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1001番目の男  作者: ノーマー=Z=クアーズ
第1章 ヒトトナリ
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14番目 parallel world

 上田たちは未だ夜も明けきらない内に出発し、道程を消化していく。夕方に差し掛かる前には村へと寄り、宿を探す。ラブラドルの屋敷を出て3日め、クルトラからクルーナリン、そして次の町、クルーニンガンに着くころには、木々に覆われていた街道が、見晴らしの良い丘や平地へと変化していた。


 体格の良い彼らは一見、疲れ知らずに見えるが、上田を除く3人は、さすがに旅の疲れがたまっているのか、宿に入るとすぐにベッドへ潜り込んでしまった。なぜかあまり疲れのない上田は、まだ夕方でもあるし、少しクルーニンガンの町をぶらついてみることにした。


 ここもクレアモリスと同じく宿場町だ。ただ同じといってもクルーニンガンの方が規模は小さい。入り口から見ても、町の全景が見渡せる程度だ。その入り口には、例によってエクワインの赤い厩舎がある。こちらもクレアモリスほどではなく、バレーボールのコートが余裕を持って2面とれるくらいだ。

 宿の向かい側の路地へと足を進めてみる。街道に面した建物には、たいてい看板が付いており、そこに書かれている文字はどうみてもアルファベットだ。しかも、アルファベットの綴りにしたがって読むこともできる。ここは異世界のなかでも、並行世界にカテゴライズされるのだろうか。そういえば、元の世界と何かと共通点が多い。文字しかり、日時しかり、また生物もだ。多少の差異は見られるが、大筋では異なるところがない。唯一魔法に関する部分を除けば、並行世界の中でも、かなり近い世界だと言えるかもしれない。もしかしたらそのことが、帰還において何か有利に働いたりはしないものなのだろうか。

(詮無きこと、かな)

 そうなのだ、上田が今ここで、あれやこれやと考えても大した意味は持たない。上田が異世界で目にした数少ない事実を基に推測するなど、できはしないのだ。今はその断片的な情報を一つずつ拾い集め、カケラとして、ある程度の形を成さしめなければならない。

 上田がふと顔を上げると、前方の路地に人がいた。少し近づき確認すると、2人の男性が金色の長髪をかきあげながら、1人の人間を囲んでいた。囲まれている人はフードを深くかぶっており顔が見えず、およそ金髪たちの仲間にも見えない。コートの左腕部分には赤い布が巻きつけてある。また、フードの人は建物の壁に背中を預け、コートのポケットに手をねじ込んだままだ。対する男性たちは、一応フードの人を見降ろす形ではあるが、上田に比べれば彼らも背は低い。しかも肉付きもあまり良くないようで、取っ組み合いとなれば上田が当然勝つだろう。

(触らぬ神にたたりなし、だね)

 見るからにフードの人が金髪の男性たちに絡まれている風だが、そのようなことはどうでも良い。つい先程も、上田は同じような結論を出したはずだ。情報のそろわない内から考えを巡らすことは、あまり賢いことではない。そうして上田が、次の角を曲がって、今度は宿側の路地に引き返してみようか、などと思いを巡らせていたそのとき、彼は凍結した地面に足を滑らせてしまった。転びはしなかったが、体を支えるためについた手が思った以上に壁を鳴らした。

 金髪二人組が揃って上田を見る。黙って立ち去るというわけにもいかないようだ。上田は微笑みながら彼らに話しかけた。

「邪魔するつもりはありません。自由にしてください」

 上田はおもむろに角を曲がり、その場を離れようとした。だが金髪たちは、それを許さない。

「ああん? 邪魔するだあ?」

「何だ、邪魔するつもりか? 変な顔しやがってよお」

 口元を歪に変形させながら、金髪たちは上田に近づいてくる。そして、上田は説得を試みる。

「いやね、勘違いしているようですがね、私は邪魔はしないと言ったんです。何をしてたのかは知りませんけども、私のことなんか放っておいて続きをしたらどうですか?」

「ああん? 勘違いだあ?」

「何だ、馬鹿にするつもりか? 俺らがてめえの言うことを理解できてないってよお」

(会話ができないね。いっそ走って逃げるべきかな)

 金髪の遠い方とは2~3m、近い方とは1mの距離がある。走っての逃走を図るべく、上田が足に力を込めようとしたところで、金髪たちの背後から声が聞こえた。

「そいつらに何を言っても無駄だよ。そいつら馬鹿だし。それと、お兄さんの顔は憶えたからね。あたしを置いて逃げるつもりなら、……助けてくれないなら、お兄さんにも仕返しを考えておくつもりだよ」

 それは女性の声だった。異世界では、女性が顔を隠すという、しきたりや流行でもあるのだろうか。

 しかし彼女は横柄な態度だ。理不尽ともいえる。ただ恨みを買うか、恩を売るかの二択なら、答えは決まっている。それに勝算もある。運良く金髪たちは2人とも後ろを振り返り、彼女に気をとられている。

「ああん? 仕返しだあ?」

「何だ、仕返しするつもりか? それならそんなことが……」

 金髪が言い終わる前に、上田は上体を左に回転させ、その流れのまま右足を振り抜いた。

 足の甲が金髪の横腹を捉え、柔らかな手ごたえを感じる。

(体が軽い)

 金髪の体は上田の蹴りの勢いを殺すことなく宙を舞い、壁に正面から衝突した。肉の潰れる音が聞こえた気がした。

 蹴りの勢いで上田の体は、残る金髪に対して、右半身を前とする半身になっている。上田は蹴り足を一度地面に触れさせてバランスをとると、べた足を付いている左足の力のみで一気に距離を縮めた。

 残りの金髪は、何が起こったのかわからないようで、口を半開きにしながら上田を見ている。しかし、迫りくる上田にとっさに反応したのか、体を丸め、腕を胸の前にもってきて全身を硬直させた。

 右、左と着地しながらリズムをとると、上田は折り畳んだ右足を残った金髪に向け、開放した。

 上田の右足裏が残った金髪の腕と接触する。鈍い音を立てた後、これまた見事に宙を舞い、上田は金髪たちを無力化することに成功した。

 戦闘と呼ぶにはあまりにも一方的だった暴力の余韻に上田が浸っていると、フードの女性が歩み寄って来た。

「お兄さんやるねえ。負けはしないと思っていたけど、まさかここまで圧倒的とは……。驚きだよ」

 上田もそれには同感だった。

 異世界に来てからずっと感じていたが、それは上田の思い違いではなく、どうやら本当に体が軽くなったようだ。そんなことを考えながらも上田は彼女との会話に乗った。

「そうですか。あなたを守ることができて良かったです」

「思ってもいないことを言っても無駄だよ。あたしにはわかるんだからね」

 彼女は笑いながらそう言った。

「嘘じゃないよ、本当だよ。……あれ? 信じてないな、その顔は」

「いや、信じていないわけじゃあないですよ。ただ、理解できないだけです」

 上田の胸くらいの高さの彼女が、腰に手を当て上田の顔を覗き込む。

「やっぱり嘘だと思って……って、ちょっと待って。……ふうん、そうか、お兄さんあれだね、例の『神出鬼没の聖女様』のとこの人だね」

 彼女は急に何かを納得したようなことを言い出すと、独りで頷きながら上田との距離をとった。そうして振り向き様に声を張り上げた。

「お兄さんに、予言を授けます」

「予言? 私に?」

「そうです、あなたのための予言です」

 彼女はどこか芝居がかった口調で喋り続ける。

「あなたには、近日中、もっと言えば3日以内に危機が訪れるでしょう」

 半信半疑ながら、上田は尋ねる。

「危機? それは……、命に関わることですか?」

「どうなのかな?」

 そう言うと彼女は独りで唸りだした。やはり単なる虚言なのだろう。

「ああっ、また疑ってる。でも、今度も本当なんだから」

 とはいえ予言など、そう易々と信じられるものでもない。

「ええ、疑ってはいないません。ただ、信じていないだけです」

「だからそう言ってるでしょ。あのね、あたしは借りはすぐに返す女なの。大人の女なの。お兄さんには頭の悪いチンピラに絡まれていたところを助けてもらった、だから予言はそのお返し。きちんと受け取ってもらわなきゃ、あたしが困る。O.K?」

 力を込めて話す彼女の様子を見るに、彼女は自身の望む反応がでるまで粘りそうだ。仕方なく上田は了解の意思を伝える。

「はい、わかりました。肝に銘じておきます」

 その言葉を聞いてもまだ文句を言い続ける彼女を、上田は無理矢理ねじ伏せ彼女と別れた。


 変わり映えのしない路地を上田は歩いていた。フードの女性とやっとの思いで別れ、宿側の路地を散策している。いや、今は散策よりもフードの女性の予言の方が気になっていた。当たり前ながら信憑性は薄い。しかしあれだけ必死に食い下がる姿や、何か知っている風な様子を思い出すと、全く嘘であると一概には言えないようにも思われる。ただ――。

(これもまた詮無きこと、だね)

 よくわからないことを、よくわからないままに考えて失敗をする。金髪たちに絡まれたことも、それが一因だ。同じ轍を踏まないようにしなければならない。

 しかし上田の思考は止まらない。どんなに辺りが冷え込んで、たとえ手足が凍りついたとしても、上田は考えることをやめない。なぜなら上田にとってはそうすることが自然で、体に、脳に刻み込まれているからだ。

 上田は独り、眉間に手をやりながら、灰色の町を歩いていた。

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