大魔法使い
俺は見慣れない寝室で起きると、居間へと向かった。
「おはようございます」
「おはようですじゃ、朝お早いのですな」
まだ陽が出てない時間だった。
「日課のランニングをしようと思って」
「なんと、こんな夜明け前にですか?」
「はい」
「気をつけて走るのですぞ。誤って人間だけで門をくぐれば、空中から落下して死んでしまう」
「気をつけます。ありがとうございます」
俺は外に出ると、世界樹を見上げる。世界樹の周りをグルっと魔法で飛んだ。
どこからか分からないが視線を感じる。
音速だと迷惑だと思い、時速百キロ程度に抑えた。
エルフの里といっても世界樹の正面の小さな一画だけで、世界樹の巨大な葉の上にはエルフの都市があった。
俺は違和感を覚える。
エルフの里には労咳が蔓延していた。しかし、世界樹の上には立派な都市が存在した。なぜ都市の病院で静養させないのか。
俺はすっかり明るくなってからエルフの里へと戻った。
里長が慌てて迎えに来る。
「心配しましたぞ。夜明け前に出てお昼に帰ってくるとは」
「世界樹をグルっと一周回ってました」
俺は素直に答えた。
「馬鹿な。世界樹がどれほど大きいか、見ればわかるじゃろう」
「巨大な葉の上に都市があるのを見ました」
「なんと……」
「なぜこの里は都市と離れているんですか?」
驚愕する里長が答える。
「ここは労咳の者が隔離された里なんじゃ」
「隔離ですか?」
「うむ。労咳患者とその家族がな。隔離されとるんじゃ」
「ここはエルフの都市への入口ではないんですか?」
「ここはな、世界樹の入口にして労咳患者を隔離する為に作られた里なんじゃよ」
普通の人間には世界樹の入口にすら入ることが出来ない。そういう場所なんだと里長は言う。
エルフが作り上げた里は勝手に入って来た人間を簡単に帰したりしない。空中から突き落とす。不治の病を罹患させて帰す。そういう恐ろしい場所なんだと里長が語った。
「人間の社会では労咳は不治の病ではないのかね?」
「いいえ、人間の社会でも労咳は不治の病です。治せるのは俺だけかと」
「そうか。そう聞くと、なんて規格外なんだキミは。キミが盗賊でなくてよかった」
「まだ五歳ですから」
「本当に、キミがエルフだったらと思わずにはいられぬ。大分遅くなったがご飯にしよう」
俺と里長は遅い朝食を取った。いや、もうお昼過ぎなので昼食か。
俺は聞きたいことは聞けたので、お暇することにした。
里長が直々に里の入口まで送ってくれる。俺は胸に手を当てお辞儀をし、里の門から外に出る。
一瞬の浮遊感と一緒に森へと出てきた。
里長が言う。
「もう会えないかもしれないが、何かあったらまた来なさい。わしに出来る限りのことはしよう」
「ありがとうございます。何かあったらまた来ます」
「うむ」
里長は俺の頭を撫でて、里へと帰って行った。
俺も帝国に帰ることにした。森の外に待たせている馬車へと空を飛んで向かう。
馬車へとやってくると御者が慌てて馬車の中から出てくる。馬車の中には、裸の女性がいた。森の近くの村からやって来たらしい。
俺は女性に金貨五枚を渡すと喜んで村へと帰って行った。
「あの……」
御者が申し訳なさそうにしている。
「構わん。出せ」
御者が胸に手を当て、お辞儀する。
「はッ!今すぐに」
御者が御者台に乗り馬に鞭打つ。
馬車は帝国に向かって走り出した。
帝国に向かう途中、盗賊に襲われている隊商に出会った。
「馬車を止めろ」
「はッ!」
馬車の周りには、護衛の冒険者達の死体が転がっている。馬車には大店の大旦那とその娘の姿があった。俺でも顔を見たことがある豪商だ。
俺はショートソードで刺されそうになっている大旦那である父親を助ける為、ウインドカッターを放った。
ウインドカッターがショートソードを持つ手を切り落とす。腕を落とされた盗賊が慌てふためき、大旦那から離れた為、二回目のウインドカッターを放つ。それは弧を描き、盗賊の首を切り落とした。
俺は逃げだした他の盗賊二十人ほどに、土の弾丸の雨を浴びせて退治した。
「大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
無傷な娘の方が返事をする。たしか十歳になったばかりのはずだ。
スカートを摘んで綺麗なカーテシーをする娘。
「殿下、助けて頂きありがとうございます」
「よい。無事なら良かった」
「大旦那は無事か?」
片足を引きずってこちらにやって来る大旦那。
「はい。なんとか……無事です」
大旦那が俺の前へとやって来る。
「助けて頂き……ありがとうございます」
「怪我を見せろ」
「は、はい……」
「ハイヒール」
「おお。もう痛くありません。流石です殿下」
「お世辞はいらん。無事なら良かった」
「他に怪我人はいるか?」
「はい……多数……」
「怪我人をまとめろ」
無事な使用人や冒険者達が怪我人を集める。
「エリアヒール」
パァァァっと光が溢れ、怪我人達の怪我が消えていった。青い顔をした者達は赤みを取り戻していく。瀕死の者達も完全回復した。
大旦那が驚いた。
「スピラル様は大魔法を使えるのですね」
「ん?大魔法?」
「エリアヒールなど聞いたことがありません。一度で三十人近い人間を治療できる魔法も初めて見ました」
「そうか」
「はい。スピラル様は大魔法使いかと」
「大魔法使いか。こそばゆいが、悪くない二つ名だ。また襲われるかもしれん。共に帰ろう」
「ありがとうございます!」
こうして俺達は帰途についた。




