第22話:隣の相談
スマホが震えた音に、私とタケルくんは同時に顔を上げた。 画面にはLINEの通知が二件。
「……え、今?」
思わず声が漏れる。
タケルくんは慌てて身を乗り出した。 「いやいや、ちょっと待って!俺の話、まだ途中だから!」
「ごめん、でもこれ……すぐ返さないとダメなやつかも」
私はスマホを手に取る。
タケルくんは大げさに肩を落としながら、真剣な顔で言った。
「俺、本気なんだよ。"ゴエモンのお姉さん"に。だから協力してほしいんだ」
その言葉に、私は一瞬固まった。 タケルくんが冗談じゃなく“本気”で言っているのが伝わってきて、部屋の空気が張り詰める。
「……タケルくん……」
その真剣さに胸がざわついた、その瞬間――通知にひよりちゃんの名前が見えた。
慌てて開くと、メッセージにはこう書かれていた。
『ちょっと相談したいことがあるんだけど……』
――ひよりちゃんがこんなふうに言ってくるなんて、よっぽどのことだ。
「やっぱりごめん!ちょっと待って!」
私は急いで返信を打った。
『今から行くね』
スマホを閉じると、タケルくんが慌てて声を上げる。
「え、ちょっと!俺の話は!?」
「後でちゃんと聞くから!」
そう言い残し、私はスマホを握りしめたまま玄関を飛び出し、ひよりちゃんの家へと急いだ。
歩きながら、ふともうひとつのLINE通知を開く。 ――アヤカちゃんからだった。
『渡辺先輩のことで、少しご相談させていただきたいんですけど……』
画面を見た瞬間、胸の奥がざわついた。
アヤカちゃんがタケルくんのことを好きなのは知っている。 だからさっきのタケルくんの告白を思い出して、なんとも言えない気まずさが広がる。
「……よりによってこのタイミングで……」
心の中でつぶやきながら、複雑な気持ちを抱えたまま歩を進める。
『今手が離せないから、また後で返すね』とだけ打ち込んで、スマホを閉じた。
そうしているうちに、気づけばもうひよりちゃんの家の前に着いていた。
玄関を開けると、ひよりちゃんが少し照れたように迎えてくれた。
「ごめんね、わざわざ来てもらって……LINEで良かったのに」
「ううん、ひよりちゃんのためなら直接の方がいいと思って」
そう言って部屋に上がると、ひよりちゃんはベッドの端に腰を下ろして、ため息をついた。
「……高橋くんのことなんだけど」
私は思わず背筋を伸ばす。やっぱりそう来たか。
「この前、ちょっとケンカになっちゃって……。なんか、男子と仲良くしすぎだって怒られて」
「……ああ」
「でもさ、私からしたら普通に話してただけなのに。肩叩いたり笑ったりって、そんなに変かな?」
私は首をかしげながら相槌を打つ。
「それで“気にしすぎ”って言ったら、余計怒っちゃって……。ほんと、困るんだよね」
ひよりちゃんはそう言いながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
「……でも、怒ってくれるってことは、ちゃんと見てくれてるってことなんだよね。なんか、それはちょっと嬉しいんだけど」
私は心の中で苦笑した。 ――これ、愚痴っていうより完全に惚気だよね。
ひよりちゃんは枕を抱きしめながら、少し顔をしかめる。
「結局ね……まだ付き合ってるわけじゃないのに、彼氏ヅラされるのがちょっと嫌なんだよね」
私は肩をすくめて、軽く返す。
「じゃあもう、ひよりちゃんから告白して彼氏になってもらえば?」
「そんな簡単に言うけど……」
ひよりちゃんは唇を尖らせて、視線をそらす。
「こっちは色々考えるんだよ。気持ちとか、タイミングとか……」
その横顔は、困っているようで、でもどこか嬉しそうにも見えた。 ――やっぱりこれ、ただの惚気だよね。
そう思った瞬間、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。
画面には「高橋くん」の名前。
「……え?」
ひよりちゃんと目が合う。 二人の間に、さっきまでとは違う緊張が走った。
着信音がやけに大きく響く。 ひよりちゃんは一瞬ためらってから、スマホに手を伸ばした。
「……出たほうがいいよね」
その声は、愚痴をこぼしていたときよりもずっと小さくて、少し震えていた。
スマホを握りしめたひよりちゃんは、一瞬ためらったあと通話ボタンを押した。
『……もしもし?』
受話口から聞こえてきたのは、高橋くんの少し緊張した声だった。
「ごめん、酒井さん。俺、ちょっと言いすぎた。今、話せる?」
ひよりちゃんは驚いたように目を瞬かせ、私の方をちらりと見てから答える。
『え、うん……今なら』
「じゃあ、ちょっとだけ会えない? すぐ行くから」
通話が切れると、ひよりちゃんはスマホを見つめたまま小さく息を吐いた。
「……高橋くん、来るって」
私は思わず眉をひそめる。
「え、じゃあ私邪魔じゃない?」
ひよりちゃんは慌てて首を振る。
「いや、でも……遊ぶならマミもいた方がいいし」
私は苦笑して肩をすくめる。
「普通に遊びに来るわけないでしょ。絶対、話すためだって」
「……だよね」
ひよりちゃんは枕を抱き直し、落ち着かない様子で足を揺らす。
そのとき、再びスマホが震えた。 画面にはまた「高橋くん」の名前。
ひよりちゃんは一瞬こちらを見てから、慌てて通話ボタンを押した。
『……もしもし?』
「今、もう家の前にいる。出てきてくれない?」
ひよりちゃんは固まったまま、私の方をちらりと見た。 頬が赤く染まっていくのがわかる。
『……わかった。すぐ行くね』
通話が切れると、部屋の空気は一気に張り詰めた。 ひよりちゃんは立ち上がり、玄関へ向かう。 私はその背中を見送りながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
ひよりちゃんが玄関のドアを開けると、そこには高橋くんが立っていた。 息を切らしながらも、真剣な目でひよりちゃんを見つめている。
「酒井さん……この前はごめん。言いすぎた。……でも、やっぱり好きなんだ。俺と――付き合ってください!」
勢いそのままに告白の言葉が飛び出す。 ひよりちゃんは驚いたように目を見開いたが、すぐに頬を赤らめてうなずいた。
「……うん。よろしくお願いします」
その返事を聞いた瞬間、高橋くんは満面の笑みを浮かべ、くるりと背を向けて走り出した。
「やったーーー!!!」
その声が通りに響き渡り、彼の背中は勢いよく遠ざかっていった。
ひよりちゃんが戻ってくると、頬を赤く染めたまま少し照れたように笑っていた。
「……付き合うことになった」
私は思わず息を呑んでから、笑顔を返した。
「そっか。おめでとう」
ひよりちゃんは照れ隠しのように枕を抱きしめ、くすっと笑った。
※※※
部屋に戻ると、私はベッドに腰を下ろした。
――ひよりちゃんと高橋くん、結局うまくいってよかったな。 その笑顔を思い出すと、私まで少し嬉しくなる。
……でも、冷静に考えると私、何もしてなくない? ただ隣で話を聞いていただけで、最後は高橋くんが全部持っていった。
そんなことを考えながらスマホを開くと、アヤカちゃんからのLINEが並んでいた。
『私、渡辺先輩のことが好きなんです!』
『だから、仲のいいマミ先輩に協力してほしくて』
私は思わず息を呑んだ。――やっぱりそう来たか。
『協力って……何をすればいいの?』
『渡辺先輩って、好きな人いるんですか?』
その文字を見た瞬間、昼間のタケルくんの言葉が頭をよぎって、少し気まずくなる。 私は慌てて曖昧に返す。
『うーん……そういう話はあんまりしないから、わからないな』
『でもカッコいいし、モテますよね!』
『まあ……そういう目で見たことないから、よくわからないかな』
『どんなタイプが好きとか聞いたことあります?』
私は少し考えてから、指を動かした。
『えっと……サックスをカッコよく吹ける人に憧れるって言ってたよ』
――ゴエモンのお姉さんのことだけど、嘘ではない。
『えっ、それってマミ先輩のことじゃないですか!?』
『いやいや、私とタケルくんは従兄弟だしそういうんじゃないよ。 ただ、サックスを上手に吹ける人に憧れるってだけ』
『なるほど!じゃあ私ももっとサックス頑張ります!』
『ありがとうございます!やっぱり私、渡辺先輩と合う気がします!』
明るいスタンプが連続で送られてきて、画面が賑やかになる。 ――私の曖昧な返事を、都合よくポジティブに変換して、もう自己解決してしまったらしい。
スマホを閉じると、胸の奥に複雑な気持ちを抱えたままため息をついた。
そのとき、着信音が鳴った。画面には「タケルくん」の名前。
『あ、マミ?さっきの話、もう大丈夫だから!心配しなくていいよ』
私は思わず眉をひそめる。
「……結局、何だったの」
『ほんと大丈夫!ありがとね!』
通話が切れると、部屋に静けさが戻った。
――ひよりちゃんは一方的に惚気てるうちに付き合うことになって、 アヤカちゃんは一人で私の言葉をポジティブに変換して自己解決して、 タケルくんは知らない間に「もう大丈夫」って肩透かし。
みんな揃って「相談」してきたのに、結局自分で解決してるじゃん。
「……何なの、ほんと」
もう疲れた、と思ってベッドに寝転がる。 枕に顔を埋めたとき、ふとゴエモンの顔が浮かんだ。
――今、ゴエモンは何してるんだろう。
そんなことをぼんやり考えているうちに、まぶたが重くなっていく。 気づけばそのまま眠りに落ちていた。




