第25話:隣の告白
「……俺は、マミのことが好きだったんだ」
タケルくんの突然の告白に、一瞬だけ言葉を失った。 けれど、すぐに肩の力を抜いて笑う。
「それっていつの話?」
「小学校に上がる前かな」
「やっぱりね。そんなことだろうと思った」
軽く笑って返すと、タケルくんは真剣なまま続けた。
「本気だったんだよ。でも……その頃行った子供会のキャンプ、覚えてる?」
「キャンプ……?」
思わず目を見開いた。 私にとってゴエモンとの大切な思い出の場所――それを、タケルくんの口から聞くなんて。
「うん。マミがうちに遊びに来てた時に、一緒に連れてってもらっただろ?」
「……そうだね」
記憶がよみがえる。あの夏の日のこと。
タケルくんは少し視線を落として言った。
「そのキャンプで、マミが犬に吠えられてた時……俺は助けたかったのに、怖くて動けなかったんだ」
「タケルくん……」
「その時、俺ではマミを守れないってわかって諦めた。で、マミを助けてくれたお姉さんがカッコよくて、一目惚れしちゃった。今年の夏に演奏会で再会した時は運命かと思ったくらいで……まあ、その話は置いといて」
私は思わず苦笑する。
「そっちだって思い出語ってるじゃん」
タケルくんは少し照れたように肩をすくめてから、真剣な声に戻った。
「とにかく、俺は兄として、マミが付き合う相手はマミを守れるやつじゃないと認めないんだ」
「兄って何よ。従兄弟でしょ。同い年なのに」
「いいから。だいたい石川なんて、小学校は別だし、今年になって初めて同じクラスになったようなやつだろ?いつの間にそんなに好きになったんだよ」
私は深く息を吸って、静かに言った。
「……そのキャンプ」
「え?」
「犬に吠えられた時、直接助けてくれたのはゴエモンのお姉さんだったけど……私の隣にいた子、覚えてる?」
タケルくんは眉をひそめ、記憶を探るように目を細めた。
「そういえば……もう一人、泣いてる男の子がいたような」
私はうなずいた。
「それがゴエモン。泣きながらでも、私を助けるために隣に来てくれたんだよ」
「え?あの子が!?」
「……その時からずっと好きなの」
タケルくんはしばらく黙っていた。 そして、ぽつりと呟いた。
「……そっか。そんな昔から、俺はもうすでに負けてたんだな」
私は少しだけ笑って、でも真剣に言葉を重ねた。
「……ゴエモンを好きでいた時間だけは、誰にも負けない」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が熱くなった。 タケルくんは目を伏せて、小さく息を吐いた。
午後の光がフェンスの影を長く伸ばしていた。 その中で、私の声だけが静かに響いていた。
タケルくんはふっと顔を上げ、前を見据える。
「……噂をすれば、だな」
その言葉に思わず振り返ると、体育館の方からゴエモンの姿が見えた。 午後の光を浴びながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
タケルくんが一歩踏み出す。
「ちょっと、どうする気?」
思わず声をかけて止めようとする。
タケルくんは肩をすくめて、少しだけ笑った。
「俺の友達の親友で、俺の憧れの人の弟で、俺の可愛い妹に惚れられてるような…… 俺の欲しいもの全部持ってるような奴に、少しくらい意地悪してもいいだろ?」
そう言って、ゴエモンの方へ歩いていった。
私はその背中を見つめながら、胸の鼓動がさらに速くなるのを感じていた。
フェンスの影が揺れる中、二人の距離が近づいていく。 タケルくんがゴエモンの前に立ちはだかるようにして言った。
「……なんか用?」
その声は、いつも通り静かで、でも圧があった。
ゴエモンは喉が少し詰まりながらも言った。
「山口に、話があるんだ」
タケルくんはちらりと私の方を見る。 私は心配そうに二人を見つめていた。
「今、俺と話してるんだけど。後にしてくれない?」
その言葉に、ゴエモンの足が一瞬止まる。 空気が張り詰める。
でも――ゴエモンは踏み出した。
「……番号順」
「は?」
タケルくんが、少しだけ顔をしかめる。
「出席番号順! こういう時は、出席番号順だから。俺は石川、お前は渡辺。俺の方が先なの!」
その瞬間、私は思わず吹き出してしまった。 緊張で張り詰めていた空気が、ほんの一瞬だけ緩む。
「……なんだそれ。意味わかんねえよ」
タケルくんが呆れたように返す。 でも、ゴエモンはそのまま深く息を吸って、拳を握りしめた。
「俺は顔も、頭も、運動も――お前には何も勝てない。 でも、出席番号と……」
言葉を切ったその瞬間、ゴエモンの視線がまっすぐに私へ向いた。
「山口を好きな気持ちだけは、負けない!」
その声は震えていた。 でも、真っ直ぐで、逃げ場のないほど強い響きだった。
私は一瞬、呼吸を忘れた。 笑っていたはずなのに、胸の奥から熱が込み上げてきて、涙が滲む。
ふいをつかれた告白に、心が爆発するように揺さぶられる。 鼓動が速すぎて、もう自分の声すら出せない。
午後の光がフェンスの影を揺らす中、ゴエモンの言葉だけが鮮やかに響いていた。
タケルくんはしばらく黙っていた。 そして、ふっと笑った。
その笑顔には、どこか安心したような柔らかさがあった。 まるで、すでに答えを知っていたかのように。
「……マミも、同じようなこと言ってたよ」
「え?」
ゴエモンが思わず顔を上げる。
タケルくんは、ちらりと私を見てから静かに続けた。
「さっきからずっと、お前のことばっかり話してた。すごく嬉しそうに」
私は息を呑んだ。 ゴエモンの視線がこちらに向く。
タケルくんはフェンスの向こうを見やり、静かに言った。
「……俺の従兄弟を、頼んだよ」
そう言って、タケルくんは背を向けた。 午後の光の中、フェンスの影を踏みながら、静かに歩いていく。 その歩みは迷いなく、でもどこか少しだけ寂しそうに見えた。
私は胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じながら、視線をゴエモンへ向けた。 そして、自分から一歩踏み出す。
フェンスの影を踏みながら、ゆっくりとゴエモンに近づいていく。 彼は少し驚いたように目を見開き、すぐに照れたように笑った。
「……聞いてた?」
私はうなずいた。
「聞こえたよ。ちゃんと」
私がそう言うと、ゴエモンは少し恥ずかしそうな顔をした。
その表情には、楽しさと真剣さが入り混じっていた。
「すき……焼きのタレ、だっけ?」
思わず意地悪に口にすると、ゴエモンが一瞬固まって慌てて笑って誤魔化した。
「いや、それは予測変換の奇跡っていうか……」
その様子に、私もつい笑ってしまう。 緊張が少しほどけて、胸の奥が温かくなる。
「……あの言葉の意味、ずっと聞きたかったんだ」
私がそう言うと、ゴエモンは深く息を吸って、まっすぐに言葉を重ねた。
「前にさ、ここで一人で練習してた時、山口が見ててくれて――褒めてくれたよね」
「うん。だって本当に上手だったから」
「……あの時から、ずっと好きだった」
その言葉に、胸が熱くなる。 私は少しだけ目を細めて、静かに返した。
「……ありがとう。嬉しい」
言葉を口にした瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。
その気持ちを抱えたまま、私は静かに続けた。
「でも、私が見てたのは、もっと前からだよ」
「ミニバスやってた頃……?」
私は首を横に振る。
「ちがうよ。もっと前」
――あの頃のことを、ゴエモンはもう忘れているかもしれない。 それでもいい。私の中ではずっと大切にしてきた思い出だから。
そう思った瞬間――
「……子供会のキャンプ、だよね?」
ゴエモンの口から出た言葉に、私は目をぱっと見開いた。 本当に覚えていてくれたことに、心の奥が震える。 驚きと嬉しさが一気に込み上げて、目の奥が熱くなる。
「……思い出してくれたんだ。嬉しい」
私の声は少し震えていた。 ゴエモンは、少しだけうなずいた。
「この間、写真見てて思い出したんだ。写真の中にいたのは小学生の山口だったけど……」
その言葉を聞きながら、胸がじんわり熱くなる。 ずっと自分だけが抱えてきた記憶――それを、ゴエモンも覚えていてくれた。 その事実が、何よりも嬉しかった。
「子供会のキャンプで、俺が犬に吠えられて泣いてた時――俺の前には助けてくれた姉ちゃんがいた。 でも……隣にいたのは、山口だったんだね」
その瞬間、胸の奥が強く揺さぶられる。 ゴエモンの言葉が、まっすぐに私の心に届いた。
私は何も言わずに、ただ微笑んだ。 その微笑みを見たゴエモンの目が、ほんの少し潤んでいるように見えた。
午後の光が、フェンスの影を静かに揺らしていた。 その中で、昔の記憶が、静かにほどけていく。




