第24話:隣の思い出
終業式の日の朝。
昨日、ゴエモンに想いを伝えると決心したものの、具体的な方法はまだ浮かばない。 ただ気持ちだけが昂ってきて、顔を合わせるのが少し気まずかった。
だから、今日は彼より先に教室に入ろうと、いつもより早く家を出た。
――けれど、教室の扉を開けると、すでにゴエモンが席に座っていた。
心臓が跳ねる。思わず足が止まったけれど、逃げるわけにもいかない。 小さく息を吸い込んで、声をかける。
「……おはよう。……って、今日はずいぶん早いね?」
ゴエモンは肩を揺らして、ぎこちなく答えた。
「……あ、うん。なんか、ちょっと……その、早く来たくて」
言葉のテンポも声のトーンも、どこか不自然。 その不自然さが逆に胸に残って、私は思わずくすっと笑ってしまった。
「今日のゴエモン、なんか変だね」
そう言って、私は自分の席に向かった。
――机の中に、見慣れない封筒があった。
そっと取り出す。便箋に並んだ文字は、前に国語の教科書に落書きしていた字と同じ癖。 少し力強くて、丸っこいその字を見ただけで胸が跳ねる。
――間違いない、ゴエモンの字だ。
◆◆◆
今日の放課後、体育館横のミニコートに来てください。
◆◆◆
たった一行。けれど、それだけで十分だった。
……そうか。さっき、やけにぎこちなくて変だったのは、この手紙のせいだったんだ。 私に渡すために、誰よりも早く教室に来ていた。
そのことを思うだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
私は便箋を胸に抱きしめ、誰にも見られないように机の奥へ戻した。 心臓の音が速くなり、呼吸までぎこちなくなる。
「……放課後、体育館横」
小さくつぶやいた声は、自分でも驚くほど震えていた。
※※※
終業式とホームルームが終わると、私はそのまま体育館へ向かった。 今日は特別に社会人楽団を招いての演奏会があり、その準備に駆り出されていたのだ。
椅子を並べたり、譜面台を運んだり――慌ただしい時間が過ぎていく。
やっと準備がひと段落した頃には、体育館にもちらほらと人が集まり始めていた。 観客のざわめきが少しずつ広がっていく。
演奏会があることは前から何度も言われていたし、放課後といっても演奏会の後のことだろう。 ……この人が集まってる状況で告白なんてことはないよね。
――告白。
その言葉を思った瞬間、胸が強く高鳴った。 もちろん、そんな用件じゃないのかもしれない。けれど……。
あの後、ゴエモンはずっと机に突っ伏したままで、声をかけても返事はなかった。 あれは本当に寝ていたんじゃなくて、きっとわざとだ。 私と目を合わせないようにしていたに違いない。
呼び出しの手紙と、あの不自然な様子。 これはやっぱりそういうことなんだろう。
そう考えるとさらに鼓動が速くなり、足は自然と体育館の脇へ――フェンスの影が落ちるミニコートへと向かっていた。 まだ時間ではないはずなのに、気づけばもうそこへ向かってしまっている。
体育館横のミニコート。
あの日、数年ぶりにバスケをしているゴエモンを見つけたのが嬉しくて、次の日思い切って声をかけた。
「上手だったじゃん」
――あの時から、私の初恋はまた動き出した。
そんなことを思い出していたら、背後から声がした。
「何やってんの?」
振り返ると、タケルくんが立っていた。 私は少し照れ笑いを浮かべて答える。
「ちょっと……思い出に浸ってたの」
タケルくんは首をかしげて、周囲を見回す。
「こんなとこに何の思い出が?……そうだ、そんなことより石川ってどんなやつ?」
「え……」
心臓が一瞬強く跳ねた。 さっきまでずっとゴエモンのことを考えていたところに、急に名前を出されて――思わず言葉が詰まる。
「ゴエモンのこと?」と、ようやく口にした声は少し震えていた。
「そうそう。来年から運動部の練習、全学年一緒にやることになったんだってさ。 そのきっかけがバスケ部の石川らしいんだよ。だからどんなやつなのか気になって」
タケルくんは軽い調子でそう言った。 まるで心の中を覗かれたみたいで、私は落ち着かない気持ちになった。
「どんなって……体育のバスケで何度も勝負してたじゃん。仲良いんじゃないの?」
「いや、あれはたまたまああなっただけで、ちゃんと話したこともないよ。 マミ同じクラスだし、むしろそっちのほうがよく知ってるでしょ?」
「……そうだね。ゴエモンは、昔からバスケが大好きな男の子で、 私が教科書忘れたら一緒に見せてくれるくらい優しくて、後輩にも慕われてて……演奏会の時には花束もくれて――」
「え?あのチューリップ!?」
タケルくんが驚いた顔をする。 私は勢いのまま続けてしまった。
「チケットあるからってコンサート誘ってくれるし、 私に少しでも嫌な思いさせたと思ったらすぐ謝ってくれるし、 相談したらすぐ解決してくれるし――」
「ちょ、ちょっと待って」
「私の読みたい漫画持ってるし、文化祭の準備も二人でしたし、 お揃いのキーホルダーもくれたし――」
「ストップ!途中から完全に二人の思い出話になってない!?」
「……あ、いや……」
言葉に詰まって、思わず視線を逸らす。 胸の奥が熱くなるのを、タケルくんに悟られたくなかった。
私の沈黙を見ていたタケルくんは、ふっと笑みを引っ込める。 さっきまで軽く茶化していたのに、急に真剣な眼差しに変わった。
「……マミもなんだな」
「え?」
「石川の話をするとき、お前も、高橋も、あの人も……みんなすごく嬉しそうな顔になるんだ」
「何の話?」
胸がざわつく。問い返す声が少し震えていた。
「マミは……石川のこと、好きなのか?」
言葉が詰まる。答えようとしたけれど、喉が固まって声にならない。
その沈黙を見つめながら、タケルくんは小さく息を吐いた。
「……俺は、マミのことが好きだったんだ」
その一言が、空気を一変させた。
体育館横の静かなミニコートに、演奏会のざわめきが遠く響いている。
さっきまでの軽い会話が嘘のように、時間が止まったように感じた。
胸の奥が熱くなる。
心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。
返事をすることもできず、ただその言葉を胸に受け止めていた。




