70. 秋季北海道大会 全道大会、開幕
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「はぁ~」
大会直前、組み合わせ抽選を終えた主将のチュージさんが、グラウンドに出るなり深いため息を吐いている。
「チュージさん、なんもですよ」
「そうそう、勝ち進んでいけばいずれは当たる相手なんですから」
カナたち一年の励ましにも、チュージさんの顔色は冴えない。
「ホントごめんなぁ。俺、こんなクジ運悪いとは思わなかったわ」
秋季北海道大会は、各地区の代表20校によって優勝が争われる。
決勝までの九日間で、最大五試合を闘うという、強行軍だ。
栗夕月奈のピッチャーは、一年ばかりが3人。
しかし実質はカナンひとりと考えて良い。
マッチーにカバちゃんも、徐々にレベルを上げつつはあるが、短いイニングならまだしも、全道では厳しいというのが大方の見方だ。
栗夕月奈が勝ち進むためには、おそらくカナンが先発完投するより他はなく、カナンの酷使を防ぐためには二回戦からの登場が望ましかったが、残念ながらチュージさんは一回戦の籤を引いてしまった。
しかも初戦の相手が、真駒大苫小牧。
甲子園には春夏合わせて11回出場を数え、そしてあの夢のような三年間を、道民はけして忘れないだろう。
夏の全国選手権連覇、その翌年も準優勝。
深紅の優勝旗が、津軽海峡を越えた瞬間だった。
誰もが知る全国区の名門で、今大会も優勝候補の一角である。
栗夕月奈、初戦からいきなり、難敵との対決だ。
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「いやいや、クジ運良いですよ、チュージさんは」
ただひとり、フクローの意見はまったく逆だった。
「真駒苫はきっと、うちのデータほとんど取れてないですよ。特にカナンは、夏にはストレートとカーブだけだったから、今頃は高速スライダーの画像見て、肝潰してると思いますよ」
「したっけ、データ無いのは、お互い様でないかい?」
「新チーム仕上がったの一ヶ月前だから、確かにそうなんですけど、知名度高い分、探せば少しは見つかるんですよ。早い間に強いとこと当たっとくのは、俺たちにとってはメリットしかないんです」
「フクローって……強いんだな」
そう言うとチュージさんは、帽子を深く被り直して両目を閉じ、軽く身震いした。
頭の良いフクローは、それだけでチュージさんの言葉の意味を理解した雰囲気だったが、この場を収めると言うか高めるためだろう、黙ったままチュージさんが次に喋るのを待っていた。
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しばらくの沈黙があった後、言葉を選ぶようにチュージさんがようやく口を開いた。
「俺が野球始めたのは小学ん時だけどさ、夕張に住んでると、今の今まで、ずーっと9人揃うのがやっとのチームばっかで、さぁ……いつの間にか、一勝するのが目標になっちまっていた。栗夕月奈はそういうチームじゃない、て頭じゃ分かってた筈なのに、な……長年の負け犬根性が染み付いちまってた、かもな……」
「チュージさんは、負け犬なんかじゃ、ないですよ」
フクローの言葉に誰もが肯いた。
チュージさんの野球選手としての実力は、弱小チームのソレではない。
恵まれないにも程がある環境で、チュージさんがどれだけ上手くなる努力と智恵を積み重ねてきたのか、同じく野球をやっている立場なら、簡単に分かる事だ。
「ありがと、なぁ、みんな……」
チュージさんは両手で、顔が真っ赤になるくらい激しく擦ると、次にはパンパンっ、と大きな音を立てて、自分の頬を叩いた。
「そうだな、俺が悪かった。心のどこかで、強豪に胸を借りる気持ちがあったと思う。俺たち空知代表だもんな、きちんと闘わないと、アンビシャスにも滝北にも顔向け出来ねえよ」
「はい」
「おうっ」
チュージさんを囲んで、短い返事が飛び交う。
期せずして連合チーム全体の決起集会の様相を呈してきた。
「対外的には胸を借りる、でも良いんですけどね」
そう言うとフクローはチュージさんの手を取って、ガッチリと握手をした。
「超有名校に無名校が挑む、てのは一般の人たちが好む図式ですから。でも栗夕月奈は負けて元々のチームなんかじゃ、ねえですよ。真駒苫、相手にとって不足なし、てヤツです」
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秋季大会初日、開会式に出るため、札幌まで全員で出向いた。
高校野球の春季と秋季、そして夏季の南北海道大会は、札幌円山球場で行われる。
道内の高校球児にとっては、甲子園と同じくらいの特別な存在だった。
「カナは二度めなんだよな、円山球場」
「うん」
カナと菫さんにとっては、認定試験以来となる。
本日は開会式のみの出場で、明日の第一試合に真駒大苫小牧と一回戦を闘う。
中二日で二回戦、その翌日に準々決勝……となかなかの強行軍であるが、栗川町がバスを出してくれるので、移動が比べものにならないくらい、楽になった。
開会式は賑々しく行われた。
初出場となる栗夕月奈の登場には、ひときわ多くの拍手が飛んで来た。
史上初となる連合チームの全道大会出場であるが、4校それぞれで考えると、奈井江が17年振り、夕張が15年振り。
栗川は今夏、北北海道に行ったばかりだが全道は30数年ぶりの出場となるし、月商は創立以来初めての円山だった。
「カナ、外野のフェンス見たか? お前ならアレ、登れるぞ」
開会式の終わる間際、スズが後ろから突っついてくる。
「なんだよっ、行儀悪いなぁ」
悪態をつきながらも後ろをチラ、と振り返れば、確かに外野は芝生席になっていて、外野のフェアゾーンの切れ目の部分で、フェンスの壁の高さが半分ほどに低くなっている。
壁の高さは1メートルもないだろう。
認定試験の時もレフトの守備に就いてはいたが、改めてそういう目で見てみると、滝川市営よりも遥かに登りやすそうだ。
ただアンビシャス戦での超ファインプレーは、無我夢中状態の最短距離で打球を追っていった結果生じた偶然の産物なので、意識して同じプレーが出来るかは、自信がない。
何より、カナンのボールが外野フェンスまで飛ばされる事のない方が、栗夕月奈にとっては都合が良いだろうとも思われた。
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ダグアウト裏では、各校への取材攻勢が行われている。
優勝候補である北海堂を始めとした札幌勢数校、真駒大苫小牧、北北海道からは十勝の雄、白樺高などが話題の中心となっていた――が、栗夕月奈も意外な人気であった。
やはり全道注目のエース、カナンが一番人気で、多数の取材陣に取り囲まれ、穏やかな雰囲気でインタビューを受けている。
主将のチュージさんは、多少緊張しているようだ。
そしてカナも取材に呼ばれた。
どうやら菫さんと一緒にインタビューを受ける事になるらしい。
呼ばれた先にはテレビカメラと、女子アナさんが待ち構えていた。
――となると、全道のニュースで流されるのかな。
思わず襟足の辺りを両手でチェックする。
女子アナさんが笑顔で語りかけてくる。
「まあっ、おふたりとも可愛らしくて、とても野球選手には見えないですね-」
この人はカナたちにいったい、どんな返答を期待しているのだろう。
菫さんと顔を見合わせる。
「またまたぁ、アナウンサーさんの方がよっぽどめんこいべさぁ。ねー香奈ちゃん」
「そですねっ。さすがテレビの人ですよぉ」
その応えは要らなかったらしく、女子アナさんがカナたちをキッと睨み付け、小声で囁いてきた。
「私のことは、どうでもいいからっ」
うわあ、この女子アナさん、仕事の鬼だぁ。
身の危険を感じたカナは、普通に応える事にした。
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今大会に懸ける意気込みとやらを訊かれる。
「そうですね。一日でも長く、このチームで闘いたいです」
菫さんの顔付きがガラッと変わり、きっぱりした言葉が返ってきた。
「栗夕月奈は連合チームなので、負けた時点で解散になるんです。部員3人の夕張谷は、春の大会も連合を組む事になるけど、香奈ちゃんの栗川とは別のチームになる可能性が高いから……私は栗夕月奈で、一日でも長く野球をしていたい。香奈ちゃんと少しでも長く、チームメイトでいたいです……」
そう言うと菫さんは、瞳を潤ませながらカナを抱きしめてきた。
「菫さん……」
「栗夕月奈は、最高のチームです。強いだけじゃなくて、雰囲気も最高です。私がチームに貢献出来る事は、そう多くはないと思いますが……私は私に出来る事を、精いっぱいやって行きたいと思います……」
「それでは、目標はズバリ優勝ですか?」
女子アナさんがそんな質問を畳み掛けてくる。
確かに優勝して甲子園に行けたなら、栗夕月奈の解散は来年三月のセンバツ大会まで大きく伸びる事にはなるわけだ。
菫さんは、喉の奥に言葉がグッと詰まった感じになって、途切れ途切れに返答を始めた。
「優勝……というか……勝ちたい、という気持ちは、強くあります……自分でも不思議なんですけど、甲子園も、憧れでは、あるんですが……負けたら、栗夕月奈は、終わりになるから……その事を思うと、胸が締め付けられそうに、なって……すみません、うまく言葉にできなくって……」
女子アナさんが黙って、菫さんを優しく抱きしめると、菫さんは俯いて両肩を小刻みに震わせた。
菫さんのインタビューはかなりの評判になったようだった。
お蔭でカナの、出塁と守備にこだわってチームに貢献します、という普通のコメントは、ニュースではオールカットの憂き目に遭った。




