最終話 老剣は華やかに舞う。
何故……どうして君が、ガベル殿の心臓を貫いておるんじゃ!!!
「グフッ……」
ガベル殿は膝をついて、そのままバタリとうつ伏せに倒れた。ガベル殿の名を叫ぼうとしたが、胸の傷がそれを許してくれなかった。
「いやー、勇者が大聖堂で座り出した時は、終わったと思ったっすよ」
「あのまま呪いが強まって、大聖堂の内部で勇者に独占されてしまえば、作戦は崩壊していたな」
「自然に外に出せてよかったっす。本当に、こいつ頭良すぎるんすよ。なんで聖属性の呪いなんて分かるんすかねぇ……」
「は、花宮……!」
ガベル殿!喋ってはならない!そう言おうとしても、身体は全く動いてくれなかった。まるで勇者殿に抑えられているようじゃ……!
くそっ、筋力が衰えていなければ、簡単に動き出せたものを……!
「呪いはやっぱ魅了だ!多分進行もして
グサッ!
アリアル……が、矢筒に入っていた矢で、ガベル殿の喉を突き刺した。
「うるさいっす」
じゃが……ガベルが遺してくれた言葉で、確信に変わった。儂の呪いは、『進行する魅了』であり、例えるのならば『傾国の美女』を生み出すもの。推測でしかないが、儂を『可愛い』と感じたら、呪いが進行する。勇者殿がおかしくなって、ガベル殿がまともだったのは、おそらくそういうことじゃな。
ありがとう、ガベル殿。儂のことを頑なに爺さんと呼んでくれて助かった。君がいなければ、呪いの進行条件に気が付けなかったじゃろう。
「流石、勇者パーティーのタンクっす。心臓刺されても死なないとか、どうかしてるっすね」
「確認は怠るなといっただろ。全く、詰めが甘いのは悪い癖だな」
「申し訳ないっす、魔王様!」
―――言葉が、出ない。
怪我のせい?いいや、違う。今にも嘔吐しそうだ。それほどまでに、憎しみの感情が湧き上がってきて、抑えられない。
胸の痛みは、何故か消えている。これほどの怪我を負ったのだ。きっと興奮して……
(……治っておる)
―――勇者殿!!!
まさか、儂の傷を治してくれたのか!?なら、まだ生きてるのではないのか!?
勢いよく、傷があった場所に添えられていた、彼女の柔らかな手に触れた。
その手は、もうぬるくなったものだった。
(…………)
動かなくなった勇者殿の身体を退けて、ゆっくりと立ち上がった。道に倒れた勇者殿は、優しい笑みを浮かべて眠っていた。
「……魔王」
「全く、勇者というのは本当に、最期まで面倒極まりない奴だ。そう思わないか?アリアル」
「そうっすねえ」
「魔王様の事をずっと敵視してたっすから、刺したくてうずうずしてたっす!」
「……」
「でも、ちゃんと今日まで我慢したんすよ!?」
「そうか。アリアルは偉いな」
「へへへ、照れるっす……」
魔王はアリアルの頭を優しく撫で、アリアルは頬を紅潮させて、照れくさそうに微笑んでいる。
「お嬢さん、今からお茶とかどうだい?」
背後から男の声がした。
「なあ、お嬢ちゃ 」
男の喉を刀で切った。
「……いいのか?そいつはただの一般市民だぞ?」
そんなことは分かっておる。儂に『魅了』されただけの、一般人じゃということは。
「……人を切るのは、不快じゃ」
「なら何故」
「じゃが貴様を生かしておくのは、その百万倍不快じゃ。この屑が」
「魔王様になんて事言うんすか!」
「……儂の持つ最大限の言葉で、貴様を否定するぞ、魔王」
「確かにただの罵詈雑言なら、10才の幼女でも言えそうだな」
落ち着いて、刀を下ろした。
殺気を完全に消し、微笑んだ。
「何を―――」
両足に力を込めて踏み込み、勢いに任せた一撃で、アリアルの胴を真っ二つに切断した。
「な……嘘……っすよね」
「喋るな」
アリアルの喉に、刀を突き刺した。とどめだ。
……やはり、そうだと思った。アリアルは人間だから、儂の呪いが効く。魅了の効果を弱める何かを持っていたのかもしれんが、今の儂の呪いの強さで、君の隙を生むために必要な行動は、笑顔一つで十分じゃ。
「人間ってのは恐ろしいな。数分前まで仲間だった者を、一切の躊躇なく切り捨てるとは」
「……」
「これでは、どちらが魔王か分からんな?」
「……気色の悪い笑みを浮かべるな」
「なあ、お嬢ちゃ 」
通行人の返り血を、少し浴びた。下手になったな。
「……もはや躊躇いがないな。やはり強敵を前にすると、元暗殺者の血が騒ぐか?」
「そんな血など、始めから流れていない」
「そうか!今は身体ごと変わっているから―――」
踏み込み、魔王に素早い袈裟斬りを叩き込む。しかし、槍で防がれてしまう。
「師匠の話は禁句か?」
「……」
此奴と話す事など、もうない。
反撃の隙を与える事なく、連撃を叩き込んでいく。
今までの、力任せで勢いに乗せた剣では、一撃の威力は出ても、継戦能力が低い。素早く丁寧に、一太刀を積み重ねていく。
「そうだろうな。お前の師匠は、私が天に送ってやったのだからな!」
「……」
「お前ほどでは無いが、美しい剣を振るう男だったよ」
そんな訳はない。師匠の剣は、儂の百万倍美しく、強かった。儂なんかよりずっと、師匠の方が……
「しかし流石だ!槍術をかじった程度の私では、打ち合いに勝てそうもない!」
「……」
「でも、魔術ならどうかな?」
魔王は後ろに跳んで、十数個の闇の弾を撃ち出してきた。が、遅い。
全ての弾を切り刻んで、すぐさま距離を詰める。遠距離攻撃を受け続ければ、消耗するだけだ。
「……!」
今まで余裕の笑みを浮かべていた魔王に、一瞬だけ、焦りが見えた。すかさず斬りつけて、左頬に傷を付けた。が、魔王はすぐに、気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「美しい……!」
「磨き上げられた、魅力的な剣術……まるで美しい舞を見ているようだ!」
まだそんな事を言う余裕が……
……いや、違う。魔王は、おかしくなっているのだ。
儂の呪いは『聖属性』の呪い。闇属性である魔王の、弱点だ。……儂の呪いは、魔王でさえも魅了してしまうのか。
「素晴らしい……ずっと手に入れたかった!お前を!その技術を!!!」
槍で打ち合いながら、闇属性の魔術を飛ばしてくる。厄介だが、全ての攻撃を切り落とせば問題ない。
「打ち合い続ければ、体力の無いお前が不利だぞ……どうする!どうするんだ!?」
これは、意味のない煽りだ。
儂の呪いは、どんどん強くなっていくもののはず。時間を稼げば稼ぐほど、魔王は判断力を失う。儂の体力の、ギリギリまで粘る!そうすればきっと―――
「しかし、同じ舞ばかり見せられ続けると、飽きてしまうな」
「―――!」
いきなり、あまりにも唐突に、槍の鋭い突きが来た。先程までの倍以上の速度じゃ。躱しきれん……!
儂の脇腹に攻撃が当たろうとしたその瞬間、儂の身体が一瞬だけ輝いた。その光は、槍の軌道を逸らし、儂を守った。
「!?」
「これは、守護の祈りだと!?一体どこで……!」
神父さんの……!悔しい限りだが、おそらくは呪いのお陰だろう。呪いがなければ、きっと守護など貰えなかったはずだ。
渾身の突きを外した魔王は、何故か、また同じように槍術での打ち合いをし始めた。
「……哀れだな」
「お前の持つ美しい剣技を、剣術を、もっと見せてくれないか!お前の!全てを!」
自らかけた呪いが、自らを蝕んでいくとは。策士策に溺れると言うが……
「まさか、魔王が幼女に溺れてしまうとはな」
「もっと、もっとだ!!!」
……体力が厳しくなってきた。興奮状態の魔王の槍術と、闇属性の魔術を捌き続けていたのだから、当然じゃろう。この幼子の身体には、あまりにも荷が重いことじゃった。
呪いは……魔王の語彙力がどんどんなくなっているし、間違いなく効いているはずじゃが、仕留める一撃を入れられる隙を作るほどの決定打には、まだ欠ける。アリアルを倒した時のように、隙を作るためには……
儂が、とびきり可愛くならなければならない。
できるのか?七十六歳の老人に、魔王の誘惑だなんて芸当が……!
「もっと見せろ!お前の美しさは、華やかさは、こんなものではないはずだ!」
……やるのだ!恥も、尊厳も、全てをかなぐり捨ててまで、この悪を滅ぼす一太刀のため、ただそれだけのために!
儂は、わざと大振りに真っ向切りをする。
予想通り魔王は後ろに、いつもより少しだけ、大きく動いた。そのおかげで、ほんのわずかな空白ができる。そこで……
「―――☆」
ウインクをして、笑ってみせた。右目を強く閉じて、左目を大きく開けた。アイドルのように、純粋無垢な笑みを浮かべた。
ウインクで開いた片目でも、魔王の間抜けな表情を捉えることができた。顔全体から困惑と驚き、興奮が伝わってくる。溺れた相手に見せる最後の顔が、そんな腑抜けた表情だとは……
「―――哀れ」
儂は、刀を大きく振った。一撃の威力を最大まで高めるため、力の限り、勢いをつけて振った。
驚きで後ろに倒れかけていた魔王の首を、思い切り跳ね飛ばした。さすがに、アリアルのように胴を切断できるほどの余力は、残っていなかった。
勢いのあまり、儂は固く舗装された地面に顔面を強打した。後ろで、魔王が倒れる音も聞こえた。
(ああ、殺せたのか……)
なんて運のいいことだ。呪いによる大幅な弱体化と、勇者殿による治癒、ガベル殿の助言がなければ、確実に儂が死んでいた。
魔王の敗因が、七十六歳の爺さんをかわいくし過ぎたことだなんて、なんて滑稽な話なんだろうか……。
……安堵と同時に、全身の痛みと、堪えようのない悲しみがこみ上げてくる。
師匠……ついに、敵を取ることが出来ました。きっと師匠は、天国でもずっと笑っているのだろうけど……今日はいつもの百万倍、笑顔を輝かせていてください。儂に戦える力をくれて、ありがとうございました。
勇者殿……広場で君を見つけた時、安堵で泣きそうになったのを、君は知らないじゃろう。そして大聖堂で君に抱かれた時、儂はその感触に、どこか安心感を覚えてしまった。こんな爺さんをかわいいなどと言ってくれて、ありがとう。最期に、儂に思いを託してくれて、ありがとう。
ガベル殿……魔王を殺せたのは、間違いなく君のおかげだ。一生涯、君に感謝して生きることになるだろう。儂のことも、魔王のことも、沢山の知恵も……ありがとう。君に感謝しか出来ぬのが、果てしなく空しい。
アリアル……儂は、君のことが嫌いではなかった。そう、嫌いではなかったんだ。どうして、そうなってしまったんだ?教えてくれ。もっと、元気で能天気なくせに、変なところで常識人な、君と話していたかった。
目だけがやけに熱い。目の周りは、何か液体があって冷たい。
儂は、断じて泣いてなどいない。儂の両目が、魔王を殺せた歓喜の祝杯を挙げているだけ。それだけなんじゃ。
「……ここは?」
「目が覚めましたか。ここは、大聖堂の空き部屋ですよ」
「神父さん……あなたにも、感謝せねば……」
「礼には及びませんよ。呪いに操られてやったことですから」
「それでも……じゃ」
「ならばその気持ちだけ、受け取っておきましょう」
「あの後は……」
「倒れていたので、運んで来たんです。呪いの進行がまだ進んでいるので、私はこの部屋から出ます。進行を止める道具が出来たら、また来ます」
では。と言って、神父さんは足早に部屋から出て行ってしまった。
(儂を守るために……)
また、目頭が熱くなった。誰も彼も、何もかもを失ったと思っていたのに、まだこんな優しさが、儂の周りには残っていたのか。
……一人で静かな部屋に寝ていると、今まで気が付けなかったことにも気が付けるようになってくる。
(布団から、微かに勇者殿の匂いがする)
もしかしたら、ここは勇者殿の部屋だったのではないだろうか。彼女はこの大聖堂で育ったと言っていたし、彼女に影響されて、儂は神父さんにだけ、殿をつけなくなってしまった。
……勇者殿。魔王を殺した儂は、これからどうすればいい?一時の感情に身を任せ、罪なき人をも手にかけた儂は、いったいどうすれば……
『生きればいいと思います』
「―――!?」
勇者殿の声を聴いたのは、それが最後じゃった。
儂は大聖堂で神父さんの世話になり、呪いの解呪に尽力した。呪いの進行を抑える魔道具を神父さんがくれたおかげで、日常生活に支障をきたすことはほぼなくなった。進行を遅らせるどころか、呪いそのものを抑えてくれているらしい。完璧な解呪には至らなかったが……
魔王を倒したことで国王に呼ばれ、その国王に惚れられてしまったり、ハプニングはあったが……一般人を殺したことを罪に問われることはなかった。
結局呪いの知識も何もない儂は、大聖堂でやることが無くなってしまって、結局今も、刀を振り続けている。こんな老剣に意味があるのかと思うばかりだが、中庭で素振りを繰り返しているうちに、なぜか見物人が増えていた。
ある日、儂の素振りなど見て何になるんだと、見物人の一人に聞いてみた。すると『華やかな舞を見ているようだ。美しいんだよ。君の素振り』と、言われた。
これは神父さんに、魔道具を調整してもらわねばなるまい。儂の素振りが華やかな舞に見えるなど、きっと呪いのせいに違いない。違いないんじゃ。
「……ふふっ」
『老剣は華やかに舞う。』 終




