第壱話 魔王との遭遇
「……倒した、か」
粘り強い奴じゃった。最後に自爆攻撃をされたときは、本当に心臓が止まるかと思ったわい。じゃが、今立っているのは儂じゃ。
「ふぅー……」
息を吐く。先程までの緊張を忘れられない心臓を、静かになだめる。刀についた血を払い、ゆっくりと鞘に戻す。チン……と、小さな金属音が鳴った。
四天王最後の一人を、ようやく倒せたのだ。一度、国王に報告をせねばなるまい。そして、来たる大魔王ハデスとの決戦に備え、さらに鍛錬を積まねば。四天王に苦戦していては、彼らを従える大魔王ハデスに敵うはずもなかろう。
セルマテスの残滓に背を向けて、ゆっくりと歩き出した。その時だった。
「セルマテスを単独で……なんという力だ。全く、魔族でないのが惜しいな」
背後に強大な魔力を感じた。振り向き、即座に柄に手をかける。気配で悟った。この目の前の魔人が、ハデスであると。
てっきり男性の姿だと思っていたが……女性じゃったとは。若く、二十代にも見える。漆黒のような黒髪と、それらを突き抜けて出る二本の角が、魔族の王であることを証明している。
右手に持っている禍々しい槍は、今まで貫いてきた人々を嘲笑うかのように、ぎらりと黒光りしている。
「……単独などではない。数多の人間に助けられた結果じゃ」
「最初の言葉がそれか。なんてやつだ……」
ハデスは、にやりと笑みを浮かべた。気味が悪かった。
「実は、私の配下にも人間がいてな。どうだ?こちら側につかないか?」
「配下を殺した人間を配下に加えるなど……なんと節操のない」
「強い者を引き込む……当然のことだろう?」
「……」
「だがそうか……我につく気は無いか」
「当然じゃろうて」
「仕方ない」
ハデスは目を閉じて、ゆっくりと魔力を練り始めた。辺り一帯の瓦礫が、死ぬようにボロボロと崩れていく。
(儂にはもう、戦う力が残っていない……終わりか)
ハデスも、儂に戦う力が残っていない事を分かっているじゃろう。
立つ姿勢を楽にした。覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じる……その時、周囲を満たしていた強大な気配が、一気に消えた。
「何事……」
目を開くと、ハデスが何やら、懐をごそごそと漁っている。
「これじゃなくて……あった」
「……?」
「折角だし、使ってやろう!」
「何を―――」
魔王が取り出したのは、あまりにも禍々しく、強大な気配を放つ巻物だった。気配に気圧されて、数歩下がった。
「餞別だ。受け取るといい」
その巻物を儂の前に投げて、ハデスはすぐに空高く飛んで行ってしまった。
「これは―――」
巻物を確認しようとした瞬間、視界が強烈な光で埋め尽くされる。世界が一気に白くなり、辺りの瓦礫は陰影を失った。
「くっ……!」
あまりの眩さに、目をつむってしまった。
(な、何が起こった……!?)
目を開く。景色に変わりはない……いや、いつもよりも、目線が低いか?それに、見える手がいつもより小さい。見慣れた皺もない。服もぶかぶかで、気持ちが悪い。
「背が縮んだ……?」
己から出たとは思えぬその声色に、思わず後ずさりをして、後方に尻もちをついてしまう。
「な、な……」
『なんじゃこれはあああああああああああ!!!!!』
幼子の……それも、幼女の声!?儂は縮んだのではなく、幼女になったというのか!?
……到底信じられぬが、状況から考えても、それしか考えられん。魔術か、呪いの類かはわからぬが、厄介な代物であるに違いない。一旦王都に帰って、現状を報告せねば。
瓦礫を避けて進み、森の中を歩く。幸いなことに、体が丸ごと変化したせいか、魔力が戻っておる。王都の方向を示す方位磁針も、正常に作動している。これなら道中で魔物に遭遇しても、大きな問題はなさそうか……。
しかし、何とも奇妙なことだ。七十六年生きてきたが、性別、体格、年齢を丸ごと変化させる術など、聞いたこともない。じゃが正直、剣術以外のことはさっぱりじゃ。やはり、ここは知識のある専門家に聞いた方がよかろう。聖属性に詳しく、人脈も広い勇者殿に、まず相談すべきじゃろう。王都に帰れば、合流できるはずじゃ。
じゃがその前に……茂みからこそこそと儂の様子をうかがっておる、そこの魔人を片付けねばなるまい。
「……何者じゃ」
「森の中に一人は危ないぜ?かわいいお嬢ちゃん」
角がない。人間か……?
と、思わせるための擬態。本物の幼子であれば通用したじゃろうが、そうはいかん。刀を抜いて、構える。心なしか、いつもより重い。
(筋力が衰えておるのか……)
「おいおい、見た目に反して物騒だなぁ。勘弁してくれよ」
「芝居は無駄じゃ。さっさと正体を現すがよい。魔人よ」
「……勘のいい嬢ちゃんだ」
魔人が擬態を解いた。それと同時に、むせ返るほどに濃い魔力が辺りに充満する。これほどの力を隠していたとは……中々の実力者であろう。
「この姿を見たんだ。もうおうちに帰れると思うなよ?」
煽りには乗らず、淡々と踏み込んだ。この体、おそらく防御力が下がっておる。まともに魔族の攻撃を受けてしまえば、致命傷になりかねん。短期決戦で、素早く討ち取る!
勢いをつけて、首へ向かって鋭い一閃を叩き込む。これ以上ないほどの不意打ちだっただろうが、皮一枚で躱されてしまった。
「あっぶね……!」
腕が短くなったせいか……!じゃが、幼子だと油断していた相手に余裕はない。ここで素早く追撃を―――
(―――刀が動かん!?)
そのまま振った刀の勢いに流され、ぐらりとよろめいてしまった。まさか、筋力の減衰がこんなにも……!
「隙ありぃ!」
「っ!!!」
よろめいた儂の腸に、強烈な拳が叩き込まれる。体重が軽いんじゃろう。大きく吹き飛ばされて、木に背中から激突してしまった。
「ッ!!!」
「軽いね、お嬢ちゃん」
体格が大きく変化しておるのだ。筋力だけでなく、重心も射程も変化していて当然……頭では分かっていても、身体がついてこん……!
背中を強打したからじゃろう。呼吸が早まって、コントロール出来ない。心臓の鼓動が鳴り響く。身体が小さいからか、いつもより心音が大きく感じられる。
(落ち着くんじゃ……!)
何とか立ち上がるが、衝撃を受けた背中と腹がジンジンと強烈な痛みを訴えている。戦いが長引いても、もう一撃受けても……終わり。魔人は、ゆっくりとこちらに歩みを進めてきている。
「もう、油断はしないぜ」
「スゥー……ㇷゥ」
荒れた息を整える。次の一撃に、生死がかかっている。感覚からして、骨や臓物に深刻な損傷はない。全力で振れる。刀を適した位置にピタリと収めて、構えをとる。
先程のように首狙いでは射程が足りず、先に攻撃を受けてしまう。この体の強み、『低さ』と『軽さ』を使った、腸を切り裂く一太刀……!
バッと音を立てて、魔人が勢いよく突っ込んでくる。やはり一太刀目の影響か、首への攻撃を無意識に警戒している。より低く……速く!!!
ズバンッ!!!
「……マジかょ」
儂の頭蓋を狙った攻撃を、低い姿勢で踏み込み避け、腸を切り裂いた。
右利きじゃったから、咄嗟に相手の左側へ小さく飛び、確実に攻撃を当てられるようにしたのも、功を奏したんじゃろう。
しかし、激しい動きに身体がついてこられなかったのか、全身が悲鳴を上げておる。
「―――ッ!」
地面に刀を刺して、何とか全身を支えた。整えたはずの呼吸がまた荒くなり、拍動は痛いほどに激しくなっている。じゃが、体力や筋力は衰えど、磨いた技は衰えておらぬ。
倒れそうになる身体を何とか動かし、王都までの道のりを進んだ。その間、魔族に遭遇しなかったのは、本当に幸運じゃった。
(勇者殿は……)
王都に着いたものの、勇者殿の居場所には見当も……いや、心当たりはある。王都へ攻め込んできたセルマテスとの戦闘中、儂とセルマテスだけが、あの遺跡のような場所に転移させられた。おそらく転移先が分からずに、そのまま戦場だった場所にいるのではないか?
そう推測して戦場に戻ってみたものの、勇者殿の姿はなく、危ないから子供は近寄るなと言われてしまった。まだ魔族の残党が残っているらしい。ヒーラーの方に傷を治してもらえたのは、とてもありがたかった。とても丁寧に治癒してくれたお陰で、体調は良くなった。だが……
(戦場にもいないとなると、本当に勇者殿はどこへ……?)
勇者殿は儂が転移してしまった後、何をしたのだろうか。儂の転移先へ向かって、すれ違いになっていたとしたら、合流はかなり難しいかもしれんな。
転移先を特定できず、一度国王陛下に現状を報告しに行っておれば、王城で会えそうじゃが……この姿では、王城に入ることなどできまい。
そもそも、儂の姿がどんな姿なのかも分からん。完全に幼女になっているのか、顔に面影が残っているのか……鏡か、せめて水面でもあれば、確認できるんじゃが。
そういえば王城の前の広場に、大きな噴水があった気がするのう。……一度王城へ向かい、城から勇者殿が出てくるか、入ろうとしてきたところに話しかけることにしよう。
広場に行くまでに、鏡になりそうなものを探したが、見つからなかった。移動中、やけに周りからの視線を感じた。ぶかぶかの服を着て刀を持った幼女がいたら、注目されるのは当然かもしれんが……
(慣れないのう……)
少し小走りで広場まで向かい、視線を感じないために下げていた顔を上げると、やはり中央に噴水があった!これで儂の顔が見れるはず……!
「むむむむむむ……!?」
この身体だと、噴水の縁がかなり高く感じられる。少し手を使って登り、水面を覗き込むと、何ともかわいらしい幼女が現れた。幼女か少女か、曖昧なくらいの外見年齢をしているが、自分で見ても、完璧と言える程の美少女だ。とても自分にこの顔がついているとは思えない。
もちもちとした頬と綺麗な白い瞳が印象的だ。白髪はサラサラになっておるし、髪型も……何か分からんが、ぼぶと言うのだろうか?肩ほどまでの長さの、女の子の髪型になっている。
自分の身体を改めて見てみると、細かな変化に気が付いた。戦闘で汚れた服が綺麗になったようだし、肌も若々しくなっているし、儂の聖剣もきれいさっぱりなくなっている。
(もう使うことはなかったじゃろうが、失うとやはり寂しいのう)
「おい、何やってんだお嬢ちゃん。危ないぞ」
「ああ、すまぬ」
「気をつけろよ。せっかくそんな良い顔持ってんだから」
「?」
儂は噴水の縁から降りた。若者に注意されてしまった……先刻の戦場でもそうだったが、少しずつ実感が湧いてきた。儂は、本当に幼女になってしまったのか。




