嗜好品
「大魔法使いだと?」
「はい。スピラル様が市井の人にそう呼ばれております」
謁見の間、皇帝が玉座に座り、隣に皇后陛下が座る。急遽呼ばれたアルシュ商会の大旦那が膝をついていた。
「彼奴は文字の読み書きも出来んはずだぞ。授業をサボっておるでな」
「なにをおっしゃいます。スピラル殿下は魔法で三十人ほどの使用人や冒険者達を一度に瀕死の状態から救ってくださいましたよ」
眉根を寄せる皇帝。
「なんじゃと? なぜ彼奴が魔法など使えるのだ」
「蔵書庫の本を読み漁っていると聞きました。その一冊にかの大魔法の名もあったので覚えられたのだと」
「なに?」
「エリアヒールなる大魔法を使っておられました」
「彼奴、いつの間に文字を覚えたのじゃ? 宰相」
「はッ」
「誰が彼奴に文字を教えたのじゃ?」
宰相が横に首を振る。
「わかりかねます。乳母のブリーズ辺りが有力かと」
「どうなっとるんじゃ」
「陛下、誰が文字を教えたかなど瑣末なことではありませんか。私達は殿下のおかげで助かったのですから」
アルシュ商会の大旦那が口を開く。
「むう、そうじゃな。其方らが無事で取り敢えずよかった」
俺はアルシュ商会の大旦那からその話を聞き、乳母のブリーズに口裏を合わせてもらった。
※※※
「スピネル様、今日はなんの本を読んでいるのかにゃー」
助手メイドのミケが首を傾げた。
「今日は本を読んでいるのではないのだよ、ミケくん」
俺は探偵になったていで、助手メイドに答えた。
「今日のスピネル様は変な話し方ですにゃ」
「前回のグルートンの件で、この国の財政が余りにも脆弱なことに疑問を抱いたのだよ」
「また難しいこと考えてますにゃー」
俺は今日は帳簿を捲っている。
歳入と歳出の数字がトントンになっている。どれだけ歳入が多くてもトントンになっているので、何に使われているのか細かく調べてみる。すると、後宮関連の嗜好品という項目で歳出の数字が跳ね上がっていた。
後宮はいくら城の者とはいえ手が出せない伏魔殿だ。後宮という言葉が出てきた時点で、追及することは出来ない。
「嗜好品にこんなにお金がかかるのですにゃ?」
「嗜好品にダイヤや真珠が含まれていれば、ここまで値段がはね上がってもおかしくはないだろうさ。ミケくん」
「その話し方いつまでするのかにゃ?」
「城の外で流行っている剣劇やお芝居も、皇后陛下や側室達が望めば呼ぶことも出来る。その時に気に入った殿方がいれば、陛下に求められない側室などは褥を共にすることも出来るのさ」
「エッチにゃ」
「そうだね、ミケくん。しかし陛下は一人だ。百人もいる後宮では欲求を持て余してる側室がたくさんいるのだよ」
「それは確かに……にゃ」
「その中にはスパイもいるのさ。後宮に入り込んで、クズ親父……ゴホンゴホン。陛下の首を狙った連中もたくさんいるのだよ」
「それは大変ではないですかにゃ!」
「それがそうでもないのさ。陛下を守る部下がとても優秀でね。帝都に着いた旅芸人達からスパイを徹底的に洗い出し、側室達をハニートラップにして二重スパイにしてしまうのだよ。そんなところにも嗜好品の項目からお金が使われているのさ。側室達にね」
「もう普通に話すにゃ」
「うん。クソ親父を葬るには中々越えられない壁があるってことなんだけど」
「アンタが一番物騒にゃ」
蔵書庫の扉が叩かれた。
俺は扉を開けて、廊下に出た。
「なんだ?」
「皇后陛下が殿下をお呼びです」
「なんだと? 皇后陛下が俺を?」
「はッ!」
※※※
後宮の庭園。皇后陛下がお茶会を催している。
皇后陛下の前で膝をつく俺。
「お呼びだと聞きました」
皇后陛下は膝をおり、俺の頭を優しく撫でる。
お茶会の招待客の中には、母上もいた。
「アルシュ商会を助けたと聞きました。よくやりました。わたくし達は皆誇りに思ってますよ」
皇后陛下がまず拍手をする。続いて母上が拍手をし、拍手の波がお茶会の招待客の側室達へと伝わっていく。
顔を真っ赤にする俺。
「ありがとうございます」
「……ところで、アナタは国王の座を望んでいますか?」
俺の頭が一瞬真っ白になる。俺が今世で何をやらかしてきたのか考えてみるが、全く思い付くことがない。
「はい?」
「……いいえ。なんでもありませんわ」
フフフと笑う皇后陛下。白金の腰まで伸びる長髪が光を受けてキラキラと輝いている。
「わたくしの考えすぎでした。よいのですよ」
「次の国王陛下になるのは弟のブランでしょう。俺は、ブランを支えられる人間になれればそれで構いません」
俺は思い付いたことをそのまま聞いてみた。
「俺は、魔法でこの国を支えていけたらと思っています。なので、よろしければこの国で随一の魔法使いに師事したいのですが、皇后陛下のお口添えを頂けないでしょうか」
「ふむ。この国で随一の魔法使いというと……アナタですわね」
俺は首を傾げる。
「俺……ですか?」
腕を組み首を傾げる皇后陛下。
「そうですわね。わたくしの知る限り、大魔法使いとこの国で言われる方を、わたくしは知りませんわ」
皇后陛下が俺の両肩を握り、目と目を合わせ尋ねてくる。
「あなたはエリアヒールという魔法でアルシュ商会の瀕死の使用人まで治したと聞きましたわ。わたくしはエリアヒールという魔法を知りません。また、御者に聞いたのですが森の上を飛び、エルフの里まで行ってきたとか」
俺は致命的なミスをしたことを思い出した。




