第21話:隣のアルバム
休日の午後。
私は、リビングのテーブルに広げた昔のアルバムをめくっていた。
ゴエモンと話したことがきっかけで、ジュニアクラブに通っていた頃のことを思い出したのだ。
ページをめくると、練習している私や、ひよりちゃん、アヤカちゃん。 笑っている顔ばかりで、どのページを開いても、音が聞こえてきそうだった。
見ているうちに、胸の奥がふっと温かくなる。
――やっぱり、吹奏楽が大好きだ。
そう思わずつぶやいた。
その世界に足を踏み入れるきっかけをくれたのは、ゴエモンだった。
小3のある日、町民体育館で「キャンプの時の子」を見つけた。
一緒にいたくて、思わず「ミニバスやりたい」なんて言い出した私を、ひよりちゃんが笑って止めた。
「隣でやってるクラブなら、女の子でも変じゃないよ」
その一言で、私は吹奏楽の見学に通い出した。
きっかけはゴエモン。
でも本気で始めるようになった理由は――
※※※
見学に通い出して、何度か顔を出すようになった頃だった。
クラブの部屋の隅で、年上のお姉さんが黒いケースを開けていた。
銀色のキーが光を反射して、黒い管体がすらりと伸びる。
初めて見るその楽器に、私は息を呑んだ。
それが、サックスだった。
思わずじっと見つめてしまう。 目が離せなくて、胸の奥がざわつく。
「……気になる?」
私の視線に気づいたのか、お姉さんがふっと笑った。
そして、マウスピースを軽く差し出しながら言う。
「吹いてみる?」
私は両手でそっと楽器を受け取った。 冷たい金属の感触が指先に伝わる。
深く息を吸い込んで、恐る恐る吹き込む。
ぶわっと、空気を震わせる音が鳴った。 思った以上に大きくて、胸の奥まで響いてくる。
「いい音だね。音って、気持ちをまっすぐ伝えてくれるんだよ」
お姉さんが笑ってそう言った瞬間、心が一気に掴まれた。
ただゴエモンのそばにいたいから始めたはずなのに、音の力に夢中になってしまった。
それからは見学だけじゃ物足りなくなり、自然と練習に混ざるようになった。
気づけば正式に入部していて、毎日のようにクラブに通っていた。
けれど、入部した時にはもう、あのお姉さんの姿はなかった。 あの一度きりの体験だけが、私の心に残っていた。
※※※
そんなことを思い出しながらアルバムをめくっていると、一枚の写真に目が止まった。
まだ見学していた頃のもので、そこには私とひよりちゃん、クラブのメンバーに混じってお姉さんの姿が写っていた。
そして、その端にはゴエモンと高橋くんまでいる。
よく見ると、写真の中で私はゴエモンの隣に座っていて、二人とも楽しそうに笑っていた。
幼い自分。髪は短くて、表情もまだあどけない。 でも、その笑顔は確かにゴエモンの方へ向いているように見えた。
――そういえば、一度だけゴエモンたちが突然吹奏楽の練習場所にやってきたことがあった。 その時は胸がどきどきして、どうして来たのか分からないまま過ぎてしまった。
写真を見つめながら、もう一度お姉さんの顔に目をやる。
……えっ。
思わず息を呑んだ。
その顔が、私がよく知っている顔と重なった。
「……あのお姉さんって……」
写真の中の人は、ずっと前にサックスを吹かせてくれたあのお姉さん。
そして今、私が目標としているゴエモンのお姉さんだった。
心臓が跳ねる。驚きが胸に広がっていく。
そうか、あの時ゴエモンたちが来ていたのは、お姉さんの練習を見に来ていたからだったんだ――。
ようやく記憶の断片がひとつに繋がっていくのを感じた。
ピンポーン。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
アルバムから顔を上げて立ち上がると、ドアの向こうにはタケルくんが立っていた。
「ちょっと話があってさ……」
少し真剣な顔でそう言うタケルくんに、私は頷いた。
「どうぞ」
靴を脱いでリビングに入ってきたタケルくんは、テーブルに広げたアルバムを覗き込み、目を丸くした。
「え?これ、社会人楽団のサックスの人じゃん。なんでこんな写真持ってんの?もしかして知り合い?」
「ゴエモンのお姉さんだよ」
私が答えると、タケルくんはさらに驚いたように身を乗り出した。
「え?マジで?マミ、仲良いの?」
「え?まあ、多少は…」
少し戸惑いながら返すと、タケルくんの顔がぱっと明るくなる。
「ちょうど良かった!相談って、そのことなんだけど…」
勢い込んで言いかけたその時、テーブルの上のスマホが震えた。
LINEの通知が二件、同時に届いていた。
その音が、部屋の空気を一瞬で変えた。




