第弐話 勇者パーティーと大聖堂
儂は、本当に幼女になったのだ。
その実感をようやく覚えたその瞬間、一気に背筋が凍った。元に戻れるのか。一生をかけて磨いた剣技は使い物になるのか。寿命はどうなったのか……ありとあらゆる不安が押し寄せてくる。儂はこの後、どうなるんじゃ……!
「えっと、大丈夫?迷子?」
「―――勇者殿!?」
「殿?」
まさか本当に会えるとは……!あの後、国王陛下の元へ向かっていたのだな。相変わらず、優しい性格の持ち主じゃ。民から、聖女だなんて呼ばれているのも頷ける。
「勇者殿に相談したいことが」
「ごめんねー。今ちょっと急いでるんだ」
十中八九、儂のことじゃろう。ここで勇者殿とはぐれてしまっては、かなり面倒なことになってしまう!誰もいない遺跡に部隊を組んで向かい、道中で犠牲者を出しながら、何も成果が得られないという、最悪な事態になる前に……!
「儂が花宮貞吉じゃ!」
「……え?」
「理由は分からぬが、こんな姿になってしまった。信じられないのなら、儂の刀を抜いて見せよう」
「……本当に、花宮さんなんですか?」
「そうじゃ」
「……」
やはり、信じられないんじゃろうか。仕方ない、ここは刀を―――
「えーーー!!!かわいいーーー!!!」
「!?」
「ほっぺたもっちもちじゃないですか!」
「な、何を!?やめるのじゃ!」
「その声で、のじゃは反則ですよ花宮さん!かわいすぎます!」
「意味が分からんぞ!?」
そうじゃった。勇者殿はかわいいものに目がない!まさか儂がその対象になるだなんて、想定しておらんかった!今の儂は、勇者殿がおかしくなるほどにかわいいのか!?
儂は両頬をもちもちに揉まれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「…………勇者様、子供に何してんすか。困ってるじゃないですか」
「いやいや、子供じゃないんですよ!?」
「どっからどう見ても子供だろ。ついに頭がおかしくなったか?」
「アリアル殿、ガベル殿、すまんが助けてくれんか?」
「殿って……花宮の爺さんみたいなこと言うな」
「みたいなじゃなくて、本人らしいですよ?」
「え?」
「マジっすか!?」
「実は―――」
儂は、セルマテスを仕留めたこと。魔王と会ったこと。禍々しい気配を放つ巻物を投げられ、この姿になってしまったことを伝えた。
アリアル殿は、遠距離から攻撃できる弓使いで、ガベル殿は頼もしいタンクだ。先刻の戦闘で分かったが、弱体化した儂が単独で行動するのは危険じゃ。しばらくは勇者パーティーに居候させてもらい、元に戻る方法を探そう。必ず元の姿に戻って、憎き魔王を切り裂く。
「……なるほどな。でも、一つだけ分からないことがあるんだよな」
「分からないことって何すか?」
「魔王の目的だよ。その状況で殺さずに、わざわざ呪いっぽいものををかけてんだから、爺さんの無力化以外にも目的があるってことだろ?」
「あの時の魔王は、楽しんでいるようにも見えた。明確な目的があったようには思えんのじゃが」
「楽しむ……魔王はTSが好きなんですかね?」
「てぃーえす……とは何だ?」
「花宮さんは、別に知らなくてもいいと思うっす」
「そ、そうか」
分からないこともあるが、魔王の目的は考えるべきじゃろう。一度殺そうとしたということは、儂の無力化は目的の一つだったのだろうが、わざわざ儂を少女にさせた意図が全く読み取れん。
「現状だと、ちょっと情報が少なすぎるっすね」
「だな」
「そもそも魔王の考えなんて、私たちがそうそう分かるもんじゃないっすよ」
「そうですね。一旦、花宮さんを詳しく調べてみますか」
「今、大聖堂空いてたよな?」
「もし闇属性の呪いが原因なら、聖属性で祓えるかもしれません!」
「……儂は頼むことしかできん」
「十分っすよ!」
儂は皆についていく形で、大聖堂へ向かった。入るときに一瞬止められたが、勇者殿の説明もあって、すぐに入ることができた。
「勇者殿。服がぶかぶかで気持ち悪いんだが、大聖堂に何か服はないか?」
「分かりました!持ってきますね」
そう言うと、小走りで大聖堂の奥に消えていった。
「……ここに来るのも久しぶりじゃ」
「入ったことあるのか?一般人は基本的に入れないはずだが」
「昔、一度だけな。正規ではなく、潜入という形だったがの」
「どういう経緯なんすかそれ……」
「昔の仕事でな」
「なんか闇深そうっすね。聞かなかったことにするっす」
「それほどの事でもない。とある神父の暗殺依頼を受けただけじゃよ」
「想像の一万倍は闇深かったっす!!!」
アリアル殿が驚きの声をあげると、大聖堂中に響き渡った。アリアル殿は少し恥ずかしそうにしたが、会話を続けた。
「な、なんでそうなったんすか?」
「幼い頃、暗殺者でな。物心ついた時には、既に人を殺めておった」
「ひえぇ」
今思えば、本当に愚かじゃった。両親に言われるがまま殺戮を繰り返し、いつしか、人を殺すという行為に何も感じなくなっていた。
「まあ師匠に出会ってからは、真っ当な剣を振ることになったがの」
「師匠、マジファインプレーっすね」
「今の爺さんから、暗殺者って気配は全くないもんな」
「普通の美少女っすよね」
「まあ、否定はしないが」
「ガベルさん……まさか、ロリコンなんすか!?」
「違う!断じて違う!!!最大限の言葉で否定させてもらうぞ!」
「ちょ、声がでかいっす!」
「そもそもロリコンというのは12~15歳くらいの少女に使う言葉であって、今の爺さんの外見年齢は10歳かそこらだから、アリスコンプレックス(アリコン)の方が正しくて―――」
「超キモいっす……!」
軽蔑したっす。と言って、アリアル殿はガベル殿からとても距離をとった。全力で嫌悪感を顕にしたような顔で、ガベル殿を見つめている。
「ガベル殿」
「じ、爺さんこれは」
「法律は守るべきじゃと思うぞ」
「あたりめえだろうが!!!」
「女の子になんて言葉遣いしてんすか!」
「女の子ではないだろ!」
「女の子っすよ!TS後の姿なんすから!」
「TSしてても自我は爺さんなんだから、爺さんだろ!」
「そんなわけないじゃないっすか!こんなに美少女なんすよ!?」
「じゃからその、てぃーえすとは何なんじゃ?」
「爺さんは知らなくていい!」
「花宮さんは知らなくていいと思うっすよ!」
「そ、そうか」
よくわからないが、二人が知らなくていいと言うのならば、きっと知らなくていいんじゃろうな。儂は二人の言い合いを、少し下から眺めていた。
「……花宮さんって、名前独特っすよね。それも関係あるんすか?」
「それ……俺も気になってたんだが、なんだか言い出せなくてな。言えないことだったら別に……」
「タブーとかそういうことではない。儂の生まれが特殊での。親が転生者なんじゃ」
「ええ!?」
「なるほどな。爺さんの異常な強さにも、合点がいった」
「異常な強さかのう。普通じゃと思うが」
「どこがっすか?四天王を単独討伐しといて、何言ってんすか?」
「単独ではない。皆のおかげじゃよ」
アリアル殿は、信じられないという目で見つめてくる。弁解しようとしたが、言葉が出てこない。きっと何を言っても、逆効果じゃろうな。
「服、持ってきましたよー!」
「おお!」
儂の過去を語っている間に、勇者殿が服を持ってきてくれた。儂くらいの少女用の服で、サイズはぴったりそうだった。
ちょっと装飾が可愛すぎる感じもするが、用意してくれた服にケチをつける訳にもいかん。
「すまないな」
「いえ。私のお古なので」
「そういえば勇者殿は、この大聖堂で育ったんじゃったか」
「そうです!実家ですよ」
大聖堂が実家だなんて、勇者殿はスケールが違いすぎるのう。もう一度大聖堂を見回してみると、スケールの大きさに圧倒されそうになる。天井の高さも扉や窓の数も、桁違いに多い。
儂は勇者殿に端の小部屋に案内されたので、そこで着替えることにした。
「ここなら、のぞかれませんよね」
「誰も儂の着替えなんて覗かんじゃろ」
だが部屋に置いてあった大きな鏡を見て、固まってしまう。
「今の可愛さなら、分からないですよ?」
「……」
「じゃあ、待ってますね」
そう言って勇者殿は静かに扉を閉めた。
……初めて、少女になった自分の全身を見た。白髪というのは、こんなに映えるものだったのか。老化の象徴だとしか思っていなかったが、新鮮な白い肌と組み合わせると、キラキラ輝いているようにすら見える。
(本当に、儂とは思えぬ可愛さじゃ)
羽か輪っかが着いていたら、天使だと思ってしまうじゃろう。
ダボダボの服を脱いで、勇者殿に貰った服に着替えていく。思った通り、結構な装飾がついていて、着ているうちに恥ずかしくなってくる。
(このレースやリボンは、本当に必要なのか!?)
浅めの紺色を基調としたスカートと、白い服。所々に黄色や白の装飾が入っていて、胸のリボンには青色の宝石がついていた。
もしかしなくてもこの服、かなり高級なものではないだろうか。肌触りも優しいし、付いている装飾の割に動きやすい。おてんばな勇者殿のために作られた服な気がする。
動きやすいのは好都合じゃ。きっと勇者殿は、今後の戦闘も考えてこの服を持ってきてくれたんじゃろう。なんて優しい人なんじゃ。
「花宮ちゃーん!着替え終わったら、こっちに来てくださーい!」
「分かった。今向かう!」
あれ、今勇者殿、儂をちゃん付けしたか?……恥ずかしさからだろうか。少し顔が熱い気がする。その恥ずかしさを隠し切れず、少し俯きながら扉を開けた。
「うわー可愛い!似合ってますよ、花宮ちゃん!」
「勇者殿……ちゃんはさすがに」
「いいじゃないですか。今だけの特別な姿なんですよ?」
「その、さすがに恥ずかしいんじゃ……」
七十六歳にもなって、勇者殿のような若い女性にちゃん付けされるなど、味わったことのない感覚すぎて慣れぬ!両耳に血が通っているのが分かるし、勇者殿を直視できずに、横を向いてしまった。
「かわっ―――!」
「……?どうしたんじゃ?」
「な、何でもないですよ?早く調べましょう!」
「鼻息が荒い気が」
「早くしましょう!」
「わ、分かったのじゃ」
強引に魔方陣の中心まで押されてしまった。なんだか勇者殿が変な気がするんじゃが、気のせいじゃろうか。体調が悪かったりするのなら、休んでほしいのう。忙しいじゃろうし……
「ただでさえ忙しいじゃろうに、こんな事に付き合わせてしまって悪いのう」
「全然、大丈夫ですよ!可愛いので」
「?」
「では解析します。花宮様は、そこで少し動かないでいてくださいね」
「わ、分かったのじゃ」
足元にある大きな魔方陣が水色に輝きだすと、神父さんと勇者殿がいたところに、いくつもの板のようなものが浮き上がってきた。
「私たちにも見せてくださいっす!」
「うわっ、爺さんが可愛くなってる」
「ガベルさん。溢れ出るモノ、しっかり抑えてくださいっすよ?」
「何も溢れ出ねーよ!」
「やっぱり似合ってますよね!?色白系美少女には、青ですよね!?」
「……似合ってはいると思うぞ」
「一応ありがとう……と、言わせてもらうのじゃ」
勇者殿。前言撤回じゃ。完全に私欲でこの服を持ってきておる。しかももう着てしまった手前、別の服にしてくれと言い出すこともできん。なんて巧妙な罠なんじゃ。
(仕方ない。このまま過ごすしか無いか……)
「調べた感じ、どうですか?神父さん」
「……これは、完全に身体が変わってますね」
「呪いの気配は無さそうっすよね?」
「魔術的な気配もありませんし……本当に何なんでしょう?」
儂に詳しいことは分からないが、シンプルな呪いや魔術ではないということか。つまり、治すのも難しい……か。
「治せるのか?」
「呪いなのか祈りなのか魔術なのか、大枠を特定できないと……」
「今の状態じゃ、どうにもならなそうっすね」
「……ありえない話だと思って、聞いてくれないか」
「何すか?」
「爺さんが受けたのって、もしかしたら『聖属性』の呪いなんじゃないのか?」
「……!!!」




