流石と言うべきで、効率的で活気に溢れ、個々の選手たちも意味を持った行動をしていた。
先発ピッチャーは背番号10の小谷内さん。
「エースの手嶋は温存かよ……俺たち、舐められたかな」
「いやいや、逆っしょ。うちの事、相当意識してますよ」
ルイさんの呟きにフクローが反論する。
その根拠は三つあります、とフクローは明言した。
まず、手嶋さんと小谷内さんの力量に大きな差はない、それがひとつめ。
次に評判の好投手カナンへの対策として、5番を打つ手嶋さんの負担を軽くし、バッティングに専念させる、それがふたつめ。
「みっつめはですね、小谷内さんがサウスポーだ、という事です」
フクローの言葉にルイさんが怪訝そうな顔をした。
「サウスポーつったって、うちには左打ち、ふたりしか居ないベさ。俺は左右あまり気にしないけど?」
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左打ちのバッターは左投げのピッチャーを苦手とする場合が多い。
これは右対右のケースよりも顕著である。
「だから、もうひとりの左打ちを完全マークしてるんですってば」
「マジかよ」
「マジです。真駒苫さん、カナを完全に抑え込む気でいますよ」
これにはカナも、少なからず驚いた。
「ひえーっ、こんなチンチクリンをマークして、いったいどーするつもりさ真駒苫さんは」
「当然だろ? 俺が敵側のキャッチャーだったら、いちばん出塁させたくないバッターは、カナだよ」
初回の第一打席、カナは空知支部予選の全試合で出塁し、しかも悉く先制得点に絡んでいる。
つまりカナが出塁する事によって、栗夕月奈が試合の主導権を獲る事に成功しているわけだ。
「カナは背が低いからストライク投げるのも、ゆるくないし、小技は巧いし、選球眼良いし。出塁させたらさせたで、ちょこまか動いてピッチャーはプレッシャー掛かるし、ちょっとでも油断したら盗塁してくるし。敵からしたら絶対に抑えたいバッターなんだよ」
「うーん……そしたら、どんな手段使っても出塁できたら、こっちの勝ち?」
「事はそんな単純でもないかな」
愚問だった。
いくら出塁したとしても、それだけで勝利に繋がるわけがない。
「真駒苫さん、二段構えで目標を設定してると思うぜ。まずはカナを抑える事。抑えられなかったとしても、先制点を与えない事。そうして主導権をこっちに渡さないつもりだろうな」
「というわけで、カナ、頼んだぞ」
「頼んだぞっ」
話を聞いていたタッキー、スズ、そしてカナンがカナの帽子をひょいと取り、次々と頭をわしゃわしゃ撫でていく。
そして何故かカナンが、しつこくカナの髪をわしゃわしゃして離さない。
「カナお前、シャンプー替えたか? やけにサラサラしてるべさ」
「こないだ、お姉ちゃんと一緒に新しいシャンプーコンディショナーを……あんまり髪ちょす(=触る)なっ、わやになるぅー」
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ともかく試合開始。
先攻の栗夕月奈、トップバッターのカナが左打席に就く。
1番打者の仕事は毎度ながら、塁に出る事だけではない。
先発ピッチャーの調子や隠された情報をなるべく引き出し、後に打つバッターに見せるのも大切だ。
フクローからの事前情報では、小谷内さんは左打ちが苦手とするタイプのサウスポーらしい。
がっしりした体格から左腕を巻き込むようにして投げるフォームは、リリースの瞬間が分かりづらい。
左バッターなら、なおさら見にくいだろう。
さらに小谷内さんが決め球としているのは、右打者ならクロスファイア気味に食い込み、左打者なら外に逃げていくスライダーだった。
つまりタイミングをある程度、勘に頼らなくてはいけないうえに、腕の短いカナからは、小谷内さんのスライダーはかなり遠く見えてしまう、と予想出来る。
――ま、そうであっても、今さらオープンスタンスに戻したりとか、余計な事はしないよねぇ。
いつも通りのスクエアスタンスから身体を捻り、お尻をプリッと小谷内さんに向けてバットを構えた。
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先発ピッチャーの初球は、高校野球の場合、ほとんどがストレートである。
バッテリーとしても、まずは基本となるボールで、その日の調子その他を計っておきたいのだろう。
そしてこの打席でも、初球は外のストレートだった。
1番打者の中には、そのストレートに山を張って狙う選手も居るが、カナはそういうタイプではない。
タイミングを見計らいつつ、見送る。
ストライク。
リリースポイントの見づらさはあったが、タイミング自体は事前のシミュレートと大差はなかった。
ストレートだけなら、何とかなりそうだ。
カナをよほど警戒していたのか、真駒苫バッテリーは、球種の出し惜しみをしなかった。
カーブ、チェンジアップでタイミングを崩しに掛かった1ボール2ストライクからの四球め。
キレのある外寄りのボールが、ギュインと勢い良く、さらに外に逃げてきた。
おわっ、スライダーだっ。
出しかけたバットが済んでの処で止まり、ボール。
おーっ、危ないとこだった、こりゃゆるくないべさ。
ただ……カナンのソレとは違って、ストレートと見分けがつかないまでは行かなそうだ。
一瞬の判断だけど、スライダーも感覚で何とか捉えられるかも知れない。
五球めもスライダー、しかし背中からやって来て、外角いっぱいのゾーン内に入ってくるヤツだった。
コーン。
カナは腕をいっぱいに伸ばしてファールを流し打つ。
よしっ、付いて行けてるぞっ。
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六球め、非力なカナに対しては、予想通り速いボールで勝負に来た。
内角ストレート、少し高め。
タイミングは勘の要素も少なからずあるが、掴めてはいる。
カナは変化球待ちのフォームで腕を畳み、ストレート用の速いスイングを繰り出した。
コーン。
手応えあり。
鋭いライナーが一二塁間を襲うが、あいにくそこにはセカンドが守っていた。
あちゃーっ、読まれてたかあっ。
カナ、セカンドライナーに打ち捕られる。
1アウトを取った真駒苫野手陣の声掛けが、気合い入りまくって物凄い事になっている。
確かに向こうの立場で考えるなら、打球の方向を予測して直前に守備位置を変えたセカンドの、隠れたファインプレーだった。
カナは本塁ベースまで走って戻り、タッキーから竹バットを受け取る。
「ありがと」
「ナイスバッチ、惜しかったな――で、どうだった?」
「タイミングはイメージ通りでいいと思う、スライダー切れてるよ」
これだけの遣り取りが精いっぱいだったが、タッキーならこれだけでも通じてくれるだろう。
ネクストサークルにやって来たフクローと、戻るついでに手早く情報交換を交わし、ベンチで待ち構えているメンバーとは、もう少し詳しい遣り取りをする。
1番打者としてのカナのお仕事は、これでおしまい。
ベンチで呼吸を整えた後は、菫さんの隣に腰掛け、応援を兼ねてグラウンドを凝視する。
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「惜しかったね、香奈ちゃん」
「なんもなんも、アウトになっちゃったら一緒ですよぉ」
菫さんの慰めに、思わず笑顔を作ってしまう。
今回は真駒苫のセカンドに、してやられた感が強い。
正直、マウンドの小谷内さんに集中しすぎて、セカンドが守備位置を変えたのには気付かなかった。
気付いた処で巧く対処出来たかどうかは、また別の話ではあるが。
10割打つ、つまり打席に入る度にヒットを打つようなバッターなど、居ない。
頭では分かっている――が、打ち捕られてしまうとやっぱり、軽い敗北感が付き纏ってしまう。
それは加南の頃、嘗てピッチャーをやっていた時には無かった感情で、カナは少し不思議な気持ちになった。
カナってそんなに、負けん気強かったかなぁ……
でも多分それは、きっと成長なんだろう。
カナンにフクロー、ルイさんら、とことん強気で負けず嫌いの人たち、一日でも長く栗夕月奈で野球をしたいと涙する菫さん、チームのみんなに引っ張られて芽生えた感情なんだ、と思う。
カナは栗夕月奈のみんなに感謝しつつ、その感情を大事にしていこうと思った。
小谷内さんは元より完投する気などさらさらないのだろう、初回から思い切り飛ばしている感じだった。
2番タッキーに続き、3番フクローもクロスファイア気味のスライダーに詰まらされ、打ち捕られる。
一回表、栗夕月奈の攻撃は三者凡退に終わり、カナはグラブ片手に、レフトの守備位置まで駆けて行った。




